後6カ月~悪くない体育祭~
運動音痴にとって地獄のイベントの一つであろう体育祭。運動音痴にプラスして体が弱い私は、憂鬱な日でしかなかった。快晴ならなおさら。太陽の下にいて、具合悪くならない人っているの…?
再び猫耳をつけて乗り切った文化祭二日目は、一日目と同じくらい楽しかった。桜ちゃんたちとお化け屋敷も行ったし。だからこそ、テンションの低下が著しい。
「浮かない顔してんな」
「そういう先輩も、珍しく元気ないですね」
入場行進と開会式が終わり、応援席で一息ついた私は、自分のひとつ下の段に座るサボり魔先輩から声をかけられた。最初からちゃんといるなんて珍しい。
ちなみに各団の応援席のバックに掲げられたパネル絵にはちゃんと圧倒された。本当にすごい。
「俺さ、団選抜リレーだけだと思ってたんだよ」
「そんなこと言ってましたね」
「あのクソ教頭、勝手に200メートル走にも入れてた…」
「教頭が入れるの面白すぎません?」
クラスの担任とか、体育祭の実行委員が勝手に入れるんじゃなくて、教頭が入れてるってすごい。項垂れている先輩には申し訳ないけど、ちょっと面白い。
「種目決めの時に顔を出していたらしい」
「サボるからですよ」
それ、種目決めの時にちゃんと教室にいたら、免れたのでは。しかも先輩の話を聞くには、直前まで200メートル走に出るのは内緒にしておくように言われていたらしい。
「休み時間に団選抜リレーに出る約束をしていたから、油断したわ」
「どんまいです」
「そういう澄野は何に出るんだ?」
「借り物競争です。一番体力いらないので」
なんせ借りるだけだ。運動神経なんて関係ない。ただ、目立ちたくないのに…という思いはある。でも、これが一番負担少ないから、なんて良い笑顔で言われたら断れないよ…!だからまぁ、去年より気分が下がっているのも無理はないと思う。
「へぇ。腹筋がシックスパックの人とか、好きな人とか、女装男子とか、毎年お題面白いの多いよなぁ」
「なんで元々底辺の気分をさらに下げようとしてくるんですか?」
楽しそうに笑う先輩をキッと睨む。ああ、こうなるなら、提案された時に断っておけばよかった。去年60メートル走出たから、今年もそれで!みたいな。
ちなみに去年は太陽に負けて、ちょうど借り物競争は見ていなかった。
「一緒に地獄に落ちようぜ」
「うぅ…。というか、200メートル走をなんでそこまで嫌がるんですか?」
眞白先輩、たしか運動神経いいはず。200メートルくらいちゃちゃっと走れそうなものだけど。
「え、純粋に200はしんどい。さては体験したことないな」
「ないですね。仮にあったら倒れてます」
「あり得る」
体力測定の50メートル走ですらきついのに。持久走?論外ですね。あれは私を壊せる。
「ま、やんなきゃいけないし、頑張ろうぜ」
「そうですね」
あの後、眞白先輩がちょくちょく体調を気遣ってくれたり、一緒に陰で休んだりしながら時間は過ぎ、いよいよ借り物競争で私の番が来た。
「続いて、二年女子二組目です!今回は人に関するお題ですよ~!」
アナウンスをしてくれている放送部員がそう告げると、周りから歓声が上がった。前の組までのを見るに、どうやら人に関する借り物競争が一番人気らしい。先輩が面白いと言っていたのも人関係だったっけ。
えぇ、嫌だ…。目立ちたくない…。でもこれが終われば平穏な時間が来るはず。それに私以外にも後5人同じことを経験するし。うん、いけるいける…。
「位置について、よーいドンっ」
ピストルの合図に、目の前に畳んで置いてある紙を取りに走る。
「なんでよりによってこれ…!?」
一直線に走って取ったお題を見て、思わず頭を抑える。こんなの該当者が一人しかいないじゃん。
たしか次は200メートル走だから、もう待機場にいるはずだと西南口に走る。待機場にいた人たちからざわめきが起こった。
あー、目立ってるー…!
