第12話
カクヨム版第12話を改稿。
西暦20××年3月××日
三月のビッグイベントが無事に終わり、ズタボロだった俺のメンタルは回復に向かっていた。
まぁ「そうなるのも当然」と言えるだろう。
綾瀬さんに贈った宝くじが、なんと見事に当選していたからだ。
その事実を把握するに当たって、俺が購入した宝くじの組と番号を全てちゃんとメモしておいたのが役に立った。
三連続で低い確率の当たりを引くとは、「俺様の素の運もなかなかのもの」と、言って良いのかもしれない。
しかしながら、「では、問題が完全に解決したのか?」と言えばそうでもないかも。
俺が復縁を願ってやまない元カノからの連絡は、「未だにない」のだから。
俺としては、「何故だぁぁぁ」と叫びたい気分である。
てか、聖域では思いっきり大声で叫んだけどな。
終業式を目前に控え、春休みはもうすぐそこにまで迫っている。
来月になって学年が上がれば、当たり前のようにクラス替えがあるのだ。
クラス替えに対しては、1%ノートの力は有効ではない。
だって、綾瀬さんと同じクラスになる可能性はそこそこあるから。
つまり、「元の確率より下がる1%に固定して、どうするよ?」って話なのだ。
そんなこんなで、春の陽気の気配を感じながら、俺は悶々としていた。
「このまえのごはん、おいしかったね。れいか、あんなのはじめてたべた」
今日も今日とて、麗華ちゃんのふんわり笑顔と柔らかい声音の言葉は俺の癒しだ。
ただ、今日は麗華ちゃんの様子がいつもとは若干違う気がするけれど。
こんなに可愛い妹が本当にいたなら、どんなに幸せなのだろうか?
そんなことを妄想したりもするが、級友男子の妹談義を耳にすれば、「リアル妹なんて〇〇!」なんて意見もある。
たぶん、「妹」という言葉で、一括りにはならないのだろう。
まぁ、個々の人格は別物であるのだから、当然の話ではあるけれど。
「そっか。じゃあまた今度一緒に行こうな。ただ、あんな感じのお店は、何か特別な時だけにしよう。しょっちゅう行くとありがたみがなくなるし、感動も薄れるだろう?」
俺の発言に麗華ちゃんの顔が曇る。
俺は言葉の選択を誤ったのだろうか?
そう考えたのだが。
「あのね。おかあさんがね、『はるやすみになったら、れいかにあたらしいピアノをかってくれる』って。『ピアノきょうしつにもかよわせてくれる』って」
「そっか。良かったじゃないか」
良い情報であるはずなのに、喋っている麗華ちゃんの表情は辛そうだ。
綾瀬家で「一体何があった」と言うのだろうか?
謎である。
麗華ちゃんの言葉の続きで、解き明かされる謎であると良いけれど。
「よくないの。『おにいちゃんのおうちにはもういっちゃだめ』って」
謎は解けた。
早々にね。
でも、俺は麗華ちゃんに掛けるべき言葉に詰まってしまう。
そして、視線を母さんに素早く向ける。
母さんは「既に、この話を聞いているはずだ」と思ったからだ。
俺の視線に気づいた母さんは、黙って左右に首を振った。
その所作の意味するところは、「現段階で、麗華ちゃん以外からのそうした内容の情報を得ていない」ということ。
つまりは、「綾瀬家の母親から、あるいは綾瀬雅さんからは、何の連絡もない」ということだ。
「れいかはね、おにいちゃんとおにいちゃんのおかあさんに、あえなくなるのはいやなの」
「うん」
「だからね、れいかは『あたらしいピアノなんていらない。ピアノきょうしつにかよえなくてもいい』っていったの」
俺はこの段階に至って、麗華ちゃんの腕の一部が、不自然に赤くなっていることに遅まきながら気づく。
これってひょっとして、誰かに叩かれた痕跡なんじゃないだろうか?
