番外編『この橋わたるべからず』
えー、長かった第六波もようやく収束に向かいまして、これでいよいよ完全に終わるんじゃないかというような按配ですが、ただ数字の方はなかなか減りませんで、このまま底に辿り着く前にまた次がくるんじゃないかなんて話もちらほらと聞こえてきたりしますが、次は何がくるんでしょうねえ、六波の次に何がくるのか、まあロッパの次でございますので、これは当然エノケンでしょうな、ええ。古川ロッパに榎本健一、昭和の喜劇王、爆笑王でございますが、そうなるとさらにその次にはエンタツ・アチャコがきて、脱線トリオや転覆トリオがきて、そしてコンちゃんブームがくるという……、皆さんご存じですかね、大昔にそんな一大ムーブメントがあったんだそうで、あのー、丸眼鏡の大村崑さんが、日本中を爆笑させていたという、紛れもない歴史的事実らしいんですが、そのブームのあとですか、クレイジーキャッツが一世を風靡して、それからようやくコント55号の欽ちゃんが登場して、そしてドリフターズなんかが続くという、まあ順番が合ってるのかどうかわかりませんが、昭和の爆笑王の歴代の系譜でして、最近はお笑いなんとか世代なんていう表現を耳にしますが、コンちゃんはどのあたりに入るんでしょうかねえ。まあ老若男女、日本中を爆笑の渦に飲み込んだなんてえのはそれこそその辺が最後というような印象で、そのあとで漫才ブームが起きたりビッグ・スリーが登場したりもするんですが、その頃にはすでに日本中が爆笑というんじゃなく、お笑いの趣味嗜好が細分化・多様化して、それぞれのファン層に分かれるという感じで今に至るんじゃないかと思うんですが、ただこれは時代的に必然の流れでもありまして、お笑いだけに限りませんな。音楽なんかもそうですし、アニメなんかもそうでございますよ。昔は誰にでもわかるような作品が多くて、お茶の間にある一台のテレビを皆で囲んで、家族全員で楽しむというのが普通だったんだそうですが、次第にどんどんと内容や設定が複雑化していきまして、今ではご覧の有り様ですよ、ねえ。私なんか、某なんとかプライムさんで、「たまにはアニメでも見るか」なんて思って一覧を眺めてもですね、なんじゃこりゃ、というような、最初からオタク向けに作られたような、そんな変てこなタイトルとサムネばかりがやたらめったら並びまして、家族全員、お孫さんからお爺ちゃんお婆ちゃんまで揃って楽しめるなんてえのは滅多にないんですねえ。強いていえば、『世界名作劇場』ですとか、『ドラえもん』ですとか、『一休さん』ですとか、あとは困った時の『美味しんぼ』ですか、まあその辺も私個人の趣味嗜好がかなり入っていますし、数がありすぎて目的の物を探し当てられないというような情報過多の時代でもありますので、「明日またここにきてください、あなたに最適な作品をご覧に入れましょう」なんていう助っ人がいてくれれば、なんて思ったりもするんですが、えー、今日はですね、いつもの大河落語ではござあせんで、まあそちらの方はですね、実はこの一年間色々あったせいでまったく新作が浮かびませんで、なんの展開もなく、なんの深掘りもせず、誠に申し訣ないんですが、今日はその番外編といいますか、かつて深川一門に在籍しておりました、鍵家紀伊ノ助師匠の二番弟子、鍵家シメ茸が現役の頃に創作したという設定の、民話落語の中から簡単なものを一つ、それを手前のアレンジでお届けするという体でお許し頂きたいんですが、
「一休殿、一休殿!」
「ああ、新右エ門さん、どうかしましたか、また浮かない顔をして」
「いやあ、実は桔梗屋のことで気になることがございましてな、一休殿もすでにお聞き及びだと思いますが、桔梗屋が先月、都の川に橋を架けたという」
「ええ、その話なら私も聞きましたよ。なんでも桔梗屋さんが私財を投じて橋を架け、町の人達が大いに助かっているとか」
「そこまではよかったのですが、今月になって突然、通行料を取るといい出したのです。一応、橋の維持管理のためという名目で、一人につき一文というので皆も素直に支払っていたのですが、ところが今週になってさらに二文に値上げするというのです、なんでも予想を上回る人通りで木材の傷みが早いということなのですが」
