十七話 物の価値は同じとは限らない
「ゴミの処分?」
「うん、ダンボールとか緩衝材とか…………あるよね?」
今の時代大型の商品は大抵のものが持ち帰る時のことを考えて梱包されている。それはありがたい配慮ではあるが、本来不要な段ボールや緩衝材などの大量のごみを生み出すことにもなるのだ。ユグドが持ち帰ったキャンプ用品の詰まったダンボールの量を考えればそれなりのゴミになってしまっているはずだ。
「ああ、ダンボールというとあの箱じゃな。あれはちょうどいい入れ物として再利用できるのではないかと思っておるが」
答えながらユグドが視線を向けた方にはダンボールが丁寧に置かれていた。少し離れたところには購入したテントなどが全て組み立てられて設置されており、この短時間で初めて見るであろう異世界の道具を完璧に組み立ててしまったのかと日陰を驚嘆させる。
「…………屋外だと、傷みやすいからあんまりお勧めはできない、かな」
ダンボールは優秀な素材ではあるのだが水に弱いという欠点がある。防水ダンボールも存在はするが梱包に使われているのは普通のダンボールだ。この場所を屋外と言っていいのかはわからないが、雨は降らないにしても湿気はあるだろう。放置しておけばいずれ湿気から水を吸って腐食していくのではないかと思う。
「ふむ、確かにそのような感触の素材ではあったな」
それはユグドも感じていたのかあっさりと納得する。
「そうなるとふむ、確かにゴミになってしまうか」
「うん、それで溜まっても処分する場所がないから…………まあ、ここならよっぽどの量にならない限り大丈夫そうだけど、景観とかあるし」
どうしてこうなったのかわからないがクローゼットは今や広い。流石にそのスペースを埋めるほどのゴミは生まれないと思うが、片隅にゴミの山が見えるだけでも気分はあまりよくはないだろう。
「ああ、それならば問題ないぞ」
「え」
「本当に不要なものであれば適当に埋めてしまえばよい」
「…………深く埋められるほどの地面があるの?」
「もちろんじゃ」
「…………」
いったい自分の家のクローゼットはどうなってしまっているのかと日陰は思う。
「や、でも埋めるのにもいずれ限界が…………」
「大概のものは世界樹が分解してその糧にしてくれるぞ? わしの見た限りあれらは分解できないものではなさそうじゃ」
「…………埋めるのも、大変だよ?」
別に日陰もそこまで否定し続ける理由もないのだけど、そういう流れになってしまったというように否定意見を続ける。
とはいえ実際問題穴を掘って埋めるというのはかなり重作業ではある。
「ああ、それなら心配いらぬよ」
軽く答えてユグドは地面へと手を当てる。
「頼み申す」
目を伏せて彼女がそう口にすると、遠目に見えていたダンボールが一瞬にして消える。
「!?」
「わしは世界樹の巫女じゃからな。土に埋めてその糧にするよう世界樹に直接願った」
「…………すごいね」
クローゼットがこんなことになった時に理解したつもりだったが、やはり異世界の存在というのは日陰の常識外にあるものらしい。
「これでゴミ問題は解決じゃな」
「…………そうだね」
日陰は頷くしかない。ネットショッピングで発生するゴミの相談をしに来たら数分と経たないうちに解決してしまった。
「ええと、じゃあ用件はそれだけだから…………」
「ああ、待つのじゃ日陰殿」
なんだか負けた気分になって自室に戻ろうとした彼をユグドが引き止める。
「ええと、なに?」
「あれらの対価の話をせねばならんと思ってね」
「…………ああ」
ユグドの視線の先には組み立てられたテントなどが置かれていた。
「あれはこっちが勝手に頼んだようなものだし、別にいいよ」
あれらはユグドが欲しいと口にして購入したものではない。ネットショップで試しに購入してみる時にどうせなら彼女の生活を楽にしそうなものを選んだのだ。どうせ届くと思っていなかったものだし、それで対価を求めるのは申し訳ない気がしてしまう。
「日陰殿、わしは確かに何もなくとも生活はできるが、生活が楽になることを否定しておるわけではない…………あれらは間違いなくわしの生活を快適なものしてくれるじゃろう。勝手にと日陰殿は言うがあれは紛れもなく日陰殿の善意の結果じゃ」
試しに買うにしても別に自分の必要なものでもよかったのだから。
「善意で渡されたものに価値を認めたのなら望んだかどうか関わらず相応のものを返すべきじゃとわしは思っておる。善意には善意で返すのが礼儀じゃ」
「そんな大層なつもりじゃ…………」
「わしがそう思っておるというだけのこと…………いうなればわしの勝手じゃ」
日陰が勝手をしたように、ユグドも勝手を返すと彼女は笑って見せる。
「勝手なのじゃから日陰殿に拒否権は無いぞ」
「あう」
勝手に買ったと自分で日陰は口にしてしまっている。それを引き合いに出された以上彼に反論する術はなかった。なにせ物はすでにユグドへと渡して、彼は勝手を通した後になってしまっているのだから。
「とは言ったもののふむ、何を対価としたものか…………わしから提供できるものはすでにしてしまっている状態じゃしのう」
クローゼットを借りる対価として水と食料を日陰に渡す契約をユグドは結んでいる。現状でエルフの里を追われたユグドはほぼ身一つであり他に提供できる物はない。世界樹がこの場に馴染んで成長すればまた別ではあるが…………今ないのは事実だ。
「無いなら無理に…………」
「と、するとやはりわしの体くらいかのう」
「!?」
さらりと口にしたユグドの言葉に日陰が驚く。
「え、それってどういう意味…………」
「無論、わしと男女の契りを結ばぬかという話じゃが?」
肉体労働的な意味だよねと尋ねる日陰に、はっきりとユグドは答える。
「な、なんでそんな話に!?」
「現状で他に提供できるものがないからじゃが?」
消去法だとでも言うようにユグドが答える。
「む、やはりわしのような年寄りでは嫌か? 一応肉体的にはそこらの娘よりも若々しいくらいなのじゃが」
「そ、そういうことじゃなくて…………」
「ではどういうことじゃ?」
動揺する日陰の反応を不思議そうにユグドは尋ねる。そんな彼女態度から何か根本的なところで認識が違うのではないかと日陰は感じる。
「そ、そこまでの対価は貰えない、から…………ええと、そう。対価は今後僕の出すゴミを処分してもらうってことで、あれはその手付けってことでどう、かな?」
とりあえずこの場を誤魔化すために日陰は何とか代案を絞り出す。
「ふむ、日陰殿がそれでよいのなら」
するとあっさりユグドはそれを受け入れた。そこには差し出した貞操を無碍にされたというような屈辱感もない…………彼女にとってそれはあっさり引き下がれる程度のものなのだ。
この認識の違いをはっきりさせておかなければいずれ取り返しのつかないことになるのではないかと日陰は危惧を覚える。
早めに何とかしようと、日陰は珍しく自発的にそう決めた。
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