第15話
カクヨム版第15話を改稿。
西暦20××年6月××日
中間試験もつつがなく終了し、余裕で学年1位の順位を守り切った俺。
まぁケアレスミス以外の減点がなく、ほぼ満点なんだから当然ではあるんだが。
それはそれとして、だ。
今朝からクラスの担任がいきなり新しい人物に切り替わった。
俺は前の担任がいずれいなくなることを相田さんから聞いて知っていたけれど、それを知らないクラスメートも当然いたはずだ。
ってか、前日の段階で、「いなくなる張本人が何も告げなかった」ってのもどうかと思うけど。
本人からすれば、追い出されたみたいなもんだから、言えなかっただけなのかもしれないけれどね。
新たな我がクラスの担任は、俺から見てたった七歳年上なだけの若人だった。
なんともはや、驚きである。
彼女は御年二十歳の、小柄で細身の美人さん。
たぶん百五十センチくらいの身長だろうね。
ただし、特記事項はそこだけじゃなく、胸部装甲が紙装甲な部分も追加しておこう。
神ではなく、紙。
だからどうだという話ではないけどさ。
「めっちゃ美人な先生。しかも、若い。男子が黙って言うこと聞きそう」
相田さんのぼそりと呟いた発言に、俺としては同意するしかない。
男は俺も含めて単純馬鹿が多いからな。
美人には弱い生き物なんだよ。
でもな、相田さんよ。
それは思っても口に出して言ったらあかんやつだぞ。
俺の級長としての相棒は、迂闊な発言が多いのかもしれない。
そんなことを考えてしまった。
「確かにびっくりするぐらい若いよな。俺、学校の先生って大学を卒業した二十二歳以上しかできないと思っていたから、ちょっと驚いたわ」
「ああ、それね。学校の先生になるには、短大で取得できる二種免許ってのもあるんだよ。でもまぁ珍しいよね」
相田さんからの説明で、俺は自分の知らない情報を得てしまい、世界を広げた気分になる。
ま、新たな担任の年齢や容姿は最終的にはどうでも良いことだ。
一番の問題は、「先生としての当たりなのかどうか?」である。
「うん。『歳が近いから感覚が近くて、俺らと相性が良い』のか、経験が少ないからいろいろと上手くいかなくて『アレ?』ってなるのか、まぁ様子見だな」
「うわあ。冷めた厳しい意見だね。めっちゃ引くわー。でもそうかも」
俺のクールな見解は、相田さんをドン引きさせたようだ。
そこに後悔は全くないけどな!
「夏休みまでもう一ヶ月半くらいしかないからな。その間で担任の為人が知れるかはわかんないけど。まぁ後期の級長が決まるまで穏便に過ごせれば、俺的にはどうでも良いことだ」
「体育大会が終わるまでが私たちの任期だからね。でもさ、何かズルいよねぇ。後期って大きなイベント、合唱と卒業式関連しかないじゃんよ」
合唱は“コンクール”と銘を打って行われる学校行事の一つで、クラスごとに曲目とピアノ伴奏役、指揮者を決めて練習する。
けれども、“既定の練習時間以外まで、皆で練習して頑張るかどうか?”はそのクラスが持つ熱量によって決まるのを俺は知っている。
大概は、プラスαの練習に時間を割くことを望まない者が多くなり、「規定時間のみの練習でお茶を濁そう」って意見でまとまるのがオチなんだけどね。
この行事での級長の仕事は、面倒な全般の仕切り役。
ただし、これは美術の作品展と一年単位で交互に行われるイベントになる。
なので、“今年はそうである”というだけなのだが。
その年に行われるのがどちらのイベントにしても、生徒の親が学校へ見物に来る保護者参加型行事でもあるために、卒業式関連の方とは違ってやや規模が大きくなる面もある。
もう片方の卒業式関連は、いわゆる卒業生を送る会的なのをやるわけだが、こっちもクラスの演目で合唱を選択する可能性は高い。
一クラスあたりの持ち時間が五分から十分程度までしか認められないので、劇などは難易度が高くなるのだ。
よって、今年は合唱二回の旗振りをするのがメインのお仕事になるので、「後期の級長は前期に比べるとかなり楽」と言える。
まして、前期に比べればクラス内での人間関係もでき上がっているのだから、いじめが蔓延るなどの特殊な状況でなければ、物事を決める難易度自体が低いのである。
後任の後期の級長の仕事は、俺には関係ないが!
