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学校公演『ネイルアート』『五十嵐家の嫁候補』

 えー、どういう訣なんですかね、いきなり変なことをいって申し訣ないんですが、学校公演なんてのに呼ばれることは結構あって、テレビに出ることがない無名の落語家にとっては貴重な収入源なんですが、女子校というのは手前もはじめての経験で、緊張しつつ興奮しているといいますか、昨晩はなかなか寝つけなかったりもしたんですが、ただあれですね、これだけ若い女子が一堂に会し、その視線が全部こちらに向いていますと、げんなりしますね、ええ。

 あのー、もちろん皆さんそれぞれに可愛らしくて、目にも華やかで、この講堂に入った瞬間、匂いからして普通の学校さんとは違って、こういうのは駄目なんですかね、セクハラになるんですか、大丈夫ですか、まあそういう注意が必要だったりもしますし、女子といってもこれは男女共学でも同じことで、私なんかも女子に対していい印象もあればそうでない印象もある、とにかくうるさい・騒がしい・(わずら)わしいなんて連中もクラスにたくさんいましたのでね、その集合体だと考えるとこれはもう恐怖ですよ。しかもイメージとは違って実際の女子校なんてところは女子がどんどん野生化していくなんていいますし、まるでサファリパークのような混沌とした世界だなんて話もあって、まあ今日はそれほどでもなく動物園程度ですか、パンダみたいな化粧もいれば、ケバケバしい孔雀(くじゃく)もいて、豚もいて牛もいて熊もいて、山羊(やぎ)もいるなと思ったら校長先生で、あのー、結構皆さん自虐や悪口が好きなんですかね、そういうので笑って貰えるとこちらも安心して進めることができまして、そんな次第でこれから致しますのが大河落語『茜の生涯』の中から『ネイルアート』という噺でございます。

 主人公は鍵家茜という女の子で、小さな頃からロボットが大好きというかわり者、機械いじりが趣味でバイクを改造しているうちにレディースを結成したりして、さらにどういう訣か高校を卒業後、落語の世界に入門し、前座という下っ端の身分で日々精進しているんですが、ある日のことでございます、師匠の鍵家紀伊ノ助が家の近所を一人で散歩しておりまして、

「お、鍵家さん、おはよう」

「ああ、おはよう靴屋さん。そっちはもう帰りかい」

「いやいやこっちもこれからだ」

「それじゃあ一緒にお不動(ふどう)さんまで競走といかないか」

「そらまた面白そうだが、あいにく今日は下駄(げた)なんだな」

「だからこそ提案したんだがわからないかい」

「ほお、してその心は」

「下駄底勝負」

「あ、鍵家の旦那、おはようございます」

「おや魚屋さん、今日はどうしたい、ちょいと遅いんじゃないのかい」

「なあに、今日は(さば)の仕入れがなかったもんでね」

「なるほど、鯖は足が早いというからな、いつもと違って朝が遅い訣だ、よし一枚やろう」

「おや深川のお師匠さん、今朝は珍しく着物で散歩かい」

「ああ、昨日宝くじを買ってな、それでこれからお稲荷(いなり)様にお参りだ」

「おやおや、それにしては楽な着物だね」

「いやいや、あたらないまでもせめてと思ってさ」

「なるほど、それで(かすり)の着物かい。これは合点(がてん)がいった。さすが落語家さん、めでたいねえ」

「いやいや、これで蝶々(ちょうちょ)でも飛んでくれれば本当にめでたいんだが」

「ほお、してその心は」

噺家(はなしか)(ちょう)

 とまあそんな感じで、顔見知りと小噺や謎かけをするというところまでが普段の日課で、その調子次第でその日の高座の方針や演目を決めたりもするんですが、

「ちょいと紀伊さん、紀伊さん」

「おや蕎麦屋さん、どうしたぃ」

「いやね、昨日浅草の寄席に行ったんだが、おたくんとこの閉蔵君、珍しく創作落語みたいなのやってて。ああいやいや、駄目なんてもんじゃなく爆笑に次ぐ爆笑で、元々の噺は古典らしいんだが、色んなものを舐めたりして」

「あああれか。まあその噺は今日はやらないんだが、ほお、そんなにウケてたかい」

「やっぱりあれだねえ、血は争えないというか、親子じゃないが師匠と弟子は親子以上の間柄、古典落語を極めようなんて頑張ってるけど、閉蔵君もやっぱり紀伊さんの弟子なんだねえ」

