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十三話 交渉とかあんまり意味がない

「さて、おおむねの経緯はこれで伝わったと思うのでこれからの話をさせてもらってよいか?」


 日陰からするといきなり聞かされるには衝撃の事実ばかりで、できるなら落ち着く時間が欲しかった。しかし当事者であるユグドからすると悠長にもしていられない。彼女からすれば寄る辺を失い浮いてしまった現状をまず落ち着かせてしまいたいところなのだから。


「えっと、契約の変更をしたいって話だよね…………」


 何とか気持ちを落ち着けながら日陰は状況を整理する。今彼はユグドと安全な場所としてこの部屋で休ませる代わりに水食糧の提供を受ける契約を結んでいる。しかしエルフの里は滅びその周囲一帯も焦土と化すとなれば、彼女がこれまでの様に対価を差し出すことは難しいだろう…………そうなれば日陰がユグドに自室を提供する理由がなくなる。


「うむ、それでその内容なのじゃが…………これまでのような一時的なものではなく、永遠にとは言わぬが当面の間この部屋に滞在させて欲しい」

「え、やだ」


 いつかの時と同じように日陰は即答していた。


「くふふ、まあ日陰はそういう反応をするだろうとは思っていたよ」


 しかしそれ自体はユグドの予想の範疇だったらしい。


「しかしこれはわしとしても引けぬ話じゃ。なにせこの場以上に安全に世界樹の苗木を育むことのできる場所は存在せぬからの」


 元の世界であれば例え見せしめの後でも苗を狙われる可能性はゼロではないが、その世界から隔絶されたこの場所であれば絶対に安全だ。リスクの分散としてユグドは他の者たちにも苗木を託しているが、確実に安全な場所があるのならば利用しない手はない。


「た、対価を…………払えない、よね」


 日陰はユグドを嫌いではないし境遇に同情もしている。それに対価を支払ってはいるとはいえ水食糧の提供をしてもらった恩義も感じている…………けれどそれと彼女と四六時中同居できるかという問題は別だ。

 今は多少慣れたとはいえ数時間部屋にユグドがいるだけでも落ち着かない気持ちになってしまうのだ、それが二十四時間続くことは流石にごめん被る。


「無論、対価はこれまで通り…………いや、これまで以上に支払おう」

「ど、どうやって…………」


 確かに今回ユグドはリュックを背負ってやってきたが、その中に入る物資の量なんてたかが知れている。日陰からすれば彼女はその物資を対価として支払う間に新たな居住地を見つけるつもりなのかと考えていたのだ。

 彼女自身も水食糧を必要とすることを考えれば、リュックに入る量なんてあっという間になくなって永住などできるはずもない。


「ああこれは念のためというか、当面の生活に必要な分を持ってきただけじゃ」


 そんな彼の視線に気づいたのかユグドが説明する。


「当面って…………」

「世界樹が根付いて水や食料を生み出せるまでの間、じゃな」

「…………根付く、生み出す」

 

 それは話が変わってくるような単語だった。


「エルフの里全てを賄うような規模とは当然に言わぬが、たとえ苗木であってもわしと日陰殿の生活を賄う程度の水食糧は生み出せるのじゃぞ?」

「…………」


 つまり、日陰の部屋に住み続ける対価をその世界樹の苗木は生み出し続けることができるのだ…………これで日陰がユグドの提案を拒否する大きな理由が消えてしまった。後は単に他人がいると落ち着かないという彼の生理的な理由であり、そんなものだけで故郷を失った少女を放り出す決断ができない程度には日陰は善人だ。


「で、でもさ…………こんな場所で育つの?」


 とはいえそう簡単にあきらめない程度には嫌でもある。それに実際のところいくらその世界樹がすごい木だとは言え自分の部屋でまともに育つのかという疑問があった。普通の植物であればその成長には水に栄養と日光が必要で、この部屋にはそのどれも欠けている…………あれでもユグドの話だと世界樹は水を自分で作り出せるのかと日陰は気づく。だがそれであれば水は問題ないけどその水はどこから生み出しているのだろうかと彼は思う。日陰の常識では計れそうにない。


「ああ、その点に関しては問題ないぞ。この部屋であればこの苗木はこれ以上ないくらい順調に育つことじゃろう」

「そ、そうなの…………」

「うむ」


 どう考えても育つとは思えないが、その存続が第一であるはずのユグドがはっきりと頷いているのだからそうなのだろう。少し考えただけでその存在が理解の範疇を超えていると認識した日陰からすればそれで納得するしかない。


「ええと、でも…………」

「日陰殿」


 それでもなんとか別の理由をひねり出そうとするが思い浮かばない。しかしそんな彼の気持ちをわかっているというようにユグドは穏やかな笑みを浮かべて名前を呼ぶ。


「日陰殿の気持ちはわかる…………ぷらいべーとすぺーすというのじゃろう? 誰だって自分の落ち着ける領域を侵されて良い気分はせぬ。日陰殿が今感じておる不快感は決して非難されるようなことはではない」

「そ、それなら…………」

「だが、わしとて日陰殿に気を遣って引ける立場ではないことも理解して欲しい」


 ユグドは一旦引いて見せ、それに日陰が釣られたところで押し返した。


「ゆえに、ここは妥協案を提案したい」

「…………妥協案?」

「うむ、つまるところ日陰殿はわしが同じスペースに…………見えるところにおるのが落ち着かぬのじゃろう?」

「うん、まあ…………そうなるのかな」


 別に日陰だってずっと一人でいたいと思っているわけではないが、一人だと確信できるような場所を確保しておきたいのだ。


「それならばわしらにはあそこを提供して欲しい」


 そう言ってユグドが視線を向けたのは部屋のクローゼットだった。


「ク、クローゼット?」

「うむ、あの場所であれば視界は遮られるし、こちらの音が伝わらねばわしがおるという意識もせんで済むであろう?」

「…………まあ」


 それでもいるという事実はあるのだから全く気にならないわけではないだろうが、同じスペースで顔を合わせているよりマシなのは確かだろう。


「で、でも狭いし…………物もけっこうごちゃごちゃ、放り込んであるよ」


 クローゼットの中は一畳ほどのスペースしかないし、元々あったものに加えてユグドの滞在のために部屋を片付けた際の不要物が適当に放り込んである。ちょっと隠れるとかならともかく長期的に滞在できるような場所ではないし、そこで植物を育てられるはずもない。


「ああ、そういう点は問題ないぞ…………もちろん中にあるものを壊したりもせぬから安心してよいぞ」

「…………」


 ユグドがそういうのならばそうなのだろう。少なくとも彼女と会ってからユグドは日陰に対して嘘をついたりはしていない。必要とあれば暗に脅しをかけるようなこともあるが、それにしたって彼が一方的に不利益を被るようなものではなく契約自体は公平だった。いくらでも自分の有利に事を運べはしたのだから、その点で言えばユグドは誠実だ。


「…………わかったよ」


 で、あれば確かにこの辺りが妥協点だろうと日陰も判断する。別に彼だってユグドに野たれ死にして欲しいとは思っていないのだから、自分が我慢できそうだと思える範囲であれば妥協するのに躊躇いは無い…………いや、あるけど諦められる。


「契約成立じゃな」


 そんな彼ににこやかにユグドは笑みを浮かべる。


 まだ納得しきれないものは日陰の中にあるけれど、その笑みを前にするとまあいいかと彼は思えたのだ。




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