二十五話 戦争はどこだって起こるもの
「戦争か…………異なる世界であっても人の業とは変わらぬものなのじゃな」
「その口ぶりからするとユグドさんも?」
しみじみと呟くユグドに冥利が尋ねる。
「それで故郷がなくなったというか自ら滅ぼしたというか…………そういう口じゃ」
エルフの里それ自体は戦火に巻き込まれたというわけではないが、人間と魔族の戦争に利用されそうになった結果ではある…………最終的に彼女は自分の手で里を含んだ周囲一帯巻き込む形で敵を殲滅しているので、戦争被害者と呼ぶにはいささかの疑問ではあるが。
「あ、あの…………戦争の規模は?」
横から日影が尋ねる。戦争と一口に言ってもその規模は様々だ。村同士の抗争のようなものから、世界全体まで広がるようなものまである。
「世界だよ。第五次世界大戦だね」
そして冥利の答えは日陰の知る中で最大規模だった。
「世界大戦とな…………見たところ日陰殿の世界より進んだ文明のようじゃし、相当に酷いことになっておりそうじゃなあ」
「そりゃあもう」
困ったように冥利は苦笑する。
「今はもう全世界を巻き込んでの消耗戦の様相だからね」
互いに戦局を打開する決定打を打ち出せず、ただただ互いの戦力を消耗させているのが彼女の世界の現状らしい。ある意味戦局は安定しているわけだから大きな被害が出たりはしないのだろうが、軽微の消耗であっても世界全体で集計すれば膨大な被害となっているはずだった。
「その、戦争の原因…………は?」
「資源だね」
戦争の起こりは国の事情によってさまざまな原因があるが、概ね資源か宗教の二つに集約される。特に資源というのは消耗すればなくなるものであり、元から存在しないものは人間がどう知恵を絞ろうとどうしようもない。あるものを奪い合うしかないのだ。
「資源というと石油というやつかの?」
「いや、水だよ」
日陰の部屋の物から得た知識でユグドが尋ねるが、冥利が答えたものは別だった。
「み、水?」
それは日陰にとって意外なものだった。彼にとってそれは身近で簡単に手に入るものだったからだ…………まあ、日陰が引き籠るようになる以前までの話ではあるが。彼の知る限り水をめぐる争いというのは文明が発展する以前のことだった。
もっとも日陰の世界においても単純に彼の住む国が恵まれていたという話ではあるだろう。彼は意識もしていなかったが、貧困国ではまともな水の入手に苦労することも世界的に見て珍しくはなかったのだから。
ただ、それを知っていても世界大戦に繋がるようなものという認識ではなかっただろう。
「水がそんな、枯渇するの?」
「ああ、海なんかもうずいぶんな量が真水に生成されて水位を下げちゃってるくらいだけど…………日蔭君の世界は違うの?」
「うん。資源の奪い合いもユグドが言った石油とか…………希少鉱石とか、かな?」
それほど世界情勢に興味もなかったので日陰もうろ覚えだった。
「希少鉱石…………あー、もしかしたらそこが違うのかな」
何かに気づいたように冥利は日陰の部屋へ見回すように視線を向ける。
「日蔭君、何でもいいから適当な機械を貸して欲しい…………貸してというか壊してもいいようなので」
「え、ええと」
「複雑なものじゃなくても大丈夫だよ」
迷う日陰に冥利はさらに敷居を下げる。もう一度日陰が部屋を見まわすと隅に落ちているリモコンが目に留まる。ずっと捨て損ねていた前のテレビのリモコンだった。
「じゃあ、これで」
「ありがとう」
窓越しに受け取ると冥利はリモコンを一通り眺め、工具のようなものを取り出すと裏側を外して内部の機構を明らかにして観察する。
「あー、やっぱり」
そしてすぐに納得したような表情を浮かべる。
「冥利殿の世界の物とは何か違うのか?」
「技術の方向性そのものは変わらないように見えるね…………もちろんあたしの世界のほうが幾分か進んでいるけれど」
それに関しては日陰もユグドも想像していたことだ。冥利の世界の文明は明らかに日陰の世界よりも発展している。それでいて多くの部分は似通っているように見えるのだから、技術に関しての方向性も同様だろうとは想像できた。
「では、何が違う?」
「素材だよ」
使われている部品などの原料そのものだと冥利は答える。
「使ってる金属の質が違うってこと?」
「あー、いや、恐らく成分的には似たようなものだと思う…………これに関しては見せた方が早いかな」
口で説明するよりもと冥利は白衣から小さな物を取り出す。日陰が知る中ではスマートフォンが一番近いだろうか。恐らくはそれに類する機能のものではないかと思う。
「これの中身を見ればわかると思う」
しかしその機械そのもの昨日は関係ないのか、冥利はそれがなんであるかの説明をすることなく分解してその内部機構を明らかにする。そしてそれをまるで印籠を見せつけるように二人の前へと掲げて見せた。
「う、うわ」
その中身に思わず日陰が声を漏らす。
「それは生物なのか?」
ユグドもそれを見てわずかに顔をしかめて尋ねた。冥利が見せたその機械の中身はまるで生物の内臓のように見えたからだ。金属質なものもいくらかは見えるが、それを繋ぐように血管のようなものが縦横に走り、筋肉のようなものが間を埋めている。心臓の様に鼓動する臓器は見えないが、死んでいるとは思えないほど艶めかしい。
「元は生物ではあるね。日蔭君の世界では多分機械製造に必要な資源なんかは天然のものを使ってるんだろうけど、あたし達の世界ではかなり早い段階にそれでは効率が悪いと考えた天才がいたんだ。あるものを掘るだけでは安定供給できないしいずれは尽きるってね」
「つまり…………栽培しようとしたってこと?」
今の話と目の前のその生物的な内部の機械を見るとそう考えるしかなかった。日陰の世界では鉱物として採取しているものを品種改良によって生物から供給できるようにする。もちろん日陰の世界ではそんなことは考えても不可能だが、冥利の世界ではそういうことが可能な下地が生息する生物にあったのだろう。
恐らく単純に鉱物などを採取できるようにするだけではなく、最初からその血管が配線として利用できるように等の改良もされているはずだ。
「そういうことだね。その試みはうまくいって少なくとも資源を奪い合うような争いは長い間起こっていなかった」
「なるほど、それで水か」
納得したようにユグドが呟く。
「必要な資源全てを賄うほどの生物を育てるとなれば、それこそ大量の水を消費するじゃろうな」
「その通り」
最初の頃は良かったのだろう、水は豊富にあるのだから…………しかし使えばいずれなくなるというのは世の鉄則だ。豊富にあった水もその消費が大きければ次第に減って、いずれは足りなくなってしまう。
「で、戦争というわけだね」
そして戦争は大量の資源を消費する…………そしてそれを生み出すためにまた水を。
冥利の世界が終わりに向かって突き進んでいるであろうことが、二人には容易に想像できた。
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