二十四話 事情があるなら大体重い
「では自己紹介も終わって場も落ち着いたことじゃし、まず状況の確認をせぬか?」
自己紹介が終わり、再びテンションの上がりそうになった冥利をユグドが窘めたことで場には一旦の空白が生まれていた。その空白にされたユグドの提案に日陰と冥利の二人は特に反対する様子も見せなかった。
やらかした自覚のある冥利は基本自分の主張をしないよう抑えていたし、日陰は元より自己主張の強いタイプではなかったからだ。
「状況の確認というと、なぜ君たちの部屋の窓に私の研究室が繋がったのか、かな?」
「それも重要じゃが自己紹介をもう少し詳しくというかな…………お互いの世界というか常識のすり合わせも必要であろう?」
「ああ確かにそうだね」
ぽんと冥利は手を叩く。
「何気ないことで知らず相手の地雷を踏んでも面白くないし」
日陰と冥利の世界は似通っている様子ではあるが、それでも違う部分に相手の逆鱗を踏むような要素が混ざってないとは言い切れない。
「あの、それはいいんだけど」
日陰も別にそれ自体には反対はしない。ただ、その前に気になることが一つあった。
「飛坂さん」
「ああ、冥利でいいよ」
「…………冥利さん」
流石に年上を呼び捨てはし難いので日陰はさん付けで呼ぶ。
「話すのなら、こっちに来たらどう……ですか?」
再会してからずっと冥利とは窓越しに会話している。確かに昨日は興奮した彼女が日陰の部屋に乗り込んで来そうになって拒絶したが、落ち着いた今であれば彼も拒絶はしない。むしろ窓越しでは話すのに落ち着かないと思える。
「あー、それなんだけどね。そっちへ行ってまた興奮しすぎると迷惑をかける…………というのもあるんだけど、冷静に考えたらあたしの状況的に完全にそっちに行っちゃってると何かあった時に困るかなって」
昨日は興奮して見えなかったものが今の彼女にはちゃんと見えている。だからこそ異世界の物や技術に直接触れてみたいという好奇心を冥利は堪えて窓を乗り越えようとしていない。
「戻れぬ可能性を危惧しておるのかの?」
「いや、そちらに繋がってから装置はこれ以上ないくらいに安定してる…………安全装置もきちんと機能してるから不具合が起きても繋がりが切れる前に戻る猶予はあるよ」
「装置で繋げてるんだ」
冥利の説明になんだか日陰はほっとする。よくわからないけど日陰の部屋が異世界に繋がっている状態よりは、何らかの装置で繋がったと言われたほうが科学文明の人間としては納得しやすい。
「本来の目的とは違うからこんな形で安定してるのはむしろ失敗なんだけど…………ともかく装置に問題は無いから問題はべつにあるんだよ。日蔭君は見て想像できてると思うんだけどあたしは科学者で此処はその研究室なわけです」
「まあ、はい」
冥利の指摘通り日陰も何となくではあるが想像はしていた。白衣だし部屋はよくわからない機械が置いてあって無機質な雰囲気だしで。
「この部屋には基本的に許可なくあたし以外の出入りはできないようになってるし、監視装置の類は付いてない…………でも、絶対にあたし以外が入ってこないってわけでもないんだよね。むしろ入ってきてほしくない奴に限って不意打ちで入ってくるわけなんだ」
話しながら本当に嫌そうに冥利は顔をしかめる。日陰の見たところ彼女の研究室はかなり広い。それを独り占めできて且つ許可のない立ち入りを禁じられるのだから、彼女は結構上位の立場を持っているのだろう。そんな彼女の許可なく立ち入れるとすればさらに上位の立場を持った人間、それも彼女の仕事を抜き打ちでチェックしに来るようだ。
「あたしがこちらにいればどうにでもなるけど、そちらにいる時に入って来られたら流石にどうしようもない…………そちらを見られちゃう」
「見られると不味いのかの?」
「不味い、不味いね。あたしはまあ、賞賛されるかもしれないけどそちらがとても困ったことになると思うよ」
「なるほどのう」
納得したようにユグドは頷く。
