後5カ月~経験のための遊園地~
10月。それは、部活も夏休みも学校祭も終わり、受験生が勉強に本腰を入れる最終時期。先生曰く、遅くても夏休みには本格的にやり始めないといけないらしいけど。
『今日体調は?』
『良いです』
『遊園地行ったことある?』
『ないです』
『じゃあ行こう。11時に学校の最寄り駅集合な』
そんな大切な時期のはずなのに、何でサボり魔先輩は遊べるんだろう…?
朝9時に眞白先輩から急にメッセージが来て、決められた今日の予定。なんか前もこんなことあったなぁと思い出す。そういえば夏祭りって夏休みだったのに勉強…あ、頭良かったですね…。
「何着て行こうかな」
でもまぁ、遊園地も初めてなので、楽しみだった。
「広い…!」
11時に駅で眞白先輩と待ち合わせして、電車で揺られること数十分。私たちは有名な遊園地に到着した。
本当に広いし、綺麗にしてある。なるほどこれが遊園地。
「迷子にならないようにな。休日だから人も多いし」
「先輩についていくので大丈夫ですよ。今日は何に乗るんですか?」
遊園地といえばアトラクションと私の中で相場が決まっている。バラエティ番組とかアトラクションたくさん乗っているし。辺りを見渡す限り、大きい観覧車と高いジェットコースターがあった。
「お化け屋敷とジェットコースターと観覧車」
「いいですね。楽しみです」
お化け屋敷は、文化祭で桜ちゃんたちと行ったけど、素人とプロじゃ全然違うんだろうなぁ。大丈夫だろうか。
お化け屋敷の待機烈に並ぶこと数十分、いよいよ次の番になった。
「先輩って怖いの大丈夫なんですか?」
「大丈夫な方ではある。もしかして怖いのか?」
「少し…。文化祭では、友人がすごく怖がっていたので落ち着いていられたんですけど」
桜ちゃんが本当にビビりで可愛かった。つまり、自分より怖がっている人がいたら大丈夫だけど、そうじゃなければ怖いという心理的なあれだ。眞白先輩が桜ちゃん並に怖がってくれるのなら良かったのに。
「では次の方どうぞ」
スタッフさんに案内されて、お化け屋敷の中に入る。思った以上に暗かった。
「うわ…」
怖いなんてものじゃない。体調不良以外で足って竦むんだ…。
え、なにこの雰囲気。作り込まれすぎじゃない?さすがプロだね?え、ここから驚かされるの?無理無理無理。
「大丈夫か?」
「なんでそんなに平然としていられるんですか」
「所詮人工だと思うとそんなに」
人工…。眞白先輩冷めているなぁ。たしかに人工だけど、リアリティがありすぎて本物だと錯覚しそうになる。
「無理そうならリタイアするけど、どうする?」
「頑張ります…」
せっかく並んだんだし、入ってすぐリタイアは勿体ない。
「腕掴んでいいよ。その方が安心できると思うし」
先輩はそう言って、右腕をこちらに差し出したと思われる動きをした。
「じゃあそうします」
心の中で数秒葛藤してから、有難く腕を掴んだ。乗り切るためにはこうするしかない。先輩の腕は、とても安心できた。
「もう絶対入りません…」
無事にお化け屋敷を乗り越えた私たちは、この遊園地で一番高いと噂のジェットコースターの待機列に並んでいた。
「ははっ、澄野の怖がってる姿新鮮だったわ」
「いじわる…」
結論を言うと、本当に怖かった。作り込まれ方もプロだし、驚かし方もプロ。いきなり来るのもびっくりしたけど、絶対何か仕掛けてくるとわかっていて驚かしてくる方が何倍も怖かった。何度悲鳴を上げかけたことか。大きな声では上げなかったけど。
「ジェットコースターってどんな感じなんですか?」
ふと、乗客が悲鳴を上げながら落ちていくジェットコースターを見て疑問に思ったことを聞いてみる。
「俺は爽快って感じだな」
「怖くないんですね…」
本当にこの先輩に弱点ってないの…?結局、不器用でもなかったし。卒業までに一個くらい見つけたいなぁ。そして弄り倒したい。日頃の仕返しを兼ねて。
「落ちる前に止まるから、景色を見るといいよ。結構綺麗だから」
「アドバイスありがとうございます。そういえば、先輩は来た事あるんですね」
「友達に強制連行された挙句、全然怖がってねぇじゃんって理不尽にキレられた」
「うわぁ…」
それは理不尽。でもその友人さんの気持ちわかるなぁ。普段余裕そうにしているから、その表情を崩したかったんだろうね…。そしてあわよくば弄りたいのだろう。なんだ、私と一緒じゃん。
「…私はボッチだったのに、先輩には友人がいたんですね」
「普通にいるよ。じゃなきゃサボりなんてできない」
授業のノート見せてみたいなやり取り、必要そうだもんね。仲間だと思っていたのに…。まぁ、私も最近は桜ちゃんと話すようになったからいいけどさ。
「では次はこちらからこちらまでのお客様、どうぞー!」
そんな感じで先輩とのんびり話していると、スタッフさんに声を掛けられた。そして席に座り、シードベルトを掛けられて、いくつかの注意事項を受けてサクッと出発する。
ガタガタ登っていく最中、眞白先輩のアドバイスを思い出したので、横を向いた。
「すごいっ…!」
あんなに大きかった遊園地を一望できた。空も近いし、風もあって確かに気持ちが良い。これは確かに爽快かも…なんて思っているところでジェットコースターは急に落下した。
あ、無理かも。
「おかえりなさーい!」
スタッフさんの掛け声が聞こえて、ようやく目を開けた。怖かった…。脱線して落ちるかと思った。なんで皆こんなに怖いのに乗りたがるんだろう?
