第11話
カクヨム版第11話を改稿。
西暦20××年2月××日
二月の超ビッグイベントが終わり、俺のメンタルは絶賛ズタボロ状態に陥っていた。
理由は聞かないで欲しい。
そんな案件だが、麗華ちゃんにすらも簡単に原因を見破られている体たらくだ。
一応、悪あがきはしたんだよ?
1%ノートにも「綾籐一郎は綾瀬雅から本命チョコを受け取る」って書き込んだりしたんだよ?
三十秒経過後に、見事な白紙に戻りやがったけどな!
ちくしょうめ!
自虐的に二月十四日を振り返っておくとだな。
綾瀬さんからは学校の教室で、お義理感満載の小さな一口チョコをいただきましたけれどね。
ええ、ええ。
もちろん、アレですよ。
クラスの男子全員へ平等にばら撒く系でございます。
しかもですね。
元カノ美少女様は、「クラス女子一同からだよ!」と、にこやかに渡してくださいました。
これね、「エッグイ攻撃だ」と思いませんか?
その一撃で俺は瀕死ですよ。
それでもね?
少しはさ、「別でコッソリとかあるんじゃね?」って期待するじゃん?
だって、男の子だもん。
ま、結果は察して欲しい。
この日の俺は、傷心ボーイだった。
背中に哀愁を漂わせ、授業終了後にとぼとぼと家路に就いたのだ。
たぶん、超絶酷い顔をしたまま、帰宅した俺。
俺が帰宅した時、麗華ちゃんは俺の母さんと一緒に、チョコレートケーキをちょうど作り終えたところだったみたいで。
「いちろーおにいちゃん。おかえりなさい。バレンタインのチョコレートケーキをたべてね。れいか、がんばってつくったんだよ?」
「お帰り。一郎。三人で食べましょう。今、お茶を入れるから、早く着替えて降りてらっしゃい」
「ただいま。麗華ちゃんありがとうな。俺、嬉しくて泣いちゃいそう」
母さんは「俺の表情や身に纏っているダークな雰囲気からいろいろ察して、触れないでいてくれたのだ」と思う。
おませな麗華ちゃんは、暗黒サイドに沈んだ俺を励まそうとしてくれたのか?
なんと、俺の頬にキスまでしてくれた。
思わず心の中で、「おまわりさん! 事案発生ですよ!」と、叫んでしまったのは内緒にしておいていただきたい。
もしこの件が俺の家の中ではなく公の場で行われていたならば、逮捕されるのは俺である。
天使の癒しが原因で逮捕されるとか、世の中が間違っている気がしなくもない。
けれども、だ。
立場が変わって、俺がされる側じゃなくそれを見ている側にいたなら、「証拠の写真か動画付きで確実に通報する」と、言い切れそう。
いわゆる、「人の業とは深いものだ」と悟ってしまう案件だな!
ま、俺はいくら美少女でも、小学二年生と交際するとかないけど。
たぶんね。
きっとそう。
実際に口から出す言葉にはしないが、「『十年後ならワンチャンあるかも?』とか思ってないからね?」と、これだけは心の中で断言しておこう。
「あ、おにいちゃん。これ、おねえちゃんからだよ。『がっこうでわたすのは、はずかしいから』っていってた。だからって、わたしにたのむのはひどいとおもう」
麗華ちゃんがそう言いながら、小さな手でカバンから取り出したチョコは、本命っぽさが全くない、どこからどう見ても立派な義理を連想させる品。
うん。確かに。
こうされるのだと、俺が1%ノートに書き込んだ、「綾籐一郎は綾瀬雅から本命チョコを受け取る」じゃないね。
そりゃ、書き込んでも消えるわ!
こういうとこは、細かくシビアな判定なんだよな。
あの1%ノートってやつはさ。
だって、俺が受け取った時に渡してくれているのは、「ノートに書きこんでみた綾瀬雅」ではなく麗華ちゃんなんだもん。
ついでに言えば、貰えたのは「本命チョコでもない」のだ。
より正確に言うなら、「少なくとも本命感を俺に感じさせることは、全然できていないチョコレート」が、正しい。
いやね?
俺の好みのストライクど真ん中の、ビターでカカオの割合が高い板チョコではあるんだよ?
短い間だったが、さすが俺の彼女だっただけのことはあって、綾瀬さんは俺のチョコの好みを把握していらっしゃる。
けれど、渡された現物は、たぶんお値段百円から二百円くらいの、スーパーとかで通年買える市販品。
決して、この時期向けの専用に作られた品ではないのは、一目瞭然なのである。
そうした物体を目にした瞬間の俺は、「ああ、義理なんだ。綾瀬さんにとっては『妹が世話になってるから』って義理で託したんだ。面と向かって手渡す価値すらもない男なんだ。俺は」としか考えられなかった。
ガチの強烈な追加ダメージを貰ってしまった俺の心は、先に天使の癒しを貰っていたにも拘らず、一時的に瀕死を通り越したのだと思う。
いわゆる、「俺のライフはもうゼロよ!」ってのを完全に超えて、「マイナスの領域へ突入」というやつだ。
俺、なんで生きているんだろうね?
