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図書館の赤い糸

作者: 城井春臣

 きっかけは図書館だった。

 綾川新一は文字通り本の虫で、毎週末、駅二つ離れた公立図書館に通っていた。

 高校生のころは一日一冊のペースで読み進めていた本も、進学し大学の論文に追われるようになった今ではなかなか読書に時間が割けない。そんな新一が、責めて週末くらいは本に浸りたいと足を運んでいたのが公立図書館だった。

 午後二時。いつもの様に駅内の売店で雑誌をめくりながらで電車を待っていると、しばらくして車両がホームに滑り込んできた。

 いつもならこの時間の車内はすいているのだが、今日は人が多いようだ。そういえばどこかで夏祭りがあるとか言ってたな、と頭の隅でちらりと考える。

 新一は一番後ろの車両まで移動し、ようやく空席を見つけ腰を下ろした。

 電車が発車して間もなく、そういえば、と新一はショルダーバッグの中から一冊の本を取り出した。

 新一が手にしたのは、一冊の海外小説だった。

 先週図書館へ行ったとき、図書館の一番奥、古い本が置いてある書架から見いつけだし、気まぐれで借りてみたのだ。

 もともと洋書をあまり好まない新一は、本を借りただけで目を通さなかった。

 読もうと思えば読めないことも無いのだろうが、「海外作品」と言う肩書きだけで疎遠にしてしまう。要するに読まず嫌いと言うやつだ。

 でも目的の駅まではまだ時間がある。それに、他に借りた贔屓の作家の新刊は読み終えてしまった。分厚い洋書と少しの間にらみ合っていたが、やがて新一は本のページをめくった。


 『君は、運命を信じるだろうか。人は知らず知らずのうちに運命の相手とめぐり合い、その人に恋をするものだ。それは一種、必然といえるかもしれない』


 それが、その本の書き出しだった。

 「運命ねぇ」

 新一は苦笑した。

 運命。新一が最も信じていない言葉のひとつだ。そもそも「赤い糸」やら「運命の人」やら、自分からアクションを起こさず、ただカミサマにすがるような曖昧な表現には抵抗がある。それは嫌悪に近い感情かもしれない。

 ただ暇をつぶすように文字を目で追っていると、車両が一つ目の駅に到着した。

 今まで騒がしかった周囲の乗客が、ぞろぞろと電車を降りていく。駅のホームには「本町夏祭り」のポスターが貼り出されていた。どうやらここが祭り会場に最寄の駅らしい。

 「やっと静かになったな・・・・・・」

 乗客が一気に少なくなった車内で、新一は小さくため息をついた。

 と、そのときだ。

 ドアが開く音がして、嫌に熱い空気が新一の頬を撫でた。

 ふとドアのほうへ顔を向けると、そこには一人の女性が立っていた。手に持つ「東栄大学」と書いてあるファイルから大学生であることが分かるが、まだ少女と言ってもいいくらい幼い、端正な顔立ちをしている。

 簡潔に言うならば、新一のタイプだった。

 その女性は車内を見回したが、やがて新一の隣に腰を下ろした。

 ふっと、彼女のほうから柑橘系の香水が香ってくる。新一が首を回してその人を見ると、

 (やばい・・・・・・目ぇ合った・・・・・・)

 慌てて紙上の文字に視線を戻す。

 「あなたも図書館へ?」

 不意に掛けられた声に、新一は目を丸くして女性のほうを見る。

 「え」

 あまりにも急すぎて対応が遅れた。その様子を見て、彼女がクスリと笑う。

 あ、ちくしょ、かわいい。

 「どうして」

 「その本。そんな古い洋書、この辺で貸し出してるの公立図書館だけだから」

 ああ、と納得するのと同時に、本一冊でどこに行くかが分かるぐらい彼女も図書館に通っていたということを察した。

 「その作家さん好きなんですか」

 「いや・・・洋書自体少し苦手なんだ」

 「あ、そうなんだ。その本、作家さんが晩年に書いた大作って言われてるんですけど、文章にも少し癖あるし、私としてはあまり好きな作風じゃないんです。でもすごい名作だから、かなり通なのかなって思ったんですけど」

 違ったならごめんなさい、と言って彼女は頭を下げた。

 そんなごめんだなんて。

 新一は、楽しそうにその本について話す彼女に惹かれていた。

 直に終着駅まで電車は到着し、思い切って新一が「一緒に行きませんか」と彼女をお誘いすると、「ぜひとも」との事だったので二人で図書館へ足を運んだ。

 図書館に着いてからも、二人は閲覧室で好きな作家さんやお気に入りの作品を教えあいながら、新一としては久しぶりに思いっきり楽しい時間を満喫した。

 ふと気がつくと、もう閉館の時間だ。結局新一は初めて閉館の音楽を聞くことになった。

 「あっと・・・・もうこんな時間か」

 「あ、本当」

 彼女は腕時計を見てから立ち上がった。

 「じゃあ私はこれで」

 彼女が立ち去ろうとしたときだ。

 「あのさ!」

 新一は慌てて席を立った。彼女が振り返る。

 「人は知らず知らずのうちに運命の相手とめぐり合い、その人に恋をするものだ・・・・・・」

 「え?」

 彼女が困惑した表情で新一を見る。

 「必然、だったのかな」

 新一は、内心自分に苦笑した。

 「これっきりは悲しいかなって」

 そう新一が言うと、彼女は少し頬を紅潮させた。

 「名前、教えてくれないかな。できればまた会いたい」

 すると、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。あ、ちょっと先走りすぎたかな・・・・・。新一が軽い後悔の念を抱いていると、

 「平仮名でさくらです。薬師さくら」

 と恥ずかしそうに言った。

 「すごくうれしいです。私からだけだと思ってたから」

 新一が首をひねると、おかしそうにさくらが笑う。駄目だ、多分もう歯止めがきかない。

 「新一さん、毎週ここ来てますよね」

 「え、なんで俺の名前」

 虚を突かれたように新一はさくらを見返した。 

 「貸し出しカードです。私の借りたい本、いつ来ても誰かに先越されてて。それで気になって貸し出しカード見てみたら、『綾川新一』って」

 そうだった。この図書館は貸し出しする際に、カードに名前を書く。それがいわゆる「貸し出しカード」なのだ。あまり大きくない小規模な図書館だからできる、いっそ無用心とも言えるこの暖かい繋がりが新一に「運命」を連れてきた。

 「実は、電車で隣乗ったのも狙いました」

 と言って、さくらは舌を覗かせた。

 「じゃあ、私もう帰ります」と、さくらが会釈をした。

 「ああ、また今度、さくら」

 新一がその名前を呼ぶと、さくらは嬉しそうに「はい」と言って、西日の射す廊下を帰っていった。

 さくらの後姿を見送ってから、さっき返却したばかりの洋書を手に新一は貸し出しカウンターに向かった。

 もう一度ちゃんと読もう。この本で、彼女と繋がっていられるように。

 そう思うと、今なら少し、運命を信じてもいいような気がした。


 

 

この作品を読んでくださった皆様、心より感謝いたします。まだまだ至らぬところばかりですので、厳しいご意見ご指摘・感想など、ございましたらよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短い内容でしたが、良かったです。長編として出るならばまた読んでみたいと思いました。
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