「ありがとうございましたー!」
シートベルトを外されて、乗り物から降りると、足元がグラついた気がしてバランスを崩した。
「おっと。大丈夫?」
倒れそうになったところを、先に降りていた眞白先輩が抱き留めてくれた。
「ありがとうございます。もう乗りたくありません…」
「ジェットコースターもダメか。ちょっと休憩しよう」
「はい…」
そして先輩に寄りかかりながら、近くのベンチに座った。
「飲み物買ってくるからここに座ってて」
「わかりました。コーヒー以外でお願いします」
コーヒーはまだ無理なお年頃だ。眞白先輩にそう告げると、了解と短く返事をして歩いて行った。
そういえば自販機ってあまり見かけないなぁ。遊園地って結構あるイメージだっただけに意外。まとめて置いてあったりするんだろうか。
特にすることもなく、ぼーっと空を見上げていると、人が近づいてくるのを目の端で捉えた。すぐ隣で足を止めたのは3人の若い男性だった。髪染めているということは大学生かな。
「良ければ俺たちと一緒にお化け屋敷行かない?」
「行きません」
あの怖さを思い出して、全力で頭を横に振って拒否する。やだ、もう二度と行きたくない。しかも眞白先輩もいない。なおさら無理だった。
「えぇ、いいじゃんちょっとくらい。君可愛いし、お兄さんたちを頼っていいからさ」
「いや、本当に大丈夫です。一緒に来ている人もいるので」
“可愛い”ね…。その言葉で今気づいた。これナンパだ。へぇ、ナンパって現実で本当にあるんだなぁ。知らない人に話しかけるってすごい。ほとんどは変な目で見られるだろうに。私には無理だ。
「連絡入れておけば大丈夫だって。だからさ、行こ」
「わっ」
話しかけていた男性が、急に私の手首を掴んで乱暴に引っ張る。いきなりの事にびっくりして碌な抵抗をすることができず、私は簡単に立ち上がってしまった。なんて非力な体…。筋トレしようかな。
そして掴まれた手首が痛い。
…そっか、先輩ってすごく丁寧だったんだ。手を引っ張ってくれた時も、支えてくれた時も、頭を撫でてくれる時も、痛いと思ったことはなかった。
「何してるんですか?」
眞白先輩の隠された優しさに気づきつつ、どうしようと頭を悩ましていると、聞き慣れた声がした。
「あ、先輩…!」
すがるような気持ちで声がした方を振り向くと、怖い顔をした眞白先輩が立っていた。美人の真顔は怖いと聞くけど、本当に怖い。
「手、離してもらえますか?」
「ちっ彼氏持ちかよ」
先輩の圧に屈したのか、男性三人はそそくさとその場を去って行った。
彼氏持ち…桜ちゃんも疑問に思っていた時期もあったみたいだし、周りからはそう見えるんだろうなぁ。
「ごめん。一緒に買いに行けばよかったな」
先輩は短く謝ると、申し訳なさそうに目を伏せた。
「いえ…元はといえば、貧弱な私の身体が悪いので」
「そこに関しては絶対違う」
そうはっきりと否定してくれた先輩に、少し心が軽くなった。
「…先輩って優しいですよね」
「何言ってんだ?」
「何でもないです。回復したことですし、観覧車行きましょう」
私は笑顔で観覧車を指さす。ジェットコースターでわかったけど、高い所は平気らしい。むしろ好きかもしれない。さっき見れなかった分、この遊園地の全貌をゆっくり見たい。
「そうだな」
眞白先輩は小さく笑い、私の手を取って観覧車に向かって歩き出した。
握られた手は全然痛くなかった。
「やっぱりすごい…」
眞白先輩と観覧車に乗り、そろそろ頂上というところで、私は改めて周囲を見渡した。どこから見ても見えるくらい大きな観覧車ということもあって、案の定遊園地と周辺の景色を一望できた。
「本当だな」
「あれ、前来た時は乗らなかったんですか?」
「男2人で乗るものでもないだろ」
そういうものなのか。私だったら同性の友人と来ても乗る。まぁ、一緒に遊園地行くような友達なんていないんけどね。うん、この話はここでやめておこう。
「せっかくだし、写真撮るか?」
「いいですね」
眞白先輩の提案に同意すると、先輩がスマホを構える。
「え、私だけですか?」
せっかく先輩と来たのに、写真に私だけなんてちょっと虚しい。その意を込めて先輩の顔を見る。
「一緒に撮るか」
「はい!」
眞白先輩がインカメにしたのを確認して、私たちは体を前に傾けて中央に寄った。
カシャッという軽快な音が静かなゴンドラの中に響いた。
「後で送ってください」
「忘れそうだから今送る」
「はーい」
ピロンと可愛い音が鳴って、先輩から私のスマホに画像が送られてきた。すぐにそれを保存して、改めてその写真を見る。お互い笑顔で良い写真だった。
「外見なくていいのか?」
「そうでした」
いけないいけない。写真は後でも見れるんだし、今は外の景色に集中しないと。そう決意して、私は目に焼き付けるように窓の外を見る。
「なぁ、今日楽しかったか?」
「とても楽しかったです。誘ってくれてありがとうございます」
「それならよかった。こうして、色んな初めてを経験していってくれ」
先輩の声があまりにも優しくて、私は顔を見ることができなかった。
「はい」
後日、その写真を桜ちゃんに見せたら「加工無しで耐えれるとか何…?」と呟いていた。