「へえ、そうなんですか。でもそれは仕方のないことではないですか」
「確かに仕方がないといえばそうなるのですが、どうもこのままでは終わらないような気がしましてな、それというのもあの桔梗屋が人助けをするということ自体がそもそも腑に落ちませぬ。最初からなにか企みがあってのことのような気がするのですよ」
「新右エ門さん、そういう決めつけはよくないですよ。それに町の人達はその橋ができたことで実際に助かっているんですよね。それなら感謝こそすれ、疑うなんて人が悪いですよ」
「そこなんですよ、そこが気になるのです。いつもの強欲な桔梗屋であれば、川に橋を架ければ最初から高額な通行料を徴収するはず、ところが最初のひと月は無料で、そのあとで一文、そして二文……。つまりなんといいますか、最初にその橋の便利さに慣れさせておいて、その利便性を質に取るとでもいうような、これはまるで実質ゼロ円を謳っておきながら色々と手数料やサービス料を取ったり、あとで一方的に契約プランを改悪したりするが如き極悪な手法」
「その例えは時代的にまったくわかりませんけど、でも快を知れば不快が生ずるのは自然の摂理、早く渡りたい人は渡ればいいし、払いたくない人は遠回りをすればいいだけではないですか」
「それはそうなのですが、うーん、一休殿ならなんとかしてくれると思ったのですが」
「とにかくもう少し様子を見てみましょうよ。もしかしたら本当に桔梗屋さんが改心したのかもしれませんし、そうでなければまたその時に考えればいいことだと思いますよ」
「一休殿、一休殿!」
「ああ、新右エ門さん、どうしました」
「桔梗屋の奴、やはり本性を現しましたぞ。あれから、ひー、ふー、みー、よー、と少しずつ値上げを繰り返し、途中で刻を訊いたりもしつつ、今日になって到頭十六文にまで値上げをし、町人達も皆、憤っております。さあ一休殿、出番ですぞ、これから桔梗屋に赴き、いつもの頓智で懲らしめてやりましょう!」
「うーん、でも新右エ門さん、桔梗屋さんは商人ですよ、私財を投じて橋を架けたのであれば、そこで通行料を取るも取らぬも桔梗屋さんの自由、どんな価格を設定するかも桔梗屋さんの自由、それが商いというものではないですか」
「な、なにをいっておられるのですか一休殿、十六文ですぞ十六文、十六文といえば時代は違えど蕎麦一杯の値段、ただ橋を渡るだけでこれはあんまりですぞ」
「でもあんまりかどうかはそれぞれが判断すればいいことではないですか。払いたくない人は以前のように別の橋に回ればいいだけですし、その途中には確か渡し舟なんかもありましたよね」
「しかしその渡し舟は、質屋の若旦那が趣味でやっているようなもので、いつも客を川に流してばかり、四万六千日の真夏の暑い盛りであればまだしも、それ以外の季節で乗ろうなどという者はおりませぬぞ」
「まさにそういうことですよ新右エ門さん、その舟に乗るも乗らぬもそれぞれの判断、橋を渡るかどうかも同じこと。それにもし誰もその橋を渡らなくなったら、それで困るのは桔梗屋さんの方ではないですか。儲けもなく維持費用だけがかさむのですから、これは大変ですよ。まさにインフラの老朽化問題というやつで、一時の金勘定よりももっと長期的な視野を持つべきだと思いますけどね」
「なんと、まさか一休殿がそのようななんとなくそれっぽい適当なことを口にして悪徳商人を擁護するとは、これは見損ないましたぞ。ええい、もう一休殿には頼みませぬ、拙者一人で桔梗屋の悪事を曝いてみせまする!」
さあ、そういって寺社奉行の蜷川新右エ門が桔梗屋に乗り込むんですが、一休さんの見立て通り、橋の維持管理や通行の安全というものを述べられてはどうすることもできず、
「ええい、しかし、しかし十六文はさすがに高い、そうであろう桔梗屋!」
「はて、わずか十六文で安全に橋を渡り、時間と労力を節約できるのであればむしろ十六文は安いと思いますけどね。自分の架けた橋とはいえ、時は金なり、私ならそれくらい喜んで払いますよ」
「それはそちが商人で、銭をたんまり貯め込んでおるからであろう。しかしそうでない庶民や町人は……」
