55話「旅路の途中」
捜索は、一筋縄ではいかなかった。
人手が増えたとはいえ、僕らは全員が素人だ。舗装された路面に慣れきった僕らの体力を、腐葉土の地表は容易く奪っていく。
加えて、流石に生きた動物のいる巣穴には、手出しができない。サユキさんが手を回してくれているとはいえ、安全が何よりの優先事項だ。
朝から始めた作業も、そろそろ佳境というところだろうか。だというのに、昼食も抜いて、日が傾き始めた今頃になっても、目的のものは見つかりそうになかった。
「まあ、そりゃあ、そうだよな。言っちゃ悪いが、駄目で元々だと思うぜ」
柔らかい土にシャベルを突き立てながら、明樂先生はぼやく。
「10年も前の遺体だぜ。とっくの昔に土に還って、バラバラになって、見つからないのが当たり前だ」
「……その割には、付き合ってくれるじゃないっすか。今回も、メイの時も」
特に、前はひどい目に遭ったというのに、今回もまた力を貸してくれるとは、思わなかった――とまでは言わないが、恨み言の一つくらいはあると思っていた。
しかし、実際は、無茶な計画への苦言こそあれ、先生はこうして、僕たちの下へ来てくれた。
その理由を問う僕に――明樂先生は、ニヤリと笑いかける。
「……馬ァ鹿。お前みたいなガキは、気にしなくていいんだよ。助けてくれる大人にゃ、大人しく助けてもらっとけ」
そんな風に誤魔化した彼の言葉の裏には、何かがあるような気がしていた。口にした言葉だけが全てでなく、人は、一面しか持っていないわけではない。
だから、彼がそれをぽつりぽつりと語り出すまでに、たっぷり30分近い時間が必要だった。
「――ずっと、悔やんでたんだよ」
大きな石を一つ、横合いに退けながら、先生は語り始める。
「教師を辞める前の、唯一の後悔だった。久木の家のことと、あとは、お前のことだ」
「……僕のこと?」僕は鸚鵡返しにする。
「ああ、お前の脆さには、薄々気が付いていた。だから、このまま送り出せば、どこかで折れちまうとも思ってた……そして、実際にその通りになった」
僕は、中学の頃の自分を思い浮かべる。
今と大差ない子どもではあった。しかし、違いがあるとすれば、根拠のない自信に満ち溢れていたことだろうか。
井の中の蛙。そうだったからこその無謀さは、確かに危なっかしく見えただろう。
「と、まあ、そんなお前がよ。いっぺんは腐っちまったが、また立ち直って前に進もうってんだ。多少の無茶くらい、どうにかしてやるさ」
「……じゃあ、萌音さんや、サユキさんは?」
「さあな。二人とも、何かあるのかもしれないし、大して無いかもしれねえ。いいんだよ。んなもん、後付けとかでさ」
「そんなもん、なんすかね」
「そんなもんさ、世の中。お前が思うよりずっといい加減で、ずっと感情的だぜ」
ひと息吐きつつ、さらに掘り進める。
関節も、筋肉も、酷く痛んでいる。連日の作業で疲弊した僕は、もうここに、ほとんど執念で立っていた。
「世の中が、いい加減だとしたら」それは、思わず口を衝いていた。
「僕らは一体、どうしてこんなに生きづらいんすかね。どうしてこんなに、傷つかなきゃいけないんすかね」
誤魔化すように口にした言葉は、たぶん、本音だ。
もっと救いに溢れる世界でもいいだろうに。なのに、世界は苛烈で、救いがない。
後ろに向かって歩かなければならない、棘だらけの道を、ただ一人。ハッピーエンドなんてどこにもなくて、いいとこ妥協点の幕引きを、僕たちは選ばせられる。
そんな風に、斜に構えた僕を――明樂先生は、笑い飛ばした。
「アスタぁ、お前、随分真面目なんだなぁ」
「なんすか、茶化さないでくださいよ。これでも、一応――」
「茶化してなんかいねえよ」彼は、横合いの地面にシャベルを突き立てて。
「……茶化したりなんか、するもんか」
その顔に、どこか懐かしさのようなものが浮かんでいたのは、気のせいだろうか。
或いは、誰もがこうして苦しんで、傷ついて、大人になっていくのかもしれない。明樂先生や萌音さん、サユキさんや久木父も、いくつもの悲しい思い出や、辛い経験を下敷きにして、ここまで来たのだろう。
だから、誰かを重ねるようなその視線は、きっと、ここまで歩んできた、自分自身を――。
――そう、僕が思いを馳せようとした、その時だった。
「アスタさん、明樂も、こっちに来てください!」
遠くから聞こえてきたのは、萌音さんの声だった。彼女が他人を呼び捨てにするのは初めて見たが、それどころではない。
僕と明樂先生は一足に駆けていく。10メートルかそこら、山肌を滑り降りた辺り。そこに、彼女らはいた。
そのすぐそばには、崩れかけた洞穴のようなものが見えた。恐らく、大型の動物が冬でも越したのであろう。崩落し、埋まりかけていたそこは、半ばほどまで掘り返されていた。
「……来たな。二人とも、これを見てくれ」
穴の近くに立っていたサユキさんが、振り返りつつ、シャベルの先で何かを指し示す。
「――これ、は」僕は言葉を失った。
彼女が指していたのは、恐らく、何らかの革製品の一部だ。
経年によって朽ちており、その形は失っていたものの、僅かに残る形状から察するに、これは――。
「靴。これ、■■ちゃんが、よく履いてた……」
メイが、呆然としたまま漏らす。確かに、見方によっては靴に見えないこともない。女児向けの赤いローファーの一部。だとするのなら。
「……メイ、一つ、頼まれてくれないか?」
それは、確信だった。この下に、恐らく彼女はいる。それがわかったからこそ、僕はメイに、それを頼むことにした。
「――アスタ、それって」
「頼む、たぶんこれは、お前にしか頼めない。いや、お前がやってくれなきゃ、駄目なんだ」
僕の言葉の全てが伝わったわけではないだろう。
それでも、メイは深く頷いた。そして、踵を返す。忙しく遠ざかる足音を聞きながら、僕は再び、シャベルを握り直した。
「……さて、最後の一仕事と行くか」
そのまま、土砂を掘っていく。先程まで掘っていたところと違って、砂利を多く含んでいるからか、両腕にかかる負荷は、大きくなっているようだった。
それでも、ここまで来たのだ。
あと、一歩というところ。ならば、もう、諦めるという選択肢はない――。
明樂先生と、萌音さん、サユキさんたちに手伝ってもらいながら、僕は一心不乱に山を掘り続けた。途中、潰れたマメから滴った血が、何度も指先を滑らせたが、その度に、何度も何度も奮い立たせる。
そして――作業を初めて、数十分。指先の感覚も、遠くなり始めた頃だろうか。
僕は、ついに"それ"を見つけるのだった。




