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金融機関の日常  作者: リーノ
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とある男の事情

第一章 スキャンダル

それはある初夏の昼の出来事だった。杉本が平川支店長に呼ばれ応接室に入ると衝撃の発言を聞く事となった。

「権藤君が亡くなった。自殺だそうだ。」

「えっ?どういう事ですか?」

杉本は一瞬理解出来なかった。

「今朝本部を通して警察から電話があったそうだ。」

権藤は杉本の同僚でもあり、別の島の部下だった。杉本は中央信用金庫南支店の支店長代理で現在のポジションは内部事務の責任者である。権藤はこの春栄転となり三木支店営業課の係長になったばかりであった。その権藤が行方不明になったのは送別会を開いた金曜日の翌週の月曜日からであった。その日の朝、三木支店長から南支店長に権藤が出勤して来ないが知らないかという電話があった。

送別会での権藤はいつもと変わらず他の仲間達とワイワイやっていたのだから杉本にはなぜ権藤が行方不明になったのか理解出来なかったのである。

送別会の帰り際に「頑張れよ。期待しているぞ。」「ありがとうございます。でも三木支店の唐川支店長は体育会系でとても厳しいんです。ノルマが達成出来なかったら締め上げられますよ。」

「大丈夫だ。お前は顧客からも人気があるし、それにお前のオヤジはウチの本部の融資部長じゃないか。明るい未来が待っていてまったく羨ましいよ。」

「またまたぁ。オヤジは関係ないっすよ。」

「いいや、そんなことはないだろ。俺なんか出世から脱線しちまったからこの先もわからんよ。」

「でも本当に会社に行きたくないです・・・。」「冗談言うなよ。もう転勤して一月だろ、すぐに慣れる。お前は三木支店の営業ナンバー2だ。上司の羽田代理も期待しているぞ。」

「分かりました。代理もお元気で…。俺これから若い奴らと二次会に行って来ます。」

それが権藤と交わした最後の会話であった。

そんな彼が自殺したなんて杉本には信じられなかった。

「自殺ってどういう事ですか?」と杉本が言うと

平川支店長は「それだけじゃない、どうやら顧客の金を横領したのではないかとの疑惑もあるらしい。」

「!まさかあいつが?」

「詳しい事は現在調査中なのでこの事は内密に頼む。」そう言うと2人は応接から出て行った。

その日杉本は仕事が手につかなかった。しばらくすると営業課の柴山が外回りから帰って来た。柴山は権藤と転勤で交代した若手である。

杉本は柴山に「ちょっと」と合図し給湯室に誘った。「柴山、権藤の行方不明の件なにか知ってる事はないか?実はオフレコだが、権藤が亡くなったそうだ。」意外にも柴山は驚かなかった。「やっぱりそうなんですね。」

「やっぱりってどう言う事だ?お前何か知ってるのか?」

「実は権藤さんの件お得意先の自動車屋の社長から聞いたんです。権藤さんが亡くなった事僕は知っていましたけど公にはなっていなかったんで黙っていました。」

「何を聞いたんだ?」

「権藤さんは裏社会の人物に拉致されたんじゃないでしょうか。そして殺されて口封じされた。社長の話だと権藤さんは最近すごく羽振りが良いみたいで、夜な夜な遊び歩いていたらしいんです。また女がいたんじゃないかとも。そのために顧客の金を横領した。」「あいつが?そんな。女に貢いでいたとでも言うのか?」

「もしくは、反社会的人物に渡していた。でも本人が死んでしまった今真実は闇の中ですね。」

「平川支店長の話だと自殺だという事だが…。うちの役員はそれを知っていて反社会人物との関係を否定し、警察の言う通り自殺と言うことにした。もしそれが本当ならこれは我が信金にとってスキャンダルになるぞ!」

その日の夕方支店に本部総合企画部部長から支店長宛に電話があった。

「はい…はい、承知しました。」支店長は電話を切った。

そして、「杉本君、本部でこの件に関しては風評リスクがあるため、近隣顧客からの問い合わせがあった場合は全店統一して詳細は答えるな。ということだ。また権藤君の担当していた顧客全ての伝票を直ちに調べて報告せよ。との指示があった。些細なことでも逐一部長に報告しなくてはならないからこのノートに全て記入しておいてくれ。よろしく頼む。それから皆を集めてくれ。」

その日の終礼で権藤の件は支店職員に知らされた。中には涙する女子職員もいた。権藤と親しかった岩瀬は半ベソで「ショックです。権藤さんがそんな人だったなんて。裏切られた気分です。」