「蜷川様、私はなにも無理に橋を渡れとは一言も申しておりません。渡りたい人は渡ればいいと、ただそう申し上げているのです。なにか間違っていますかな」
「う、うむ、それは、間違ってはおらぬが……」
「それに、そもそも蜷川様は寺社奉行、その寺社奉行様がどうして橋のことで口を挟むのか、なにか特別なお役目でも任されているのですかな」
「そ、それはだな、いや、そうではない、京の外れとはいえ、あの橋の近辺にも古来の神社や仏閣が数多所在し、さらにその先、洛外への検分も行わねばならぬ故、寺社奉行としても無縁に非ず、それに、もし山門同士で諍いなどが起きようものなら、そちの橋も無事で済むかどうか、そうならぬために拙者も日夜、関係各所を駆けずり回っておる次第」
「なるほどなるほど、それは確かに大変なお役目でございますが、そういうことでしたらそうですな、蜷川様がお役目で通る時には通行料は免除ということで、それでどうですかな」
「な、なにを申す、そういうことではなく、それはならぬならぬ、そんなことになればやれ癒着だの忖度だのと勝手ないい掛かりを受けてしまうではないか。そうではない、たとえお役目であろうと通行料は払う、ただ、それが高すぎると申しておる」
「それはさきほども申しましたように、橋の維持管理や安全の確保のためには致し方のないこと。それに本当は十六文でもまだ二文ほど足りないというくらいのもの。もしそれ以下に値下げしろとおっしゃるのであれば……、はてさて、仕方ありませんな、これはもう橋を通行禁止にするしか手はありませんな」
「な、なにをいっておる、拙者は斯様なことは求めておらぬ!」
「いやいや、この先もこのようなやり取りが続くのであれば、それは本業の商いにも影響を及ぼしますのでな。善意で橋を架けたものの、蜷川様のような勘違いなされた御仁がこれからも次々に店にやってきては押し問答をするのであれば、それは私にとっては時間の無駄、そうであれば橋など最初からなかった方がましというもの。それこそまさに時は金なり、私が橋を架けたのも時間を有意義に使って貰うため、それがまさかこんな厄介なことになってしまうとは、ああ、なんとも嘆かわしい……」
さあ、そういう訣で桔梗屋、下手な芝居を打ちつつ、店の番頭に「このはし、わたるべからず」と書いた立て札を作らせまして、その日のうちに橋を通行禁止にしてしまいます。これで困ったのが橋の近くに住んでいる町人達、十六文は高すぎるといいつつも、急ぎの用事の際には便利この上ない橋でございますので、すぐに人だかりができて、桔梗屋への不満の声が溢れます。
「皆さん、お静かに、お静かに、確かに皆さんのご不満も、誠にごもっともなこと、この桔梗屋も心苦しく思っておるのですが、しかし、しかしですな、橋を安全に保つためにはどうしても通行料が必要だったのです。考えてもみてください、この川は都で一番の暴れ川、大雨が降れば上流から岩や木切れが濁流とともに押し寄せ、そのたびに橋の補修をしなくてはなりません。皆さんも覚えておられるでしょう、去年は七条大橋と八条大橋が相次いで流され、大変な不便を強いられました。私がこの橋を架けたのは、大雨でも皆さんが困らないようにするため、そのために私は私財を投じて頑丈な橋を架けたのです。しかし、あまりに大勢の人達が利用したため、予想以上に木材の傷みが早く、補修が追いつかない有様……、そこで私は苦渋の決断をしました。それは、橋の安全を保つために通行料を取るということ、そしてそのことによって利用者を少しでも減らし、橋の部材を守るということ。もちろん、私は町の皆さん全員にこの橋を喜んで利用してほしかったのですが、それは安全が確保できた上でのこと、もし幼い子供が橋を渡っている時に床板が抜けたら、もし若い娘さんが渡っている時に括り縄が緩んだら、そんなことになってしまったら、ああ、悔やんでからでは遅いのです。ところが、ところがです、私のそんな思いを一切知らず、ただただ通行料が高すぎる、もっと安くしろというような声が町中に溢れ、今日などはそこにおられる寺社奉行の蜷川様までもが値下げをしろと要求してくる始末。これより値を下げるようなことになれば橋の安全が維持できないと、そう申し上げたのですが、蜷川様は私のことをまるで強欲な悪徳商人のように詰問するばかり……、こうなってしまったらもうどうしようもありません。値下げもできず、かといって橋の安全は守らなければならない。それならいっそのこと、橋を通行禁止にすることこそが皆さんの命を守ることになるのではと、そういう苦渋の結論に至ったのです……」
