後7カ月~初めての夏祭り~
『今日の体調どんな感じ?』
『今日は良い感じです』
『じゃあさ、夏祭り行かね?』
『いいですよ』
そういえば、隣町で大きめの花火大会があるんだっけ。そんなことを、サボり魔先輩とのやり取りをしながら思い出した。
看病をしてもらった時に眞白先輩と連絡先を交換して、なんと今初めてやり取りしました。学校でちょくちょく会うからか、スマホ上でやり取りすることがないんだよね。
『あ、でも浴衣持ってません』
『私服でいいよ。俺も私服で行くし』
『じゃあそうします』
『17時に駅集合で。体調急変したら言って』
『了解です』
よかった、これで心置きなく私服で夏祭り行ける。皆のキラキラした思い出を彩る浴衣、私が着ると締め付けで体調崩す可能性の方が高くなるんだよなぁ。下駄で靴擦れとか、漫画でよくあるし。
「夏祭り…」
いきなりできた今日の楽しみに、自然と口角が上がる。さて、何を着ようかな。
「お待たせしました」
17時ピッタリに駅に着くと、眞白先輩はすでに待っていた。少し水色がかったシンプルなシャツに黒スキニーの先輩は、いつもよりかっこよく見えた。制服って、魅力半減のデバフでもついてるんだろうか。
対する私は、黒に白の花柄がついたロングワンピースを着て、上に白のカーディガンを羽織っている。迷った挙句、いつも通りになった。変に着飾って体調を崩しても良くない。
「よっ、大丈夫そうか?」
「大丈夫そうです」
「具合悪くなったらすぐ言えよ」
「わかってますよ」
そう言って前を歩く先輩を見上げ、ふとこんなことを思った。
「まるでカレカノ…」
「どちらかというと保護者だな」
「聞こえてた…」
くるっと振り向いた眞白先輩からの返しに、一人で納得する。たしかに保護者っぽい。登山の時にオカンだと思ったのも、あながち間違いじゃなかったということか。
「人多っ」
夏祭りの会場についた私は、思わず感想をこぼした。どこを見ても、人、人、人だ。恋人で来ていたり、友人と来ていたり、家族連れだったり。とにかく賑わっているし、情報量が多い。
「こういうお祭り初めて来たんですけど、本当に人多いですね」
「そうか、初めてか」
基本的に家と学校と病院を行き来してたからなぁ。あとスーパーか。遊びに行った記憶はほとんどない。しょうがないけどね、体調悪い日多いし。
「今からこの人混みに入るわけだけど、大丈夫そうか?」
「たぶん大丈夫です」
「なるべくゆっくり歩くけど、無理はすんなよ」
「はーい」
先輩はそう注意すると、私の手を引いて会場の中に入っていった。
「なんで手…?」
「人混みに慣れていないと流される。迷子中に具合悪くなったら大変だしな」
「お手数おかけします」
眞白先輩は宣言通り、ゆっくり歩いてくれたし、よく体調を気遣ってくれた。それが少し嬉しかったのはここだけの話。ただ、面倒くさいと思われてないかなと、不安になっているのも事実だった。まぁ、夏祭りに誘ったの先輩だけどね。
「りんご飴どう?美味しい?」
「とても食べにくいです。なんでこれが人気…?」
今は休憩がてら、たまたま空いた椅子に座って買った食べ物を食べていた。ちなみに眞白先輩は焼きおにぎりを、私はりんご飴を食べている。その前に2人で焼きそば分けて食べたので、私としてはデザートだ。
初めて食べたりんご飴に素直に感想をこぼすと、先輩はケラケラと笑った。
「笑い事じゃないですよ」
「それ小さいりんごだから、まだましだぞ」
「えー、まぁ、頑張って食べます。…あ、りんご自体は美味しい」
そうしてちょっとずつ食べていき、りんご飴が無くなるころには口の周りがベタベタしていた。
「口の周り洗いたい…」
「ウェットティッシュあげるから、これで我慢して」
「本当に保護者…」
眞白先輩があまりにもスムーズに鞄からウェットティッシュを出したので、またしても感想がこぼれる。
「はいはい。体調はどうだ?疲れてない?」
「ちょっと疲れました」
人が多いといつもより周りに気を遣わないといけないし、純粋に歩き疲れたのもあって、素直に答える。というか、素直に答えないと眞白先輩が怒りそう。
「じゃあそろそろ帰るか」
「花火見なくていいんですか?」
たしか、掲示板には花火大会って書いてあったような。
「帰り道に河川敷があって、そこからよく見える」
「なるほど。…物知りですね」
「ここらへんに住んでるからな」
「それは初知りです」
先輩、隣町だったんだ。ということは、だいぶ前の看病って、結構負担だったんじゃ…?今回の夏祭りも、看病含めた今までの事も含めて、本当に優しすぎる。こんな人と出会えるなんて高校に入った時は思ってもみなかったなぁ。
「ここだここ」
「たしかによく見えそうです」
帰り道、行きとは別の道を通ること数分、大きめの川についた。堤防の芝生の上には、何人か人がいたけど、それでも会場より遥かに静かだった。
「花火までもう少し時間あるし、座るか」
眞白先輩はそう言うと、鞄からハンカチを出して地面の上に広げて置いた。そしてそこに向かって指を差す。この上に座れということか。
「し、失礼します」
ハンカチの上にそっと腰を下ろす。先輩ってオカンでもあり、紳士だでもあるよね。なんでそんな気遣いがサッとできるんだろう。しかもこれで彼女いない歴イコール年齢…。
「先輩に彼女がいなかったって信じられないんですけど」
今日の夏祭り完璧じゃないですか、と付け加えて言うと、先輩は手で口元を抑えた。
「え、照れてます…!?」
「こういうの初めてだったから、上手くいって良かったと思って」
「前言撤回します。これは彼女いたことないですね」
いきなり反応が初心になってびっくりしたんだけど。いつもはあんなに不敵で余裕綽々という感じなのに、これはずるい。こんな反応を他の女子が見たら、今の倍は告白が増える気がする。
その時、ドーンと音がした。
「お、花火上がり始めたな」
先輩が空を見上げたので、同じように上を見ると、一つ、また一つと光の大輪が咲いては消えていた。
「綺麗…」
月並みだけど、シンプルで、端的な感想が出る。
いつも家の中から見ていた小さな花火。外で、しかも間近で見る花火ってこんなに迫力あったんだ。すごい。
「今日楽しかったか?」
「はい、とても!」
「それは良かった」
花火に夢中になっていた私は、この時眞白先輩が今までで一番優しく微笑んでいたのに気付かなかった。
「先輩、ありがとうございます」