「まあ新作は鍵家だとわしの門下くらいなもんで、この年になっても両国のあにさんには怒られてばかりなんだがな。弟子には古典をみっちり仕込めなんてな。ああ、漫談や創作なんか教えやがると訴えるぞなんていって、弁護士や検察官や裁判長まで巻き込んで大変だ」

「おや、それは困ったねえ」

「蕎麦屋さん、そこはちょいと考えておくれよ。突然弁護士だのが出てきたんだ」

「ああ、なるほど。ほお、そうかいっていうべきだった訣か」

「さすがは蕎麦屋さん、ちょいと強引かとは思ったが、客が利口だとこちらも安心だ。まあ首を傾げてる女の子なんかも大勢いるが、三権分立の司法だな、そういう法律を扱う連中の世界のことを法曹界(ほうそうかい)といって、それと、ほお、そうかい、という返事をかけたんだな」

「紀伊さん今日は優しくないかい。男子校だと絶対そんな説明しないだろ。まあいいけどそれよりどうだい、閉蔵君も評判の一作を手に入れた訣で、ピック君や茜ちゃんも、まあ茜ちゃんは古典自体が新作みたいな感じで、聴いてる側がいつもはらはらさせられるんだが」

「ピックの奴はちょいと難しいかもしれんが、ああ、あいつは他人(ひと)の新作ばかりやって、ちっとも自分で作ろうとせんからな。努力が足りないというんじゃなく、努力という言葉や概念自体を知らないんじゃないかなんて、たまにそんな恐ろしいことを思ったりもするんだが、まあ兄弟子連中の新作を試して客の反応なんかもわかってきた頃合いかもしれんで、ここらで一度突き放して、その様子次第では……。ああいやいや、破門だなんてそんなんではなく、わしも鬼ではないでな。それにあいつの外見、見た目の姿格好はまさに落語家になるために生まれてきたようなもので、あいつと学校公演なんか行ったりするとそれだけでウケたりして、ずるいなあなんて、そう思うくらいだからな。まあわしの弟子になろうなんて連中は大体がそんな抜けた感じで、まともな野郎は両国のあにさんに任せたりもするんだが」

「てことは閉蔵君もだが、ピック君や茜ちゃんも見込みがないってことかい」

「いやいや、見込みではなく相性だな。新作がやりたいなんていう奴は、古典あっての新作だろなんていって追っ払うし、逆に古典をきっちりがっちり覚えたいなんて頑固な野郎はうちで預かるし、こりゃどっちも無理だというような奴は、まあとりあえずうちなんだが」

「ということはその頑固な野郎ってのが閉蔵君で、ピック君や茜ちゃんはあとの方かい」

「まあピックはわし以外には無理だろうなんて思って博愛の精神で受け入れたんだが、茜の方はフランソワちゃんなんていってな、ま、それも今日は知らなくていいんだが」

 そんな感じでその日は近所の蕎麦処(そばどころ)の大将と長話をして、それまでにも茜をどう育てるかなんてのは紀伊ノ助師匠の悩みの種で、また大いなる楽しみでもあったんですが、帰宅して庭の方から家に入りますと、その縁側に赤色の学校ジャージ姿の茜が座っております。

「おや茜、今朝は早いな。それはなにをしておるんだ、爪に絵を描いたりなんかして、マニキュアとは違う様子だが。ほお、それはドラキュラというのか、まるで吸血鬼だな」

「なんて冗談ですよ師匠、ネイルアートっていうんです。あー、うん、まああたしは英語わかんないけど、多分意味的にはそんな感じで、若い子たちに人気があって、模様をつけたり絵を描いたり、これが結構難しくて、ほら、これなんてなにかわかりますか」

「どれどれ、なにやら顔に見えるが、パンダか孔雀か、豚か牛か熊か。山羊の校長先生ではなさそうだが、ああ、たぬきか。そういわれればどことなく愛嬌のある顔だが、ところで茜、前々から考えておったんだがな、おまえ、そろそろ創作をやってみんか」

「ん、突然なんです、それって宗教の勧誘かなにか」

「そうじゃない、創作落語、新作落語だ。そっちもこっちもないが、どうだ。ああ、うん、まあ一口に創作といっても種類は色々で、今の時代を舞台にした完全なオリジナルストーリーというのが大半だが、昔を舞台にした古典風の新作もあるし、文学や小説を落語にするなんてのもある、自分自身の経験談を落語風に語るという自伝噺もあって、古典落語を現代の時代や社会に置きかえて自分流にアレンジする、リメイクするなんてのも創作だな。ああいやいや、わしやおまえみたいな即興、その場の思いつきではなく、オチをいじるだけでもなく、そこはちゃんとした一つの噺に固めるということなんだがな。たとえば『壺算(つぼざん)』の時代設定を今にして、釣銭詐欺、釣銭トリックを使ったり、ううむ、そういえばわしが若い時分にはよくニュースで流れたもんだが、最近はとくと聞かんし、おまえは知らなくて当然かもしれんが、昔はそういう釣銭詐欺というのが大河内(おおこうち)奈々子、もとい、横行しておってな」

