第22話
カクヨム版第22話を改稿。
西暦20××年1月××日
中学二年生の三学期がとっくに始まっているけれど、俺はまだ母さんと雅、麗華の三人に東雲弥生さんを加えたメンバーと共に、アメリカの地に滞在したままだ。
まぁ、それは当然で仕方がないことなのだろう。
弥生さんに必要な移植手術が、渡米後すぐに行われることはないのだから。
また、術後に即日退院とかだってあり得ない。
そんなことは事前にわかっていたのだから、そこに文句はないけれどね。
学校には、家族での長期旅行ということで、事前に欠席の届けは出しているわけで全く問題もない。
ただし、俺がしっかり主張しておきたいのは、「自宅のリビングでコタツに潜り込み、日本的年末年始を過ごせなかったことが残念」って部分。
俺の根本は、やはり日本人でしかないのだろう。
あ、「移植手術の結果はどうなったのか?」だって?
無事に終わったよ。
もちろん、成功でね。
渡米中に行った1%ノートへの書き込みは賭けになったが、そっちも勝利したっぽい。
俺が書き込んだのは“東雲弥生の白血病が完全寛解して一生涯再発しなくなる”だったんだけどさ。
これが、三十日間有効な毎日抽選判定だったんだよね。
ちなみに俺は弥生さん一件で、「寛解」って言葉を初めて知った。
医者からは移植手術前の説明の一部として、「癌とかの難治の病気治療で使われる言葉で、よく言う『完治』とはちょっと違うんだけど、患者の立場からしたら似たようなもん」って話だった。
同じ文面で、その部分を「完治して」だと三十秒後に消えたから、1%ノートの判定も区別されているようなんだよね。
で、手術日に書き込んだそれが、手術後十六日目の段階で消えたのさ。
つまりそれは、1%の確率を引き当てて成立し、再抽選が不可能になった証なのである。
逆に言えば、「1%ノートに書けた時点で、寛解して再発もなしの完全な健康体に弥生さんがなれる可能性は、素の状態だとほぼなかった」ってことにもなるわけだけど。
白血病って本当に恐ろしい病気なんだね。
医療の進歩に期待しておこう。
ま、今回の案件は、めでたしめでたしってことで。
ただ、今回ふと思ったことがあるんだ。
1%ノートの仕様は「ルールを読んでもわからない部分」と言うか、「ルールとして書かれてないけど決まっている部分」ってのがどうもあるらしい。
なので、完全に理解して使いこなすには、細かな検証が必要なのだろう。
例えば、某ノートの漫画で検証されていたような“書き込まれた人名と同姓同名の人物へはどう効果が出るのか?”とかね。
まぁ、それについては、「確証」とまでは言わないけど「たぶんこうだろうな」という結論が俺の中では出ている。
俺が書き込んだ時に“知っていて、思い浮かべている人間が対象”ってことがね。
たぶん、「書き込んだ人間の認識上で何処の誰だかわからない、同姓同名の人には影響が出ない」のは良いことなんだろう。
でもさ、そういうのも1%ノートのルールにきちんと書いておいてもらえませんかね?
拙者、カイゼンを要求したいでござる!
「一郎。もう何度も起きていることだから、当たったこと自体には驚かないけど。貴方が入院する前に買った数字選択式のくじの当選金がすごいことになってる」
母さんに預けていた購入済みのアメリカのくじは、運良く当たったようだね。
購入回数からして、当たる可能性は十五%もなかったはず。
俺はやはり持っている男なのかもしれない。
全部1%ノート様の力のおかげだけどな!
ざっくり言って「本来なら二億九千二百万分の一しかない当選確率を1%に引き上げる」のだから恐ろしい。
もっと恐ろしいのは、くじの仕様なんだけどね。
なんと俺の名前が、当選者として発表されてしまうんだよ!
日本のニュースにならなきゃ良いんだけど。
まぁ、それを期待するのは虫が良すぎるだろう。
しかし、それにしても税金がすごい。
アメリカの宝くじは日本と違って非課税じゃないので。
その他の仕様としては、「三十年の分割受け取りと一括受け取りとでは受け取れる金額が変わる」ってのもある。
けれども、減額されても一括しか選びたくない。
だって、俺の場合、当選するのが今回限りって決まってないから。
1%ノートが使える俺限定の話だと、必要なら二度目、三度目の当選を狙うことができるのだから、減額を恐れて三十年の分割にする必要はないわけであり。
ま、そんな感じでなんだかんだといろいろ引かれて、最終的に俺の懐には三億ドルを少し超える金額が転がり込むのが決定したんだ。
いろいろ引かれる前の当選金額?
頼む、そこは聞かないでくれ。
引かれた額がでかすぎて、思い出すだけで泣けてくるから。
ちくしょうめ!
詳しいことは省くが、二重課税の問題ってのがあってですね。
二重ってのは、要はアメリカと日本の両方で課税されるってことね。
そういうのを防ぐために日本とアメリカの間では条約が結ばれてるんだ。
何もしないで言われるがままに、二重課税のまま両方の国で税金払うとキレること請け合いだよ。
なので、二重取りされないようにちゃんと手続きしような!
日本の税金は一時所得扱いの所得税に翌年の住民税。
ちなみに、先に挙げた三億ドルってのは、日本の税金までの全てを差っ引いての数字だ。
ま、住民税を払うのはシステム上翌年になるので、その分は別枠にしてプールしたと解釈してくれ。
どちくしょうめ!
