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第8話

カクヨム版第8話を改稿。

西暦20××年11月××日


 暗く沈んだ顔で一日を過ごしていた綾瀬さんのことが気になっていた俺は、学校帰りに彼女の自宅へと呼ばれていた。


 綾瀬さんに重大な何事かがあったのは間違いない。


 そこはガチなのだが、学校内で理由を聞き出そうと話を振ってみたら、「ここでは話せないから、帰りに私の家へ寄って欲しい」と、言われてしまうはめに。


 そんな事情で、俺は綾瀬さんの自宅へと赴くことになった。


 彼女からは「帰りに寄って欲しい」と言われている。


 けれども、じっくりと話を聞く気満々だった俺は、猛ダッシュで自分の家に一旦帰って着替えを済ませ、身だしなみを整えた。


 ここでは関係ないが、ひょっとしたら、そのうち本当に世界記録並のタイムがでるのかもしれない。


 誰かが、俺の猛ダッシュをタイム計測していればだけどね。


 それはそれとして、だ。


 ロマンチックなプロポーズを目論んでいた俺は、来月下旬のイベントであるクリスマスを利用することを考えていたので、まだ渡せていない婚約指輪をそのまま所持している。


 俺としては、今日指輪を渡すつもりではないのだが、それでも二人っきりの時間を過ごせば、どんなチャンスが巡って来るのかわかったものではない。


 良いムードの状況の発生は、いつだって突然なのだ。


 それ故に、大切なキーアイテムを上着のポケットに忍ばせて家を出る。


 もちろん、目的地は俺の将来の嫁になる(予定の)綾瀬雅さんが待ってる家だ。




「いらっしゃい。『ちょっと遅いな』と思っていたら、わざわざ家へ着替えに戻っていたのね」


 綾瀬さんは、相変わらず暗い表情のまま沈んだ声で話す。


 彼女は俺を玄関で出迎えてリビングへと招いた。


 家族の姿が見えないので、今はこの家には綾瀬さんしかいないようだ。


 食卓としても使われているであろうテーブルがあり、そこの椅子に座った俺の前には、時期外れ感がある冷えたお茶が出される。


 そうした状況になった時、俺は綾瀬さんに問い掛けた。


「ほんと、今日は変だぞ。どうしたんだよ? 何かあったのか?」


「ごめんね。私と別れてください。一郎君とは結婚できません」


「はっ?」


 唐突すぎる綾瀬さんの言葉に、俺の口からは間抜けな声しか出なかった。


 本当に驚くと、人はフリーズしたり、こうなったりするみたいだ。


 俺は、この時に初めてそれを思い知った。


「私ね。父の知り合いの息子さんと十八になったら結婚する話が進んでいるの。それと、引っ越しも。来月には、その息子さんがいる家で同居生活を始めるから、学校も転校することになる。そうなったら一郎君とは、もう会うこともなくなるの。話はそれだけ。理解できたら帰って欲しい」


 綾瀬さんの顔は下へ向いて俯いていて、表情を確認することなどできない。


 俺が茫然としたまま絶句していると、彼女は「まだ説明が足りないのか?」とばかりに言葉を紡ぐ。


「私、引っ越しの荷造りをしなくちゃならないから忙しいの。もう話は済んだから帰ってもらえないかな?」


「いやいや。待て待て。そんな一方的な通告みたいな話で、俺が納得できるはずがないだろうが! 何がどうしてそうなった? 詳しい説明を求める権利くらいはあると思うんだけど」


 俺の言葉を受けて、綾瀬さんはゆっくりと顔を上げてくれた。


 彼女が俺に見せた表情は、怒りや悔しさ、諦めを含んだ泣き顔になっていた。


 そして、彼女は叫ぶように言い放つ。


「私にどうしろって言うのよ! お父さんの会社の共同経営者が会社のお金を全部持ち逃げしたんだって。負債は五億円。この家も抵当に入っていて明け渡さなくちゃならない。私が結婚すれば、両親と妹は借金なしで、再スタートできるの。私には、他に選べる選択肢なんてないのよ!」


「ちょっと待てよ。それってお父さんが自己破産すれば」


「自己破産しても全部の借金が貸した側の貸倒金になるわけじゃなく、保証人のところに請求されるだけなんだって。そんなことになれば、他の家にも迷惑が掛かるの」


 その方面に詳しい知識が俺にあるわけでもない。


 けれども、法で守られる部分もあるのでは?