「てか、前々から気になってたんですけど、師匠って年いくつなんですか」

「おやおや、ここでそれを訊くか。今日は学校公演だぞ、別に知る必要ないだろ」

「だってここまでの感じだと六十前後に思えるけど、七十くらいの貫禄もあるし、でもまだ五十代っていう若々しい感じもするし、戦後すぐの世代なら大河内傳次郎(でんじろう)っていうはずだし」

「確かにわしの年齢については設定が決まってなかったりするんだが、これはもちろん内緒だからな。担任の先生にも保護者にも内緒だぞ。まあいくつか設定はあって、わしに孫がいたり息子がいたり、その息子が就活に失敗してジャズばかり弾いておったり、親父みたいなふざけた職業にだけは、なんていって教員採用試験を受けて学校の先生になったはいいが、クラスの子の名前が()めずに保護者からクレームを受けるなんてことがあったりして、まあそのわしの息子も、心を留める、心に留めると書いてなぜだかソウルという名前なんだがな」

「ああ、その名前、ずっと気になってたけど息子さん、坊っちゃんの名前だったんですね」

「人間というのは根源にある魂がなにより大事だというんで、それで英語でソウルと名づけて漢字をあてたんだが、案の定失敗だったかもしれんな。これがいざK流ブームの頃なら首都みたいな珍しい名前なんで、頻繁に登場して人気者になったりもしたんだろうが」

「じゃあ今回もここで触れるだけで終わりですよね。いくら大手の広告代理店さんが頑張っても一度終わったブームのリバイバルって難しいし、再び流行ってる三度(みたび)流行ってるなんて聞いても自分の周りでは絶対に見かけないというか、どこの世界、どこの女子校、どこのクラスっていう」

「こらこら茜、おまえもそういう業界で働いておる人間の一人、そこに触れるのは禁句というもの。それにおまえは一度終わったと思っておるようだが、なんのなんの、ブームがすっかり定着して今もなお日本中で絶賛継続中なんて、連中がそんなふうに考えていたらどうする。実際、第三次ブームや第四次ブーム、第五次ブームや第六次ブームなんて、新聞や雑誌やテレビでそれぞれ適当な数字をいっておったりするぞ」

「いやいや師匠、それはさすがにないですよ。それをブームっていうならトランスフォーマーだってブームじゃないですか。こないだ年に一度のファンイベント行ったんですけど、凄い人数が集まって、みんなロボットのコスプレとかしてて、ダンボール着てるのがいたり、あとレア物のおもちゃ持ってる奴とかスポーツカー改造してる成金とか。まああたしの変形型バイクも結構注目浴びましたけどね。師匠も知ってますよね、トランスフォーマー」

「なんだそのトランプなんとかってのは。こないだのあれか、大統領選挙の予備選挙の候補人選挙の候補に選ばれた奴か」

「トランプじゃなくてトランスフォーマーです。前にDVD貸しましたよね」

「ああ、あれか、おまえさんが自分で編集したっていうビデオのやつか。わしはそういうのに疎いんでな、ハリウッドがどうの全米がどうのといわれても。ああ違うのか、なになに、元々は日本発祥の変形ロボットで、色んな玩具(がんぐ)メーカーの変形ロボをアメリカの会社がまとめて買い上げてそういう名前で売り出した、それがヒットしてアニメになって日本にも逆輸入された。さらに実写の映画にもなって、最近はシリーズ化もされて新規のファンも急増中」