「ほんとだよな。来年こそは、出席番号が一番にならないか、なっても前期の級長にならずに済むことを祈りたいわ」
「あーそれズルい。綾籐君はまだ良いよね。君の前に来る可能性のある名字の男子ってさ、この学年に数人はいるもん。私なんて、藍川さん一人しかいないんだからね? 私が彼女と一緒のクラスになれる確率は、どれだけあるんだよ! って大声で叫びたい感じ」
そんな不満を俺に言われても困る。
それに、その理屈を振りかざすのであれば、怒るべき、あるいは絶望するべきは、相田さんではなく確実に女子の一番になる運命を持つ藍川さんだろう。
俺は絡んだことのない同級生なので、その藍川さんとやらの顔も下の名前も知らないが。
もっとも、先方の知っていることが、俺と同じだとは限らないけどな。
俺は学業もさることながら、部活に参加しないバリバリの帰宅部にも拘らず、通常の体育の時間や昨年の体育大会で際立った運動能力を披露している。
そのため、学年内では結構目立っている生徒だからだ。
平たく言うと、「綾籐一郎の名はこの中学校内では売れている」のである。
麗華の姉である美少女様にしか目が向いていなかった過去の俺は、そんな事実を全く気にしていなかったけどね。
しかしながら、先月に相田さんから「女子の間でモテている」という話をされ、そこに気づいただけの話だ。
今の俺なら、1%ノートにこの学校内の女子の名を総当たりで書き込めば、俺の彼女になる可能性のある女子が綾瀬雅以外で全敗という不名誉は避けられるのであろう。
勿論、そんなことはしないけれども。
ま、どうなるかわからん先のことは置いておいて、俺にとって害悪でしかなかったおっさん担任が消えてくれたこと自体はめでたいのだ。
今日はその幸運を噛み締めて過ごすのが良いだろう。
そんなことを考えながら過ごしていると、事件というのは起こるもののようでしてね。
ほんと、俺、神社とかでお祓いでも受けるべきなんじゃないのかな。
本日の特大の事件とはなんぞや?
その答えは、「新任女教師が、俺に向かって落っこちて来る」という案件。
先生ミサイルの直撃だ。
誠に遺憾である。
唐突な事案発生により、1%ノートの力で底上げされている俺の身体能力は、俺が認知できていない外部からの攻撃には役に立たないことが証明された。
強化されている身体の頑丈さは、すごく役に立ったけどね。
俺が病院のベッドの上で詳細を知ることになった事案の発端は、上階の階段付近で遊んでいた生徒が、誤って階段から落ちかかったこと。
そのまま、その生徒が落下して負傷したのなら「自業自得」で済む話だったのだけれど。
運が強いのか、なんなのか。
件のその生徒は、俺のクラスの新任教師と衝突して落下を免れたらしい。
代わりに新任の女教師が体勢を崩して落下するハメになり、その先にはたまたま通過中の俺がいただけの話だ。
右手の手首付近と、右足の大腿骨骨折。
それが俺の被った身体的被害の全容である。
即日入院コースの重傷だった。
けれども、直撃したのが俺じゃなければ、もっと酷い状態、下手をすれば死んでいたまであるかもしれない。
その点を考えると、ぶつかった相手が俺だったのは運が良かったのかも。
尚、女教師の方は、俺がクッション代わりになったせいなのか、はたまた単に運が良いのか、軽い打撲程度で済んでいる。
ついでに言うと、事件発生の直後に俺のための行動を真っ先に起こしたのは、女教師ではなく綾瀬さんだったらしい。
母さんからは「『たまたま一郎君の近くにいたから』と、雅ちゃんが言った」と、聞かされたけれども。
でも、「真実はおそらく違うだろう」と、俺は思っている。
元彼女のストーキングのおかげで、俺に利益が発生する事態って一体なんだろうね?
そんな感じで少し、いや、かなりモヤっとするけどな。
「(若い美人教師とのフラグなんて求めていない~)」
心の中だけで俺は叫んだ。
俺の聖域ではない病院の一室で、いつものような大声で実際に叫んでしまうわけにもいかないからだ。
さすがに、看護師や医師が入院患者のリアル叫び声を耳にすれば、俺の母さんや麗華のように聞こえなかった振りをしてくれることはないだろう。
と言うか、俺の場合だと頭を打っている事実があるだけに、再度精密検査やらなんやらをされる案件に化けるのがオチかもしれない。
俺の性癖をスルーしてくれる母さんと麗華の偉大さを、あるいはありがたみを、こんな形で知りたくはなかったけど。
向暑の候。
とある一日。
様子を見に来た母さんと麗華が帰ったあとに、俺のいる病室へと訪れた担任の女教師から、俺は土下座の謝罪を受けた。
土足が普通の病院の床に、額を擦りつけるような行為。
いくら誠心誠意の謝罪するためとは言え、「衛生的にはヤバイ」と考えてしまう俺は、ちょっと冷静過ぎるのかもしれない。
それと、「私にできることは何でもするから!」を、彼女のような若くて美人な女性は口走ってはいけないと思う。
俺はしないけど、さ。
若さ溢れる健康な男子中学生は、その言葉で危ない方向の妄想をするもんだぞ。
俺はしないけど!
とても大事なことなので、二度言いました。
幸い、俺の身体は1%ノートの力で回復力が強化されている。
身体能力を底上げする時に、酷い筋肉痛から逃れたいがための書き込みがこんなところで役立ちそうとは予想外すぎるわ!
今の俺にとって最大の問題は、入院した状態だと家に置いたままの1%ノートに書き込む機会が失われる点だ。
どうやって、それを回避するのか?
病院の個室で孤独な夜を迎えた俺は、無い知恵を絞るのだった。