「なあ麗華ちゃん。今日、ここへ来る前に、誰かに叩かれたりしなかったか? その腕の赤くなってるところが痛いんじゃないのか?」
「うん。おかあさんに。でも、いまはもうそんなにいたくない。れいかはおうちをぬけだしてきたの」
母さんが俺に視線を向けたまま、麗華ちゃんを抱きしめた。
そして、真剣な表情で俺に向かって語りかける。
「一郎。貴方、綾瀬さんの家に何をしたの?」
「お金を直接贈っても、雅は素直に受け取ってくれない。あの家の両親ならそうじゃないかもしれないけど、それをやっても雅は喜ばない。そう考えたんだ」
母さんの問いに、俺はまず、行動する前に考えたことから述べた。
一見迂遠に見えたとしても、物事は順序良く説明するのが結局は近道だと思うからね。
「うん。それは正しいと思うわ。で、一体何をしたの?」
「バレンタインのお返しとしてお高いクッキーのセットと一緒に、僅かだけど当たる可能性のある宝くじに願掛けして、当選発表の前に雅へ贈った。くじは九十枚。金額で言うと二万七千円分。で、結果を言うと、贈ったくじは一等が当選していたよ」
母さんは、俺が実質三度目の一等を引き当てたことに驚いていたはず。
けれども、それについては何も言及しなかった。
俺の言葉を受けて、母さんが語ったのは綾瀬家の人間のこと。
そして、これから先のことだ。
「そう。『大金を手にして人が変わってしまった』のかもしれないわね。一郎、あの弁護士さんに連絡を取って、すぐにここに来られるか聞いて。で、来られるならすぐに来て貰って」
「それは良いけど。でも、なんで?」
唐突な、「弁護士さんを呼び出す」という母さんのお願いを、俺は了承した。
けれども、そうしたい理由がわからず、問い返しもした。
わからないことは聞くべきである。
世の中には、「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥」なんて言葉もあることだしね。
「私と一郎が、『犯罪者扱い』をされないためよ」
法律の専門家の出番となって、幸いすぐに駆けつけてくれた弁護士さんが、いろいろとやってくれた。
本気の厄介事だったようで、麗華ちゃんの意思確認から始まり、医者の診断書の取得、児童虐待への対処も。
もちろん、それが一日で片付くなんてことはなく、俺の家と綾瀬家を巻き込んだドタバタの大騒ぎへと発展して行った。
最後は、俺の母さんが麗華ちゃんと養子縁組をすることで、ケリがついたのだけれどね。
この案件の発生で、麗華ちゃんは俺の本物の家族に、義妹になってしまったのである。
ちなみに、弁護士さんから意思確認をされていた、麗華ちゃんの拘りポイントの一点に「れいかがようしになっていちろーおにいちゃんときょうだいになっても、れいかがおとなになったらおにいちゃんとけっこんできる? できないないならいや!」が、あったのには驚かされた。
その時の母さんが、俺のことを白い目で見ていたのは些細なこと。
麗華ちゃんのために、俺が資産の一部を吐き出したのは、もっと些細なことなのであろう。
端的言うと、「綾瀬雅さんの、麗華ちゃんの両親は、金の力に転んだ」のだ。
結局、綾瀬さんの家の親は、「娘を売った」のであった。
時を違え、売った娘は上の娘(雅)ではなく下の娘(麗華)へと、変化してはいるけれども。
「なんで? なんでよ? 私じゃなく、麗華を選ぶの? 一郎君は私を愛してくれていたんじゃないの? 私と結婚するんじゃなかったの?」
綾瀬雅さんの小さな声での呟きは、確かに俺の耳に届いていた。
おそらくは、母さんの耳へも。
俺としては、綾瀬さんを嫌いになったわけでもないのだ。
しかし、麗華ちゃんの案件が発生してしまった余波は確実に残るだろう。
綾瀬家の両親はもちろんのこと、俺の母さんだって、「俺と麗華ちゃんの姉が結婚するとなれば良い顔はしない」と思われる。
これは、本人だけの問題ではないので。
まして、麗華ちゃんの問題の発端となったのは、姉の雅さんが手に入れる予定の当選金の扱いを当人が誤ったせいでもある。
つまり、「彼女自身に、全く責任がない話」でもないのだ。
まぁ、大元は俺が贈った宝くじのせいでもあるので、俺にも少しは責任があるのかもしれん。
けれども、俺はできる範囲のことを精一杯した。
無い知恵を絞り、1%ノートの力を全力で使った。
なので、結果は受け入れるつもり。
いくら諦めが悪い男の俺であっても、さすがにこれではお手上げなのである。
大金は人を狂わせる。
過去に思い知らされて、知っていたはずの一面の真理。
それを俺は改めて痛感させられた。
渡すことなく終わった、手元に残ったままの婚約指輪をどうするか?
これが、今の俺に残された重い宿題なのである。
「俺の嫁取り計画は、完璧にリセットされてもうた~」
泣くに泣けない、何とも言えない気持ちを抱えたまま、今日も今日とて俺は聖域で叫ぶ。
この家の新たな住人となった麗華ちゃん、いや、もう家族なのだから俺は可愛い義妹のことを「麗華」と呼ぶべきだろう。
麗華は、一階の母さんの部屋で当面は生活することになった。
なので、同じ二階に部屋を与えられるよりは安心だ。
何が「安心」だって?
俺の魂の叫びに決まっているだろうが!
母さんが、麗華に「一郎お兄ちゃんは、自分の部屋に籠って時々大声で叫ぶ病気を患っているけど、大丈夫だから聞こえない振りをしてあげてね」と、優しく伝えているのなんて、俺は見ていないし聞いていない。
知らないからな!
そんな事実はなかった!
そういうことにしておこう。
信じる気持ちは大切なのだ。
そんなわけだから、今後は二人揃って、聞こえていない振りをしてくれるはずである。
ところで母さん。
まだ幼い麗華にその件で理解を求めるのは、さすがに無理がありませんかね?
春陽の候。
とある一日。
不本意ながら、綾瀬雅さんとの関係が完全にリセットされてしまった俺は、「別で新たに彼女を作るべきなのか?」を悩む。
今は、俺への好意が全開に振り切っている麗華の存在を無視できない。
可愛い義妹を悲しませることなど、義兄として許されない行為だ。
だが、それはそれとして、男としての欲はある。
シスコンは許されても、ロリコンは許されない。
俺はどうするべきなのか?
聖域で机に向かって1%ノートを前に書くべきことを悩み、相も変わらず俺は無い知恵を絞るのだった。