傘と天使
スコールが汚れたコンクリを洗う。砂塵が舞い、埃っぽい都市がめぐみの雨によって浄化されていく。バラバラと音を立て当たりは白くけぶった。
天気予報どおりの天候に様々なヒトが傘を差し道を急いだ。
この世界には様々な種族がいる。数え切れないほどの多種多様なヒトたちがチキュウに暮らしていた。獣のようなヒト、虫のようなヒト、伝承に登場するようなヒト…。
砂塵に埋もれかけたビルを横目に菜子は傘を差す。シンプルなこうもり傘。短い雨季がやってきた。しばしめんどくさい日々がやってくる。
市街地にたどり着くやどこからか汚水の臭いがする。乱立するバラックと無理やりとりつけたネオンの看板。粗末な街灯がケバケバしい光を発する。土砂降りの雨がヒトらのざわめきをかき消した。
菜子は自宅──ボロボロのアパートだが──近くの路地に見慣れない者がいるのに気づいた。
天使人がうずくまっていた。鮮やかな羽根が雨を弾き、沈んでいる。高級そうな衣服をまとい油まみれの水たまりに座り込んでいた。
「どうしたの?」
天使の女の子は俯いたまま答えない。菜子は綺麗な翼に目を奪われていた。天使を間近で見るのは初めてだ。
「これ」
傘を差し出し、雨に濡れるのを防ぐ。彼女は驚いたようでちらりとこちらを見上げ、すぐにまた俯いた。
「ありがとう」
──そう口早に呟いてどこかへ行こうとする。菜子は咄嗟に
「傘、あげるから」
「えっ」傘を押し付け、柄を握らせた。
それだけ言ってそそくさと退散する。まさか自分がこんな変な行為をするとは…。
わずかに恥ずかしくなって振り向くまいと歩幅を早めた。