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十五話 非現実の中にいつも通りがあるのがおかしい

ユグドとの同居が始まって三日ほどたったが、概ね日陰の生活は変わっていなかった。彼女は極力彼に負担をかけるつもりはないらしく基本的にはクローゼットの内におり、日に一度彼に食料と水を渡しに来てそのついでに本などを借りていく程度だった。


「その、不便は無いの?」


 中に案内された時は苗木が生えている以外は何もなかったし、ユグドがやってくる際にちらりと覗いてもその様子は変わっていないように思える。今まで疑問にも思わなかったのが申し訳ないくらいなのだが、彼女はいったいどうやって寝ているのだろうと思ったのだ。


「別にないぞ?」


 しかし当のユグドは心当たることなどないような表情でそれに答える。それは彼に心配をかけまいとしているようでもなく、むしろなんでそんなことを尋ねてくるのかと不思議そうですらあった。


「え、ええと寝る時とか…………布団もない、し」

「ああ」


 そこでようやく自分は心配されているのだとユグドは気づいたようだった。


「快適と言わぬが困ってはおらぬぞ。元よりエルフの里でも日陰殿の世界のような上等な寝具は使っておらんかったしな」


 話を聞けばエルフの里ではハンモックのような寝具が主流だったらしい。


「でも今は、それもないよね」


しかし今の彼女にはハンモックどころか何枚かの布くらいしかないはずなのだ。


「別にそれがなくてもこう、な…………普通に座って寝るだけじゃが」


 実践してみせるようにユグドは胡坐あぐらをかいて目を瞑る。それは睡眠というよりは瞑想で、日陰からすれば快適に眠れるとは到底思えない。


「えっと、毛布とか…………座椅子を持って行ってもいいから」

「いやいや、それには及ばぬ」


 ユグドは手を振って日陰の提案を断る。


「わしが眠るにはこれで十分じゃし、苗木が育てば生活用品を作るのに必要なものも生み出せるからの」

「…………そうは言うけど」


 きっとユグドの言う通り彼女の体は日陰のような普通の人間とは違うのだろう。しかし自分が快適な寝具を使って女の子を雑魚寝させていると思うと気がとがめる。


「日蔭殿もそんなに余裕があるわけでは無かろう?」

「いや、別にこれは使ってない奴だし…………」

「今使っている物が駄目になったらどうするのじゃ?」

「え」


 問われて日陰の思考が止まる。それは考えてもいなかった指摘だった。


「どんなものでも使えば劣化していくものじゃろう?」

「…………それは」


 その通りだった。例えば布団が破れたとしてそれを修繕するための針と糸はこの部屋にはないし、仮にあったとてそれで完全に元通りになるわけではない。

 修繕した場所が再びほつれるかもしれないし、別の場所が破れるかもしれない…………布団全体が劣化しているという事実は変えられないのだ。


「今あるものが駄目になった時に日蔭殿には代わりのものを調達する手段があるのかの?」

「…………ない、けど」

「それならば人になど貸さず、せめて今あるものを長く使えるようにせねばな」

「…………」


 善意とは余裕のある人間のするものなのだ。身を削ってまでするものではない。


「日蔭殿はわしの世界と繋がる前はどのように物資を手に入れておったのじゃ?」

「ひ、引き籠ってからはあるもので繋いでたけど…………その前は、お店とか通販とか」

「ふむ、通販とはなんじゃ?」

「ええっと…………」


 どう説明したものかと日陰は視線をパソコンへと向ける。


「インターネットって説明したよね?」

「うむ、あの箱型の道具で同じものを持っているものならその中のものを見たり見せたりできるのじゃよな?」

「うんまあ、そんな感じ」


 日陰の説明をユグドなりにそう噛み砕いたらしい。


「そのインターネットでいろんなお店も見ることができて、注文すると家まで届けてくれるんだ」

「それは便利じゃのう」

「えっとこんな感じ」


 実際に日陰はパソコンを操作して寝具屋のページを開いて見せる。元の世界から切り離された場所にこの部屋はあるのらしいのだけど、なぜかテレビは映らないのにインターネットは繋がっているのだ…………もっとも彼以外の利用者はいないようで、SNSを覗いてもあの日以来更新されている様子はない。


「ほうほう、自宅からこんな風にものを選んで買えるのは楽じゃろうなあ」


 興味深げにユグドは日陰の開いたページを見る。これまで彼女は他のものを優先してそれほどインターネットには興味を示していなかったが、ネットショップには思いのほか興味を惹かれたようだった。


「これは購入できぬのか?」

「え、できないと思う、けど…………」


 というかできても意味がない。現状でこの部屋は元の世界と繋がっていないのだし、仮に繋がっていたとしても通販が機能するような状況ではなかったのだから。


「しかし本来ならこのインターネットも繋がってはおらぬのだろう?」

「…………まあ、そうだけど」


 繋がっていないものが繋がっているのだから、それ以上もあるのではないかとユグドは言いたいらしい…………一理はあるが日陰からすると流石に無理があると思う。インターネットはなにか電波的なものだけがまだ元の世界に繋がっているのかもと想像できるが、通販だと流石に誰が届けるんだという話になる。


「物は試し、と日蔭殿の世界でもう言うのであろう?」

「…………言う、けど」


 流石に本当に試すだけになるようなことはやらないのが常識だろうと思う。


「どのように購入するか興味もあるしの、実例を見せると思って…………別に減るものではないのじゃろう?」

「いや、普通なら減るん、だけど…………」


 ネットショッピングとはいえお金は消費する。しかしこんな状況になってしまえば例えシステム的に購入が成立して支払いが発生しようが意味はない。


「まあ、わかったよ」


 折れる形で日陰は受け入れる。別に頑なに拒否するような手間があるわけでもないのだ。


「それじゃあ布団…………より、どうせならこっち、かな」


 どうせ無駄だと思っていても、買ってみるとなったら意味あるものを選んでしまうのが人の性か。アウトドア用品のコーナーからテントや寝袋に折り畳みのチェストなどを選択してかごへと入れていく。


「ほうほう、これは便利そうなものじゃな」

「エルフの里にはなかったの?」


 興味深げに見るユグドに尋ねる。テントくらい異世界でも誰かが思いつきそうなものなのだけど。


「里の外にはあるかもしれぬがエルフの文化にはないのう。世界樹の影響下であれば野営にこのような道具を使わずとも問題ないからな。わしらを狙うような動物もおらぬし木の間にハンモックでも吊るせば十分じゃ」


 だからテントのような道具は発展しなかったということらしい。


「まあ、あれば便利だと思うから」


 届けば、の話だけど…………そう思いながら日陰は購入手続きを済ませた。


 お読み頂きありがとうございます。

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