表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねがいの灯火―犬のカミサマと願いの絵馬―  作者: さんささん
1章「向日葵畑に消えた過去」編
11/36

10話「漂着した希望」

 僕の話を、珍しいことに、メイは大人しく聞いていた。


 明らかにその頬は膨らんでいて、口にするまでもなく、不服そうではあったものの、それでも余計な口を挟まれないだけで、幾分話しやすいものだ。


「……で、アキヨさんの想い人は、その航空機事故に巻き込まれて死んじまった、ってのが、僕が出した結論だよ」


 終いまで話し終わり、僕は一つ息を吐く。


 元々、昏い打算があったとはいえ、幾度も口に出すのは、流石に気が滅入る話だ。五十年の慕情が水泡に帰す、ということなのだから、それも当然なのだろうが。


 ともあれ、メイのやつも、これで一区切りがつくだろう。元々、飽きっぽいやつだ。後はこのまま風化していき、忘れるのを待てばいい。


 そう、僕が結論をつけるのと、ほとんど同時だった。



「やっぱり、納得できなーい!」



 不意に、メイが大声を上げる。僕も、床に座り込んでいたモモも、思わず肩を跳ねさせる。



「な、なんだよ、急にでかい声出すなって……」


「だって、だってだって! こんなの聞いたって、納得できるわけないじゃん!」


「……納得できないって、もう、そんなの、仕方ないだろ」



 現実は、物語とは違う。


 全部が全部ハッピーエンドというわけにはいかないのだ。実際には、こういった色褪せたバッドエンドやビターエンドが大半で、そのギャップが僕たちを苦しめる。


 そう、理想とはあくまでも理想でしかなく、生臭く、辛酸極まる情景こそが現実だと、僕は知っている。


 知っている、のだが――。



「仕方なくないよ! アスタ、どうしてそんなにすぐに、諦めちゃうの?」


「諦めちゃうって……まあ、飛行機に乗る仕事をしていた人っていうのも、この事故に巻き込まれたっていうのも、確かな証拠があるわけじゃないけどさ」



 しかし、それはそれでもう、手詰まりだ。僕の予想も、サユキさんの推理も的外れだったとしたのなら、本当にノーヒントで、人探しをすることになる。


 だったら、今回、僕が出した答えの方がまだ――理に適ってるんじゃないだろうか?



「……それは、多分、合ってると思う」メイは、視線を落としつつ。

「そういう、でっかい事故でもなければ、急にいなくなったり、しないと思うもん」


「だろ? なら、これは――」


「でも、まだ残ってるよ、可能性!」



 はあ? と、素っ頓狂な声が、喉から漏れ出てしまった。


 可能性、そんなものがまだ、この話に残っているだろうか? この、血生臭い、年代物の恋の終わりに――。



「――()()()()()()()()()()()()()()ってことは、考えられないの?」



 その意見に、僕は頭を殴られたような衝撃を感じた。


 事故に遭った後、生き延びていた?

 あの、凄惨極まる墜落事故を経て?



「ちょ、ちょっと待て。これを見ろ、僕が図書館から持ってきた、新聞のコピーだ。ちゃんと書いてあるぜ、乗客乗員、合わせて三四五名、ほとんどが死んじまったって!」


「ほとんど、でしょ? 行方不明になった人もいるって、書いてある」


「その人たちも、しばらくの後に死亡扱いになってるはずだ、生き残りなんて、そんな――」


「――見つからなかった、だけじゃないの?」



 僕は、それに言い返すことができなかった。


 確か、事故なんかで行方不明になったときは、一年くらい見つからないと死亡扱いになってしまう、なんて聞いたこともある。


 であれば、まさか本当に、アキヨさんの想い人はまだ、生きているのか?


「……発想を、変えてみよう」


 そう、考え方を変えるのだ。

 もし、生きていたとするのなら。どのような可能性が考えられるだろうか。


「えっと、飛行機が堕ちたのって……」


 メイが、スマホの地図アプリを起動する。

 合わせて、新聞記事に目を通しながら、情報を照合していく。



「墜落したのは、東シナ海……沖縄の本島から、西に数百キロってとこか。もし、ここで生存者がいて、どこかに流されたとしたら……」


「……もしかして、中国の方に流れて行っちゃってる?」



 困ったように眉を寄せたメイに、僕は否定を返した。


「いや、それはない。多分、この辺りは……」


 と、僕もスマホの画面を操作し、すぐに目当てのものに辿り着く。開いたのは、気象庁のウェブサイト。そこには、僕らが見ている地図の上に、追加で矢印のようなものが描かれている。



「――やっぱり。黒潮、ってやつだ。海流は日本に向けて流れている。だから、流れ着くのは日本の土地である公算が高い」


「流れ着く……どの辺りに?」


「さあな。でも、このサイトを見るに、沖縄の周りの島々や九州……辺りが、現実的だと思うけど」



 流石に、海流図を見た程度で、答えが出せるわけもない。


 あくまでも、もし漂着するのなら、という仮定の話しかできないのだ。そこに、今話したこと以上の根拠は、存在しない。


「それに、流れ着いていたとして、その人を探す方法は無いぞ。範囲も広いし、現地に行くのも不可能だ」


 そう、どうあれ、ここで詰みなのだ。


 これ以上先に進むことは、どうしてもできない。理論と理屈で詰めるにしても、限界はある。ここから先は、具体的に行方を考えなければならないフェーズなのだ。


 だから、不可能、という言葉は、メイに対してでもあり、期待し始めていた自分に対する言葉でもあった

 それでも、彼女には諦めるような気配は微塵もない。


 むしろ、思考をさらに深掘るようにして、首を捻っている。何か、引っかかることでもあるのだろうか。



「うーん……でも、アスタぁ、一個わからないことがあるんだ」


「一個? 僕は、もっとあるように思えるけどな。そもそも漂着していたとして――」



 して、いたとしたら。

 そこで僕も、同じ疑問に辿り着く。


「……もし、漂着してたとしたら。時間をかけてでも、帰ってきているんじゃないのか?」


 死んでいるのなら、その疑問は存在しえない。しかし、今は生きていることを前提に思考している。


 ならば、この違和感を無視することはできない。恐らくだが、これは一つの――手がかりになりうるからだ。



「例えばだけど」メイは提案する。

「怪我が酷くて、帰ってこられなかったとか。そうして、現地で暮らすうちに、向こうに仲のいい人ができて、帰るに帰れなくなったんじゃない?」


「……あり得るな。あとは、月並みだけど記憶を失くした――なんてのもどうだ。どちらにせよ、何か帰ってこられなかった理由があるはずだ」



 だが、考えてみても、その理由を断定することはできない。空想し、想像することしかできないのだ。


 そこで、メイが立ち上がる。彼女の目は光を失っていない。諦めるということを知らない奴なのだ。



「じゃあ、帰ってこられない理由があったとして、"あの人"っていうのは、その後にどうしたのかな?」


「どうもこうも……しようがないんじゃないか? 今と違って、スマホやSNSも無い時代だし――」



 そう、今とは違うのだ。安否を伝える方法も、今に比べればとても少ない。電話は勿論固定電話しかなかっただろうし、他に、連絡を取ることができる方法なんて――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