それはそれとして、だ。
実際に手に入れる金の数字だけを見れば、引かれるモノが引かれたあとでも個人が持つそれとしては莫大な金額になっている。
従って、現在は没交渉になっている血縁者たちが、帰国したら鬱陶しいかもしれない。
もし、そんな事態に至れば、今の俺だとたぶん容赦なく、微塵も躊躇わずに1%ノートの暗黒面の力を使ってしまうだろう。
やはり、一度でもソレ系で使った経験があるのは大きい。
なにしろ、「起きるかもしれない」と考えただけで、「対応方法の筆頭手段」としてすぐに思い浮かんできているから。
雅の母親に、「経験する機会を与えて貰った」って意味では感謝するべきなのかもしれない。
もちろん、自重する気があるし、むやみやたらと使う気はさらさらない。
でもね、俺の中での判断基準における、正当防衛での使用は全く躊躇わなくなると思う。
尚、「それ、正当防衛か?」って他人の意見は聞く気がない。
あくまで、俺が「正当だ」と判断したらそれで良いのだ。
ある意味これが、「俺様ルールで神になる」ってことなのかもしれないね。
いや、そんな方向は目指してないんだけどさ。
今、一つだけ困っているのは、アメリカの医者にも俺の回復力の異常性が知られたこと。
事前に守秘義務の契約を交わしているから、外部には漏れていないはずだけど。
秘密が他所に漏れていないのと、俺の異常性が知られたことは別の問題だった。
担当医の俺の体質へ興味と知り得た情報に関しての興奮は、天元を突破しているようであり。
でも、そのために「法外」って言えるお金を俺は払っているんだ。
最初から口止め料込みなんだから、納得してもらうしかないよな。
だから、「約束の報酬は要らない。金は返すから研究させてくれ。なんならこっちが金を払う」って言われても断るに決まってるだろうが!
まぁ、彼は彼で、「弥生さんのようなケースの患者を別で抱えている」って事情も少なからず関係あるんだろうけどね。
移植ってのはさ、それを行う技術があってもドナーがいなければ成立しないのである。
あと、弥生さんの手術費用は全額俺が払った。
税金を取られるのはムカつくけど、贈与って形でね。
東雲姉妹は、借金のつもりでいるから「返済する」って言い張ってるけど。
なので、返済条件の取り決めは口約束だけの証文なし、ある時払いの催促なし。
この件限定で、返して貰う気が全くないお大尽とは、俺様のことである。
俺のお金だからどう使おうと自由でしょ。
そもそも、アメリカに来たおかげで、俺の資産は激増したんだ。
だからね、「原因を作ってくれた」と言えなくもない、東雲姉妹へ幸せのおすそ分けさ。
「捨てる俺あれば、拾う俺様あり」
なんとなくカッコイイ感じの言葉に纏めてみました。
あ、「それなんか違う!」ってのは受け付けませんからね。
「(『日本で何が待ち受けてるのか?』を考えると、帰るのが怖い~)」
アメリカに俺の聖域は存在しないので、残念で仕方がないが心の中だけで叫ぶ。
普段していることができないってのはさ、結構ストレス溜まるものなんです。
雅よ、「防音のレンタルルームとか借りれば良いじゃない」ってナイスなアイデアは、もっと早く教えていただきたい。
麗華よ、「この国はけっこんにこだわらなければ、ふくすうのおくさんがいてもゆるされる国ですか?」を真剣にお医者様に尋ねてはいけません。
永住権を取るのはマネーパワーでなんとかなるかもしれんけど、アメリカ国籍の取得はおそらく難しいぞ。
たぶん無理でしょ。
そもそも、俺は日本国籍を捨てたくないしね。
日本より治安が良くて住みやすい国は、他にはない気がするから。
それと、そんな俺らを見ていて微笑みを絶やさない母さん。
大好きです!
いつまでもその母親力を保っていただきたい。
そんなことを切に願う今日この頃でございます。
寒冷の候。
とある一日。
帰国予定の目処が立ったところへ、「雅と麗華の実母が亡くなった」というニュースが届く。
亡くなったの場所は、アメリカ国内。
ただし、場所がハワイなんだけどね。
出国手続きをする前で助かった。
飛行機のチケットが取り直しになるのは勿体ないが、これはもう仕方がない。
俺が数字選択式くじの高額当選者としてアメリカでニュースになったあと、「これは私の娘の婚約者だ!」と吹聴して「悪い人間に目を付けられた」のが、現時点でわかっていることの経緯だ。
で、拉致された上で殺されてしまったのだとか。
そりゃあね、俺たちへの連絡手段が、エアメールを日本の住所に送る以外にないんだから、拉致されたあとにそれが発覚したら、「私の娘の婚約者だ!」が嘘だと思われて殺されることもあるだろうよ。
俺は「大金は人の悪意を呼び寄せる」ってよーく知ってるけれど、こういう形もあるんだね。
今回の結果に、「1%ノートの力が働いていたのか否か?」は、俺にはわからない。
全く関係なく、偶然ってこともあるから。
雅の実母の情報は、実は東雲皐月さんから俺宛に届いた。
弥生さんの手術には立ち会わずに日本に残っていた皐月さんが、雅の実母のニュースを知ってから気を利かせて教えてくれたので、無駄に時間を使わずに済むから助かったってわけ。
早急に現地へ向かわないとだからね。
日本での手続きは、弁護士さんに相談してみよう。
いろいろと手配を終えて一旦ホテルの部屋で落ち着いたあと、俺は1%ノートを前にして、今日も今日とて書き込む文言を吟味していたのだった。