岩瀬は入社5年目の女子職員で権藤とよく近くのスポーツクラブで遊んだ仲である事は杉本の知るところであった。

翌日からしばらく本部監査部長以下3名が隣店し、伝票と権藤の筆跡鑑定が始まった。結果が出たのはそれから1ヶ月半経ったある日であった。詳細が平川支店長に伝えられた。やはり権藤は高齢の顧客2名から横領していたのだ。その総額は4000万円。期間は杉本が南支店に配属となる一年も前から行われていたことが判明した。直ちに支店長と監査部長の2人は該当顧客宅に訪問し、謝罪と補償について話をして回った。意外な事にその2名の顧客は訴えるという行動は取らず、金が全額返って来ることで承知したらしかった。普通であれば怒り心頭でマスコミに暴露されるところなのだが、2名の顧客はいずれも権藤を孫の様に可愛がっていた為その死を哀れんでその行動を取らなかったのである。中央信金としてもこれ以上事を大きくしたくなかった為不幸中の幸いであった。一方的にダンマリを貫いた為風評被害はほとんどなかったのである。

次の日の朝杉本は営業課のチーフ金田次長に

「こんなんで良いのかな。この不祥事はウチのトップが交代する程のスキャンダルじゃないのか?」

「そうですね」元気のない返事だった。

金田は役職こそ杉本より上だがその真面目で優しい性格のため部下の権藤に目が行き届いていなかった。仕事を抱え込む癖があり部下は完全に自由であった。その隙につけ入られ今回の不祥事が起きたのである。上司としては失格である。

事件判明から1ヶ月が過ぎた8月本部から事件の顛末書の提出の指示があった。対象となるのは平川支店長、金田次長、杉本の3人であった。3人は顛末書を書き提出した。翌日本部から3名の出頭命令があり理事長の山田から辞令の受け取りのため出向くこととなった。

杉本が不安だったのは出向く順番である。まず朝一番で支店長と次長が一緒に辞令を受け取り、その日の夕方杉本一人が出向くこととなっていた。

そして夕方人事部の部屋で待機していた杉本は理事長室に呼ばれた。昇進の辞令ではなく全く不名誉な辞令である。

「辞令、右を減給3ヶ月とする。今回の不祥事を深く反省し二度とこの様なことのない様努めること。」

杉本は思った(アンタは交代無しか。風評リスクの為職員達にはダンマリを決めさせ、マスコミはじめ社会に謝罪もせず、詳細の説明をオレ達にもせず一方的に減給処分だなんて納得いかねぇ。横領は犯罪だが少なくともそこで働く俺たちには詳細を説明する義務があるんじゃないのか。それとも反社会的人物との事が本当ならそれも闇に葬るつもりなのか。こんな腐った会社とんでもないな。また事件は起きるぞ。役員を一掃してやり直すのがスジであり、それこそがこれからの金庫経営ではないのか。理事長は自分の保身の事しか考えていないのか。)


「只今帰りました。」

支店に戻ると平川支店長は杉本に「減給だけで済んでよかっな。」とあっさり言って来た。

「それだけですか?人が死んだんですよ。ウチの信用も失墜した。役員も交代なし。トップからはやり直す気が感じられませんでした。支店長は本当にそれで良いんですか?」

「まあ、少しの間辛抱すれば良い。生活が出来なくなった程ではないんだから私も次長も素直に受け入れるよ。」杉本はまたしても思った。(アンタも保身か。)


月が変わり鈴虫の泣く頃の9月末、転勤命令の電話が鳴った。代わるのは支店長と次長の2人。杉本は残留。この不祥事でいやな思い出は杉本だけとなった。しかも支店長は事もあろうに監査部次長、金田は業務推進課長のポストにスライド。事実上の降格処分なし。むしろ給料は今と同じかそれ以上の待遇だ。

「腐ってる。この会社何もわかっていない。辛いのは俺だけじゃないか。」

一度バッテンが付けばなかなか上に行けないのが金融機関の性格である。信用金庫と言えど銀行と同じ人事の世界なのだ。しかしまだ杉本は諦めたくなかった。

月が変わり新任支店長が本店次長より昇格して来た。藤倉支店長だ。藤倉はかつて別の支店で杉本と営業課で働いた事のある5歳年下の人物である。

「杉本さんよろしくおねがいしますね。」久しぶりの再会であったが杉本は藤倉が羨ましかった。同時に配属となった営業課のチーフは近藤次長。

「杉本さんよろしくおねがいします。」

近藤次長は杉本よりも3つ歳下ではあるが彼もまた親の七光で次長になっており杉本よりも役職は上である。もっとも流石に支店長にはストレートになっていない為藤倉よりも年上なのではあるが。

藤倉が配属されたのは南支店の立て直しの命を受けての事である。藤倉は入社以来営業畑で営業には長けていたが、それ以外の係のことは経験が無かった。杉本は営業も融資課も現在の内部役席も経験しており仕事はオールマイティ一に出来るのだが、いかんせん上司に恵まれなかった為昇進は遅れているのである。2人とも歳下の上司。期待と不安が交錯し杉本の新たな日々が始まった。

年度が変わり新人も配属となった。仕事は出来るのに人事部に人脈がない為なのか、はたまた、バッテンが付いてしまったせいなのか杉本はまたしても昇進出来ずにいた。それから一月後また事件が起きた。

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