「もちろんあたしみたいなコンボイ派の古参もかなりいて、数えれば何十万人になるんじゃないですかね。でもどういう訣か、そういうのは全然取り上げてくれないんですよね」

「ああ、結局なにがなんだかわからんが、でもあれだ、あちらさんに海外ドラマというのがあるだろ、あれを最近暇な時に見るようになってな、うん、寄席でそういうのを貸してくれる若い子がいて。アドベンチャー将軍というんだが、知ってるか、黒船で攻めてきたエドワーズ船長ってのが逆に日本を守るためにエドワーズ幕府なんてのを開いて、自ら将軍となって黒船連合軍と戦うという物語なんだが、まあ日本の文化や習俗を誤解している部分が目立ったりもして、そこが難点というか、そうそう、こないだ知り合ったおまえと同世代くらいの女の子だが、その子もそこが納得がいかないなんて(いきどお)っておってな。ああいやいや勘違いするな、別に援助交際とか貧困調査とかそういうんじゃなくて、わしは聖人君子ではないでな、ああそれも違う、共通の知人の紹介で知り合ったなんていうのでもなく、仕事関係の子なんだが、その子は普通の時代劇が好きみたいでな、やはり時代劇のビデオを貸してくれたりして、最近はなんだか若い子にモテモテでなあ、これあれか、おまえたちの言葉でモテ期とかいうやつか、違うか、少し古いか」

「てか師匠、それってもしかして。まあアドベンチャー将軍の方は梅姉さんだろうけど、時代劇の方は玉ちゃんかなあ、八代将軍吉宗公(よしむねこう)がどうのっていってよく喧嘩してるし、まあどっちでもいいですけど、とりあえずなんの話してましたっけ、かなり脱線してますよ」

「そうそう、確か釣銭詐欺だったが、まあそれはいい。とにかく新作落語というのをおまえも作ってみないかと、そう持ちかけたんだったな。たとえばそう、そのトランスフォーマーとやらを落語で、というのはちょいとまずいか、あちらさんは権利関係にはうるさいからな。だがそうなると、はいはい、たとえばそのネイルアートだ。それを題材にしてなにか一つの噺を作れないか。まあ最初はダジャレや小噺程度でいいが、とりあえず九秒やる」

「九秒って師匠、いつも短すぎるんですけど。でもまあ、えーと、たぬきの絵なんで、あれはどうですか、宝くじのタを抜いて(から)くじだとか」

「それもありだが、タ抜きだのマ抜けだのはもう出尽くしておるからな」

「じゃあ、たぬき寝入りなんてどうです。たぬきのネイルアートで、たぬき寝入り」

「ほほお、それは面白い。だが、それでどう噺を膨らませる」

「うーん、たぬき寝入りは寝たふりするってことだから、それでなにかをごまかす」

「なにをごまかす、なぜごまかす、ごまかしたあとはどうなる、ほれ九秒」

「うーん、ごまかして、でもばれちゃって。あ、それでばれちゃうんだ。だからたとえば、おいおい、寝たふりしても丸わかりだ、たぬきの絵がネイルに描いてあらあ、なんてどうです」

「最初にオチを考えるとは見込みがあるが、しかしなぜ寝たふりをしたのかな」

 そんな感じで茜が九秒でなにかを答え、それに対してまた師匠が尋ねるという禅問答のようなやり取りで、色んな古典だとか新作だとか、そういう筋書きや知識を師匠がヒントとして与えながら二人で噺を膨らませ、様々な色や模様をつけていきます。そうして完成したのが鍵家茜の『ネイルアート』という新作落語で、意外にも時代設定は江戸でございます。

「えー、鍵家茜でございます。あのー、これ見て貰えますかね。うしろのお客さんは見えにくいかもしれませんけど、ネイルアートというやつで、若い女の子に人気で、もちろんご存知ですよね。えー、今日の寄席は偶然にもご存知でない方ばかりが集まってるみたいなんですが、こういうのが最近は女子力(じょしりょく)が高いなんていいまして、キャピキャピした感じの女の子の間では必須のアイテムで、あー、なになにちゃんそのネイルアート可愛い、いやん、まるまるちゃんの爪もすっごい、すっごいすっごいおしゃれ、なんてやってたりするんですけど、あたしはご案内のように日蔭育ちですんで、ざっけんなぶちかまっぞゴラ、校則違反だろ、なんていいたくなったりして。まあそうはいっても女の子ですので、こうやってこっそりネイルアートを楽しんだりもするんですね。ただ、そうやって女子連中が騒いでいても、世間の男子にはまったく関係がないといいますか、むしろそういうキャピキャピした娘は断然願い下げだ、みたいな空気だそうで、うちの兄弟子なんかもそういうんですね。そんな感じで男女の間に温度差があれば、晩婚化や未婚化も進むというもんですが、あのー、あたしも一応そういう社会問題みたいなのを口にすることだってあるんですよ。まあ中身はさっぱりなんですけど、ただ男女の考え方の違いというのは大昔からあったはずで、そうなるとなぜ最近ばかり深刻なのかということになって、うちの師匠にいわせますと、昔はおせっかいな人が多くて、町内に年頃の男女がいると強引に仲を取り持とうなんて張り切る人が大勢いたんだそうで、そういわれればあたしの両親もお見合いなんて聞かされてますし、それが江戸時代なんかになると当然のことだったそうで、落語に与太郎(よたろう)ってのがいますよね、いつもぼーっとして頭の回転の鈍い、それでいて憎めない奴ですけど、その与太郎でも噺によっては普通にお嫁さんを貰っていて、しかも与太郎を陰でしっかりと支える気立てのいい奥さんなんだそうで、それであたしびっくりしまして」

