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短編小説

菊池町長のユーウツ

作者: 歌池 聡

 菊池剛徳(ごうとく)はこの××県菊池町の『王様』である。


 元々この地を収めていた大名の末裔であり、顔も広ければ仕事でのつながりも多い。

 前町長の後継として町長になってから3期12年、無投票で町長の座を保ってきた。


 むろん、ただ安穏と地位だけを守ってきたわけではない。

 有名な景勝地へ向かう観光客が通過するだけだった過疎の町に、道の駅を作り、観光客が金を落とすようにした。

 農家たちの作るごく普通の作物に『菊池〇〇』などと名付け、さも付加価値があるかのようにブランド戦略を打ち立てた。

 道の駅で売るにしても、普通にみかんジュースを売るより『あの! 菊池みかんのジュース』として売り出した方が売れ行きもよかったりするのだ。


 町民たちのふところも少しずつ潤ってきた。だが実は、利益の大部分は運営の第3セクターからいくつもの会社を経由して、町長のふところに入る仕組みになっていた。


 かといって、この狭い町で町長に反抗すれば仕事など出来やしない。この先も、町長の座を脅かす者など現れるはずがない。町長も側近たちも、次の選挙のことなど何も心配していなかったのだ。






「町長、大変です、対抗馬が現れました! 先ほど選管に届けを出したそうで──」


 血相を変えて、町長室に秘書の鳥牧(トリマキ)が飛び込んできた。だが、町長は慌てた様子もない。


「ふん、誰だか知らんが、とんだ身の程知らずだな。どこの馬鹿だそいつは」

「そ、それが──ハジメ坊ちゃんでして」

「何だと!?」


 長男の(はじめ)は、これまで政治に関心がある素振りなんて見せてこなかった。若い農家たちとつるみ、品種改良などにばかり熱心だった。

 町長も早々に見切りをつけ、自分の後継は商社マンである次男にすると、以前から公言していたのだ。それなのに、町長に逆らって出馬するとは、いったい何の冗談なのか。


「ふん、あんなボンクラに何ができる。まあ、選挙するのは面倒だが、バカ息子にキツい灸をすえてやらにゃなるまい」






 だが、いざ選挙戦が始まると、町長陣営の雲行きは怪しくなってきた。

 ハジメは町長が利益を独占してきた仕組みを暴き、もっと町全体の利益になるような使い方をすることを公約に掲げてきたのだ。


『父である町長は、利益の大半を自分だけのものにしてきました! この分を新産業振興や本当のブランド作物育成などに使えば、もっと町は、町民の皆さんは豊かになります!』

『実際に道の駅を作って町を豊かにしたのは町長であるこの私です! 若造の甘言に踊らされてはいけません、信頼と実績の現職に清き一票を!』


 街頭演説も次第に熱を帯びる。

 珍しい父子対決ということで、メディアに取り上げられることも増えてきた。すると、町長が利益を独占してきた仕組みも白日の下にさらされることになる。

 法に触れるようなことはしていないのだが、やはりズルいやり方だという印象は拭えない。何となく世論の風向きも変わってきたように思えてきた。


「おい、鳥牧! 本当に大丈夫なんだろうな!」

「大丈夫です、町長。選挙の立会人には、こちらの息のかかった者が多くいます」

「そんなことしても無駄じゃないのか? 投票に不正など出来んだろう?」

「いえ、ただ噂を撒くだけです。『手元をよく見ればどちらに投票したかなど簡単にわかる。町長に入れなかった者にはどんな不利益があるか……』と」

「ふふ、おぬしも悪よのう」






 だが、投票日直前になって、ハジメの陣営は意外な作戦に打って出たのだ。


『皆さんの中には、父に義理を感じて私に票を投じることを躊躇う方もいらっしゃるでしょう!

 そういう方は、投票用紙にただ「きくち」とだけお書きください!』


 しまった! 『菊池』とだけ書かれた票の数は、町長とハジメで等分することになる。これでは自分あての票がだいぶ向こうに流れてしまうではないか!


『あと、私に票を投じてくださる方は、投票用紙にそっと漢数字の『一』、横棒一本だけお書きください!

 横棒一本書くだけで、町の未来を変えられるんです、簡単でしょ?』


 集まった聴衆たちが、大きな拍手とエールでそれに応える。


 何だと!? 手抜きで『一』と名付けたのが、まさかこんな形で裏目に出るとは!


 ──『菊池王国』の崩壊の日は、もうすぐそこまで迫っていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 能ある鷹は爪を隠すの例え通り、虐げられた息子は爪を隠し時を待っていたんですね。 面白かった。
[良い点] 父親の仕掛けた力押しを、意外なトリックで乗り切った息子がかっこよかったです。 菊池王国、王朝交代ですね。
[一言] 拝読させていただきました。 これは面白い。 きくち一って書けばいいんですもんね。
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