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寄席『深川皿屋敷』

 えー、たくさんの拍手有難うございます。こちらではいつも大河落語ばかりやってますが、あのー、ここの寄席はですね、お客さんがとても温かくて、出来がいまいちでもそれなりに拍手がくるというんでやりやすいんですね。あのー、帰る時に外でお客さんと会ったりしましても、金返せなんて怒鳴られたことはほとんどなく、まあ一度もないという訣でもないんですが、大体は、「おう、お疲れさん、今日もよかったよ」なんていってくれるんですね。ただ、そのあとがちょっと長くてですね、「でもおめえ、ちょいとテンポ悪かったんじゃねえか、あれおめえ、もっと簡潔にしなきゃ駄目だろ。俺は何度も聴いてっから大丈夫だけどよ、あれいきなり聴かされた人は堪ったもんじゃねえぞ。だろ、おめえもそう思うだろ、どうだ」なんて感じで反省会がはじまったりするんですね。まあそういうのも励みになるといいますか、お客さんの率直な感想ですからね、これはとても有難いことで、ただまあ五分程度ならいいんですよ。それが六分、七分、八分と続くと、さすがに、なんて思ったりもしますが、えー、今日はですね、時間がかなり詰まってるというんで、『深川鍋』の続きで『深川皿屋敷』という短い噺を一つ聴いていただいて、反省会が開かれる前にできれば逃げ帰りたいんですが、さて、主人公の鍵家茜がどういう子かというのは今日は説明しなくてもいいですか、皆さんご存じのように女王様になったりインドで修行したりロボットになったりするんですが、展開の方はかくかくしかじかでございます。

 そういう次第で新国王になることを承諾したんですが、そのファンレターをずっと呪いの手紙だと思い込んでいましたので、手元に置いておくのは薄気味悪いし捨てる訣にもいかないというんで、庭の()れ井戸にこっそり封印していたんですね。ところが、それが想いの詰まった熱烈なファンレターで、しかもその王様が不慮の死を遂げたなんて聞きましたから、横死(おうし)を遂ーげーてー、なんて歌いつつ、崇りがあっちゃまずいというんで、その晩の深夜に鍵家茜、懐中電灯を持ってその庭に下り立ちます。そうして井戸の釣瓶(つるべ)を目を細めながらカラカラと鳴らし、底にたまっている手紙を桶でなんとか汲み上げて、一枚二枚と数えていくんですが、数が多い上になかなかうまく取り出せませんで、カラカラ、カラカラ、一枚二枚、カラカラ、カラカラ、三枚四枚(よまい)と地道な作業、全部の手紙を取り出すのに丸々一晩かかってしまいます。

 茜の方はそれで無事に終わるんですが、そうなると困ったのが、その井戸の傍の部屋に寝泊まりしている小心者の鍵家ピックでして、突然庭から釣瓶の音がして目を覚ましますと、今度は一枚二枚となにやら悲しげな声。なんだろと思って窓を見ると青白い明かりと人影がカーテンにゆらゆらと映っていて、「え、なにこれ、まさかお菊、真冬なのにお菊?」なんていって、最初は夢かなにかの勘違いだろうなんて思ったんですが、五枚六枚と続きますとさすがに怖くなりまして、

「おいおい嘘だろ冗談だろ、『お菊の皿』なんてのは作り話の落語のはずで、落ち着け落ち着け、幽霊なんている訣がなく、いてもなにかの錯覚で、()尾花(おばな)だとかプラズマだとかそういうあれの仕業だっていうし、今は科学の時代であって落語の時代ではなくて、んー、落語の前は講談だって聞いたこともあるが、講談だっておんなじ作り話で、でも待てよ、講談でも落語でも元になった実話があるとかないとかってパターンも、いやいやそうだとしてもあれの舞台は番町で、ここは深川で、しかも上方だと番町じゃなくて播州(ばんしゅう)播磨国(はりまのくに)の姫路城が舞台だっていうし、んー、でもマリオみたいに井戸と井戸とが繋がってたりしたら、いやいや隅田川隅田川、さすがの幽霊も川を越えてまでってことはないはずで、番町だろうが播州だろうが越すに越されぬ大井川、春のうららの隅田川。んー、でも春のうららってのはなんだか恨めしい響きがしないでもなく、そうだそうだ、そういえば子供ん頃、あのウララ・ウララっていう大昔の歌、あれが無性に怖くて堪らなかったんだよなあ。もう不気味で不気味で、粗相(そそう)なんかするとママが能面みたいな表情で歌ったりして、やだやだ二度と思い出したくない。とにかく春のうららってのはどういう意味なんだか、えーと辞書どこにやったかな、辞書があれば万事解決するんだけど、ああそっか、ゆんべ茜が借りてってそのまんまか、青天のなんとかを調べるとかなんとかいって、だとしたらまずいな、弟弟子とはいえ茜も一応は女で、好みのぽっちゃり系とはほど遠いとはいえ年頃の超人気アイドルだからな、こんな夜中に部屋に行ったら夜這(よば)いと勘違いされて師匠に破門されちまう、いやいやその前に茜に半殺しにされる、ああ間違いなくそっちが先だ、そんで幽霊よりも怖いことになる。とにかく頼む、頼むから早く終わってくれよ、お菊の皿は九枚(くまい)まで、九枚まで数えたらってすでに十枚超えてるし、でもあれだあれ、落語の場合は十八枚までだからな、明日お休みだから明日の分まで数えて終わるってのが本寸法で、あー、嘘でしょ、それも超えちゃうの?」

