Ⅴ 被害者の言い分
「私は内野さんとはほぼ関わりがなかったんです。だから最初なぜ標的にされるのかわからなくて」
私たちは、コンビニのカフェスペースにいた。
カウンター席でココアの入ったカップを両手で包みながら、石田さんはゆっくり話してくれていた。
学校からの帰り道にあるコンビニの駐車場で呼び止めた時、石田さんはとてもびっくりしていた。
「石田さんがいじめられているのを見ていられないという人がいます。僕たちは石田さんを助けてほしいと頼まれています。話を聞かせてもらえませんか」
五十鈴さんがそんなふうに話すと、石田さんは驚きつつもゆっくりと表情を崩し受け入れてくれた。
相当困っているのだと思われた。
カウンター席に、私、石田さん、五十鈴さんの順に座り、三人でココアを飲みつつ、まったりと会話は始まった。
「まったく心当たりがないと」
五十鈴さんが訊く。
「はい。でも、最近、もしかして私が芦川くんと付き合っているからじゃないかって思ったんです。この間、ふと、芦川くんに内野さんの話をした時に」
「いじめられているって言ったんですか」
私は石田さんの顔を伺った。
「いえ。内野さんが彼の通っているバード塾に行っていたという話を以前に誰かから聞いたことがあったのでどんな人なのかなと思って訊いてみたんです。そうしたら、知っていると。でも、それから様子が変で」
「変?」
五十鈴さんの唇はココアのせいで色が悪くなっていた。
「LINEの返事があまり来なくなって。本当に私の事を好きなのかなって思ったんです。訊いたら好きだとは言ってくれるんですけど。私、ちょっとわがまま言って、本当に好きなら早退して私の学校まで迎えに来てよ!って」
この間、このコンビニの駐車場で立ち尽くしていた芦川くんを私は思い出した。
どこか不安げな陰りのある表情だった。
「でも、学校じゃなくてちょっと離れたこのコンビニで彼、待っていたんですよね。学校の門まで来てよって言ったんですけど、やっぱりここの駐車場で。何となく、彼の様子がおかしくなったのって私が内野さんの事を言った時だったなって思って、『内野さんと何かあるの?』って訊いたら『実は好きだった。今も好きかもしれない』って」
「はあ?」
私と五十鈴さんは同時に大きな声を出してしまった。
「あんな意地悪な子!あの子が私に何したか全部話したらびっくりしていました。それからぷっつりと彼から連絡が無くなりました」
石田さんはココアを一口飲み、大きく息を吐いた。
「別にいいんですけどね。私、男の子にモテるから、別に芦川くんじゃなくてもいいんですよ。でも、小さいころからモテてきた私からすると、今回のことは本当に屈辱でしかなくて。悔しくて」
ほんわかした雰囲気を自らぶち破るように、石田さんは強い口調でまくし立てた。
こんなに気が強い人だとは思っていなかったので、私は若干震えあがっていた。
「仕返ししようとか、思わないんですか」
ここまで迫力のある人ならそれも簡単なことだろうと思って訊いてみた。
「するわけないじゃない!そんなことしたら男の子にモテなくなるでしょう?内野さんみたいな浅はかな行動、私は絶対しない」
睨まれてしまったが、野性的な一面もまた魅力的だと受け取ってしまう自分がいた。
「そ、そうですか」
私は頭を下げた。
「あのー、ちなみに芦川くんと付き合うきっかけって何だったんですか?」
五十鈴さんが小さく手を挙げて恐る恐る訊く。どうやら五十鈴さんも石田さんの迫力に怖気づいたようだった。
「ナンパです」
「ナンパ?」
「はい。私から。通っているピアノ教室とバード塾って近いんです。帰りにバスを使うんですけど、そこで向かいのバス停に芦川くんを時々見かけていてかっこいいなって思って。自分から話しかけに行ったんです」
「すごい」
私は控え目に指先で拍手を送った。
「私だっていつもそういうことをしているわけではないですよ。さっきも言いましたけど、まあまあモテるし。でも、タイプの人とかにモテるってわけじゃないから。そんなにいいものでもないんです。だから」
石田さんは急に言いよどんだ。さっきより目に力が入っている。
「だから、結構、勇気も出したし。『ずっと、見てました』って言って連絡先交換するところから始まったんですけど、指とか震えていましたし。だからこそ、裏切られたって気持ちが強くて。でも、まあ、ずっと一人で抱えていましたけど、二人に声をかけてもらって、こうやって話すことが出来て、スッキリしました」