 こんな具合に茜が噺をはじめまして、年寄りだらけの演芸場なんですが、ここからは劇中劇、作中作という感じで、手前が茜になりきって演じますので、気持ち悪いですか、大丈夫ですか、まあ皆さんもそのつもりで聴いて頂きたいんですが――、

「んー、ああ、あれ、なんだか目の前が明るいが、さっきまで夜だったのにもう朝か」

「なにいってんだい、朝どころかもう正午すぎてるよ。あんた、今日は仕事だっていってなかったかい。まあなんの仕事してるんだかは知らないけど、ちゃんとしてくれないと」

「ああ、そういやあ、おいらなんの仕事してるんだか。噺によってまちまちだからなあ」

「しっかりしとくれよ。まあそういうとぼけたとこが可愛くて、あたしは好きなんだけどね。あら、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないの。せっかく寝てる間に爪の手入れまでしてあげたっていうのに。ほらほら見てごらんよ、どうだい。ああそうだよ、ついでに絵も描いてあげてね、知らないのかい、最近江戸の町娘の間で人気なんだよ。爪絵っていってね、元は南蛮の流行りでネイルアートっていうらしいんだけど、なかなかのもんだろ」

「へへへ、こりゃたぬきの絵かい。愛嬌があって、どことなくおめえに似ているなあ」

「あらやだよう、可愛らしいなんて照れるじゃないか」

「可愛らしいなんておいらは一言も」

「なんだいそれ、まあいいんだけど。ところであんた、さっき御隠居さんがきてね、傘屋の徳次郎さん、お伊勢(いせ)さんから帰ってきたんだって」

「お伊勢さん? 徳さんとこのおっかあはそんな名前だったっけ。それとも愛人かい」

「なに馬鹿いってんだい、伊勢国(いせのくに)のお伊勢さんだよ。ふた月前に皆で旅費を出し合って送り出したじゃないか。お伊勢参りといえば今の時代の流行り、皆の憧れだよ。でも旅費はかかるし日数もかかるんで、長屋の皆でお金を出し合って、それでくじを引いたじゃないか」

「そういえば最近見かけないと思ってたけど、葬式を出したって話も聞かないし変だなあとは……」

「なにを縁起でもないこといってるんだよ。それでその徳次郎さんだけど、今夜みんなに渡すものがあるからって、もちろんお土産だよ、伊勢講(いせこう)で伊勢に行ったら皆にもご利益(りやく)を分けないといけないからね。それで日暮れ前に御隠居のうちに集まるようにって、まあお酒なんかも出るだろうし、少しだけど干物(ひもの)沢庵(たくあん)なんかを用意しておくから、必ず持っていくんだよ。ああ、いいのいいの、女衆は女衆で今日は女子会だから、そっちも男衆で楽しんでおくれ」

「ああ、こらありがてえ。うちのかかあはよく気が利いて、おいら助かってばかりだ」

「それにせっかくだし、その爪のたぬきも皆に見シてやったらどうだい。なに恥ずかしがって隠そうとしてんだい。能ある鷹は爪を隠すっていうけど、あんた与太郎だよ」

「あ、そっか、おいら与太郎だった。隠す爪なんか元からないのか」

「そうやって開き直られても困るんだけどねえ。あんたにもっと甲斐性があって、昼なんかじゃなく朝に起きて仕事もちゃんとしてくれたらなんていつも思うんだよ。そしたらせめて年に一度くらいは、(くし)やかんざしの新しいのを買って貰えたりするんだろうにねえ。まあいいんだけど、それよりあんた、ちゃんとお伊勢さんのお土産貰ってくるんだよ。なんたってこっちは旅費を出したんだからね。工面するのどれだけ大変だったか」

「ん、クメンってのはあれかい、算数の問題の」

「なにいってんだい。まあやりくりするって意味では似てるかもしれないけど」

「それから与太郎、一応仕事に出まして、なんの仕事をしているのかはわからないんですけど、その仕事を早めに切り上げて帰宅しまして、干物と沢庵を持って長屋の御隠居を訪れますと、もうすでに傘屋の徳次郎はじめ、何人かの男衆が(つど)っております」

