十二話 綺麗さっぱり後腐れしまくる
「ほ、滅んだって…………え、いや、なんで?」
解決したという言葉と真逆の事実を告げられて日陰は動揺する。確かにそれが事実ならユグドが彼に頭を下げて契約の変更を頼まねばならないという話も理解できるが、それならばユグドがなぜ明るいのかわからないし解決したという言葉も意味不明だ。
「ああ、滅んだというのは正確ではないな…………わしが滅ぼしたというのが正しい」
「滅ぼした…………って!?」
訂正するように告げるユグドに日陰はますます混乱する。そんなとんでもないことを満足げに彼女が口にしている事実もその混乱に拍車をかけた。
「い、いちから説明して、欲しい」
「うむ」
その反応を予想していたようにユグドは頷く。
「まずわしにとってエルフの里は思い入れのある場所ではあっても、最も優先すべきものではないとは以前に言ったと思う」
「それは、うん」
それに関しては日陰も覚えている。世界樹の巫女にとって大切なのは世界樹の種だけであって共生関係にあるエルフの里自体は優先すべきものではないのだと。
「しかし実際のところ世界樹はエルフの里に根付いておる。それはつまり世界樹を守るためにはエルフの里を守る必要もあるということじゃ…………一度根付いた大木を動かすことなどできぬからのう」
世界樹が動けぬ以上は共生相手を替えるのも簡単にできることではなく、エルフの里が滅べば世界樹は無防備になってしまう。そうなれば魔族であろうが人間であろうが世界樹を利用したい存在の思う通りになってしまうだろう。
「わしが強硬手段に出れなかったのもそれが理由じゃな。若者を多く失えばエルフの里の未来は暗くなるし、いくら里を売ろうとしていた連中とはいえ殺せば残された者たちがわしを見る目も変わるじゃろう」
いくら仕方ないことであっても子供を殺されれば親は穏やかではいられない。過激な行動に出た若者のほとんどは守旧派や中立の者の子供なのだ。それを殺せばユグドに対する不信の種となっていずれ芽を出す。例え今強硬手段で脅威を排除したところでいずれそうなるのでは意味がない…………だからこそユグドはあえて受け身のまま穏便な打開策を模索していたのだ。
「しかし日陰殿はわしに言うたであろう?」
「ええと、なにを?」
「世界樹はどうしても必要なものなのか、と」
「確かに言った…………けど」
それは日陰からすればユグドが世界樹の巫女という義務に囚われているように見えたから口にした言葉だ。どうしようもない状況なのであればその立場から逃げてしまってもいいんじゃないかという意図で…………けれど彼女の表情は違う意味に受け取ったように見えた。
「それでわしは気づいた…………正確には思い出したのじゃ。わしは世界樹の巫女であり世界樹を守る義務があるが、守るべきものは世界樹そのものではないということをな」
「…………ごめん、意味が分からない」
世界樹を守るのが役目なのに世界樹を守らなくていいのは矛盾しているように聞こえる。
「わしの立場について最初に説明した時にも言ったであろう? わしが守るべきは世界樹そのものではなく世界樹という種であると」
「あ」
確かに彼女はそう言っていた…………そしてそれを思い出したことで日陰は概ね彼女の言わんとすることを理解してしまう。
「いやはや自分で口にしておきながら目が曇るとはわしもまだまだじゃった。確かにエルフの里に根付いた世界樹は永き時を生きた大木でありこの上なく貴重な存在…………しかしながら世界樹という種そのものと引き換えにできるようなものではない」
それを守ろうとして世界樹という種そのものが絶えてしまっては意味がないのだ。
「ゆえにわしは世界樹という種を守るために、エルフの里もそこに根付いた世界樹の大木もその種の未来のための犠牲とすることにした」
「そ、それで滅ぼしたってこと?」
「うむ」
何でもないことのようにユグドは頷く。
「どうせ里に関しては守旧派もかなり殺されてしまっていたからのう。世界樹に関しても流石は永く生きた長老樹なだけあって快く種のために身を捧げる決心をしてくださった」
「…………そ、それでどうなったの?」
「無論、すべてうまくいったとも」
ユグドは笑みを浮かべてその手に持っていた鉢植えを日陰へと見せる。
「世界樹の苗じゃ」
大木が失われても此処に世界樹の種は残っているのだと。
「これと同じものを里から逃れた者たちにも持たせておる」
「え!?」
「何を驚く」
その驚きを心外というようにユグドは息を吐く。
「わしとてエルフの里に思い入れはあると言ったじゃろう? 魔族共にいいように動かされた馬鹿者どもはともかく、それに同調せんかった連中まで死ねばよいとは思っておらぬ…………粛清されずに無事だった者たちは事前に世界樹の苗を持たせて逃がした。逃げた先でよい地を見つければそこに新たなエルフの里ができるじゃろうし、いずれはわし以外の世界樹の巫女も生まれよう」
種の存続という目的を考えればユグドだけではなく別の集団にも苗を持たせるのはリスクの分散という意味で合理的だ。仮に彼らかユグドの持つ苗のどちらかが失われても世界樹という種は残るのだから。
「えっと、つまり避難して終わりってこと?」
エルフの里を滅ぼしたというから戦々恐々としたが、今聞いた限りではユグドと無事だった里人とで世界樹の苗をもって避難しただけのようだった…………エルフの里を滅ぼしたという言葉とは事実が異なるように思える。
「くふふ、そんなわけがなかろう。それでは里に残った世界樹は魔族や馬鹿どものいいようにされてしまうし、わしはともかく里から逃げた者たちの身が危ない」
魔族やそれにそそのかされた若者たちは世界樹を自分たちのものにして利用することが目的なのだ。ただ避難しただけであればユグドの言う通りその目的は果たされてしまうし、苗を持って逃げたエルフたちも追われることになるだろう。
「ゆえに、わしらが避難した後に世界樹の大木はその力を全て呪いへと変えて愚か者どもを滅ぼす手筈となっておる。地脈の力を全て吸い上げて呪いに変える予定じゃから、仮にその呪いをどうにかできても周囲一帯は草木すら生えぬ荒れ地となるじゃろうな」
「…………」
つまりエルフの里の在った周囲は焦土と化すらしい…………とんでもない話だった。
「世界樹の大木は失われてしまうがこうして苗が残り…………世界樹に手を出せばどうなるかを愚か者どもは思い知ることになるじゃろう」
一時の犠牲は大きいが、将来を見据えればその意味は大きい。エルフの里の生き残りが避難先で上手く里を再興させたとしてもそれを狙おうと思うものは少なくなるだろう。見返りが大きくても失敗した時の被害があまりにも大きすぎるからだ。
「くふふ、これは大木を守ることに固執しておっては思いつかぬことであった…………それを気づかせてくれた日陰殿には感謝してもしきれぬの」
「ええと、うん…………役に立てたならよかったよ」
そんなアドバイスはしていない、そう思いつつも日陰は口には出せなかった。
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