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バレンタインに好きな女性へ花を贈ってみた男の話

作者: イトウ モリ

 


 2月14日――。


 腕時計を見て、時刻は18時45分と確認する。

 目的の店は、まだ明かりが灯っていた。閉店時間が何時なのかは分からなかったが、入店してすぐに声をかけた。


「す、すみません。まだ大丈夫ですか?」


 仕事を大急ぎで片づけ、店が閉まる前にと思い、早足で来たので、少し息があがっていた。


「はい、大丈夫ですよ!」


 知った顔の店員が、少しも嫌な顔をせずに迎えてくれたので、俺はホッとした。


「あの、気になってる女性に……は、は、花を贈りたくて。

 ただ……どういうのを選べばいいか全然分からないんで……いい感じで作ってもらえますか?」


 自分のセリフに恥ずかしくなりながら、俺は店にきた目的を伝える。


「フラワーバレンタインギフトですね! ありがとうございます!

 ぜひご協力させてください!」


 店員はお世辞ではなく、本当に嬉しそうに申し出てくれた。


「告白されます? であれば赤いバラにしましょうか?」


「あ、え……? こ、告白ですか? は、はい……できたら……したい、ですけど……」


 告白とか! 中学生かよ! と、心の中でつっこんでいる自分がいる。素面(シラフ)で口にするとここまで恥ずかしい言葉もない。


「花束がよろしいですか? その方、大きな花瓶とかお持ちか分かります? ……あと……いえ、なんでもないです」


 店員の声にいつもの元気がないように感じて、俺は思わず相手の顔色をうかがった。


 目が合った店員は、少しさみしそうに笑った。


「あ、すみません……ここ何年か、少しずつですけど、バレンタインにお花を贈る男性のお客様が増えてて……。

 花屋としてはすごく嬉しいんですけど……ただ、花をもらっても嬉しくないって女性が多いんですって……。

 実は今日、お客様から『彼女が喜んでくれなかった、花なんか贈るんじゃなかった』って言われてしまって……。

 最近の女性の4割近くが花をもらっても嬉しくないって思ってるみたいなんですね……けっこう多いなって……」


 たしかに花屋としては、嬉しくないなんて言われたら悲しいのかもしれない。店員は浮かない顔をしていた。


 だがしかし、俺的にはその情報源は納得いかない。


「その『4割』ってやつ、調べたのってネット記事ですか?

 あんまり鵜吞みにしない方がいいっすよ。その4割の抽出だって、大学関係者が適当に自分の学生100人に聞いたのと、ちゃんと年代分布を偏りなく選別して1万人に調査したのかで、全然結果が変わってきますからね。

 どう調査したかなんて、どうせ説明されてないんでしょ? じゃ、真に受けない方がいいっすよ」


 店員がぽかんとした顔で見つめてきたので、俺はやっちまったと気づき、血の気が引く。


 前に付き合っていた彼女の愚痴に、この手の返事をして、こっぴどく怒られて振られたことを思い出す。


 たしか『私が言ってほしいのはそういうことじゃないの!』だったっけか? 


 じゃあなんて言えば正解だったのかは未だに謎だ。


 でもとりあえず、いまこれはダメだ。俺は全力で失言を撤回する。


「あ! す、すいません! 偉そうなこと言って……!

 職場の仲間に統計オタクがいて、そいつの影響なんす!

 だからあの……っ、そんな落ち込むことないっすって言いたかっただけで……!」


 店員はあわてる俺を見て笑った。


「ありがとうございます。その……励ましてくださったんですよね……?」


「あ、はい! そうっす! うち、じいちゃんも親父も園芸好きで、ばあちゃんもおふくろも、なんかの節目にはいつも花もらってたんで、花が嫌いってわざわざ言うやつの神経はちょっと分かんないっすけど、あんまその記事、どこまで信憑性あるか分かんないっすから……」


 わけのわからないことを口走ってる自覚はある。

 俺のじいちゃんや親父の話なんて、いま関係ないだろ! と自分につっこむ。

 たぶん俺はいま、けっこうテンパっている。


「お客様にお花をプレゼントされる女性が羨ましいですね」


 店員は少し元気が戻ってきたみたいで、笑顔を見せてくれた。


「いや……マジ片思いなんで……迷惑がられるかもって、ちょっとビビってます……」


 そんなことを答えながら、もしかしてその花が喜ばれなかった客ってのも、花がダメだったんじゃなくて、その男自体がダメだったんじゃね? という仮説が思い浮かぶ。


 そしてその可能性は、自分にだって該当するかもしれない……。


 どうする? 引き返すなら今だぞ? やめるか? 無謀な真似をして、最悪のバレンタイン黒歴史を作るより、家でビールでも飲みながら映画でも見て過ごすか?


