プロローグ
密室というのは素晴らしい…………なにが素晴らしいかって言うと外が見えないのが素晴らしい。見えてなければ存在しないもの同じこと。そして存在しないものからは影響を受けないし、存在しないものの事を気にする必要はない。
自分だけの空間に自分の好きな物だけを置いて生活する…………それだけでいいし、それ以外は必要なんてない。
「へへ、引き籠もり、最高」
そんな事を思いながら彼は力なく呟く。その髪は無造作に伸びて目と耳を覆い隠していてその表情がはっきりと見えない。しかしやる気なく緩んだその口元は呟いた言葉とは反対に楽しそうには見えなかった。
「あ、死んだ」
それほどショックを受けた様子もなく呟いて彼は握っていたコントローラーを置く。その目の前のデスクにはパソコンとモニターが置かれていて、モニター状にはキャラクターが死亡したことを示すようにYOU DEADの文字が赤く表示されていた。
「こんなところで死んだことなかったのになあ」
集中していなかったとはいえやり尽くしたはずのゲームだった。目を瞑ってでもプレイできるくらいだと自嘲していたくらいなだけに彼は少し思い悩む。
「あー、そういえばしばらく、なにも食ってなかった、っけ」
呟いて彼は座っているゲーミングチェアをデスクから一回転させる。それだけで見慣れた八畳ほどの自室は一望できた。無造作に敷かれたままの布団から寝ながら見えるよう壁際に置かれたテレビとゲーム機、そして空いた壁を埋めるように並べられた本棚。それ以外の床には通販の箱などが無造作に置かれていて乱雑な印象だが、流石に生臭いのは嫌なのか食べ物のゴミなどは混ざっていなかった。
「えっと、確かこの辺に」
椅子から立ち上がって段ボールの一つを手に取る。しかしその感触は軽く中身を見ないでも空なのが分かった。では違う箱かと手に取ってもそちらの感触も軽い。
「昨日の缶詰で、最後だった、か…………」
呟いて彼は自室の扉へと視線を向ける。閉ざされたその扉を開ければ食料のまだ残っている台所へと行ける。その途中にあるトイレで先ほどから微妙に催している尿意も解消することができるだろう…………電気も水道も不思議とまだ止まっていないのだから。
もっとも止まっていないだけで、水道水は飲むことの危険性が指摘されていた。
「うう」
扉へ近づくのも躊躇われて彼は呻く。引き籠もりは最高だ。しかし食料の補給は必要だし生理現象は部屋の外で解消しないと色々困る…………それだけは引き籠もりであっても避けられない問題だ。
大丈夫、と強く心に念じながらドアノブを握る。こうなってからすぐにトイレと台所までの安全は確保してある。道中にあるそれ以外の窓も扉も念入りに封鎖しておいた…………言うなればこの自室からトイレと台所までが外とは遮られた密室のようなものなのだ。その間にある扉を一つ空けることくらい大した問題ではない…………はずだ。
「大丈夫、大丈夫」
口に出して覚悟を決めて、彼はドアノブを握る手に力を籠める。
そうして開かれた先には薄暗い廊下が広がっている…………はずだった。