後6カ月~楽しい文化祭~
文化祭当日。この学校の生徒や家族のみならず、OBOGや将来志望している中学生など、たくさんの人で賑わっていた。
そんな中私は、自分のクラスの前で1人葛藤していた。
「猫…耳…」
受付に座っていると、クラスメイトから猫耳カチューシャを渡されたのが数分前。コスプレ喫茶なんだからと良い笑顔で渡されては、拒否する事はできなかった。だけど、自分でつけるのは勇気がいる。しかも受付だから、なおさら見られる…!
というわけで、この猫耳を付けるか否かで迷っていた。その間にもお客さんは来てくれるので、その時は膝の上に置いて対処した。
「あれ、何やってんの」
「先輩…どうも…」
あ、この猫耳、案外触り心地いいなぁなんて現実逃避を交えて葛藤していると、声が掛けられた。目の前には、いつも間にかサボり魔先輩がいた。ちょっと今一番会いたくなかったな、なんて。
「給仕やってるかと思って見に来たのに、受付か」
「座っておける仕事って受付しかないんですよね」
「なるほどな。あれ。何持ってんの?」
バレるの早すぎ…!まぁ、隠さずに膝の上に置いていた私も悪いんだけど。だって隠す時間なかったし。
「これです」
すぐに観念して、猫耳カチューシャを先輩に見せる。眞白先輩はすぐに私の葛藤を悟ったのか、ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
「付けねぇの?」
「つ、付けますよ…そのうち」
勇気が出れば。まぁ、その肝心の勇気が行方不明なんですけどね。
「俺が付けてやろうか?」
「あっ…」
聞いてきた割には返事を聞かず、猫耳カチューシャを取り上げた先輩は、問答無用で私の頭に付けてきた。ほらぁ、だから知られたくなかったのに。
「…満足ですか」
無理やりはめた眞白先輩を睨むようにして見上げると、先輩は楽しそうに笑った。
「満足満足。だけど、付けたくないなら付けなくてもいいんじゃないか?」
「無理やり付けたくせに…」
眞白先輩はそう言って、私の頭からそっと猫耳カチューシャを抜き取った。
「俺は見たからもういいんだよ。似合ってたし、付けたら最高の客引きパンダになれると思うわ」
「…じゃあ付けます。せめて、ここで役に立たないと」
客引きパンダが私に務まるかは置いておいて、先輩がなれるというのなら、私はやるしかない。準備期間、あまりにも役立たずだったから、何か貢献しないと。それに、せっかく用意してくれたんだし。
「付ける勇気がないので、もう一回付けてください」
ただ、自分で付けるのと、人から付けられるのじゃ、だいぶ心持ちが違う。そのカチューシャどうしたの?先輩に付けられたんだ、と逃げ道ができるのだ。
「はいはい」
眞白先輩は、カチューシャを受け取ると、再び私の頭にそっと付けてくれた。
「あ、やっぱりここにいましたね」
一番混むお昼の受付を終えて交代した私は、コンビニで買った昼ご飯を持っていつもの階段に来た。案の定、そこには教科書を読んでいる眞白先輩がいた。
「どうしたんだ?」
「休憩になったので、昼ご飯を食べに来ました」
そう言って、先輩の横に腰掛ける。そして手に持っていた巾着の中から、コンビニのおにぎりを取り出した。パリパリの海苔がないおにぎりは食べやすくて助かる。
「猫耳取ったんだな」
「次の受付の子に渡してきました」
「可愛かったのに」
眞白先輩が唐突にそんなことを言うから、思わずむせた。
びっくりした…。先輩ってそんなこともサラッと言えたんだ。賛美から遠い人だと思っていた。
「大丈夫か?」
「誰のせいだと…」
「俺のせいか。案外言われ慣れてないんだな」
「言われ慣れているのはアイドルくらいだと思います」
