さよならの前にもう一度だけ、僕を抱きしめて…
────もう一度だけ、君に…
「みこ!このガラクタ箱、いい加減片づけてよ!押入れに物が入れられないじゃない!」
部屋のベッドでスマホをいじってると、お母さんが私の部屋にずかずかと入ってきて、押入れに入っていた段ボールを私にずいっと渡してきた。
「明日ごみの日だから、要るものと要らないものを分けて、要らないものはさっさと捨てちゃいなさい」
「ええ~…めんどくさ」
「じゃあ、全部捨てていいのね?」
「いや、何か大事なものも入ってるかもだし…」
「だったら、あんたが確認して!今日中に片付けなかったら、明日のごみに全部出すからね!」
「え~…」
お母さんはそう言うと、私の部屋から出ていった。
「も~…押入れが狭いのは、お母さんが買ったダイエット器具のせいなのに!買って最初の数回しか使ってないし、無駄に大きいせいで、下の押入れのほとんどがあれのせいで場所取ってるし!あれこそ要らないから捨てればいいのに!」
文句を言いながら、私は段ボールを開けて中身を確認する。そこには、子供の頃に遊んでいたオモチャや、たくさん絵が描かれたスケッチブック。お人形やぬいぐるみがごちゃごちゃと入っていた。
「うわー!なっつかし!小さい頃、このオモチャでよく遊んでたなー!うっわ、私絵ヘッタ!この人形なくしたと思ってたのに、ここに入ってたんだ!」
段ボールの中の物を手に取り、懐かしんでいると。
「あ~!くま吉だ!」
段ボールの奥から、くすんでボロボロになっているくまのぬいぐるみが出てきた。
「子供の頃、お店で一目惚れして買ったんだよね~。あの頃の私はバカだったから『大きくなったら、くま吉と結婚する!』とか言ってたんだよね~。うわ~…思い出すだけで恥ず。ほんと、くま吉のことが大好きで、いつも抱きしめてたな~…なつかしいな~…」
すっかりくたくたになったくま吉を見つめ、昔のことを思い出していた。
「う~ん…でもどうしよう。ボロボロだし…。ちょっと可哀想な気もするけど…もういいかな」
私はそう言って、くま吉を燃えるごみ袋に入れた。
「─ちゃん、みこちゃん!」
──だれ?私の名前を呼ぶのは。
「みこちゃんってば!」
名前を呼ばれ、ぱちりと瞼を開くと。そこには…
「!くま吉!?くま吉なの?」
「うん、そうだよ!僕だよ、みこちゃん!」
昼間見た、くたくたのボロボロのくま吉とは違い、くすんでなくてふわふわで。一目惚れして買った時のような、新品のくま吉がそこにいた。
「くま吉しゃべれるんだ!」
「みこちゃんの夢の中だけ、お話しできるんだ」
「そうなんだ。てか、声可愛いね」
「ありがとう」
へへっと、くま吉は嬉しそうに照れ笑った。
「ねえみこちゃん。久しぶりにさ、僕と一緒に遊ぼ」
「うん!いいよ!」
私は久しぶりに、くま吉と遊んだ。たくさん遊んで、たくさんお話しして。たくさん笑って。子供の頃に戻ったように、くま吉とはしゃいだ。
そして。
「─そろそろ僕、行かなきゃ」
「え?何処に行くの?」
「うん…遠いところ…かな?」
「ええ~…もっとずっと一緒にいたかったのに──」
…あれ?私、何か忘れてるような…そう思っていると。
「…僕の方こそ、もっとずっと一緒いたかったよ。でも…」
くま吉はポツリとそう言った。すごく、悲しそうな顔で。
「くま吉…?」
「そうだ、みこちゃん!最後に僕のことぎゅっとして!…だめ、かな?」
くま吉は悲しそうな顔から、パアッと明るい顔をして、もふもふの手を広げてパタパタとさせた。
私は…
「もちろんいいよ!ぎゅーっ!」
私はくま吉を抱き上げると、ぎゅーっと抱きしめた。くま吉の体はふわふわでやわらかくて。心地よい安心感が、私の体に広がった。
「みこちゃん…ありがとう。みこちゃんのこと…ずっと………わすれない…から…。さよ…な…ら…────」
そう言って、くま吉は光になって弾け、私の胸から消えた。
その瞬間、私は夢から目覚めた。
「くま吉…」
夢から覚めると、私は静かにベッドから半身を起こした。体には、くま吉を抱きしめた感覚が微かに残っていた。
「なんだっけ?何か忘れてるような…くま吉、くま─…!そうだ、昨日くま吉を!」
私は慌てて部屋から飛び出し、お母さんに聴いた。
「お母さん!昨日のごみ袋はどこ!?」
「ごみ袋?それならさっき出したわよ…ってちょっと?みこ?」
私はお母さんの話を全て聴かずに、玄関を飛び出し裸足で外に出た。ごみ袋がまだ回収されていないことを祈りながら、家の前を見ると─────
「!?待って!!そのごみ袋返して!!」
ごみ回収のおじさんが今まさに、私の家のごみを回収し、ごみ回収車に入れ────…
「パキッ!パキッパキッ…」
ごみ袋が、回収車の中で潰される音が響く。
そんな中。
「くま吉!くま吉……!いたぁ………!」
回収車に呑み込まれる間一髪のところで、私はくま吉の入っているごみ袋をおじさんから奪うようにして取った。
ごみ袋を開けて探ると…くま吉があった。
「ごめんねぇ、くま吉。ごみになんか捨てちゃって。ごめんね、ごめんね……」
私は大泣きしながら、ごみだらけのくま吉をぎゅううっと思いきり抱きしめた。
すると胸の中から、
『─ありがとう、みこちゃん』
くま吉の涙声が聴こえた気が…した。