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第6話

カクヨム版第6話を改稿。

西暦20××年9月××日


 当選した宝くじの換金手続きを八月中に済ませた俺は、今日という日を今か今かと一日千秋の思いで待ちわびていた。


 そう、今日は宝くじの一等及び前後賞の当選金が、俺の銀行口座に振り込まれる日なのだ。


 俺は猛ダッシュで帰宅して、預金通帳とカードを引っ掴み、そのまま銀行のATMへと走った。


 要するに、通帳への記帳と、ATMを使って口座から限度額いっぱいまで預金を引き出すのが目的である。




 銀行の窓口が開いている平日の時間帯は、長期の休みでもない限り学校の授業があるので、まず行くことができない。


 本当はガツンと五百万円ほど引き出したいところなのだが、窓口が開いている時間帯でないとそのようなことは不可能なのが不便だ。


 こういうのは、面倒で困った状況だよな。


 それでも、俺のように学生の身分なら、まだ平日に銀行の窓口へ赴くことができる機会はあるのでマシなのかもしれないけれどね。


 学生には長期の休みが年に三回あるし、それ以外でも、定期試験などにより午前中だけで学校が終わる日だってある。


 また、学校行事などで土曜日や日曜日が登校日となり、振り替えで平日の休校日が発生するケースもあったり。


 しかしながら、自分の未来に想いを馳せると、一般的な土日祝日が休みのサラリーマンになったなら、一体どうなるのだろうか?


 サービス業のひとつであるはずの業態で、「これはおかしいのではないか?」と俺は思う。


 もちろん、これは個人の感想でしかなく、銀行側には銀行側の、現行の営業時間を定めているなにがしかの理由があるのだろうけれど。


 あと、ついでに言うと、公的機関である役所にもちょっと物申したい!


 各種手続きを行うのに、「学校や仕事を休んで来い!」という前提の姿勢は、正直言って「狂っている」と思う。


 中学生になったばかりの俺でさえ疑問に感じるこの状況が、長らく是正される気配すらないのは一体なんなのだろうな?


 俺としては、「コンビニみたいに、年中無休で二十四時間営業しろ!」とまでは、さすがに言う気はない。


 けれども、「土日祝日に営業したり、せめて夜である二十時くらいまでやっててくれても良いのではないか?」と思うのだ。


 特にお役所はな!




「おし! 間違いなく振り込まれてる!」


 億単位の入金を確認した俺は、小さくガッツポーズを決めたあと、とっととATMから引き出せる上限の五十万円を手にして銀行を去る。


 尚、今後の計画としては、預金を複数の銀行に分散し、いざという時は複数の銀行のATMから一気に現金を引き出せるようにするつもりだ。


 まぁ、それは追々の話であるけれども。


 それはそれとして。


 兎にも角にも、俺には買わねばならない超重要な品物があるのだ。


 中学生の身が持つには大金である五十枚のお札を、落とさないようにしっかりと懐に入れる。


 準備が整った俺は、一直線に宝飾店を目指した。


 彼女である綾瀬雅さんに、婚約指輪を贈るために。




「えーっと。ここは君のような子供が来るお店ではないよ?」


 ショーケースの奥から、店主と思われる女性が俺に向かって話しかけてきた。


 お客であるはずの俺に対して、ある意味非常に失礼な言葉だと思う。


 だが、年齢的に言って「俺が場違いな場所に飛び込んでいる」のもまた事実である。


 まして、着替える時間も惜しんで行動していたために、今の俺は学生服のままの姿だった。


 こんな店に中学生の子供が何をしに来た?


 そんな感じの目で見られるのは、甘受すべき状況であろう。


 本音を言えば、「ちょっとカチンときた」としてもだ。


 なので、俺の対応としては笑顔で受け流すしかない。


 俺様の愛想笑いをくらえ!


「あはは。予算五十万円以内で、彼女に贈る婚約指輪を見繕いに来ました。年格好が相応ではないかもしれませんが、お金はちゃんと用意して来ています。そんなわけですので、僕を子供ではなくお客として扱って貰えませんかね?」


「そう言われてもね。見たところ君は中学生よね?」


「ええ。そうです」


「あのね。お金を持って来ていても、『はいそうですか』と高額な品を未成年に売ってしまって、あとで揉め事になってはお店側としても困るの。だからね、親御さんと同伴で、改めて来てくれないかしら? それが無理なら、せめて電話で親御さんの意思を確認だけでもさせて貰えないと、君が購入しようとしている品物を売ることはできないわ」