「おお与太郎か、ままおあがり。傘徳が無事に戻ってきたんでな、今日はその祝いだ」

「あのお、これ、うちのかかあから、干物と沢庵」

「おや、これは気が利くじゃあないか。いつも思うが、おまえさんにはもったいない、ああ、実によくできた嫁だ。熊なんて酒もつまみもなく手ぶらできやがって、酒はまだかとさっきから催促ばかり、まあ熊んとこの(かみ)はがめついばかりでおっかねえから仕方がねえが」

「でも御隠居、うちのかかあもがめついんですよ。なにやらお土産を貰えるというんで」

「なんだ、そのための品かい。まあそんな差し入れなんかなくとも伊勢講だ、当然渡すもんがある、な、傘徳。ちゃんと長屋の所帯の数だけ持ち帰ったんだよな」

「おう、手ぶらできちまったが、そらあもちろん俺にもあるんだろうな」

「ああ、熊公の分もちゃんと用意してあらあ、心配すんな。どうだこれを見ろぃ、正真正銘、お伊勢さんの大麻(たいま)だ!」

「おいおい、それはちょいとまずいんじゃないか」

「馬鹿、勘違いすんな熊。伊勢大神宮のお(ふだ)護符(ごふ)のことを大麻というんだ。ねえ御隠居」

「ああ、古来伝わる由緒正しい言葉だ。違法でもなければ不適切でもない」

「なんだ、捕まらねえんだったら別にいいんだ。有難く頂くとして、それにしてもこのお札、どんな御利益(ごりやく)があるんだい。商売繁盛、家内安全、夫婦円満、世界平和、なんかあるだろ」

「そらおめえ、どんなご利益かは知らねえが、江戸にいながらして伊勢大神宮のご加護が毎日受けられるって訣で、それだけでも十分に有難いってなもんだろ」

「とにかく有難いってことか。大麻サイコー大麻バンザイ、大麻のおかげで毎日幸せ!」

「こらこら熊、あんまり大きな声でいうな、勘違いされて町奉行に通報でもされたらどうする。先生方の顔も完全に引き()っておったぞ。まま、それはいいんだが、おお、大工の留吉、煙管(きせる)屋の甚八、とりあえずあがれあがれ。おおい、(おく)や、そろそろ日も暮れて数も揃うでな、酒の用意を頼む、ああ、今日は水で薄めんでもいい、なんといってもお伊勢さんのお祝いだからな。なあにお伊勢さんだからって別に、見栄(みえ)を張ってる訣じゃない、ああ。それに傘徳、伊勢のついでに上方(かみがた)(めぐ)りもして、なにやらほかにも土産があるらしいという話だからな」

「江戸時代のお伊勢参りといいますと、当時は日本全国の一大娯楽イベントで、江戸であろうと地方であろうと一生に一度あるかないかの大旅行、目的地のお伊勢さん以上にその道中こそが最大の楽しみで、関所を通るための手形には伊勢参宮とだけ書いてあるんですが、ついでに寄り道や遠回りをするのが常套(じょうとう)手段。江戸からですと奈良や京都や大坂(おおざか)にまで足を延ばし、また世界遺産の熊野古道は絶対に外せないなんていう意識高い系の連中もいて、関所のない街道や裏道に長い行列ができていたなんて話があるんだそうで、傘屋の徳次郎もそうやって上方一円を巡り、方々の土地で様々な土産の品を購入していたり致します。ただ、徒歩での旅路ですので重いものは買えませんで、布や紙や筆なんていう江戸でも売ってるようなものばかりなんですが、そんな中で注目を集めたのが京都で買った柘植(つげ)の櫛、それを誰が貰うかというんで大いに揉めます。よし、ここは相撲で勝負だ、いやいや即興の端唄(はうた)で、それより将棋はどうだ囲碁はどうだと得意分野を口にしたりするんですが」

「うむ、櫛を争うのであれば酒の勝負はどうだ。古代の言葉でな、酒のことをクシといったりする。今も酒司(くしのかみ)なんていうだろ」

「しかし御隠居、それじゃあ熊が勝つに決まってますよ」

「いやいや、熊は飲むとすぐに眠っちまうだろ、そこでだ、皆で飲んでは誰が最後まで起きているか、それを競うのはどうだ。まあただ酒を飲むだけでは時間も金もかかっちまうんで、そこはそれ、隣町の神社にな、ああいや、そこは稲荷(いなり)じゃないんだ、その先に大きな朽ちた楠があって池があるだろ、あそこに水の神様と酒の神様が祀られているんだな。距離もちょうどいいし、皆で飲んではそこまで走って、戻ってはまた飲むということにすれば酔いも回るし皆に一様に勝ちの機がある。なにより神様に選んで貰うというのは納得がいくじゃないか。お伊勢さんだってクジで決まった傘徳だ、今度はクシで決めようじゃないか」

