十六話 異常だろうが得したなら勝ちでいい
ネットショップでの購入はシステム上何の問題もなく完了した。購入が完了した旨が表示され、登録したメールアドレスにも同様の報告を記したメールが送られる。そこまではシステム上自動的に行われるだろうから不思議でもない…………まあ、インターネットが繋がっていること自体不思議ではあるのだが。
「………発送通知、来ちゃったんだけど」
購入完了から数時間後に発送しましたとメールが遅れられてきた…………誰が? と日陰は思わざるを得ない。それは物理的に商品を梱包して配送業者に引き渡さない限りは送られないはずのメールだからだ。
「やはり届くのではないのか?」
「…………そんなはずは、ないよ」
そもそもどこに届くというのだろうか。普通であれば玄関に届けに来るわけだけど、今や自宅は存在せずこの部屋にしかない。
仮に奇跡的な事象でPCが元の世界のインターネットに繋がっていて、ネットショップの人と配達員も生き残っていてその仕事を果たそうとしているのだとしても…………届くのは元の家の玄関ではないだろうか。
「到着予定は明日か。楽しみじゃの」
「だから…………届かない、って」
期待されても困ると日陰は否定の言葉を繰り返す…………だが。
「なんか…………ある」
翌日、気が付いたら扉の前にそれらが積んであった。テントや寝袋などのアウトドア用品一式だから大きめのダンボールがいくつもだ。扉を開く音もそんな大荷物が置かれるような音もしなかった。ほんの少し前までそんなものがなかったのは確認していたのに、少し視線を向けていなかったその隙にそれらは出現していたのだ。
「えぇ…………」
日陰は困惑するしかない。なんか知らんが届いたラッキーと受け入れてしまえるほど彼は楽観的ではなかった。なまじユグドのような異世界の存在でもなく見慣れたダンボールであるからこそ余計にその異常さが際立って感じられる。
「おお、届いたのじゃな!」
しかしユグドは違うらしく単純に喜んで見せる。世界樹なんてものが存在する世界なのだから日陰にとって異常なことでも彼女にすれば起こりえる範疇なのだろう。
「早速開けてみてよいか?」
「え、いや…………危ないかも」
「ふむ」
得体の知れないものであると日陰が感じているのは伝わったらしく、ユグドは段ボールの山に観察するような視線を向ける…………しかしそれもわずかな間だった。
「大丈夫そうじゃぞ」
「あっ!?」
あっさりそう言うと日陰が止める間もなくダンボールへと手を付けて開封する…………いきなり爆発、なんてこともなくダンボールの中には注文した物が入っているだけだった。
「…………」
ほっとするというか拍子抜けだった。明らかに異常ではあるのにただ普通に購入物が手に入るだけなんておかしいのではないだろうか…………もちろん悪いことなんてないほうがいいに決まっているのだけど、自分を陥れるための誰かの策略なんじゃないかとすら思い浮かんでしまう。
「日陰殿、こういうものは深く考えないほうが良いものじゃぞ?」
「…………そんなに楽観的にはなれない、かな」
人間というのは未知に対して恐怖を覚えるものなのだ。特に科学で様々な事象を解明していた文明社会で暮らしていた彼からすれば、理屈の分からないものに身を任せるというのは大きな抵抗がある。
「これはわしが頂いても良いのじゃな?」
「うん、まあ…………」
日陰の部屋にあっても困るものだし、届くとは思っていなかったとはいえ一応はユグドの生活の助けになりそうなものを注文したものだ…………ただ、素性の分からないものを彼女に渡してしまって大丈夫かという不安はある。
「日陰殿」
そんなわかりやすい彼の表情を読んで諭すようにユグドが声をかける。
「理解の及ばぬものに不気味さを覚えるのは理解できる。しかし時にはそれを飲み込むことも必要じゃ。確かに理屈の分からぬものを利用すれば後でどのような落とし穴があるかはわからぬ…………しかしそのリスクに見合うメリットはあるのではないか?」
「それは…………」
「今回はどうせ届かぬと思ってわしのものを購入してくれたが…………届くとわかれば日陰殿にも欲しいものがあるのではないか?」
「…………」
それはその通りだった。これまでは部屋の外に出ることができないからあるもので耐えられるだけ耐えるしかないと諦めていたが、理屈は不明でも通販が届くのなら欲しいものはいくらでもある。購入に必要な支払いがどうなっているかもわからないが、仮に元あった貯金を消費しているのだとすればそれなりに余裕はあるのだ。
「とりあえず、これらはわしがありがたく頂くとするぞ…………その対価はまた相談させてもらうとしよう。わしがおっては気兼ねするものもあるじゃろうし、一旦わしはクローゼットに戻るとしよう」
そう言うとユグドはダンボールの山を一抱えにしてクローゼットに戻っていく…………一抱えにして? テントなどの一式だから相当な重量があるにもかかわらず彼女は軽々と持ち上げて歩いて行った。やはりその見た目に関係なく根本的な部分で日陰とは身体的な性能が違うらしい。
「…………気兼ね、なく」
それはそれとして一人になった部屋で日陰はPCの画面へと視線を戻す。しかし気兼ねなくと言われても見られて困るようなものを買うつもりもない…………えっちなもの? 元々彼も男ではあるしそういうものにきちんと興味があったが、引き籠るようになって以降はその方面の欲は薄れてしまっていた。
「大体今は落ち着けない、し…………」
仮にそう言ったことをしようとしても近くにはユグドがいる。彼女は日陰のプライベートを尊重してくれてはいるが、いつこちらに声をかけてくるかわからない状況でしたいようなことでもない。
「買うとしたら…………まず実用品、かな」
今の生活に必要なもの、必要だけど予備があったほうがいいようなもの。理屈がわからないということはそれがいつ使えなくなるかもわからないということだ。どうでもいいものを先に購入して後から必要なものを変えなくなっていたでは笑えない。
「…………あー」
完全に自分の思考が買う方に移っていたことに気が付く。不気味だなんの思っていたくせに少しユグドに諭されただけでこうなのだから現金過ぎる…………結局は不安を覚えていてもその魅力は理解していて、誰かに背中を押されたかっただけなのだろう。
「最優先となると…………PCの予備、かな」
気持ちを切り替えて検討するとまずそれが浮かぶ。ネットショッピングが可能だとわかってもそれを利用するためにはPCが必要だ。それが壊れたからといって修理に必要なものや代替品を買いに外へ行くことはできない…………壊れたらそれでおしまいなのだ。
「ディスプレイもいるよね…………キーボードもちょっとへたってきてるし」
買うと決めてしまえば次から次へと購入すべきものが浮かんでしまう。PC以外となると潰れた布団や枕も代えてしまいたいし、着替えもいくつか購入したい。
「…………待てよ」
そこまで思い浮かんだところで日陰は一つの事実に気づく。買うのはいい。しかし買えば当然それだけ増えるという事実に。
「ゴミ、どうしよう?」
この部屋しか存在しないこの場所で、捨てに行く場所なんて当然ないのだから。
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