「日陰殿、ここはこのままのほうが良さそうじゃ」
「え、あ、うん」
ユグドほど納得できたわけではないが、そのほうがよさそうなのは日陰にもわかる。
「さて、そちらに聞くべきことのほうが山ほどありそうじゃからまずこちらの状況から軽くませるとしよう。見ての通りでわかるようじゃが、わしはエルフで日陰殿とも異なる世界の人間じゃ。ちと事情があって元の世界にはおられぬようになったゆえに、偶然繋がった日陰殿の部屋を間借りさせてもらっておる」
「ほうほう、やはりエルフ! 改造とかじゃないんだ!」
「天然ものじゃぞ」
答えつつユグドはぴらぴらと指で自身の耳をはじいて見せる。
「エルフというと魔法とか精霊とか使えたり?」
「精霊は知らぬが魔法なら使えるぞ」
二人のやり取りを聞きつつ、冥利のエルフに対するイメージも自分と同じらしいと日陰は思う。やはりパラレルワールドというか文化的には近い世界なのだろう。
「でもユグドさんの世界が日蔭君の部屋に繋がったって…………日蔭君の部屋はどんな状態なの」
「いや…………それは僕にもよくは」
自分が部屋に引き籠っていて、水と食料に問題が発生したところでユグドの世界に扉が繋がったのだと日陰は冥利に説明する。ユグドの見立てでは世界と世界の狭間のような空間にこの部屋にはあるのではないかという話も。
「ふむふむ、つまり理由はわからないけどその部屋には異世界と接続する力が元から備わっていたわけだ…………だからそちらと繋がると同時に装置が安定したのかな? それまではもうどうやっても安定してくれない暴れ馬だったからねえ。今はもう装置の力で繋がってるわけじゃないかもしれない」
冥利は何かしらの装置で日陰の部屋に研究室を繋げたようだが、ユグドの世界と日陰の部屋はその装置なしに繋がっていた。それと同じで今はその装置の機能ではなく日陰の部屋の力によって安定して繋がっているのではないかと冥利は推測しているらしい…………日陰の部屋の力なんて言われても彼にはそんなものあるのだろうかとしか思えないが。
「科学者としては敗北だけどある意味助かったかもしれないなあ…………主導権がそちらにあるのならいざという時に繋がりを断つことだってできるだろうし」
「…………そう言われても困るんですけど」
なんで繋がっているのかもわからないのに、繋がりを断つ方法がわかるわけもない。
「出来ることを確認しておくのって大事だとお姉さんは思うけどなあ」
「…………言い訳になるが、そのような検証を行う余裕がなくての」
少し恥じるような口調だったのはそれが言葉通り言い訳にしかなっていないからだろう。ユグドもそういった確認の必要性は理解していたが、日陰の精神状態を考えるとあまり刺激は与えられないとそっとしておいた…………やはり言い訳だろう。彼の機嫌を損ねることを恐れて彼女は緩慢な時間を過ごすことを選択していたのだから。
「いやうん、必要になるかもっていうのはこっちの都合になっちゃうからそっちが悪いって話でもないんだけどね。迷惑はかけたくないけどこの繋がりを切ったりもしたくないし…………だから申し訳ないけど自衛の準備はしておいてねって話で」
今二つの世界を繋いでいるのは装置か日陰の部屋の力かはわからない。しかし少なくとも冥利に装置を切るという選択肢は無かった…………それが例え日陰たちに迷惑をかける結果を招くことになるとしても、だ。
「ふむ、迷惑か…………つまりこれを見れば迷惑になるようなことを考えるような輩がそちらにはおるわけじゃな」
これまでの冥利の物言いからすれば、彼女自身ではなく周りにそういう人間がいることになる。それが誰かと尋ねるユグドの視線に、困ったように冥利は息を吐く。
「いやね、悪い人ってわけでもないんだよ」
それだけはわかって欲しいというように冥利は前置いた。
「ただなにせ戦争やってるからね…………手段は選べないんだよ」
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