「というんでさあ、そうして皆で酒を飲んではドッコイサノサと隣町の(やしろ)まで走り、戻っては飲むというのの繰り返し。酒好きの熊はメタボということもあってすぐに脱落し、ぐうすか眠っておりますが、やがて一人二人と脱落者が出て何周目か、残るはいよいよ二人となり、よしっと同時に飲み干すんですが、酒に弱く体力もないはずの与太郎が、つらそうに息を切らしながらも残っておりまして、それを不審に思った煙管屋の甚八」

「おい与太、おめえが残るとは意外だが、まさかインチキをしているんじゃあるめえな。俺も酒は弱い方だが、俺は眠らない男、寝ずの甚八なんて呼ばれてるからな。それに比べておめえはどうだ、酒も弱いし毎日寝てばっかいやがる、そんなおめえがここまで根性を見せやがるとは驚きだ」

「いやいや、おいらはただ柘植の櫛をかかあにあげたいってだけで、御隠居さんからもよくできた嫁だなんて誉められてばかりなんでね、たまには喜ばせてやりたいじゃないか。もちろん自分の稼ぎで買ってやるのが筋だけど、おいら与太郎だからな、自分がなんの仕事してるかさえ知らないくらいで、そんなおいらだけど、なんとかお金を工面して、まあこれはかかあがいうには算数の問題をするみたいにやりくりするって意味の言葉らしいんだけど、そうやってお金を工面して徳さんを送り出したなんていうんでね、いつもそうやって教えて貰うばかりで、しかも今日なんかは爪の手入れまでしてくれて、なんでも爪絵っていって、南蛮の言葉でネイルとかいうらしいんだけどね、おいらみたいな男にそうやって尽くしてくれるかかあには感謝のしっぱなしで、だからまあ、今夜は恩返しの機会がきたというか」

「そら気持ちはわかるが、しかしよく頑張りやがる。よし、これで最後だ、早く戻ってきて最後の(ます)を飲み干した方が勝ちだ」

「というんで二人で最後の大勝負、社にお参りして抜きつ抜かれつよろよろと戻ってきて二人同時にぶっ倒れますが、その音で目を覚ましたのが大酒飲みの熊公、二人の最後の枡を左右の手に持ち、右左と一気に飲み干すんですが、ん、おい与太、こりゃあ酒じゃなくて水じゃないか、と気づきます。それを聞いた甚八、やっぱりかと与太郎に掴みかかりますと、その与太郎、突然ぐうぐうといびきをかきはじめまして」

「やい与太、思った通り貴様インチキをしてやがったな。ああ、眠ったふりをしても無駄だ、俺様の目はごまかせねえぞ。その爪がなによりの証拠、たぬきのネイルだ!」

 ――とまあ、そんな感じで最初に考えていたオチなんですが、客席の拍手をさえぎるように茜の方がまだまだ続けまして、

「とまあ、そんな感じで水を飲んでインチキをしていたのがばれてしまって、酔ってもいないのにぶっ倒れるという、ほかの連中は酔って走って倒れていた訣ですので、どれだけ体力がないのかと心配になりますが、その与太郎、そのまま本当に寝てしまい、目を覚ましますととっくに朝、御隠居さんに挨拶をして家に戻ります。すると与太郎の妻が指を揃えて出迎えまして、おいおい、かかあ、なにをしてるんだい。あなた、お疲れ様でございました。あいや、こりゃあ済まねえ、おいらが貰えたのは結局お伊勢さんのお札だけで。なにをおっしゃいますか、この髪を見てもわかりませんか。あれれ、それはゆんべの。はい、今朝方、甚八さんが届けてくださいました。いや、でもそれは甚八さんが。いえいえ、全部聞きましたわ、あなた、私のために昨夜はかなり頑張ったとか、聞けば隣町の社まで何度も何度も走ったとか。確かに走ったのは走ったけど、でもおいら、皆と違って酒ではなく水を飲んでただけで。いえいえ、酒も水も関係ありませんわ、もちろん普段からちゃんと仕事をしてくれるのが一番ですけど、あなたが私のために必死に走ってくれた、頑張ってくれた、そのことを聞いてどれほど嬉しかったことか。甚八さんもあなたのその心を知って、その頑張りを見て、この櫛を届けてくれたんだと思いますわ。ああそうか、そういうことか、柘植の櫛だけに、()げの(くち)だ」