「眞白先輩!」
案の定その人は一番後ろにいた。遠いけど、直前までサボらずにいただけ良かったとしよう。
「200メートル走前に走らせるとか、お前鬼畜だな」
「でも該当者先輩しかいなくて…」
「お題なに?」
「絵になる人です」
まぁつまり、綺麗な人ということだ。私の頭の中には、階段に座って本を読んでいる先輩の姿しか思い浮かばなかった。といってもその状態は大抵サボり中だし、読んでるのは教科書だけど。
「俺の事、そんな風に思ってたんだ」
「はい。とりあえず行きましょう。ビリは目立ちます」
「もう十分目立ってると思うけど。まぁいいか」
眞白先輩の独り言を聞き流しつつ、2人でゴール前の審査員の所に走った。
「お題をどうぞ」
「絵になる人です」
渡されたマイクに自分が引いたお題を告げると、応援席から歓声が上がった。
「オッケーです」
「ありがとうございます」
審査員から合格をもらい、ゴールした。3着だった。
「先輩って人気なんですね」
自分が当事者だからなのかわからないけど、歓声が一際大きく聞こえた気がする。確かに、先輩顔良いしなぁ。
「いや、たぶんあの歓声そういうのじゃないと思うわ」
だったら何だろう。我ながらいい線いったと思ったんだけど。まぁ、もう終わったしいっか。結局目立ったなぁ…。
「あ、先輩、ありがとうございます」
「別にいいよ。…そうだ、お礼がてらさ、北西口に居てくれない?」
「いいですよ。ちょうど日陰ですし。でもどうしてですか?」
「ゴールに澄野いたら頑張れそう」
眞白先輩からの予想外の言葉に体も思考も一瞬止まった。え、今なんて…?先輩ってそんな漫画みたいなこと言える人でしたっけ…!?
「ははっ固まってる。じゃ、行ってくるわ」
「…頑張ってくださいね」
「続いては3年最後の組となります!」
さっきの台詞は何だったんだと考えていると、そんな放送が聞こえてきた。そういえば眞白先輩一番後ろにいたような。まぁ、まだ私が一人でここにいる時点で、最終レースなのは確定なんだけど。
「位置について、よーいドンっ」
ピストルの音に、先輩方が一斉に走り出す。その中に眞白先輩の姿があった。
「え、はやっ!?」
眞白先輩は後ろを大きく離して先頭を走っていた。しかも余裕そうな顔で。本当に運動できたんだ…。ちょっと羨ましい。
そのまま眞白先輩は1位でゴールした。
「お疲れ様です。思ったより早くてびっくりしました」
「運動は嫌いじゃないしな。なぁ、かっこよかった?」
またしても先輩の唐突な言葉に動きが止まった。
「…まぁ、はい」
「それなら頑張った甲斐あったわ。次昼休憩だし、ご飯食いに行くか」
「はい。というか、そのために私をここに残しましたね?」
「そうともいう」
全く、質の悪いからかい方をしないでほしい。どう反応していいか困るから。
眞白先輩といつもの場所でご飯を食べた後、先生方がいるテントの中で見学し、もうすぐ最終種目だからと応援席に戻ってきた。午前中私の席の前に座っていた先輩は、団選抜リレーに出るためにいなかった。
「ねぇねぇ」
入場していく選抜メンバーの中から眞白先輩を見つけて目で追っていると、隣に座っていた桜ちゃんが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「澄野ちゃんって眞白先輩と付き合っていたりするの?」
予想外の爆弾発言に、思わず飲みかけていたお茶でむせるのは仕方ないと思う。まさか、そんなことを聞かれるなんて思ってもみなかった。
「付き合ってないよ」
「そうなんだ。仲良さそうだったから気になっちゃった。ごめんね」
「ううん、いいよ」
周りからはそう見えるんだ。私としては、たまたま会ったら楽しく話すくらいの感覚だったから驚いた。
たしかに、一緒に夏祭りに行ったし、午前中も色々話していたし、そう思われるのは無理ないかもしれない。でも学校祭と夏祭り以外は本当に偶然だしなぁ。
「あ、もうすぐ眞白先輩だよ」
どうやらいつの間にか始まっていたリレーは、終盤に差し掛かっていたらしい。うちの団は最下位ではあるものの、他の団とそんなに差はなかった。
スムーズにバトンを貰った先輩は、ビリからどんどん順位を追い上げていく。そしてゴールする頃にはトップに躍り出ていた。そしてそのままゴール。
大きな歓声が沸き起こった。
この歓声の中なら、言葉に出しても掻き消えるよね。そう思って小さく呟いた。
「かっこよかったです、先輩」
偶然にも、退場する先輩と目が合った気がした。