「なんだって、じゃあ蜷川様が余計なことをしたせいでこんなことに?」
「蜷川様、あんたのことは俺達を守ってくれる立派なお侍さんだって思ってたのに!」
「そうだそうだ、あんたはお侍でありながら町人ともイトシコイシの間柄のはずだったのに、余計なことをしやがって!」
「あ、痛し、痛しっ、こ、こら、小石を投げるな、小石を、拙者はただ、十六文はあまりにも高すぎると、それで直談判しに行ったまで、通行禁止にしろなどとは一言も申しておらぬ、それに、皆も通行料が高すぎると口々に文句をいっていたではないか」
「それはそうだが、でも蜷川様のせいでこのようなことに」
「それは拙者のせいではなく桔梗屋の思惑というもの!」
「な、なんとおっしゃいます蜷川様、この桔梗屋になんらかの企みがあるとでも?」
「そ、そうだ、大体、皆も考えてみよ、十六文なら往復で三十二文、そのような大金を払えるような者がどこにいるというのか。そうであろう、その半値の八文であっても往復で十六文、それですらまだ高いというのに、往復で三十二文となると、それはあまりに無茶というもの」
「なるほど、往復だとそうなるのか、それだと確かにおいら達にはちょっと無理かもなあ」
「おう、往復ってのは考えてなかったが、そりゃ確かに大金だ、どれだけ働けば稼げるのかもよくわかんねえほどになっちまうな」
「ああ、じゃあ蜷川様はやはり私達町人のために桔梗屋に談判を」
「まあまあ皆さん、お静かに、お静かに、確かに蜷川様のおっしゃるように、往復となると倍の値段になるのは当然のことで、合わせた数だけを聞くと確かに少し高く感じるかもしれませんが、しかし、それも通行の安全のためで」
「ちょっと待てよ桔梗屋、さっきから安全のためといい続けてるが、本当にそんな費用が必要なのかね、そりゃ橋の補修は大変かもしれないが、半額の八文でも賄えるんじゃあないのかい、なんたって八文でも往復で十六文も払うんだ」
「そうだそうだ、なんだかんだいって桔梗屋、やはり最初からぼったくりだったんじゃないのか!」
「まあ待ちなさい皆さん、この橋にどれほどの木材や縄や釘が使われているのか、皆さんはご存じですかな、どれも橋を頑丈に支えるために質の良いしっかりとしたものを使っていて、それらを揃えるにはどうしてもそれだけの額が必要なのです。ただ、うむうむ、そうですな、なるほど、一つだけ手がないことも……」
「おいどうした桔梗屋」
「いえ、実はこの橋を架けるにあたって、一つだけこだわったことがありましてな、それというのもこのあたりは穏やかないい町なのですが、都の外れ、もし少しでもみすぼらしい橋を架けようものなら、やはり雅さに欠ける辺鄙な町だと、皆さんが笑い物にされてしまうかもしれない、それではいけないと思い、私は木材の色や見た目にもこだわり、擬宝珠も特注し、そしてついにこの橋を完成させたのです。まさにこの町に相応しい立派な橋が出来上がったとそう思ったのですが、ただ、その善意が裏目に出てしまったということになりますなあ。まあそういうことですので、橋の見栄えよりも安全を優先するということであれば、確かに確かに、もう少し安く補修ができるかもしれず、そういうことであれば、通行料はなんとかぎりぎりで八文、往復で十六文ということであれば、やりくり次第ではどうにかなるかならないか……」
「おお、ということは、通行禁止はやめて、半額の八文で渡らせてくれるってことになるのかい?」
「おお、八文か! そりゃいいや、なんたって俺達は見栄えなんかどうでもよくて渡れりゃいいんだ、な、みんなもそうだろ」
そんな訣で町衆の皆がまんまと桔梗屋の策略にはまりまして、八文という高額な通行料を受け入れる方向に進むんですが、ここに現れたのが我らが一休さんでございます。