表情の険しかった石田さんに穏やかさが少し戻った。
「それは良かった。僕ら、内野さんからの嫌がらせ、止めますから」
「ありがとうございます。期待しています。でも、こんな依頼、誰が言ってきたんですか?そもそもあなたたちって失恋ヘッドハンターですよね」
右に左に動く石田さんの白目に夕日のオレンジがにじむ。
「僕ら、ルールで依頼主のことはお話できません。まあ、いろいろ入り組んでいてその中にこういう依頼も含まれていることもあるという、ね」
五十鈴さんが目線を送ってきた。
「そうです。あ、そうだ。石田さんも機会があれば是非」
続きに該当しそうな言葉を思いつけなかったので話題を変えたつもりだった。
「私はその気になればそれなりにいるから」
語尾に被せるがごとく、一刀両断されてしまった。
「そ、そうですね。愚問でした。失礼いたしましたー」
首をすくめて五十鈴さんを睨む。完全に逃げ腰の五十鈴さんは窓の向こうに広がる夕焼けを見つめていた。
「いやあ。それにしても石田さんって怖い人でしたね~。男の子たちからの視線やこれからの扱いを考慮して内野さんに逆らわないところなんて、私、びびりましたよ」
石田さんと別れた後、ブルーマリンのフードコートで冷たいコーラを飲みながら、私たちは労をねぎらい合った。
「そうか?ま、花橋さんにはわからないか」
「どういうことですか?」
「モテるかモテないか」
「ひどいですね。そういう五十鈴さんにはわかるんですか」
詰め寄ると、五十鈴さんはコーラを飲みほし、口に入った氷をジャリジャリ噛んだ。
「実体験としてはわからないけど、この部活やっているとちょくちょくああいう人に出会うんだよ」
「モテる人ってみんなあんな感じですか」
私の問いに五十鈴さんは首を振った。
「みんながみんなそうやないよ。ただね、石田さんみたいなタイプは家族も娘が男ウケするように育てている感じがするね。ああいうの、相当タチが悪い。時代錯誤だし。転校してもた友達っていうのも同じようなタイプだったみたいやね、調べたところ」
「そうですか。それで、次はどうしますか」
「そうねえ。モテモテの芦川くんのところでも行ってみますか。GWまでにはある程度片付けたいからね。さっそくだけど、明日、土曜日だけど、どう?花橋さん」
「別に大丈夫ですけど」
休みだからと言って何の予定もなかった。パパは出張中で、ママはパートで日中いないはずだ。
「じゃ、頼もうかな」
「頼もうかな?」
訝しがる私をよそに、五十鈴さんはタブレットを取り出した。
「明日、芦川くんはお昼過ぎにバード塾を出るはずなんだよね」
タブレットを私のほうに向ける。
芦川くんの生年月日から通っている学校や塾など詳細が載っていた。
「すごいですね、リサーチ力」
読みながら、思わず感心してしまう。
「俺は、金曜日は親がやっている店の手伝いがあるから、土曜日の朝はちょっと辛いんよな」
「お店に出てるんですか?」
この間出会ったリカさんみたいにドレスアップした五十鈴さんを想像する。そこそこ可愛いと思われた。
「料理の仕込みやったり、洗い物やったり。その程度だけどね。人手不足やからうちも大変やねん」
「そうですか。この間会った人みたいにドレスアップして出るのかと思った」
「まさか、俺中学生やで。でも、女装したらリカさんよりもっときれいで可愛いけどな。それはさておき、芦川くんって土曜日は塾の帰りに近くのファーストフードに寄って昼ごはん食べるから、そこにうまく同席してもらわれへんかな」
「ええ!そんな大胆なこと」
私は両手を振って拒絶した。
「『中一の花橋ゆうみ』は出来なくても、『失恋ヘッドハンターの花橋』ならできるんちゃうの」
腕を組み、挑むように五十鈴さんは前のめりになって私を見つめた。
まともに目線を受けると、ちょっとドキドキしてしまう。
「何ですか、その女優に言うような台詞」
できるだけ自然な感じで私は目をそらした。
「そうや、花橋さん、あんたは女優や!」
手を叩いて私を指さす五十鈴さんはまるでおじさんだった。
私は腕を組み、鼻からため息を吐き出した。
「いい加減にしてください。まあ、でも、そんな心構えでやってみます」
私の態度を見て、五十鈴さんは目を見開いて両手をテーブルの上に載せた。
「頼みます」
テーブルにおでこがつかない程度でお辞儀をする。
何だか自分がちょっとわがままだけど頑張り屋さんな女優になったような気がした。