第2話
カクヨム版第2話を改稿。
西暦20××年4月×日
俺が通う中学校の初授業が始まる日だ。
とは言っても、初日は試験で丸一日が終わるのだが。
この試験は、「小学校で学んだことがどの程度身に付いているか?」という観点で行われるらしい。
実態は、学校側がする「生徒のランク付け」と言うか、確認仕分けの作業なのだろうけれど。
そして、俺こと、綾藤一郎は隣の席の綾瀬雅との二度目の顔合わせの瞬間が訪れることに対して、もの凄くドキドキしていた。
何故なら、彼女こそが、昨日1%ノートに俺が「名前と俺の恋人になる」という内容を書き込んだ女子その人だからだ。
「そんなことを考えていた時が、俺にもありました」
一日の長く面倒な試験日程を終えて帰宅した俺は、今日一日の学校での出来事を振り返っていた。
まず、先にはっきりしておく。
女子の暫定級長の綾瀬と同じく、男子の暫定級長の俺が、恋人になる気配など微塵もなかった!
期待に胸を膨らませた、俺の時間を返せ!
綾瀬は、大きな黒縁メガネに加え、三つ編みにした長い黒髪が外見的特徴として目立つ。
ちょっとつり目気味のやや大きな眼は綺麗で印象に残るし、鼻筋や唇の形も整っており、よく見れば「美人」と言って全く問題がない程度にはバランスが良い。
ただし、メガネと髪型のせいなのか、全体としては野暮ったい印象を受ける。
体型は普通。
デブでもぽっちゃりでもなく、かと言ってガリガリに痩せているわけでもない。
出るべきところは残念なことにほんのりとしか自己主張されておらず、ハッキリ言えば「限りなくぺったんこに近い」が、「まだこれからの成長あるよね?」と、将来に向けた成長枠で期待も込めて保留案件である。
ただ、「足長くね?」と思う程度には生足が眩しい。
注目すべき美点であろう。
服装については、校則違反の部分が欠片も見受けられず、きっちりとしていた。
外見からは、「真面目で堅苦しい考えの持ち主なのかなぁ?」と連想してしまうようなタイプだ。
もちろん、これらは全て俺の独断と偏見に満ちた個人的感想でしかない。
綾瀬雅は、典型的と俺には思えるような、漫画やアニメの世界から抜け出してきたような委員長タイプの女の子なのだった。
あ、試験の手ごたえ?
聞くな!
まぁ「上から数えて三割以内の順位には余裕で入る程度だ!」と言っておく。
って、俺は一体誰に向かって話をしているんだかな。
ひょっとしたら、脳内だけにいるエア友達かもしれない。
「綾瀬さんと、挨拶以外に言葉を交わしたわけでもなく、視線が合うとか恋愛要素のあるイベントもなし。移動時にぶつかったりとかのラブコメあるあるイベントもない。『級長』っていう同じ役職としての係わりはあるけど」
特に口に出してしまう必要などないのだが、俺は聖域内にいる時、記憶の定着を促進する目的もあって、いろいろと独り言を呟く。
これは、他人に知られると少しばかりヤバイ性癖かもしれない。
だが、俺が学力をある程度高い水準に保てている秘訣の一つであるため、この習慣を改める必要性は感じていなかったりするのだ。
「ま、言うて1%だしな。『99%変化がなくて当然』なんだし、まだ二十八日抽選効果は続くのだし」
俺は自分にそう言い聞かせ、思考を次へと向ける。
過ぎ去りし過去を振り返ることは、決して無駄ではないだろう。
けれども、未来志向でありたいから、先のことを考えることは止めない。
「今日のノートに書き込める権利を放棄する必要はない。が、何を書くべきか」
微妙過ぎる力なだけに、すぐに「これしかないだろ!」という事柄を、俺は思い浮かべられなかった。
俺は存外無欲な男なのだろうか?