「あれ、どうしたんですか、なにやら皆さん騒いでおられますが」
「おお一休殿、これはちょうど良いところに。実はかくかくしかじかという訣で、半額の八文なら通行禁止を解除するというような流れになってしまったのです」
「なるほど、桔梗屋さんらしい小細工ですが、そういうことならそうですねえ、あのー、桔梗屋さん、桔梗屋さん」
「はいはい、おや、これはこれは、誰かと思えば一休さんではないですか」
「おお、一休さんだ、一休さんがきてくれたぞ!」
「桔梗屋さん、町の人達のためにこの橋を架けてくれたこと、まさに素晴らしいことだと思いますよ。一介の小坊主ですが、私からも御礼を申し上げます」
「なんと、一休さんが桔梗屋に礼を、ということはやはり桔梗屋はこの町のために橋を!」
「ですが桔梗屋さん、本当に町の人達のことを思っているのなら、通行料がいくらというのではなく、通行料自体をなくすのが一番だと思いませんか」
「そうはいっても、橋の維持管理には費用がかかりますのでな、それはさきほどから何度も何度も話していること。たとえ御仏に仕える一休さんであっても、銭がなくてはお堂の改修もできないというのはおわかりのはず」
「ええ、それはわかります。ですが、さきほど桔梗屋さんは、善意という言葉を口にしました。善意とは見返りを求めないもの、自ら喜んで行うもののはずです。町の人達のことを本当に考えているのなら、桔梗屋さんが自身で費用を捻出すればいいのではないですか」
「やれやれ、それは単なる理屈というもの、一休さんはまだ子供であるが故、世の中の在り方というものがわかっておられないご様子、それというのももし通行料をなくせば、それこそ毎日のように大勢の人達が橋を渡るようになり、その補修のための費用も膨大な額になりますぞ。最初のひと月、ふた月は賄えたとしてもそれがいつまで続くか、もしこの桔梗屋が潰れでもしたら、その先、この橋の補修は誰がするのですかな、その費用は誰が出すのですかな、そういったことを少しでも考えたことがおありですか」
「うーん、それは、町の皆さんですればいいのではないでしょうか」
「な、なんですと?」
「だって、この町には大工もいれば人足もいて、力のある男達も大勢いますよ、丈夫な縄を編むことのできる女性達だっているし、それに桔梗屋さんには到底及ばないものの、小さな商家も建ち並んでいるじゃないですか。皆で協力すればできないことはないと思いますけど」
「し、しかし一休さん、そうはいっても町の者だけでこの橋を維持するのは無理というもの、それにこの橋は私が架けた私の橋ですぞ、私が私財を投じて架けた私の橋であって、それを手放すなどもってのほか」
「あれあれ、桔梗屋さん、慌てたせいで少し本音が出てしまったようですね。町の人達のためといいつつ、自分の橋という、どちらが本当なのでしょうか」
さあ、この問いかけに反応したのは桔梗屋ではなく町の人達でございます。皆が皆、桔梗屋に対して疑いの目を向けまして、「桔梗屋どうなんだ、答えろよ」と野次が飛ぶのはまだしも、石が飛んできたりもするというんでさあ大変、
「あ、こら、やめろ、石を投げるな、石を、ええい、なんという恩知らずな連中だ! そっちがそういうつもりなら、こちらとて容赦はしないぞ、やはり橋は全面通行禁止だ! この立て札に書いてあるように、このはし、わたるべからず、今よりこの橋を勝手に渡ることはまかりならん!」
そんな訣で桔梗屋が通行禁止を宣言しまして、町衆の怒声が周囲に響き渡りますが、一休さんはなにやら涼しい顔をしております。
「一休殿、どうするつもりですか。やはり通行禁止にされてしまったじゃないですか」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「というと、またいつもの頓智で?」
「いやいや、この程度であれば頓智なんて必要ありませんよ、それに誰もが知ってる有名な話ですし、さあてと、ええと、なになに、このはし、わたるべからず、ほほお、このはし、わたるべからずかあ、皆さーん、この立て札にはこのはし、わたるべからずと書いてありますよー、いいですか皆さん、このはし、わたるべからず、ですって」