 そう考えて俺は発言した。


 しかしながら、それは綾瀬さんにあっさりと否定されてしまう。


 だがしかし、だ。


 俺は諦めの悪い男なのだ。


 それだけでは簡単に引き下がらないぞ。


「金の問題だろ? 雅は俺がいくら金を持ってるか知ってるだろう? 何で『助けて!』って言わないんだ!」


「言いたかったよ? でも言えない。それで助けてもらったら、もう一郎君と対等にお付き合いすることなんてできなくなる。私にとってはそれでも良い。好きでもない三十過ぎの引き籠りのおじさんと結婚させられるより、一郎君が良いに決まってる。でもね。それで五億円を失って、一郎君が幸せになれるの? 私は違うと思う」


 そこまで言われれば。


 綾瀬さんに言わせてしまった以上は。


 俺的には非常に悲しいが、ここは一旦引き下がるしかなさそうだ。


 母さんを守るために、散々親戚連中とやりあった経験を持つ俺は、そんなことを思った。


 けれども、だ。


 俺はどこまでも諦めが悪い男なのだ。


 だから、ただで引き下がってなんてあげない。


 あげるはずがない。


 俺には今の綾瀬さんを救えるだけの現金と、「1%ノート」っていう特別な武器がある。


 俺が現在持っている宝くじの当選金は、しょせんはあぶく銭である。


 付け加えると、「二度目、三度目の当選が絶対ない」とは言えない。


 1%ノートの力は本物なのだから、宝くじの当選金なんてものは時間さえ掛ければ再度手にすることが可能なのだ。


 これは、勝つまでやるギャンブルであって、勝ちが確定しているも同然なのである。


 しかも、ベットする金額に対して、リターンは莫大というおまけ付きだ。


 綾瀬さんとの会話の中で、そうした心理的余裕が出てきた俺は、おそらく中学一年生には似合わない、小賢しい提案をすることを思いつく。


「わかった。『俺と別れる』って言う雅の意思は尊重する。でもな、『元恋人が人身御供同然で、三十過ぎのおっさんに金で売られる』ってのは、俺には見過ごせないんだ。これは俺のエゴだけどね。だからこうしよう。俺が、雅のお父さんに、この家を含む今の綾瀬家の全財産を俺に売り渡すことと引き換えに、保証人なしで五億円を貸す。その後、お父さんには自己破産でも何でもしてもらってくれ。そうなったあと、俺名義になっているこの家は格安で『雅に』貸す。元綾瀬家の財産の買取にも応じる。もちろん分割払いもアリだ。一年後でも二年後でも、それ以降でも構わない。綾瀬家の生活の立て直しが済んだあと、もしも雅に俺への気持ちがまだ残っていたなら、もう一度俺に告ってくれないか?」

 

 俺の言葉に、綾瀬さんは泣き止んで、きょとんとした顔になった。


 彼女の頭は悪くなんてない。


 彼女であれば、「短い時間で利害を計算して、『大人の答え』を出せる知能を持っている」と信じていた俺の賭けは、どうやら勝ちで終わったようだ。


 綾瀬さんの表情の変化から、俺はそれを悟ることができた。


「一郎君はズルい。本当にズルいよ。そんな話にされてしまうとさ、私、断れないじゃない。でも、わかった。妹だって幸せになって欲しいし、両親だって元の話より遥かに良い状況になると思う。一郎君のエゴに甘えさせてもらう。ありがとう」




 綾瀬さんを言いくるめることに成功した俺は、「そういうことで、俺は準備をしてくる」と言い置いて綾瀬家を出た。


 そうして、急いで帰宅した俺は、以前お世話になった弁護士さんに早速連絡を取る。


 明日の学校を休んで、各種手続きをさっさと進めるためだ。


 もちろん、綾瀬家の両親へのアポも取っての話である。




 金で若い美人な娘を買おうとするような輩が、「はい。そうですか」と簡単に引き下がるとは俺には思えない。


 我が身を振り返れば、他人のことは言えない身の気がしなくもないけれどね。


 だが、自分ファーストの俺はそんなことを気にせず棚上げする。


 そして、相手につけ入るスキを与えることなく、全てを済ませる算段だ。


 これも、欲深い親戚連中から過去の俺が学んだことだったりする。


 当時は辛いとしか思えなかった経験が、こんなところで役に立つとは。


 誰の言葉か知らないが、「人生何が幸いするかわかったものではない」と言うのは、「まさにこのことだ!」と、俺は実感していた。

 



「俺の嫁取り計画は、十歩後退じゃ~」


 気分としては血涙を流している状態で、今日も今日とて俺は聖域で叫ぶ。


 もちろん、実際に血の涙なんてものは流せないけど。


 俺が帰宅してからした“綾瀬さん関連の報告”に驚いていた母さんは、「今日だけは仕方がない」と納得しつつ、聞こえていない振りをしてくれるはずである。




 向寒(こうかん)の候。

 とある一日。


 形式上は、綾瀬雅さんとの彼氏彼女の関係を涙を呑んで解消した俺は、彼女に再度告ってもらうために、1%ノートにその名を書き込んでいた。


 一度は手に入れたはずの超優良物件を、簡単に手放す気など俺にはさらさらないのだ。


 そうして俺は愕然とする。


 何度ノートに書き込んでみても、彼女の名前は書き込んだ文面と共に、三十秒後に綺麗さっぱりと消えてしまったから。


 俺と綾瀬さんとの復縁の目は「あり得ない」というのか?


 納得できない不可解な状況に頭を悩ませるが、そこで止まるわけには行かない。


 準備済みで出番を待っている指輪を無駄にしないためにもな。


 俺はネットで情報収集をしつつ、またしても頭脳をフル回転させて、これ以上にはないくらいに知恵を絞るのだった。

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