Ⅶ 加害者
私は見た目がいい人がうらやましい。
「見た目がいい」にもいろいろ種類があると思うが、私の中でのそれは「スタイルがいい」というのが先に来る。
もちろん、顔立ちが整っていてきれいだったり、目の大きい小動物のような可愛らしさだったりするのも重要だけど、私はどちらかというと、その部品を囲む顔や頭が小さく、首が長く、胴は短く、お尻が小さくて手足がとにかく長い人に憧れる。
内野玲さんはまさに私の憧れる「見た目がいい人」そのものだった。
「ここが女子校だったら、たぶん、内野さんのような女の子がモテまくるんですよ」
私は今、テニス部の土曜練習に励む内野さんを五十鈴さんと眺めている。
「そういうもんかね」
「ええ、そういうもんですよ」
「男がいないと、そういう対象はやっぱり女になるわけ?」
ぼさーっとしゃべる五十鈴さんを横目に見て私はあきれた。
「恋愛とか、そういうのではないですよ。いや、そういう子もいるでしょうけど。私の場合はただその存在に憧れるだけです」
そんな会話を交わしていると、テニス部の全員が集合し始めた。
「そろそろ終わるな」
私たちは心の準備をした。
「おつかれさまでした!」
少女たちはいっせいに声を上げると解散した。
一年生らしきまだ小柄で華奢な子たちが後片付けを始める。
「うん?」
五十鈴さんが何かに気づいた。
内野さんがこちらを睨んでいた。
ラケットを持ったまま、ずんずんと向かってくる。
「あ、こっち来るんでしょうか」
「かなあ」
内野さんは私たちをめがけて歩いているようだった。
「あの!」
「はいっ」
声をかけられ二人して縮み上がった。
「ずっと、練習を見ていたようですけど、私たちに何か用ですか?」
近くで見る内野さんは金網越しからでも麗しかった。
日本人形のように色が白く、奥二重の少し吊り上がった目が黒々と光っている。
「はい。あの、僕らこういうものでして」
五十鈴さんは金網の網目に名刺を差し込んだ。
「失恋ヘッドハンター?あ、何か聞いたことあります。愛蘭中学始まって以来の無許可の部活動」
「そう、それです。すみません、内野さんに用事があってずっとそのお姿を眺めておりましたー」
私はまるで「内野玲」という宗教の信者であるかのように、手を合わせなぜかその場で足踏みをした。
「私に?何の用?」
「もしよろしかったら、立ち入った話になるのでうちで三人で話しませんか?」
五十鈴さんのいう「うち」はお店の方だろうか。私はわくわくしてきた。
「うちってどこ?」
「URL送るんで、ひとまず連絡先を…」
私たちは内野さんと連絡先を交換し、昼食後に五十鈴さんの家兼店舗の「叔父貴の国のアリス」へ行くこととなった。
「あ、この歌知ってる」
店内のテレビに映る80年代アイドルの姿を見て内野さんは言った。
「私も何となく知っています。母が聞いていたような」
「ああ、うちもうちも」
「二人とも、麦茶でいい?」
五十鈴さんはカウンターでグラスを並べていた。
「あ、はい。内野さんは」
「いや、お構いなく。だってここお店でしょう。お店のお茶をタダでいただくなんてそんなことできないよ」
内野さんに言われて私はそれに気づいた。
「本当ですね。あの、私も、ええとお構いなく」
慣れない言葉をいうのは恥ずかしい。
それよりも厚かましい自分が恥ずかしかった。
「大丈夫。これは、家族用の麦茶だから。とりあえず、グラスに入れて持っていくよ」
ムーディーな照明に照らされた五十鈴さんはいつもより大人びて見えた。
私と内野さんは店の真ん中に置かれたテーブルの前で座っていた。
お茶がテーブルに置かれる。五十鈴さんが一口飲んだ。
「いただきます」
それに続いて内野さんがグラスに口をつけた。
「冷たくておいしい」
今までの様子を見る限り、内野さんはとてもちゃんとした人のようだった。
石田さんに意地悪をしていた片鱗はどこにも見当たらない。
「それで、私に何の用なんですか」
内野さんは五十鈴さんと私を交互に見た。
「早乙女中学の芦川くんと前の席にいる石田美緒さん、もう付き合っていないですよ」
内野さんの表情が固まった。
「ちょっと五十鈴さん、いきなりすぎますよ」
五十鈴さんは私の方を見ることもしなかった。
内野さんの目をしっかり見ている。
「内野さん。内野さんが石田さんに嫌がらせをしているの、ばれていないと思っていますか?周りの人に気づかれていますよ」
「え?」
内野さんの顔は真っ赤になった。
「さっきからお話ししている様子を伺っとると、あなた、どちらかというと気づかいのできるいい人やないですか」
「そうです、私も思います」
私は合いの手を入れた。本当にそう思っていたから。
「自分で自分を貶める必要なんて何もないです」
五十鈴さんの言葉に私は深くうなずいた。
「こちらに入っている情報だと、あなた、相手の髪を切ったり、足を蹴ったりしていますよね。相手がどういう人間であるかということを排除して、その出来事だけで考えてみてください。どうですか。これって決していいことではないでしょう?言ってみれば犯罪だ」
犯罪。
それを耳にした内野さんは肩を震わせた。
やがて、内野さんの目からはしとしとと涙が流れ落ち始めた。
五十鈴さんはいったん席を立ち、カウンターの奥からティッシュボックスを持ってきた。
「使って」
内野さんはティッシュを数枚抜き取り、涙を拭いた。
「僕たちは、ある人からあなたが石田さんの交際相手のことを好きだったと聞いています。自分が選ばれないのはつらかったと思います。でも、やっていいことと悪いことがある。内野さん、わかっているでしょう」
五十鈴さんの問いに内野さんは首を振った。
「私も、まさか自分が人に対して意地悪をする人間になるなんて思ってもみなかったんです。でも、振られた相手と付き合っている石田さんが憎かった。もともと、石田さんって同性としてあまり好きなタイプではなかったんです。それが相乗したってわけではないけど、嫌がらせをする時はなぜかそれが悪いことだなんて思いもしなかった」
「私、何となくわかります。相手が好きだった人の彼女だって事実が自分を傷つけてくるから、そのぶんやり返しているだけ、なんじゃないですか」
私の質問に内野さんはうなずいた。
「たぶん、そうだと思います。しかも、目の前にいるから苦しくて仕方がないから、そのぶんやってしまう」
「内野さん、もうそれ今すぐやめましょう。あの二人はもう付き合っていないし、芦川くんは僕たちも会って話をしたんですが、とても移り気な男です。見た目はいいかもしれないけど、同性の僕からしてあまりいい奴じゃない」
「異性の私から見てもそうです。好きだった人のことをこんなふうに言うのは失礼かもしれませんが、とても軽い」
内野さんは驚いているようだった。
「ところで、失礼ですけど、内野さんはどうやって芦川くんに振られたんですか?」
五十鈴さんはゆっくりと慎重に話した。
「友達から聞きました」
「友達?」
「桜田マイカという子です。頼んでもいないのに、芦川くんに好きな子がいるか訊いてあげるって。で、訊いてきて、他に好きな人がいるって言われてそれで失恋…」
「やっぱり」
五十鈴さんは舌打ちをした。
どうやら私たちは桜田さんにもてあそばれていただけのようだった。