 言われてみれば、至極真っ当な話だった。


 俺が、如何にも良家のお坊ちゃま然とした状態ならば。


 あるいは、何度もこの店を訪れていて、顔なじみであれば。


 ひょっとしたら、話は別になるのかもしれない。


 だが、現状は相手からすれば、見知らぬ子供が突然五十万円という大金を持って、高額商品を買いに来た形なのだった。


 これでは、「お金の出所や、親の同意があるのか?」を疑うのも当然である。


 商売としては、「どんな相手であれ、金を持っている以上、売ってしまって売り上げになればそれで良い」という考え方もむろんあるだろう。


 けれども、眼前の女性はそのような考えの持ち主ではないのが、彼女の言葉から理解できる。


 そうとわかれば、俺の方がそれに合わせるしかない。


 世の中には「郷に入っては郷に従え」って言葉もあるしね。


「そうですか。では、僕の母さんをここへ呼び出すのはなんなので、今なら自宅にいるとは思いますから電話で確認して貰う形でお願いします」


「そう。じゃあ生徒手帳を持ってるなら見せて頂戴。住所から番号案内を使って電話番号を調べるから。それと君のお母さまの名前をフルネームで教えてくれる?」


「あの、電話番号なら番号案内で調べなくても、僕が教えられますよ?」


 何故、わざわざ俺の自宅の電話番号を、店主と思われる女性が自力で調べなければならないのか?


 その理由が理解できなかった俺は、「そんな無駄な手間を掛けずとも、俺が教えればそれで済む」と思ったのだ。


 だからこその言葉が、自然に口から出た。


「それじゃあダメなの。『君から教えて貰った番号が、その住所の電話番号だ』っていう保証がないから。こういうのは、疑ったらキリがない話になってしまうけれどね。この店の主として最低限の警戒はさせて貰うわ」 


 そんな流れで、俺の名前と住所、母さんの名前を知った店主は表情を崩した。


 何のことはない。


 彼女は俺の住所と名字に見覚えがあったのである。


「この住所と名字。君、綾籐さんの息子さんだったのね。うん、そう気づいてから改めてよく顔を見てみれば、どことなく昔の綾籐さんに似ている気がするわ。こういうのを『面影がある』って言うのかしらね」


「僕の父をご存じなのですか?」


「ええ。もうずいぶん昔。二十年近く前になるかしらねぇ。お父さまはこの店で君のお母さまに贈る婚約指輪と、結婚指輪を購入したのよ。何度もいらして、どれにするか悩んでいた姿をよく覚えているわ。これなら番号案内で君の自宅の電話番号を調べる必要はないわね。一応、お母さまに確認だけは取らせて貰うけれど」


 そんなこんなで、無事に確認作業が済んだあとは、「どれにしようか?」と、少しばかり悩みはしたものの、それでもスムーズに婚約指輪を選ぶことができた。


 ただし、俺は綾瀬さんの指のサイズを正確に知ってはいなかったため、ちょっと予定が狂うことになる。


 結局のところ、「後日本人をこの店に連れて来て、選んだ指輪のサイズ調整を行う」という、なんとも締まりのない話に落ち着いてしまったのだけれど。


 まぁ、そんなことは些細なことだろう。


 格好良くスマートにサッと指輪を差し出して、綾瀬雅さんにプロポーズするのが不可能になったとしても、俺の中での美学が傷つくだけの話である。


 ちくしょうめ!


 だがしかし、だ。


 そうと決まれば、別の形で格好を付ければ良いだけの話。


 俺の通う中学校では、秋の一大イベントの体育大会が近いのだ。


 そこで綾瀬さんに俺様のカッコイイところを見せることで、今回の失態の挽回をするとしよう。


 1%ノートを使って、筋力に加えて動体視力と反射神経を強化できているはずの俺に死角はない。


 そのはずだ!


 1%ノートさんの力、信じているからな!




「俺の嫁取りは、これで成ったも同然じゃ~」


 陽が落ちる前になんとか帰宅できた俺は、いつかも叫んだようなセリフを今日も聖域で叫ぶ。


 今日も今日とて、階下で美味しい夕食の支度をしてくれている母さんは、毎度のことだと、聞こえていない振りをしてくれるはずである。


 爽秋(そうしゅう)の候。

 とある一日。


 後日宝飾店へ綾瀬さんを連れて行くことに、お店との話が纏まりはした。


 したのだが、「綾瀬さんがすんなりと同行してくれるのか?」と、「同行してくれたとして、さくっと指輪を受け取ってくれるのか?」という、極めて重要で基本的な問題が俺には残されている。


 そこに気づいてしまった俺は、聖域にあるベッドに寝転んだままで、「さて、どうしたものか?」と呟きながら、頭を悩ませるハメに陥ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 宝くじって当てたら銀行に行って別室に案内されて色々説明受けるんやで 定期預金にするかとか色々聞かれる
[良い点] あー。日用品の購入じゃないから未成年の購入は取り消しされる可能性あるもんな
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