第23話
カクヨム版第23話を改稿。
西暦20××年2月××日
帰国してからの俺は、ほんっとうにいろいろあってうんざりさせられた。
もちろん、アメリカ本土から俺たちが帰国しようとした直前に知らされた先月の大事件や、渡航中に当てたアメリカの宝くじの超高額な当選金の件もあったからなのは理解できるけれど。
また、それとは別に、二月ってのは「節分とバレンタイン」という、日本人としては外せないイベントがあり、ついでに中学二年生最後の定期試験もある。
いわゆる期末試験ってやつだね。
ま、現時点だと、もう「あった」の話になるのだけれど。
節分は豆まきをして、恵方巻を無言で食しました。
バレンタインはどうだったか?
ワタクシ、初めて雅から“本命チョコ”ってやつを受け取りました。
母さんと麗華からも、昨年と同じくチョコレートケーキを振る舞われましたよ。
学校での話は割愛させてもらう。
だって、義理感満載の話とかさ。
俺が「彼女いるから」って受け取るのを断った話の詳細とかさ。
そんなことはどうでも良いだろう?
こんなことをリアルに口に出して言うと、誰かに聞かれたらそのうち刺されそうな気がする。
くわばらくわばら。
ああ、そうそう。
もうとっくに過ぎた話ですが。
十二月には、クリスマスってイベントもちゃんとあってですね。
でも、渡航でゴタゴタした最中だったので延期しておりまして。
綾籐家では帰国後にクリスマスプレゼントとお年玉ってのを、時期外れなのは承知で行いました。
苦節一年と数か月、長らくお蔵入りしていた雅への婚約指輪は、ついに俺の手から離れましたよ。
いやーめでたい。
そのめでたさからすれば、成長期の雅の指のサイズが少々変わっていて、「差し戻しで再度指輪のサイズ調整が必要だった」とかは些細なことなのだ。
麗華から、「いちろーお兄ちゃん。わたしのぶんがないよ?」と、真顔で言われたのはもっと些細なことだと思いたい。
一体俺はどうすれば良いのですかね?
雅と麗華の間で、不穏な密約っぽい何かが存在する気がするのですが。
気のせいですよね。
たぶん、きっとそう。
これは、時間が解決する問題に違いない。
お兄ちゃんは麗華を信じているからね?
それはそれとして、だ。
雅と麗華の実母の葬儀に関しても、語っておかねばなるまい。
うん。
なんかもうね、「故人を『悼む』とか、『偲ぶ』とかはどこへ行ったの?」としか言いようがなかった。
葬儀そっちのけの、見苦しい言い争いのオンパレードだったのです。
まぁ、そうなることも想定内で、「大鉈を振るって、一気に膿を出そう」って意味合いもあって行ったことなので、文句は言えませんけどね。
そうじゃなかったら、親族に事前お知らせをしない、家族葬の形で済ませたのだし。
雅の実母の母親、つまり、雅や麗華からすると祖母にあたる人物は、何の権利もないのに遺産分配を要求してきた。
故人へは纏まったお金を手切れ金として渡していたから、現金の遺産があるっちゃあるので。
ついでにその婆さんは、扶養義務者の話まで持ち出して来たよ。
それを横で聞いていた俺の脳裏では、「『面の皮が厚い』とか、『恥を知れ』って言葉がピッタリだな」ってなってたけどね。
もちろん、思ってるだけで決して本音を口に出したりはしませんが。
婆さん、生活保持義務を雅と麗華に求めるのはお門違いだぞ。
アンタに求める権利があるのは生活扶助義務だけだ。
それも、まず先にアンタの実子の、つまり、俺の義妹たちから見て旧綾瀬家の系統の伯父や伯母に当たる人物へ求めるのが筋じゃないのかね?