そういうなり一休さん、そそくさと歩を前に進めまして、皆の注目する中、その橋を堂々と渡ります。
「こ、こら一休! この橋は今まさに通行禁止にしたばかり、そなたもその立て札を読んでいたではないか!」
「ええ、ちゃんと読みましたよ、だから渡ったのです」
「な、なんだと」
「その立て札には、このはし、わたるべからず、と書いてありますよね。だから端ではなく真ん中を渡ったのですよ、真ん中を」
これには町の人達も、「なるほどこりゃ面白い、端ではなく真ん中か」「そうか、それじゃあ俺達も真ん中を渡ればいいのか」「さすが一休さん、これは見事な頓智だ」と大喝采を送ります。ただ、その逆にしてやられたのが桔梗屋、なにをこしゃくなとばかり、番頭に立て札を書き直させまして、今度はハシを漢字にして、「この橋、渡るべからず」と書き換えさせます。
これを見た一休、その場に座りますってえといつものように座禅を組んでの瞑想から、ポコッ、ポコッ、ポコッ、ポコッ、ポコッ……、チーンと卑猥な音が響きまして、
「おお、一休殿、その卑猥な音は、またいつものようになにか閃きましたかな」
「ええ、とりあえず桔梗屋さん、そうやって立て札を何度も書き換えられては町の人達もその都度困ってしまいます。どうでしょう、その立て札を最後にして頂けませんか」
それに対して桔梗屋、「なにを一休、さてはなにか企んでおるな、ふーむ、それならこうしよう」というなり番頭と示し合わせ、「未来永劫、この橋、無料で渡るべからず」と書き直させます。
「なるほど、無料で渡るべからずということは、有料なら渡ることもできるということで、へえ、さすが桔梗屋さん、考えましたね」
「ふふふっ、私も商売人ですからな、善意だのなんだのといってみたところで、結局疑われるということなら、開き直るのも一つの手、それにせっかく私財を投じて架けた橋であれば、やはり橋の見栄えにもこだわりたいところで、そうなると通行料はやはり十六文」
「わかりました、それはそれで全然構いませんよ。ただ、その立て札が最後だというのは宜しいですね」
「それはもちろん、いくら一休さんでもこれだけはっきりと書いてしまえば、どうすることもできますまい」
「お、おい一休さん、大丈夫なのかい?」
「まあまあ皆さん、そこは私がなんとかしますので安心してください。ただ、そうですね、今日はちょっと雨が降りそうな空模様なので、皆さんまた明日、今日と同じ時間にここに集まってください、私がとっておきの橋の渡り方をお教えしましょう。桔梗屋さんもそれで宜しいですか」
「ああもちろん、これだけはっきりと書けばいくら一休さんといえどなにもできますまい。それより一休さん、皆の前で約束したのですから、明日はちゃんときてくれるのでしょうな、まさか雨を口実にして逃げ出そうなんて魂胆じゃないでしょうな」
「まさか、私は逃げたりしませんって、虎とも闘った小坊主ですよ、覚えておられませんか」
さあ、そういう訣でざわめく町衆をよそに、一休さんと新右エ門さんがその場を後にします。
「一休殿、大丈夫なのですか」
「大丈夫って?」
「いや、だっていつもの一休殿であれば、その場で頓智を披露して桔梗屋をやっつけるところ、明日まで時を措くというのは、まさか本当はなにも閃いておらず、時間を稼ごうとでも」
「やだなあ新右エ門さん、私のことを信じてないんですか」
「いや、そうはいっても、どうして明日なのかと気になりましてな」
「明日じゃなきゃいけないんですよ、さっきいいましたよね、雨が降りそうだって。それでね、ちょっとお耳を拝借して、ごにょごにょごにょ……」
「ははあ、そういうことでしたか、さすがは一休殿、わかり申した、そういうことならその役目、拙者が確かに」
さあ、そうして翌日になりまして、雨があがった橋の前に大勢の人が集まりますが、肝心の一休さんはというと、
「おい一休はどうした、もう昨日と同じ時刻であろう、一休はまだか、さてはおおぼらを吹いたもののなにも閃かずに逃げ出したか、はははは、一休といえどやはりただの小坊主であったということか」
