後11カ月~気が重い遅刻~
皆さんも記憶にないだろうか。遅れて教室に入った時に向けられる無数の視線の居心地悪さを。私?もちろんいっぱいある。なんなら今からするつもりだ。
「はぁ…気が重い」
朝起きて、とんでもない眩暈に襲われた私は、遅刻を決意した。ちゃんと連絡はしたけどね。そして眩暈が治まったので学校に出てきたはいいものの…まあ普通に授業中である。いやー、しんどいな、これ。目立ちたくない。
教室に行かなきゃいけないとはいえ、行こうか行くまいか靴箱で右往左往していると、ふと左側に人が見えた。
この学校は建物が3つあり、真ん中が教室棟、図書館と理系教科の教室がある西棟、文系や芸術系教科の教室がある東棟に分かれている。そして人がいたのは、西棟の階段だった。
「あれ、あの人は…」
階段に座り教科書を読んでいるのは、先月の卒業式でサボるついでに助けてくれた眞白先輩だった。
「綺麗…」
あの時は体調が悪かったこともあって、顔をじっくり見る余裕はなかった。だからこそ、今初めてしっかり見たけど、この人かなりの美形だ。そして本を読む姿が様になりすぎてる。もうこれ一つの作品じゃない…?読んでるの教科書だけど。授業出なよ。
「あ、あの~…」
そういえばまだあの時のお礼を言ってなかったなと思い、勇気を出して声を掛ける。大丈夫、授業中に教室に入るより難易度は低いから。
「ん?あぁ、あの時の」
眞白先輩は教科書から顔を上げてこちらを見た。真正面から見ても圧倒的な顔面すごすぎない?
「卒業式の時は先生を呼んできていただき、ありがとうございました」
「別に…サボるついでだって言っただろ」
「それでも助かったことに変わりありませんから」
「そうか」
そして流れる無言の時間。眞白先輩は教科書に視線を落とした。
そろそろ教室に行くか…。いや、でもあの視線はちょっと…。たくさん経験してるなら慣れないのかって?慣れません。
「はぁ…」
「どうした?」
思わずため息を吐くと、眞白先輩が再び教科書から顔を上げた。
「遅れて教室に入るの、嫌だなぁと」
「ああ、わかる。というか何で今日遅れたんだ?」
「眩暈が酷かったんです」
完全に不可抗力である。この虚弱体質が恨めしい。
「大丈夫なのか?まだ顔色悪そうだけど」
「耐えれる眩暈は眩暈に含まれないんですよ」
「いや、含まれるが」
「というのは嘘です。実は今から教室に行くので緊張して」
もう緊張からお腹が痛いです。眩暈の次はお腹とか災難。
「授業終わるまでここにいたら?」
強敵と格闘していると、不意に眞白先輩がそんなことを言ってきた。
「え、でも…」
めちゃくちゃありがたいお言葉だけど、果たしてそれはしていいのか…?
「あと20分遅くなろうが変わんねぇよ」
「それもそうですね」
遅刻に変わりはないし、それなら授業が終わるまで待っててもいいかも。あと50分だったら話は変わるけど、20分だし。電車一本分くらい誤差だよね。私は徒歩通学だけど。
「えっと、失礼します」
恐る恐る眞白先輩の隣に腰掛ける。といっても間隔は空いてるけど。
「お前、案外優等生じゃないのな」
「眞白先輩に言われたくないような…」
先輩、今絶賛サボり中だよね?それに、逃げ道が用意されたら逃げるに決まってるじゃない。
「あれ、俺の名前知ってんだ」
「卒業式に先生が呼んでいたので」
「ああ…改めて、3年A組の眞白雪だ」
おぉ…眞白って苗字だったんだ。眞白雪か、良い名前。
「私は澄野瀬名です。奇遇ですね、私は2年A組なんですよ」
「ということは理系か」
「そうですね」
AからCは理系クラスで、DからFが文系クラスに分かれているのは学年共通だ。眞白先輩、理系だったんだ。今読んでる教科書、現代文だけど。
「先輩はどうしてサボっているんですか?」
「現代文の担当が気に入らない」
思ったよりちゃんとした理由だった。ん?ちゃんとした理由…?そういえば、国語科に新しい先生が入ってきていたっけ。うちのクラスは担当が違ったからすっかり忘れていた。
「どこが気に入らないんですか?」
「間違えたら馬鹿にしてくるところとか。あと、女子を舐め回すように見てるとこ」
「うわぁ…先生違って良かったです」
そんな先生耐えられない。というか、今どきそんな先生いるんだ…。保護者に怒られない?母の友人の学校の先生、つねに保護者を恐れていたけど。
「まぁ、そんなわけで現国はサボることにしたんだよ。澄野は苦手な先生とかいる?」
「体育の先生は苦手かもしれません…熱血根性論が大好きなので…」
何度体調不良を訴えて無視されたことか。そして何度授業終わりに保健室に駆け込んだことか。倒れなかっただけ褒めてほしい。
「ああ、あの先生か」
「眞白先輩は他にもサボっている授業あるんですか?」
「ほぼ毎回サボるのは現国だけで、あとは気分だな」
「あるんですね…」
どうやら私を助けてくれた先輩はちゃんとサボり魔らしい。これからは親しみを込めてサボり魔先輩と呼んでいこうと思う。
「だからまぁ、たまに会うかもな」
そう言って先輩が教科書を閉じて立ち上がった瞬間、チャイムが鳴った。高い。え、これ身長180くらいない?
「その時は話しましょうね!あと、ありがとうございます」
「おう」
私も立ち上がり、先輩とは別の方向に歩みを進めた。