そんなことは中学生の俺でもわかるし、知っていることだぞ。
もっとも、その伯父や伯母も、恥も外聞もなく生活保持義務を雅と麗華に求めるつもりのようだけどさ。
彼らには権利すらないのにね。
生活扶助義務なら可能性はあるけどさ。
ちなみに、保持は「義務を負う人間と、同等の生活を保障せねばならない」のだが、扶助は「最低限の生活が維持できる程度の援助で良い」って差がある。
もちろん、雅や麗華は綾籐家で最低限の人間的生活より遥かに良い暮らしをしておりますとも。
おそらく、それを薄々察知しているのだろうね。
だから、「保持」に拘る向こうの気持ちはわからんではない。
あと、雅は俺より誕生日がうしろなので、俺の母さんが彼女を養女として綾籐家に迎え入れた以上、同学年でも俺の義妹で間違ってないからね。
コレ大事なトコ!
テストには出ませんけど。
ま、「お金や権利、義務」と言った部分はね。
俺、いや、綾籐家ご用達の弁護士さんの出番が来るだけの話。
お馴染みの弁護士さんからは、「もう、顧問契約とかしません?」ってにこやかに持ち掛けられたよ。
うん。
真剣に検討させていただきます。
尚、この“検討”は契約する方向の前向きな話であって、お茶を濁したり、先送りして誤魔化そうとしてるわけじゃありません。
コレも大事なトコね!
この日の夜、二十四時を過ぎた時、俺が何の躊躇もなく1%ノートに三人の名を書き込んだのは、おそらく最初から決まっていた運命だったのだろう。
なんら痛痒を感じることなく、平然とダークサイドの内容を書き込める俺の精神は異常なのだろうか?
自問しても答えなんて出ない。
不毛でしかない思考だとわかっていても、考えてしまう夜だった。
話は変わって、俺の親戚関係。
こちらは、雅の実母の葬儀とは別口で一騒動ありました。
ちなみに、帰国直後からの話ね。
俺は芸能人でもなんでもない、普通の一般人の中学生。
単なる個人でしかないはずなんだけど。
そのはずなのにね、「勝手に空港で帰国して来るところを出待ちで撮影して、それを全国ニュースで流す」ってのはどうなんですかね?
プライバシーとか、肖像権とか、個人情報とかさ。
いろいろあると思うわけですよ。
こういうのも、弁護士さんに相談する案件なのかもしれん。
ま、それはさておき、だ。
そんなニュースが全国区で流されると、俺の親族は俺の帰国を知るわけであり。
欲の皮が突っ張っている彼らが、俺に群がるのはもの凄く自然なことで。
でも、待ってくれ!
そんな自然は要りません!
「お金の管理と運用をしてあげよう。確実に儲かるぞ。報酬として手数料を少し貰うけどな」
これはとある親戚のおっさんが俺に向けた言葉なんだが、「寝言は寝てから言ってくれ」としか言えん。
そんな風にしか思えない話を持ち込まれた俺が、どんな気分になるのか?
嫌だねぇ、相手の立場でモノを考えることができない人間ってさ。
信じられるかい?
例に挙げたのは、いい歳をした一端の大人の発言なんだよ?
それも、「過去の相続に付随した金銭トラブルが原因で、親戚としてのお付き合いが完全に途絶えていたはずの間柄」って、特大のおまけ付きのな!
世の中には「人の振り見て我が振り直せ」って言葉もあることだし。
この案件で「俺も気をつけなくてはいかん」と学習しました。
あと他にもね。
言葉は違えていても、内容は単純に「金を寄こせ」でしかないことを言って来るのもいたんだ。
相手にする必要がないから完全に無視したけど、親族以外の赤の他人でもそういうのいたな!
血縁関係者で「俺が死んだ場合に、相続が発生する可能性が存在する範囲」については、弁護士さんから改めてレクチャーを受けた。
弁護士さんが俺にわざわざレクチャーをした目的は、「『誰に財産を残すのか?』を明確にするための遺言書を作成すること」だったんだけど。
結論から言うと、遺言書は作らなかった。
だってねぇ。
その遺言書ってやつはさ。
俺の死後に財産を渡したくない人間が、俺が死んだあとまで生きていないと意味がないモノでしょ?