「分かりました! 全力で応援します! 予算とか使用するお花のイメージは決めていらっしゃいますか?」


 しかし店員の笑顔を前にして、もう逃げられないと腹をくくる。


「……お任せします。女の人に花を贈るの初めてなんで。

 ……あの、あなたがもらったときに嬉しいって思う感じにしてくれて構わないんで……。

 あ、でも、もしうまくいかなくても、ダメージが少ない感じにしてください。バラの花束とかは……ちょっと気合入り過ぎて引かれると思うんで……。

 実は、出勤中に時々すれ違って挨拶するくらいの関係の人なんで、そんなにその人のことよく知らないんです」


「分かりました。最近は花瓶がお持ちでない方も多いので、花束じゃなくてアレンジメントに致しますね。

 どんな雰囲気の女性ですか?」


「めっちゃかわいいんす! あ……っと、すいません……。

 いや、なんていうか、毎朝すれ違うくらいなんすけど、その人、毎回いつもすごい気持ちいい笑顔で俺におはようって挨拶してくれるんす。

 俺最初、びっくりして、無視しちゃったんですけど、その後も毎日……必ず挨拶してくれて。元気を分けてもらえてるっていうのかな……。

 おかげで俺、毎日出勤すんのがすごく楽しみになって……。そんで、なんかいつの間にか……なんか……好きになってたみたいで……、わー! 恥ずかしいじゃないっすか! 言わせないでくださいよ!」


「あ! ごめんなさい!」


 店員はくすくす笑いながら、小さなバスケットを用意する。ガラスの引き戸を開け、手慣れた動作で花を選別していく。


「では、お渡ししたあとも、お二人の関係がぎくしゃくしないように、お相手さまが恐縮しないような贈り物にさせていただきますね?

 バレンタインフラワーの定番はバラの花束ですけど、高価ですし、花束だと花瓶も大きなものが必要になるので、いきなりもらっても、取り扱いに困ってしまうようですね。

 プロポーズにはいいのかもしれませんが、私もお付き合いしてない方から、いきなりバラの花束を贈られても、受け取れないかもしれないですね。花言葉とかも知ってると、余計に……」


「なるほど、そういうものなんすね」


 返事をしながら、心の中で「バラの花束おねがいします」って言わなくて良かったと、ほっと息をつく。実はギリギリまでバラでいこうかどうしようか悩んでいた。


「でもやはり、好きな人に想いを伝えるなら、赤いバラはあった方が雰囲気出ますよね。お客様のプレゼントにもアクセントに赤いバラを1本使わせてもらいますね。バラは本数でも花言葉があるんです。

 ちなみに1本の場合は『あなただけ』……」


「……なんか、やっぱバラってキザっすね」


 店員はバスケットに緑色のスポンジのようなものを詰めると、ハサミさばきも鮮やかに、赤いバラと、あとはよく分からないけれど、ピンクの花をバランスよく挿していく。


「こんな感じだと、バラの存在感が強くならずに、普通のギフトとしてもお渡しできる感じです。

 ピンクのガーベラの花言葉は『感謝・思いやり』です。元気をもらっているお礼と言うことでも丁度いいかと思います」


 店員は花に微笑みながら、俺に向けて説明してくれる。


 最後に花たちの隙間を埋めるのは、カスミソウだ。これは俺でも知ってる花だ。でも花言葉は知らない。


「ちょっと、かわいくなりすぎてしまいましたか?」


「あ、いえ。彼女の雰囲気と合いそうです」

「あ、良かった……」


 店員はほっとしたように花があふれた手提げかごにリボンを結び、ラッピングを仕上げてくれる。


 会計を支払い、花を受け取った後も、なかなか帰ろうとしない俺を、店員が不思議そうに見上げた。


「……すいません、これ……。受け取ってもらえますか?」


 俺は店員から受け取ったばかりの花を、両手で店員に差し出した。


「――え?」


 俺はもう相手の顔を見ることができず、下を向いたまま一気にしゃべる。


「毎朝、あなたに会うの、すごい楽しみでした! 好きです! これ受け取ってください!! いつもありがとうございます!

 ……じゃ! お疲れさまでした! 失礼しますっ!!」


 言い逃げダッシュだ! もう恥ずかしすぎて早くこの場から立ち去りたい! やっちまった! ついにやっちまった!!


 うおー! 明日からどういう顔して挨拶すりゃいいんだよ、俺!!


「あ! お客様! 待ってください!!」


 店員の必死の声に、思わず止まって振り返る。


「あの……チョコレート、お好きですか? お花のお礼にチョコお返しさせてください。

 ここ、七時閉店なんで……このあとですけど……お時間、あります……?」


 腕時計を見てみると、時刻は18:58だった。


 もう閉店だ。

 

 …………チョコ? 花のお返し? ああそうか。バレンタインか……。

 ――え!! チョコ!?


 ……え!? もしかして、脈あり……?


「待ちます! 全然待ちます!! あと、チョコのお返しで、今晩、メシ……っ、どうっすか? 俺、おごります!」


「それはだめです」


 ――は!? 脈ありと見せかけての拒否!?


 俺は一瞬天に舞い上がった気分から、地獄に叩き落されたような急降下を覚えた。つまり即死だ。


 彼女はにっこり笑って答えた。彼女自身が作って、俺がプレゼントした花を大切そうに両手で持ったまま――。


「そこは割り勘にしましょう?」


 俺の気分は再び、成層圏まで上昇したのだった。つまり昇天だ。




 happy valentine!!



お読みいただきありがとうございました。


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