表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねがいの灯火―犬のカミサマと願いの絵馬―  作者: さんささん
1章「向日葵畑に消えた過去」編
4/33

3話「1枚目の絵馬」


  『ひと目で構いません

   どうか、"あの人"にまた

   会えますように

 

           アキヨ』


 絵馬に書かれていたのは、ただそれだけだった。


 もう、奉納されてかなりの年月が経っているからか、端のほうはささくれ立っており、文字も一部黒ずんで、判読が難しくなっている。何年ほど前に書かれたものなのか、皆目見当がつかない。


「……これだけで、誰が書いたのかを見つけろっていうのかよ」


 手元の絵馬を睨んで、独り言ちる。


 いつまでも、あの神社にいては、藪蚊の標的にされるばかりだ。僕とモモはひとまず、山を降りることにした。


 急斜面を下りつつ、絵馬を観察してみたものの、古いものであるということ以外には何もわからない。


 "アキヨ"と言う名前はあるものの、逆に言ってしまえば手がかりはそれだけだ。それに、これだけ年季が入っているものであれば、もう書いた本人が、この町には居ない可能性もある――。 


「大丈夫だよ、安心して、アスタ」


 ――そう、不可能の理由付けに忙しい僕に、先を歩くモモが声をかけてくる。



「絵馬は全て、願いが叶う見込みがあるからこそ、薄っすらと光を帯びているんだ。つまり、君の手元の絵馬が光っている限り、まだ、可能性は残っていると思う」


「残っている……って言ったって、これじゃなあ……」


 町行く人たちに、名前でも聞いて歩こうか。いや、そんなことができるのであれば、僕は学校を辞めたりなどしていない。


 SNSやネットを利用する策も考えたが、"アキヨ"なんて名前はありふれている。恐らくは確信に至れず、時間ばかりが過ぎていくことだろう。


「なあ、モモ、お前カミサマだっていうのなら、そのくらいは何とかならないのか? 神の奇跡ってやつで、せめて、誰が書いたかくらいはさ」


 しかし、モモは首を振る。



「駄目だよ。ボクの神通力は弱っているんだ、そんなことに力は貸せないね」


「なんだよ、それ。元はと言えば、お前の信仰を集めるために協力するって……」


「ボクの信仰だけじゃなくて、この体を取り戻すためだよね。そりゃ、わかってるけど、こういう無理難題をスマートに解決してこそ、神の使いなんじゃないの?」



 神の使いになった覚えはねえよ。


 そう、激しく言い争いをしていると、やがて、斜面が終わり、なだらかな平地が僕たちを迎えてくれた。


 来たときと同じ、重機の間をすり抜けるようにして、僕たちは、裏山を後にしようとして――。


「あれ、おーい、アスタぁ! こんな所で何やってるの!」


 ――不意に、前方から聞こえてきた声に、身を固くするか。


 見れば、停められたショベルカーのバゲット越しに、見覚えのある人影が立っているのが見えた。


 女性にしては高い身長、長い髪は、太い一つの三つ編みにして、肩のあたりに下げている。


 そして何よりも――その勝ち気な瞳は、昔から僕のことをまっすぐ射抜いてくるのだ。


「……メイ!?」


 呟きつつ、僕は、顔が引き攣るのを隠せなかった。


 久木(ひさぎ) (めい)