財産が目的で命を狙われても困るから、悪意が明確になっている血縁者への慈悲なんてないよ。
そんなものあるはずがない。
少なくとも、俺はそういう人間なんだ。
それに、1%ノートにアレコレ書き込んでも、その内容が確実に実現するわけじゃないしね。
「日本で待ち受けていた事態が、悪い意味での予想通りで嫌過ぎる~」
今日も今日とて、俺は俺だけの聖域で魂の叫びを放つ。
この俺様の言霊の威力、何かのエネルギーとして利用できたりしませんかね?
また、全然別件の話になるけれど、東雲姉妹は今年の四月から俺の家に下宿することが決まった。
生活費を圧縮して入って来るお金を俺への返済に回すのと、お手伝いさん的な役割で家事を一部受け持つそうである。
時期が四月からなのは、引っ越しの手配の問題もさることながら、生徒の家に教師が同居するのは問題だからだ。
幸い、皐月さんは単年契約の講師であるので、四月からは正規採用の教師に転身して新たに決まる配属校で教壇に立つ予定である。
そのへんのもろもろの話は、母さんが溢れる母性、偉大なる母親力を発揮して纏め上げた。
実態は「言いくるめた」とも言うけど。
実際、「弥生さんの身に病が再発する事態」って可能性を考えてしまうとね。
不測の事態に備えて、「ドナーに成れる俺の側にいるのはメリットが大きい」ってのはあるのさ。
もっとも、俺はその可能性がないことを知っているのだけれど。
綾籐家としても、俺が大富豪化したことで、「大人が母さんだけしかいないのはちょっと」ってなった。
要は、「信用できる成人が、他にいない状態は心もとない」って事情もあったってこと。
ま、警備会社とは即行で契約したんですけどね!
そんなわけで、俺の聖域以外の居室の、つまり、母さんと麗華の部屋、雅の部屋、東雲姉妹が使う予定の部屋の三室の防音工事が実施される運びとなった。
なんでそんなことになったか?
俺の叫びが、届き難くするために決まってるだろうが!
俺のことを気遣ってくれる母さん。
もうめっちゃ大好きです!
いつまでもそのご慧眼を保っていただきたい。
余寒の候。
とある一日。
アメリカの医師から五月雨のように届くメールに辟易した俺は、先日1%ノートに「彼が持っている俺のデータが全て消失する」という内容の文章を書き込んでみたのだけれど。
その成立した書き込みが消えた日、アメリカに極小の隕石が落下したニュースが流れたのは俺には関係ない。
それが、東雲弥生さんの担当医の自宅と別荘の二か所であったのも無関係のはずである。
「フハハ。ワッハッハッ。これぞメテオストライク!」
なんて、そんなセリフが頭に浮かんだりはしたけど、口走ったりなんかしないんだからね!
偶然ですよ、偶然。
俺が隕石を自由自在に操って、特定の目標に向けて落下させるなんてことはできない。
そんな能力、あるはずがないじゃないですか。
そもそも、そのような内容を1%ノートに記入していないしね。
そんなニュースを知った夜だったせいなのか?
ふと、病気や怪我のことを考え、「自分も他人も治せる力があったらなぁ」って漠然と考えながら、俺は1%ノートに書き込んでしまったことがある。
書いてしまった一文は、「綾籐一郎は、自分を含む誰のどんな病気や怪我でも、治せる力を得る」だった。
そんな荒唐無稽なことが成立するはずはないけどね。
ないはずだったんだけどね。
俺は1%ノートを前にして、三十秒経っても消えない一文を凝視しながら、「なんじゃこりゃ~」と叫んでしまっていたのだった。