凶悪犯罪集団の人事異動〜3分で読める短編小説〜
春は出会いと別れの季節。子供の頃は入学、卒業、クラス替えと春の名物詩を散々味わされたものだ。その度に胸が高鳴ったり、涙を拭ったりと忙しいものだった。それは大人になっても変わらない。
世界を震撼させるような犯罪集団があった。銀行強盗に、薬物密輸、投資詐欺から殺人事件。犯罪と称されるものは全てやってきた筋金入りの集団だ。ボスの名はチャールズ。その極悪非道の男に呼び出された男がいた。
地味なメガネに、痩せた肢体。学者のような雰囲気を醸し出している男がいた。彼の名を人は山田と言った。イギリス人のボスに日本人の部下、なんて多国籍な組織だろう。素敵じゃないか。
「遅いではないか。まあ座りたまえ。」
山田はぎこちない礼をした後、ソファに座る。
紅茶を飲み喉を潤したボスは鋭くも穏やかな口調でこう言った。
「私がこの組織をさらに影響力のあるものにしたいと考えているのは知っているだろう。これからは裏社会だけでなく、政界や経済界でも実権を持ちたいんだよ。そのために新たな計画を立てているんだ。世界を絶望の淵に落とすようなテロをやろうかと思っている。そのことで君に頼みがあってね。君に薬物調達課からテロ振興課に異動してもらいたんだよ。なーに、不安になることはない。テロ振興課は新しくできた部署だから皆んな素人みたいなものだ。君がこの部署のリーダとなって皆を引っ張って欲しい。期待しているよ。」
山田は「はい。はい。」と数回相槌をした後、「承知しました。」と答えた。断るわけにはいかなかった。何しろ相手はこの組織のボスだからだ。断れば、それ即ち死を意味する。
30年来、薬物ばかり取り扱っていたのに、いきなりテロ振興課に異動になるなんて。銃の持ち方さえも知らないのに。山田は悩んだ。帰りの電車の中でも、家で野菜炒めをちびちびと食べている時も。そんな彼の異変に気づいたのは妻だった。妻は専業主婦だが、その切れ味のある洞察力には組織からスカウトが来たほどだ。彼はことのあらましを詳細に伝えた。頼れるのは妻だけだった。
妻は少しの間黙考したした後で、したりげな顔でこう言った。
「それはあなたが得意な方法でテロをしろと言うことじゃないの?あなた30年間も薬物の仕事をしてたんでしょ?その経験を使えばいいじゃない。ボスも多分そのことを期待しているんだと思う。」
「そうか。そうだったのか」
山田の顔に光が差した。彼は野菜炒めをかきこむと、2階の書斎へと駆け上がって行った。閃いたということか。
世界が震撼した。人々は怯え、自暴自棄になった。
まさか、世界中の塩と砂糖が入れ替えられていただなんて。