第14話
カクヨム版第14話を改稿。
西暦20××年5月××日
これは過日の話になるが、四月の始業式の後には実力試験という謎の名目の試験がある。
そして、五月のGW明けから十日前後が過ぎると、今度は中間試験ってやつがやって来る。
年間で、一体何回試験をやれば気が済むのか?
個人的には、そんなことを思わなくもないのだ。
けれども、学校で決められているものは仕方がない。
但し、俺限定の話だと、1%ノート様による暗記能力向上のおかげで、筆記試験への対策にほとんど時間を取られない。
なので、クラスメイトがその手の話題で盛り上がっていても、なかなかピンと来なかったりする。
ここでの問題は、俺の成績が抜群に良いことがクラスの全員に知られてしまっていること。
馬鹿な担任が実力試験の結果について口を滑らし、学年一位が俺であったのをクラスの全員が知ってしまったのは、非常に好ましくない案件であった。
誰だよ、あんな迂闊なのを先生にしたのは。
是非教えてくれませんかね?
とにもかくにも、そんな状況下でGW明けの定期試験が近づいてきてしまうと、「何が起こるのか?」と言えば。
その答えは「『綾籐君。勉強教えて』とか、『この問題がわからないから教えて欲しい』の類がそれなりの頻度で発生する」ってのが正解となる。
己の要求を言って来る側の個々の生徒は、それぞれがその時の一回で済む話なのだろう。
でもね、言われる側の俺は一人しかいないんだわ。
何の話かと言えば、「俺のそうした状況への対応回数は、結構な数に膨れ上がる」ってことなの!
俺が、「俺は学校の教師じゃないし、塾の講師でもないんじゃ!」と叫びたい気分になるのも致し方ないと思いませんか?
ついでに言えば、「1%ノートの力で、記憶能力を爆上げしたチート野郎」ってのが俺の姿なわけ。
単純な話で、「他人にものを教える行為」ってのはさ、俺の「記憶する能力」とは全く次元が異なる部分。
つまるところ、俺は他人にものを教えることが得意な人間ではないのである。
「ぶっちゃけ、基本スペックが違う俺に、『効率的な勉強方法』を聞かれたって困るだけなんだよ!」
質問攻めから解放されて、誰もいない教室で愚痴るくらいは許されると思う。
「ごめんね。そうだよね。普通に迷惑だよね。気軽にいろいろ聞いちゃっててごめんなさい」
俺の後方にある教室の扉を、ガラリと開けて室内へ入った相田さん。
俺の級長としての相方は、忘れ物でも取りに戻ってきたのだろうか?
どうやら、先ほどの俺の愚痴は、思いっきり相田さんに聞かれてしまったようだった。
「あ、盗み聞きしてたんじゃないよ。綾籐君に伝え忘れてたことを伝えようとして戻って来たんだ。さっきのを聞いちゃったのは事故って言うか、偶然だからね」
「そうなんだ? で、僕に伝えたいことって何?」
恥ずかしさもあって、ついついちょっと突き放した言い方になってしまった。
これ、八つ当たりみたいなもんだよね。
自覚があると、なんかこう、申し訳ない気分に。
心の中で反省しておこう。
ごめんなさい。
「あのね、私の叔父さんにこのクラスの担任の件を話したのね。結論から言うと、あの担任は近々別の学校へ転勤させられることになる」
「えっ?」
今の担任が、転勤でいなくなるだけでも驚きだ。
けれど、それを相田さんが知っていて俺に情報提供をしてきたことの方が驚く。
そう言えば、彼女は前に「叔父さんが学校関係の上部組織に勤めている」とか言ってた気がするけど。
今、相田さんからされた話は、たぶんそれの結果なんだろうな。
「あの先生は、正規採用じゃなくて、臨時のアルバイトみたいな感じなんだって。で、問題があるなら、他のそういう先生と入れ替える対応をするみたい」
俺の驚きに、相田さんは「追加の説明が必要だ」とでも思ったのだろうか?
彼女の口から続けて語られたのは、わりとどうでも良い現担任の情報。
しかも、「それリークして良い情報か?」って思える内容だったり。
まぁ俺はそれを思っても、わざわざ指摘なんかしないけどさ。
俺に言えるのは、ちょっと毒のある、それでもギリギリで当たり障りのない感想だけだよ!
「そっか。先生って職業も、人手が足りてないと質が低くても使われるってことなのかね。転勤先の生徒が気の毒な気もするけど」
「『質が低い』って酷い言いようだけど、今回のケースでは間違ってないからしょうがないのかな。あと、『転勤先であの先生がどんな仕事をするのか?』はわからないから、そこを私たちが気にする必要はないんじゃない?」
「そういうもんか? なら、僕らは迷惑な担任が消えることだけを喜んでいれば良いのかもな。後任で来る新しい担任がマトモだと良いけど」
「そこは運だよねぇ」
自分で吟味して選べるものではない以上、ガチャと同じなのが寂しい。
けれども、よくよく考えてみると、世の中自分で選べるものの種類とか範囲って、意外と少ないし狭い気もしてきた。
人は誰しも、何かに縛られて生きて行くのだろうか?