友達同士の可愛いね~は友達がいないと成り立たないし、恋人からの可愛いは思春期男子には難しいし、知らない人から言われたら恐怖でしかない。恐らくボッチ女子のほとんどは、お世辞ですら言われたことない人が多いんじゃないかなぁ。
つまり、いきなりストレートに言われると、どう反応していいかわからなくて困る。
「そういや、澄野は他クラスの出し物まわらねぇの?」
「まわりませんよ。クラスの皆が気遣って受付にしてくれたのに、休憩時間で遊ぶのはちょっと…」
あいつ体弱いから配慮したのに元気じゃん、とか思われるのは嫌だ。
「そういうものか?別に俺と違ってサボっているわけじゃないから気にしないと思うけど」
「そういうものです。リスク管理していかないと」
案外そういう些細なキッカケが嫌われるもとになる。私は平穏に学生生活を送りたいからね。リスク管理にヘイト管理大事。
「せっかくの文化祭なのに楽しまないの勿体ないな」
「いつも通りここにいる先輩が言っても、意味ないですよ」
「それもそうか」
「それに先輩と一緒にいるの楽しいですし、私はこれで満足です」
最近の楽しい時間は全部眞白先輩と話をしている時だ。学校生活のみならず、私生活も含めて。なので、今日は文化祭だからとご飯を持ってここまで来たのだった。いつもはバッタリ会って話すくらいだし、たまにはね。
私が自分の気持ちを吐露すると、眞白先輩は一つため息を吐いて口元を隠した。あれ、もしかして怒らせた…?
「あの…先輩?」
「ああ、いや、そう言ってもらえて結構嬉しいなと」
「怒らせたかと思いましたよ」
口を尖らせて睨むと、眞白先輩はごめんごめんと言いながら、頭を撫でてきた。
本当にヒヤヒヤした。ため息って本当に良くない。私も気を付けないと。
「さて、澄野もご飯食べ終わったことだし、ちょっとまわるか」
「人の話聞いてました?」
「お前、一年の頃は何をしたの?」
この人、本当に話聞いてる…?ちょっと会話強引すぎない?
「演劇のナレーションです。楽でしたよ」
感情乗せなくていいし、台本見ながら読めるし、なんかピンマイク付けてもらったし。まぁ、それ以外できなかったんだけど。
「そうきたか…。じゃあ、迷路行くか」
「先輩…!?」
「何か言われたら、先輩に捕まって一つだけ行ったって言えばいい」
そういう問題じゃない気がするんだけど。じゃあどういう問題かって言われても、答えられない。
「先輩命令な」
「…わかりました」
さすがにここまでしてもらったら、断る事なんてできない。結局私は文化祭を楽しみたくて、楽しむための大義名分を探していただけなのかも。眞白先輩はそれをきっとわかっていたんだろうなぁ。
迷路は、圧倒的マッピング能力を発揮した先輩によって早々とクリアした。その後、丁度休憩時間が終わる頃だったので、クラスまで送ってくれた。
「澄野ちゃん、文化祭まわれてる?」
教室に戻ってきた私に、桜ちゃんが話しかけてくれた。
「先輩に強制連行されて、迷路だけ行ってきたよ」
「楽しかった?」
「うん、楽しかった」
「ならよかった!皆とね、澄野ちゃんがちゃんと楽しめているか心配していたんだ」
桜ちゃんの言葉に驚く。まさか、心配をかけていたなんて。
「心配かけてごめんね」
「いいのいいの」
そして桜ちゃんと周りの女の子たちがカラカラと笑う。その笑いに、全くと言っていいほど悪意は含まれていなかった。
「澄野さんのおかげでうちのクラスめちゃくちゃ売上良いからな。明日も頼むよ」
近くにいた男子がそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。
「頑張ります…!」
なんだか眞白先輩の言った通りだったなぁ。案外、私が気にしすぎているだけだったりして。でも、ヘイト管理は怠らないけどね。
でもまぁ、今までで一番楽しい文化祭になりましたよ、先輩。