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ねがいの灯火―犬のカミサマと願いの絵馬―  作者: さんささん
1章「向日葵畑に消えた過去」編
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11話「繋ぐ花弁」


「――ぶん」メイが、ふと、口にする。


「え? お前、今なんて……」


「……新聞、新聞なら、どう? 投書欄とか、尋ね人とか、何かしらあるんじゃない? もし、記憶が失くなってても、自分のことを見つけて貰うために、新聞に載せるとかって……あったりしない?」



 それを聞いた僕の目は、足元に転がる紙片を捉える。


 新聞――確かに、それは無い話では無さそうだった。いや、むしろ、それが一番、何かが見つかる可能性が高い。



「新聞なら……図書館で、アーカイブが借りられるはずだ。萌音さんに言えば、協力してくれるだろ」


「それじゃ、今から図書館、行こうよ! アキヨさん、このままじゃ可哀想だもん……」



 普段だったら、明日でもいいだろうと、そう躱していたはずだったが、今回ばかりは、そうもいかない。


 何せ、結論を焦ったせいで、アキヨさんから希望を奪ってしまったのは、僕なのだ。もし、僕の至れなかった真相なんてものがあるのなら、一刻も早く、彼女にそれを伝えなければならない。


 頷いて、僕とメイは部屋を飛び出していく。外に出てみれば、じんわりと空の色が変わり始めていて、遠くから聞こえてくる蝉の声が、物悲しいものに変わっていた。


 図書館の閉館時間が近い。僕とメイは一心不乱に、夕暮れの道を駆けた。


 ぐんぐんと、彼女の細い背中が引き離されていく。運動不足の引きこもりである僕よりも、メイの方が、足が速いのも当然か。


 息を切らしてついていくのがやっと。本当に、どこまでも無様を晒すものだ。


「――ねえ、アスタ。絵馬、見てみてよ」


 不意に、足元から聞こえてくる声に、視線が向く。見れば、僕と並走するようについてきていたモモが、こちらをじっと見上げていた。


「……っ、絵馬……!?」


 言われるがまま、懐から絵馬を取り出す。


 すると、先ほどまで、あの不思議な輝きを失っていたはずの表面が――淡く光っている。



「これ、って……!?」


「絵馬が、力を取り戻したんだ。君がもう一つの結論に辿り着こうとしているから。叶わないと諦めてしまった願いごとを、再び手繰り寄せようとしているから」



 理屈は、わからなかった。カミサマの言うことは、いつだってどれだって、要領を得ない。


 しかし――シンプルな話だ。どうやら、首の皮一枚繋がった、ということらしい。まだ、この物語には、取り返しがつく――!


「ちょっと、アスタ! 何やってるの、早く!」


 遠くでメイが呼ぶ。僕は乳酸が溜まって、へこたれそうになってきた足に鞭を打ち、さらに加速する。


 焦ったって、新聞記事葉逃げたりしないだろうに、なんて、無粋なことは言わない。突き動かされる気持ちは、僕だって同じだからだ。


 そうして、僕たちが図書館に着いたのは、それから十分ほどしてからのことだった。


 エントランスに駆け込めば、カウンターの拭き掃除をしていた萌音さんが、汗だくの僕たちを見て目を丸くした。驚かせたのは悪かったが、今は、それを詫びている時間もなかった。



「あ、アスタくん……と、そのお友達ですかね? 一体、どうしたんですか?」


「悪い、萌音さん。ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだ」



 手伝ってほしいこと? と、首を傾げる彼女に、僕はここまでの経緯を説明する。


 彼女は、しばらく僕とメイの話を聞いていた。そして、ゆっくりと咀嚼するように頷いてから。



「……事情は、わかりました。確かに、お二人の仰る通り、新聞に何か投書のようなものをしている可能性はあるでしょう」


「やった、それなら!」



 と、喜ぶメイを、萌音さんは片手で制する。


「――でも、多分、それを見つけることは不可能です」


 どこか申し訳なさそうに、彼女は、そう続けた。



「……不可能? どうしてだよ」


「単純なお話です。調べなければいけない量が、膨大すぎる。アスタくんは、その人が漂着した可能性がある、九州南部と沖縄の島々……その辺りで当時、どのくらいの新聞が読まれていたか、知っていますか?」


「いや、わからないけど。新聞って、そんなに種類があるものなのか……?」



 誰でも名前を知っている全国紙と、たまにコンビニで見かけるスポーツ誌くらいしか知らない。


 ましてや、五十年前ともなれば、どんなものがあったかなんて、わかるはずもない。


 そんな僕に、萌音さんは淡々と答える。



「正解は、およそ五社程度。さらにそこに、地方ローカル誌や、全国紙の地方版を含めれば、十社は超えてくるでしょうね」


「……? そのくらいなら、手分けすればいけそうじゃない?」



 楽観的に言うメイとは裏腹に、萌音さんは首を振った。



()()()()()()()()()。だって、その人がいつ流れ着いて、いつ、聞に投書を行える状況になったかなんて、わからないですよね? もしかすると、事故に遭った時の怪我なんかで、長く植物状態になってたかもしれません」


「……なるほど、ほとんど丸々五十年分、全日分を十社も、調べなきゃいけないなんて、現実的じゃないな」



 単純に、三百六十五日、それがかける五十年で、一万八千近く。さらに十社分も連なれば――最大で二十万部弱の新聞を確認しなければならなくなる。


 それも、流し読みをしていくわけにもいかない。一つ一つ、記載された内容を精査して、"あの人"に繋がる情報なのかを調べなければならないのだ。名前や体格、身なりなんかもわからないので、精査そのものも困難を極めるだろう。


 そう考えれば、萌音さんが不可能と断じた理由も頷ける。


 しかし、メイは不服そうに、眉を寄せた。


「む、むーっ! そんなの、納得できないよ! 萌音さん、何か他に方法はないの?」


 食ってかかられた萌音さんは、手にしていた掃除用のクロスを置いて、困ったように俯いた。彼女に詰め寄っても仕方ないだろうと、メイを制そうとした、その時に。



「……せ、せめて何か、他に手がかりになりそうなものがあれば、見つかる可能性はぐんと上がると思うんですが」


「そんなの、あればもうとっくに話してるよ。でも、もう、これ以上は――」



 そもそも、僕らの推理通りに、"あの人"とやらが記憶を失っているのだとすれば、手がかりなんてものに心当たりがあったとしても、大して役に立たないようにも思える。


 こうなったら、もう、虱潰しにでも当たってみるしかない。そう、僕が覚悟を決めた、その瞬間。



「ねえ、アスタ。――は?」



 メイが、それを口にする。



「……お前、それ……!」


「たとえ、記憶を失くしてたって、どこかに引っかかってるんじゃないかって思うの。だってこれは、二人の大切な――」

 

 二人を、繋ぐ言葉。

 五十年の時を超えて、もしも縁を結び直すのであれば――確かに、それは、誂え向きのキーワードに思えた。


 そこで、萌音さんが書架に向かって歩き出す。そして、数歩行ったところで振り返り、分厚いレンズ越しに僕たちを見据える。


「――と、とにかく、閉館まで、時間がありません。私はすぐに、新聞記事のアーカイブを持ってきますから。二人はすぐに、調査に取りかかってください……!」


 僕もメイも、静かに頷く。もう、願いがどうこうとかではなくて、半ば意地のようなものだった。


 ただ、このお話の終わりが、あんな結末であることを許容できない。その気持ちだけで、僕らは走り出す。


 そう、握り締めた唯一の道標を、切れぬように手繰りながら――。



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