そんなことを考えてしまった俺は、ちょっぴり大人になったのかもしれない。
会話中に、ふと視線を感じて相田さんが入って来た扉のガラス部分に目をやると、そこには教室を覗き込んでいる俺の元カノさんがいた。
綾瀬さんはGW中に心境の変化でもあったのだろうか?
以前のトレードマーク的な黒縁メガネは取り払われ、今はコンタクトレンズを使用しているのだろう。
綾瀬さんの隠されていた美貌が露わになっており、髪型も変化していて、ちょっとお洒落な感じに見える。
昔の、野暮ったい印象を与える外見の彼女はもうどこにもいない。
美容院で髪を切ってもらったってとこなのかな。
「なんだろう? 他所のクラスの女子がこの教室を覗き込んでるんだが」
相変わらず、ちょっと粘着されてるんだろう。
良い機会だから、他の人にも認識して貰うか。
手始めに、相田さんで。
そんな感じの軽い考えで、俺は廊下から覗いている綾瀬さんのことを相田さんに伝えた。
「えっ? あー、あれ綾瀬さんじゃん。って、『他所のクラスの女子』って言い方は何よ。あの子、綾籐君の彼女じゃないの? 去年噂になってたけど」
「いつの話だよ。とうの昔に俺は振られました~」
今日は驚くことが多い日みたい。
俺と綾瀬さんが付き合ってたのは、どの程度の範囲まで広がってる話なのかを知らないけれど、少なくとも相田さんが噂として知っていたレベルだったのか。
全然知らんかったわ。
んで、相田さんの言葉で、別れたことの方は噂になってないのも、何気に判明したわけだが。
「えー」
「そんなに驚くことか?」
俺が振られるのはそんなに変だろうか?
顔は別にイケメンじゃないし、そんなにモテるタイプじゃないだろ。
なんせ、1%ノートで、綾瀬雅の名前以外で全敗した記録を持つ男なんだぞ。
考えて思い出したら悲しくなった。
やめよう。
こういう自虐は、不毛だと思います!
「いや、だってさ。綾籐君っていろいろスペック高いじゃんね。『基本スペックが違う』とか自分で言っちゃうとこは痛い感じだけど」
「やめてくれ。その言葉は今の俺の心にグサグサと刺さる」
相田さんめ。
俺を殺しに来とるんか!
いくらお前レベルの可愛い系女子でも、言うたら許されない領域はあるんやで!
「あ、ごめんね。忘れてはあげないけど、他の人には言わないから安心して。ま、とにかく君は女子からモテてるんだよ。たださ、皆は『君が彼女持ちだ』って思ってるから、積極的にアプローチする子がいないだけなんだよ。あれ? 綾瀬さん、行っちゃったね。ほんと、なんだったんだろ?」
俺の失言については、忘れて貰えないらしい。
どうやら、俺は相田さんに弱みを握られてしまったようだ。
そんな思いを抱えながら、俺は帰路へと就いた。
「俺への粘着が止まっていない~」
さすがに、麗華の姉のことを名前付きで叫ぶのをしないだけの分別はある。
それでも、俺の聖域で叫ぶこと自体は止められない。
実に因果なものである。
ここ数日で明らかになった、俺に足りていない部分。
他人にものを教える才能。
こういう部分も、なんとか1%ノートの力で補いたいところだ。
元カノの綾瀬さんの容姿の変化にも驚いた。
隠されていた美貌が露わになって、あれだけ美人だと、男子が放っておくはずがないよな。
周囲に「俺たちが別れた」って認識がないのなら、俺のところへ宣戦布告しに来る馬鹿も出てくるかもしれん。
そんなのは非常にめんどくさい。
ここは、早急に新しい彼女を作るべきではなかろうか?
麗華の意見に従って、義妹を婚約者として公言するわけにもいかないからな。
母さん、貴女の息子は。
麗華、君のお兄ちゃんは。
いろいろ考えて日々成長しておりまする。
だから、俺の聖域での魂の叫びを放つ行為については、今後も見逃して聞こえない振りでお願いします。
ちゃんと、麗華のピアノ練習の音に紛れる時間にやるから!
薫風の候。
とある一日。
お試しで、俺は、1%ノートに「綾籐一郎と綾瀬雅に、別々の新しい恋人ができる」と、書き込んでみた。
もちろん、「やっぱり」という思いが発生するのが当然の結果に終わるわけなのだけれど。
だがしかし、だ。
ならば、これならどうだ?
今度は、1%ノートに「綾籐一郎と綾瀬雅は復縁して恋人に戻る」と、書き込んでみる。
はいはい。
三十秒経過すると、さっぱりと綺麗に消えますよね。
うん、知ってた。
まぁ、今の俺にそんな気はなくて、書いて確認して見たかっただけなんだが。
元カノへの好意自体は、消えずに残っているのだけどね。
俺はどうするべきなのか?
目指すべき、辿り着くべき、場所がわからない。
今の俺は迷子なのだろう。
何かには、あるいは何処かには、いつか届くと信じているけれど。
そんなわけで、1%ノートを前に、今日書くべきことは弱点の克服と決定する。
結局、この日の俺は、「他者への指導能力が倍になる」というノートへの書き込みを成功させたのだった。