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ねがいの灯火―犬のカミサマと願いの絵馬―  作者: さんささん
終章「神なき世界に願いの灯」編
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54話「泥濘踏み締め」

 翌朝、僕とメイは、日の出と共に裏山へ向かった。


 最後の2日間。もう、なりふり構っている余裕はない。手がかりは掴めたものの、探さなければならない範囲が広大であることは間違いない。


 普段の僕であれば、折れていたか諦めていたか――そうでなくとも、理由をつけて投げ出していたに違いない。


 だが、今は違う。なりたいものになるために、生きたいように生きるためには、痛みにだって耐えなければいけないし、やるべき時に踏み出せないようでは、きっと、どこに至ることもできはしない。


 そうわかっているから。理解できているから、僕たちの足が止まることはない。


 と、僕らが裏山の入り口、丁度、重機が置いてある麓の辺りまで来たところで、僕らを持つようにして佇む、人影が見えた。


 まず目立つのは、小山のような、大きな体。その脇に控えるのが、背の低い、内気そうな女性。そして、何より、朝の日差しを照り返すようにして煌めく、ブロンドの髪だ。


「早いっすね、明樂先生、萌音さん、んでもって……サユキさん」


 各々の名前を呼びながら、僕は苦笑いした。絵に描いたような勢揃い。自分の交友関係の狭さを実感すると同時に、まるでクライマックスに展開を詰め込もうとする映画を見ているような、そんな気持ちになる。


「早いっすね、じゃなくてよ。まずは礼の一つも言えねえのか、お前は」


 明樂先生が、呆れたように息を吐く。


「まあまあ、いいじゃないですか。たまの休日、体を動かすっていうのも」


 萌音さんが優しく微笑む。その手にはピカピカの軍手がはめられており、準備は万端のようだ。


「ふむ、ところでカナタよ、一つ聞いていいか?」


 先頭に立つサユキさんが、改めて、といった調子で口を開く。普段はビジネスカジュアルな服装が多い彼女も、今日ばかりはスポーツウェアに近いものを纏っていた。



「はい、なんすか?」


「いや、方針を聞いておきたくてな。探すのは山の北側、特に――」


「――そうっす、動物の住んでいた形跡がある、洞穴や茂み。それで、間違いないっす」


「……危険だな。季節的にも、野生動物に遭遇する可能性は否めない。10年前と違って、この山に熊は住んでないらしいが――」



 それにしても、大型の草食動物だって、遭遇すれば大きな脅威になる。


「だとしても、やらなきゃいけないんすよ」


 僕は、眼前に広がる山肌を睨みつける。


 過去も。

 現在も。


 そしてたぶん、僕らのこれから――未来なんて呼べるものも、何もかもがこの山に内包されている。


 だから、それを見つけなければならない。

 忘れ物を、取りに行かなければならない。


「ふっ、そう言うと思っていたさ」


 サユキさんが、呆れと喜悦の混ざった笑みを浮かべた。



「地域の猟友会には声をかけてある。午後には、麓に待機してくれる手筈だ」


「……流石、準備いいっすね。まるで、先が見えているみたいだ」



 僕の言葉に、彼女は目を丸くした。意外な反応に、思わず戸惑いが口を衝きそうになる。


 しかし、それよりも早く。


「未来視など、あるものか。ただ、私は展開を読んだ。それだけだ」


 妙に嬉しそうに、そう口にした彼女は、背後に目配せをする。



「……明樂、道具は準備してあるのか?」


「へ、へい、ひめさ……サユキさん! うちのトラックに、人数分積んであるんで……」



 声をかけられた先生は、見たことがないほどにたじろいだ様子で、背筋を伸ばした。


 これまた、意外な組み合わせだ。知り合いとは聞いていたが、一体――。


「――どういう関係?」


 僕よりも早く、メイが脇腹を小突く。底意地の悪いニヤケ面もセットだ。


「……うるせえ、大人にゃ、色々あるんだよ」


 いつになく歯切れの悪い、明樂先生の顔が歪むのをからかっていると、不意に、手が打ち鳴らされる。


 萌音さん――とは言っても、軍手に包まれた両手では、気の抜けた音しか出なかったのだが。


「ほうら、皆さん、いつまでも歓談はしていられませんよ。作業始めないと、時間が無いんですから」


 諌めるように口にしつつ、足を進める彼女に続いて、僕らも"サイクルショップ・アキレア"のトラックへと向かう。


 積まれていたシャベルは、昨日まで僕が使っていたものよりも、大きく頑丈なものだ。手に馴染む金属の感触が、どこか心強い。


 同時に、重さも。連日の疲労もあるのだろうが、ズシリと僕の腕にのしかかってくる。


 ――これが、恐らく、最後の猶予になる。


 時間的にも、体力的にも、状況的にも。ここでしくじったら、僕らはもう、二度と。


 そう理解しているからこその重量。そう理解しているからこその、躊躇。否、恐れだった。


 何かを掴めるという希望を手にするのなら、届かずに失う絶望だって、同じように僕らの前に現れるものなのだ。


「――いや、それは格好つけすぎか」


 自嘲しつつ、首を振る。誰に見られるわけでなくとも、外面を気にしてしまうのは、僕の悪い癖だ。


 好きな映画をクライマックスまで見るのが悲しいような。

 手に残る紙の厚みから、残りの展開を予想してしまうような。


 終わりを惜しむ、寂寞感が近いものだろうに。


「……大丈夫だよ、アスタ」


 そんな僕の手を、温かく包み込む。メイの手のひらは、ここ数日の作業のせいか、あちこちにマメの固さを感じた。


 それでも、熱は伝わる。慮る体温が、何より、優しさが。



「あの子のいない世界を、私たちは歩いていける。最後にそう、伝えなきゃ」


「……ああ、だな」



 僕は、背を押されるようにしてシャベルを担ぐ。もう、重さは感じない。迷いもない。


 結局のところ、一時が万事そうなのだ。僕らが歩いていくために必要な強さなどそんなもので、誰かの助けなしでは歩いていけない。


 だけど、そんな時に助けてくれるカミサマがいないのなら――僕らは、自分の足で立つしかない。


「――行こうぜ、みんな。日が暮れる前に、終わらせよう」


 何度でも、何度でも。

 旅立つカミサマが、不安にならないように。

 

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