 なんてな具合に一人で勝手に狼狽(ろうばい)してるんですね。しかも茜がですね、内容こそ読めないものの手紙のあまりの多さに途中から涙ぐんでしまって、その声が悲しげで物憂(ものう)げでドナドナで、この世のものとは思えぬほどに情感が籠っておりましたから、ピックの方はもう頭からすっぽりと布団をかぶってその花色(はないろ)木綿(もめん)の中でぶるぶると震えながら、

「ああそうだ、こういう時は念仏だ念仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。あー、でも南無阿弥陀仏は心中(しんぢゅう)道行(みちゆき)、逆に幽霊が寄ってきそうで役に立ちそうもないな。そうなると『小言(こごと)幸兵衛(こうべえ)』だな、そうそう、あれに宗旨(しゅうし)がえってな話が出てきたはずで、それとは逆だがこういう時は勇ましい感じで法華(ほっけ)が一番だ。なんたってホッケは焼いても旨いし凍らせることだってできるって師匠がいってたからな。アイスホッケーなんつってな」

 そんな感じで意味不明なことを思いつくんですが、「南無妙南無妙ホーホケキョ、南無妙ごまあえホーレン草」なんて唱えたところで一向に効き目がござあせんで、次から次へと宗旨がえをしまして、「オン、コロコロボンボン、ヨンダラカソカ。アーメンソーメンヒヤソーメン。ヨシワラオーモンゴクローサン。アジャラカモクレン、モクゾウモルタル、テケレッツのパー」なんて唱えて、しまいには「ガーーーコンガーコンガーコンガーコン、父ちゃん頑張れ」なんて、酔ってもいないのに訣がわかりません。

 そんな具合でまったく眠れないまま明け方になり、いつの間にか庭からの声もやんでいて、引き留める花魁(おいらん)なんかも見あたらず、ようやく布団から出られたんですが、

「おう、どうしたいピック。やけに腫れぼったい目をしてやがるが、徹夜でもしたのか。それともあれか、茜が外国に行くなんていうんで、寂しくて泣いてたんじゃねえのか」

「それがあにさん、大変だったんですよ、(ゆん)べ庭の井戸んところにお菊の幽霊が出て」

「なに馬鹿なこといってんでい。前から変な奴だと思ってたが、とうとう落語と現実の区別もつかなくなったか。まあ夢ん中で落語を演じるようになって一人前だなんて話もあるが」

「そうじゃないんですよ、本当にお菊が化けて出て、そんで一枚二枚って、しかも一晩中」

「なにを寝ぼけたことを、どうせ自分で羊でも数えてたんじゃねえのか。おめえ、こないだも眠れねえからってポケモン一匹ずつ数えてたろ。それに一晩中ったって『お菊の皿』なら九枚(くめえ)まで。オチだって十八枚ってのが本寸法だ。おめえだって知ってんだろ」

「そうなんですけどね、それが百枚とか二百枚とか、全然終わらないんですよ」

「ほお、そうなるとそれはお菊じゃねえな。別の幽霊だが、そいつは何枚まで数えたんだ」

「それがよく覚えてないんですけどね、二百四十枚だか三百六十枚だか、そのくらいはいったと思うんですけど。ただ最後だけは、おしまいっていってましたね」

「ああ、最後におしまいっていったのか、そりゃやっぱりお菊だ。しかも東京の方のお菊だな。多分今日から長期のバカンスにでも出かけるつもりか、あるいは悪い病気にでもかかっちまって長期入院でもするのか、それでその分まで数えたんだな。お菊の幽霊に(ちげ)えねえ。ああ、お菊は昔っから一度にまとめるのが好きだからな。キク一発、なんつってな」

「え、なんですかそれ、どういう意味ですか」

「どういうっておめえ、危機一髪も知らねえのかよ。それはちょいとまずいんじゃねえか」

「いやいや、それは知ってますけど、そうじゃなくて、それがなんでキク一発になるんですか。一度にまとめて数えるってのはいいんですけど、それと一発ってのは意味合いが違うというか、全然繋がらないというか、なんでっていう感じで」

「な、なんでって、や、野暮(やぼ)なこといってんじゃねえやい。普通はそんなこたあ自分で推測するもんだろ。オチがわかんねえからって客が手ぇ挙げて質問してみろぃ、台なしじゃねえか。たとえわかんなくてもそういうもんかって納得するのが客としての勉め、約束事ってもんだ」

「いやいや、約束事ったって教えてくださいよ。あんだけ自信満々にいっといてずるいっすよ。もしかしてあにさん、言葉の意味間違えたんじゃないですか」

「ヒつこいなあ、駄目だ駄目だ、お断りだ」

「そんなこといわず教えてくださいよ」

「だから駄目だっていってんだろ、情けねえ野郎だな、恥ってもんはねえのか」

「なにいってんですか、昔からいうじゃないですか、キクは一時の恥」

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