「蜷川様、一休さんはどうしたんでしょうか、まだ姿が見あたりませんが」
「なあに、もうそろそろくる頃かと」
そんなやり取りが交わされる中、なにやら遠くから叫ぶ声が聞こえまして、振り向いて見てみますってえと、川の向こう岸に黒いぼろきれを纏った何者かがおりまして、
「おお、新右エ門さんでねえか、それに町の皆もきてくれてるだか、桔梗屋さんもいるだべか、ああ、おら一休だ、遅れてすまねえだなあ、立テ札になにやら書いてあったんで、ちょっぐら準備に手間取っちまっただ、ほんじゃあ今からそっちへば向かいさするんで、皆で見ててくんろ、さあ、渡るべ!」
とまあ、どういう訣かやたら訛った話し方でいいますと、両手をひらひらと、体をゆらゆらと揺らしながらこちら側へと向かって参ります。
「こ、こら一休、これはどういうことだ、立て札に書いてある文章が見えなかったのか! 橋を渡るなと書いてあったであろう!」
「ああ、なにいってんだべか、だからこうしてるだ」
「な、なんだと!」
「ほれ、その立テ札に書いてあるべ、こっちの立テ札にもあっちの立テ札にも、この橋、渡るべ、からす。だからこうして、カラスになって渡っただ」
「な、なにを、そんなこと、あっ、くそっ、昨日の雨で最後の濁点が流れて……」
「さあて、よっと、橋も渡りきったことだしこのぼろきれはもう必要なくって、こうして脱いでっと……、さてさて、どうでしたか桔梗屋さん」
「どうもこうも、こんなことが許されるはずがなかろう! カラスの真似をして渡るだなどと馬鹿馬鹿しいにもほどがある!」
「でもその立て札にちゃんと書いてあるじゃないですか。この橋、渡るべからすって。しかも、未来永劫とも書いてあるし、無料で渡るべ、とも書いてありますよね。よって、カラスは未来永劫、この橋を無料で渡ることができる、そういうことになりますよね」
「なにを馬鹿な、大体、百歩譲ってカラスは渡れるとしても、そなたはカラスではなく人ではないか!」
「あれ、そうでしょうか、どうですか町の皆さん、さっき橋を渡ったのは人ですか、それともカラスでしたか」
この問いかけに集まっていた町衆、一瞬静まりますが、「うーん、カラスに見えなくもなかったけどなあ」という一言をきっかけに、「ああ、カラスだ」「おう、そうだ、あれはカラスだったぞ」「私もカラスが渡るのを見たわ」「カラスだカラスだ」「あれは絶対にカラスだ、カラスに間違いない」というような声が飛び交います。
「な、なんだそれは、おのれ一休、そのようなことが許されていいはずが……」
「黙れ桔梗屋、その立て札を書いたのはおまえだろ!」
「そうだそうだ、俺達はちゃんと見てたぞ、昨日おまえんとこの番頭がその立て札を書くところを!」
「俺も見たぞ、しかもその立て札が最後だっていったのをこの耳ではっきりと聞いたぞ!」
「そうだそうだ、約束を守れ桔梗屋!」
さあ、そんな次第で一休さんを支持する声や桔梗屋をなじる声が溢れ、さらにいつもの愉快なBGMが流れ出しますってえと、居たたまれなくなった桔梗屋、「ええい、もうどうにでもしろ!」と叫んで慌てて退散します。
「いやあ、さすが一休殿、見事な頓智というかかなり強引なこじつけでしたが、町人達の声もあり、結果的にはうまくいきましたな。しかし、橋を渡るたびにその黒いぼろきれを纏うのは少し面倒ではないですか」
「ああ、それはちょっとしたお遊びですよ。皆さんはただカラスになったつもりで、両手を広げてカーカーと鳴きながら渡ればいいんです」
「なるほど、よっしゃ、それじゃあ俺もカラスだ、カラスになって橋を渡るべ!」
「おいらもカラスだ!」
「私もカラスよ!」
そんなこんなで一休さんの頓智と町の人々の熱狂とで桔梗屋の思惑は完全に打ち砕かれまして、その桔梗屋が架けたその橋、その日からとにかく町人達が両腕を羽ばたかせ、カーカーと鳴きながら渡るようになり、そのせいでそのあたりの地名が烏丸と呼ばれるようになります。ただ、朝から晩まで大勢の人がカーカーと鳴きますから、これがうるさいというんで苦情がたくさんくるようになりまして、いつしか九条大橋と呼ばれるようになったという、京都は九条烏丸の知られざる物語でございます。