そんなわけで、その後の記憶が曖昧になっている。
この日もちゃんと、麗華ちゃんを綾瀬家に送り届けたはずなのだ。
だが、気づいたら俺は聖域で机に備え付けの椅子に、ぼんやりと座っていた。
実は期末試験が間近に迫っており、勉強も疎かにはできない。
ただし、今の俺は暗記能力が上限まで振り切ったせいか、覚えようとしたことは映像記録的な感じで記憶することまで可能になっている。
これは、無意識下で勝手に記憶されるような、常時発動系の能力ではない。
その点は、若干残念と言えば残念なのだが、そこまで望むのは贅沢でもあるのだろう。
つまり、記憶する気で教科書とノート、それらに加えて問題集とその正解の答えに目を通せば、俺の期末試験対策は終了なのだ。
そうして、二月の超ビッグイベントの数日後の俺は、冒頭の状況なわけさ。
幸いなことに、深刻な精神的ショックを引きずっていても、試験結果への影響はなかった。
気分と体調はほんっとうに最悪だったけどね。
凹むわ。
三年生の卒業式も近づき、学校全体がそわそわざわざわしている気がする。
実質的に残りの登校日は春休みを待つばかりの消化日程であり、教える側の教師たちから伝わって来る雰囲気もそんな感じなのだから、これは仕方がない面もあるのだろう。
ま、教師は教師で、年度末進行のアレコレに追われていて、「ぶっちゃけ授業へ割くリソースが少ないのが現実なんだろう」と俺は思っているけれど。
何が言いたいのかと言えば、「授業内容を事前に短時間の予習で全て頭に入れておけば、授業中は他のことを考えることができる有効な時間に化ける」って話だ。
幸いなことに、1%ノートを使って鍛えられた俺様の頭脳がそれを可能にするって寸法なわけだよ。
しかしね、残念な部分もあるんだ。
記憶力の性能がどれだけ上がっても、記憶自体は良いアイデアを生み出すのに、基本的には無関係だからだ。
あ、いや「全く役に立たない」って言うとそれはそれで間違いなのだが、「上乗せ分は微々たるもの」ってことね。
少なくとも、俺の体感上はそうなっているわけであり。
発想、あるいは閃き。
そういった部分の能力強化に1%ノートを役立たせる方法を、俺は未だに思いついていない。
考える必要がある事案は多々あり、ちゃんと優先順位を付けても、優先度が高いものだけですでに、俺の思考能力はパンク状態なのだ。
簡単に片付くものだけを先に済ませて、せめて全体量だけは減らそうと足掻くくらいしかできていないのが悲しい。
とりあえず俺は、三月のお返しイベントでクラスの女子全員に配るキャンディを用意することを決めた。
お金はあるが、ネットで検索して最初に目についた安物をポチったのは内緒だ。
だってそこに掛ける時間が、もったいないんだもん。
クラス男子の間でも「女子に倣って男子全員の共同出資で」という話も出たのだが、それを聞きつけた女子の一部に却下されたのも腹立たしい。
世の中は実に理不尽である。
続いて考えたのは、母さんと麗華ちゃんへのお返し。
これについては大して悩まずに、ちょちょいと調べてホワイトデー当日に豪華ディナーの予約を入れた。
もちろん、三人分の支払いは全額俺が持つ。
ついでに言えば、「綾瀬母にもきちっと連絡して、麗華ちゃんを連れ出す許可を貰っている」という用意周到さだ。
問題は、「綾瀬さんへのお返しをどうするか?」なのである。
「俺の嫁取り計画は、超ウルトラスーパーゴージャスに停滞中じゃ~」
一向に答えが出ない、出すことができない難問に苦しんで、今日も今日とて聖域へと籠り、俺は魂の叫びを放つ。
母さんは階下でいつも通りに、夕食の支度に勤しんでいる。
よって、相変わらずで、俺の叫び声は聞こえなかった振りをしてくれるはずだ。
母さん、そこんとこを貴女の息子は信じてるからな!
梅花の候。
とある一日。
悩みに悩んだ俺は、今回も買い続けたバレンタインジャンボくじと、本命扱いの豪華なクッキーのセットを、お返しの品として贈ることを決めた。
三月十日着日指定でなおかつ、最も遅い時間で配達時間を指定し、三月五日に発送することを決定としたのだ。
この作戦の肝は、発送&受領時点では当選番号の抽選が終わっていない点。
要するに、俺が発送した荷物が綾瀬家へ到着して、贈与が成立した(綾瀬さんが受け取った)時点だと、くじの額面の価値しかないのがミソである。
ホワイトデーから四日フライングになるのは、抽選日の兼ね合いなので許してもらいたいところだ。
送り付けたくじは、二割を楽に超える一等と前後賞の当選確率がある。
そして、仮に今回失敗しても、まだいくらでもチャンスはあるはず。
結局のところ、「綾瀬家の現状の問題を完全解決するためには、綾瀬雅さん自身か、彼女の親が金持ちになるしかない」というのが、俺が出した結論。
で、その結論に現実が追いつくように、1%ノートへ文面を考えて書き込み、あとは運任せだ。
俺は1%ノートを前に、「『大金を持つと、人間は変わる』が、復縁したい元カノの綾瀬さんに起こらないこと」を祈りつつ、「今日の記入事項を何にするか?」で、無い知恵を絞るのだった。