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十四話 押入れの秘密基地とか定番

 人間の心理とは複雑なもので、例え壁を隔てていようが向こう側から生活音が響いて来ればその存在を強く意識してしまいプライベートを侵されたような気分になる。けれど逆にそこに人がいるはずなのに全く音がしないというのも、それはそれで気になってしまうのだ。


「…………静か、だな」


 ユグドにクローゼットを提供する契約を結んで半日が経過した。彼女は日陰が意識しないように音を立てないと言っていたが、最初にまず生活スペースを作るために中を片づけるだろうからその音はすると思っていた…………しかしそれがない。中には全く余裕がないとは言わないが、そのままでは寝転がるようなスペースすらなかったはずなのにだ。


「…………」


 気になる。プライベートを侵されたくないと主張したのは日陰ではあるが、気にならない程度にその存在は主張してくれないと逆に気になってしまう…………結局どうにも落ち着かないので日陰はクローゼットをノックすることにした。


「ん、どうかしたのかの?」


 するとあっさり返事があった。


「ああ、いや、その…………何か手伝えることはあるかなって」


 口にしてから半日も経過してから申し出るような話ではないと日陰は気づいたが、咄嗟に他には思い浮かばなかった。何の音もしないのが逆に気になってしまったとは気を遣わせるようにした側として流石に言えない。


「心遣いはありがたいのじゃが、概ね作業は終わっているからのう」

「…………作業、してたの?」


 何の音も聞こえなかったのに。


「うむ、音は外に漏らさぬようにしておったからの」

「…………そうなんだ」


 音を漏らさないといっても静かに作業するには限度がある。隣室ならともかく薄い木の板で遮られただけのクローゼット内であれば尚更で、恐らくユグドは魔法的な力で音を遮断したのだろう…………やっぱり魔法使えるのかと日陰は思う。世界樹の話を聞くにそういう超常的な力はあるのだろうと思ってはいたが、直接彼女に確認したことはなかった。


「とりあえず生活するには困らぬようになったし、世界樹の苗木もきちんと根付いたぞ」

「根付くって…………植えたってこと?」

「そうじゃが?」

「え、どこに…………?」


 当たり前だがクローゼットの中にそれを根付かせられるような地面などない。ユグドは苗木を鉢植えにいれていたが、その中の土など微々たる量で床にまいたところで意味はない。仮にリュックに入ってたとしてもそれにしたって大した量ではないはずだ。


「あー、うむ、これは見せた方が早かろうな」


 そんな日陰の困惑が伝わったのかユグドが言う。


「入って構わぬぞ」

「…………いいの?」

「いいもなにもわしは借りておるだけで元は日陰殿の場所じゃしの」


 だから構わぬとユグドはあっけらかんとした口調だった。そういう態度を見せられると自分のプライベートを侵されることを気にしていた日陰がとても小さい人間だと思わされる…………実際否定はできないけれど。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて…………」


 若干の情けなさを噛み殺しつつ日陰はクローゼットの扉を開き…………絶句した。その中は一畳ほどのスペースでありどれだけ整頓したところでやれることは限られている。だからユグドがどんなにうまいことやっても、子供が押し入れで秘密基地を作るような感じにしかならないと彼は思っていた。


「!?!?!?」


 しかし結果は日陰の常識の埒外だった。そこにはもはやクローゼットの原型は残っておらずその空間は広がっていた…………なにせ見上げれば空があり、太陽のような光もある。木張りだったはずの床は土に変わってそれが見渡す限りに広がっていて果てが見通せなかった。


「まだまだ何もないところで恐縮じゃが、ひとまずスペースは作れたじゃろう?」

「うん…………すごいスペースある、ね」


 他に言いようがない。もはやクローゼットと日陰の自室の広さは逆転している。確かにまだ地面があるだけで他に何もない荒野が広がっているだけだが、彼の自室がいったいこの場所に何部屋入るのだろうか。


「ああそうじゃ、日陰殿の私物はあちらにまとめてあるぞ」

「あ、うん」


 呆然としながらもユグドの示す方を見ると、そこにはクローゼットに仕舞ってあったものが丁寧に置かれていた。しっかりと気を遣われているらしく下には布が敷いてある。


「今のところこの場所は無風じゃから土で汚れることもないと思うが、余裕ができたら物置を建ててそこに仕舞わせてもらおうと思う」

「うん、それは構わないけど…………物置、風」


 物置の中に物置ができるのかという矛盾と、その内ここに風が吹くようになるんだという事実に日陰は乾いた笑みを浮かべるしかない。なんというか彼の中の常識がこれまで以上についていけなかった。


「その、これは…………世界樹の、力なの?」

「その通りじゃ」


 ユグドは頷く。


「世界樹は自らの生存に適した空間を生み出すことができるのじゃよ。今は苗木ゆえにエルフの里の時ほどに影響を及ぼすことはできぬが、わしと世界樹が暮らすに問題ない程度の広さにクローゼットの中を広げ大地と空を生み出すことくらいはできる」


 日陰からすれば現状でもとんでもないのだけど、ユグドに言わせればまだ子供程度の力しか使えてないということらしい。


「今しばらく時間は必要じゃが、根を伸ばし世界樹が活性化していけば水が生まれ川となり周囲に植物が育まれるじゃろう…………そうなれば水と食料に困ることもなくなる」

「す、すごいね…………」


 とんでもない話だった。しかしだからこそ疑問がある。


「その、世界樹が色々生み出す力はどこから出てくるの…………栄養とか」


 その存在そのものが日陰の常識を超越してしまっているが、それでも限度があるはずだと彼は思うのだ。人が動くのに食料を必要とするように、どんなものだってその行動には消耗が伴うはずだ。それは世界樹だって例外ではないはずで、実際にユグドはエルフの里に根付いていた大木が呪いをまき散らすのに地脈の力を吸い上げたと言っていた…………世界樹といえと無から有を生み出せるわけではなく力の源は必要なのだ。


 では、この場所に根付いた世界樹の苗木はどこから力を吸い上げているのか?


 それが気にならないはずもなかった。それは恐らく彼がこんな場所で世界樹が育つのかと尋ねた時と同じ答えに繋がるだろう。


「ああ、それならば問題ない、この地には世界樹の力となるものが満ちているからの」


 そしてその時と同じようにユグドは直接答えを口にしないものいいをする。ここなら大丈夫と言われても日陰にはなんで大丈夫なのかさっぱりわからないのに。


「その、具体的に…………」

「それはできぬ」


 しかしきっぱりとユグドは答えることを拒否する。


「なんでか…………聞いても?」

「これは日陰殿が自ら気づくべきこと、だからじゃな」


 諭すようにユグドは告げる。


 そう言われても…………さっぱり日陰にはわからないのに。


 お読み頂きありがとうございます。

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