いや、そんなことはないはずである。
俺は凡人で俗物だよ。
たぶんね。
きっとそう。
「即物的な話にすれば、男だと『お金、権力、女』なんて言葉が世の中には存在するけど」
すでに女の部分は実行に移してしまっている自分に、思わず笑ってしまうが。
権力ってのはピンと来ないけど、お金は俺だって欲しい。
けれども、お金は「明日にでも」って急ぐ話でもないんだよね。
俺の家はお金に困っているわけではないし、個人の話としても、それなりの額の小遣いをちゃんと貰っているから。
加えて言うと、父から相続した纏まった額の現金も銀行口座にある。
もちろん、俺名義の。
まぁ、その金は俺が学生の身分の間は、母さんの許可なしに触らない約束をしているけれど。
そんな感じなので、「お金や権力、女」からは一旦離れて、別の方向性を検討してみるべきなのだろう。
「使えばなくなるものよりは、ずっと手にするものの方が、最終的に俺のためになるような気がする。例えば、自分の能力を高める方向性とかはどうだろうか?」
一度口にしてしまえば、それはとても良い考えに思えた。
試験を終えたばかりという現実に、少々思考が引き寄せられたのかもしれない。
ともかく、俺は今日の書き込み内容を「自分の知力の上昇を求めること」に決める。
決めてしまえば、早速ノートに書き込むだけだ。
俺、天才になる。
安直に書き込んでみたものの。
はいはい。
そんな可能性はないのね。
せっかく勢い込んで書き込んだのにな。
三十秒で消えたよ!
ちくしょうめ!
そんなこんなのなんやかんやで、いろいろと書き込んでみた結果、結局消えずに実現したのは、現在の能力を基準として暗記能力の100%UPなのだった。
つまり記憶力が倍になるってこと。
物覚えが良くなる。
結果的に俺が得たのは、その可能性だけだ。
なんせ、「『1%ノートに書き込んで、三十秒後にそれが消えなかった』という事実が保証するのは、それが実現する可能性が1%ある」って話だからね。
まぁ効果が得られても、俺が求めていた「賢くなる」のとは微妙に異なる結果なわけだが。
そのあたりは、妥協しておくべきことなのだろう。
なにしろ、書き込むチャンスは今回の一回だけじゃなく、明日以降も続くのだから。
ふと気になって確率の計算をしてみたら、失敗する99%を連続三十日の三十回分引き続けるのは約74%になった。
つまり、俺が書いた事象の実現率とは、一か月後にそうなっている可能性が約26%ってこと。
実現の可能性が意外に高いのだろうか?
それとも、「その程度か」と考えるべきか?
ちなみに、「『ノートに書いた事象が実現しない、いわゆる、失敗の場合に再度同じことを書く』という行為を繰り返した」と仮定すると、確率計算上では、二百四十日目の時点で実現しない確率が9%弱となる。
要は八か月ほど繰り返しを我慢すれば、「九割以上の確率で実現する」ってことだ。
俺は、毎日のようにノートに書き込む内容についてで、頭を悩ませていた。
要は、「あーでもない、こーでもない」と呟いて、試行錯誤しながらいろいろと考えるハメになったんだよね。
一か月後。
気づけば、「平均で毎日一時間ほどは、机に向かって1%ノートと格闘していた」という現実があり、なんとも言えない気分にさせられたのは「些細なことだ」と思いたい。
時間を無駄に使ったなんてことはない。
俺はそう信じ込みたかった。
何故なら、五月初旬の今日、なんと俺は綾瀬雅から交際を申し込まれ、即了承したという事実があるからだ。
これにて、初書き込み分は見事成就したことになる。
やったぜ!
また、それに加えて、二日目以降に書き込んだ自分の能力の向上も、なんとなくだが効果が出ているような気がするのだ。
気がするだけで、確たる証拠はないけれどね。
「ハッピー。ウレピー」
ついに俺も彼女持ちというリア充の仲間入り!
思わず某人気漫画作品のセリフの一部が、口から自然に出てしまった。
だが、ここは俺の聖域。
少々奇行に走ったとしても、何の問題もない俺だけのセーフティーゾーンなのだ。
だから、ついでに叫んでおこう。
俺の素敵な母さんは、俺が大声で叫ぶ妄言じみた言葉を、例によって聞こえていない振りをしてくれるはずである。
「心が震える! 燃え上がるように熱く!」
立夏の候。
とある一日。
夜空に星が瞬くような時間帯に突入した時、夕食と入浴を済ませた俺は聖域で独りの時間を過ごす。
本日の嬉しい出来事を振り返って噛み締め、思考を未来に向けて暴走させる。
俺は夢と希望を追い求めてやまない、未来志向の男の子だから、これは仕方がないことなのだ。
この日、「男には浪漫が必要なのだ」と、「俺の人生で初めてできた彼女」という存在が実感させてくれた。
成ってみて、初めてわかるリア充の素晴らしさ。
男とは、かくも単純な生物であるのか?
夜が更けてゆく。
綾瀬との結婚と、その後の生活の中でいずれ生まれて来るであろう子供の名前を、気が早過ぎる俺は考えていたのだった。