 小学校に入る前からの付き合いで、有り体に言えば幼馴染みというやつだ。


 彼女はこの町に唯一の公立高校の制服を身に纏っていた。朝のぼやけた景色に、はっきりとした黒髪と、白いブラウスの明るさが、酷く印象的だった。



「アスタ、なんだか久し振りだね! 春に帰ってきたって聞いたのに、顔見せないから心配してたんだよぉ!」


「……ああ、まあ、な」



 僕は適当に濁す。ハキハキと、明るく、そして人懐っこく。事も無げに懐に入ってこようとするこいつが、昔はそんなに嫌いじゃなかった気がする。


 しかし、今は少なくとも、その眩しさは目障りなだけだ。腐ってしまった僕には――羨ましく、妬ましい。


「モモくんも、久し振り! ちょっと前よりも、痩せた感じしない?」


 屈み込んだメイが、モモを撫で回す。


 また流暢に喋り出すのではないかと、ハラハラしていたが、彼は大人しく撫でられていた。どうやら、人前で犬が喋ることの異常性は理解しているようだ。 


 とはいえ、不意にボロが出ないとも限らない。僕は、メイの意識を別の話題に逸らすことにした。


「……そ、それよりさ。お前、なんで制服なんだよ。今日は土曜日だし、時間もめちゃくちゃ早いってのに」


 散歩の時間に早朝を選んでいたのも、彼女に会いたくなかったのが半分くらいだ。なのに、どうして。



「いや、さあ。うちの学校、来週文化祭なんだ。ほら、流石に失敗できないし、しっかり朝練しておこうかなって」


「通学路もこっちじゃないだろ、裏山の脇なんて、普段通らないんじゃ……」


「こっちのが近道なの。流石に中学生に混じって歩くのは気が退けるけど、朝練なら問題なーし!」



 思えば、この辺りで適当に会話を切り上げておくべきだった。「頑張れよ」とか、「急ぐから」とか、そんな風に吐き捨てて。


 しかし、僕は深く考えることもなく、曖昧に「そうか」と返してしまう。だから、会話を打ち切ることができない。


「……というかさ、アスタこそこんな時間に、こんな場所で何してるの?」


 どきりとした。だから、とっとと立ち去ってしまえばよかったものを。そうする度胸もないから、訊きたくないことを訊かれるのだ。



「いや、別に、ただの散歩で……」


「中学の時とコース違うじゃん。っていうか、裏山の方から降りてきてなかった?」


「別に、ただの気晴らしだよ。たまには少し、体を動かそうとしてたんだ」


「ふうん、でも、あの山って、ふるーい神社が、ひとつあるだけだよね? もう、ずっと放っておかれてるやつ」


「……知ってるのか?」僕は少なくない驚きとともに聞き返す。


「うん、確か、何年か前に、子供の滑落事故があったとかで、みんな近付かなくなっちゃったけど」


「……滑落。そうか、それで」


 だから、あの神社はあんなにボロボロだったのか。


 そう言えばそんなニュースがあったような、なかったような。朧気にしか覚えてはいないが、なんとなく、あの寂れ具合にも納得がいった。


 チラリと、僕はモモに視線を向ける。表情こそ読めないが、彼は、メイの言葉を複雑そうな様子で聞いていた。


 それもそうか。自身の神社が寂れるきっかけになった話だ。とはいえ、口を挟まないだけでも、幾分利口に思えた。


「ていうか、アスタ、それ何持ってるの?」


 メイの興味は、続いて僕の手にした古い絵馬に移ったようだった。


 慌てて後ろ手に隠すも、既に遅し。学業だけでなく、スポーツにも秀でた彼女の俊敏な動きが、僕の手首を掴み上げた。


「……っ、離せよ……!」


 悲しいかな、引きこもりの腕力。同い年の女子に腕を掴まれても振り払えないのは、少しだけショックだ。


 彼女は僕の手に握られていた絵馬を見て、首を傾げる。それもそうだろう、光る絵馬なんてのは、あまりにも珍妙だ――。


「……なにこれ、古い絵馬……? なんでこんなの持ってるの?」


 ――しかし、僕の予想に反して、彼女の反応は希薄だった。


「そりゃあ、ほら、やっぱり目立ってたし……」


 僕は適当な言い訳を試みる。目立っていたから何だというのだ。



「え? 別に、普通の絵馬じゃない、目立つも何もなくない?」


「……そうか?」湧いた疑問が、輪郭を帯びる。


「ていうか、これ山の上の神社から持ってきたやつ? 駄目でしょ、勝手に持ってきたら」


「いや……まあ、それはそうなんだけど、そっちは許しが出ているというか……」



 当然、言葉の意味が通じるはずもない。



 まさか――見えていないのだろうか、この輝きが。



 わう、とモモが吠える。それはまるで、僕の想像を肯定しているかのように。


 となれば、いよいよ、何もかも僕の見ている幻覚説が補強されてきてしまうのだが――そんなことを深く考える余裕もなく、僕の手から、絵馬がひったくられる。



「あっ、ちょ、お前……何すんだよ!」


「えー、いいじゃんいいじゃんちょっとくらい。減るもんじゃないんだし」


「でも、人の願い事を勝手に覗くなんて、よくないだろ……!」


「それ、絵馬泥棒のアスタが言う?」



 何も言い返せなかった。


 正しくは絵馬泥棒というわけではないのだが、確かに状況だけを切り取れば、そう言われても仕方がない。


 モモの前脚が、プルプルと震えていた。こいつ、笑ってやがる。

 メイはしばらくの間、絵馬を眺めていた。やっぱり女子ってやつは、恋バナが好きなものなのだろうか。興味深げに視線を這わせていた彼女は――。


「……あれ?」と首を傾げた。


「どうかしたか? 確かに、"あの人"とか、漠然とした願い事だとは思うけどさ……」


「ううん、そうじゃなくて、ほら、ここ」


 彼女のたおやかな指が指していたのは、絵馬の右下――名前が記された部分だった。



「――"アキヨ"……って、これ、駄菓子屋のアキヨおばあちゃんのことじゃない?」



 まるで、子供のように高揚した声で、そう、口にするのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