 *


 えー、休憩を貰っての再登場でございますが、さっき山羊の校長先生と話したんですけどね、なんでも今日は文化委員会の発案による伝統芸能鑑賞会という集会だそうで、それだったらちゃんとした古典や真面目な新作をやればよかったかなあなんて思ったりして、それというのも普通は落語の噺というのは二重構造なんですよ。落語家がお客さんに向かって語りかけて、それに対して客も反応を返す、そうやって対話をしつつ、一方で落語家は作中の登場人物を一人で全部演じるという具合で、お客さんを含めたその場の空間と、物語の中の空間とが別にあるんですが、さっきの噺は三重構造で、主人公の茜が一人で与太郎や甚八なんかを演じているシーンを、全部私一人で演じているという、また私は目の前の皆さんに語りかけていたんですが、私が演じる茜の方は、物語の中の架空のお客さんに向けて語っていた訣で、そうなると非常にややこしい、わかりにくい構造で、伝統とはほど遠い前衛的な試みだったんですが、まあただ、先ほど手前が休憩してる間に、かっぽーれかっぽーれ、なんて聞こえてましたんでね。あのー、あれ皆さん一緒に踊ったんですか、踊った、楽しかった、恥ずかしかった、まあ文化委員会さんもどういう基準で出演者を選んだのか、誰かの趣味なんですかね、適当ではないんでしょうがなにか方向性が違うんじゃないのという感じで、でもまあそれで手前の方も気が楽になりまして、次の最後の噺もオチはダジャレにしようなんて決めて、まあ皆さん年頃ですので当然恋愛なんてものに興味津々で、ツーツーと書いてシンシンと()むという受験に必要な熟語ですが、誰の恋愛かというと先ほど名前が出てきたソウル君で、小学校の先生をしているんですが、ある時彼女ができたなんていって、紹介したいから家に連れていくなんていうもんですから、そうなるともうドキドキワクワク、父親である紀伊ノ助師匠と母親であるおかみさんは当然、顔馴染みの弟子連中もスケジュールを開けてまでわざわざ集まったりして、

「お、おいソウル、そ、そちらさんは」

「ああ親父、電話でもいったけど、カノジョっての連れてきたんだけどやっぱ驚くよね」

「あ、ああ、驚くというか、たまげたというか、ほ、本当におまえのカノジョ、なのか」

「ああ、無理にカノジョ、とか語尾揚げなくてもいいし。まあこれが本当に本当でさ」

「でかしたソウル。まさかおまえが青い瞳の別嬪(べっぴん)さんを連れてくるとは、これは驚き桃の木山椒(さんしょ)の木。サプライズ、アンド、ピーチブロッサム、アンド、マウンテンペ……」

「ああ親父、別に英語でいわなくていいから。日本にきてまだ数年だけど、あっちの大学で日本語とか日本文化とか専攻してて、そういうのもちゃんとわかるし、というかそういうの直訳したら余計に意味わかんないし。最後なんかマウンテンペッパーとかいいかけてたし」

「ああ、そりゃそうか。えーと、なら自己紹介も日本語でいいんだから、えーと、はじめまして、ソウルの父の、五十嵐新平です。そしてこちらが家内(かない)の弓子。あー、家内というのは、妻、嫁、女房、おっかあ、奥、神、えーと、英語ではワイフというんだが」

「オー、家内、ワカリマース。大丈夫デース。ソウルカライエバ、おっふっくっろサーン」

「おいソウル、この人本当に外国の人か、森進一を知ってる外人さんなんてはじめてだぞ」

「ああ、まあ顔の物真似は森進一じゃなくて五木ひろしだったんだけど、ちょっと緊張してるみたいで、ごっちゃになっちゃったのかな」

「ああ、そっか、そういや歌は森進一だけど顔真似は五木ひろし風だったな」

「えっと、一応あの、これがうちの親父で、それでお袋」

「はじめまして、ソウルの母の弓子です。あら、いやん、ソウルったら、私にそっくりの美人連れてくるなんて、ちょっとびっくりしちゃった」

「母さん、どこがそっくりなんだ。見るまでもなくまったく別の生き物だろ」

「ああ親父、今の時代そういうのビミョーな問題だから、そういう表現はやめといた方が無難だと思うんだけど。ああほら、そういう赤べことかにたとえるのも駄目で、まあ身内だからいいんだけど、えっと、それで親父が落語の師匠してるんで、後ろにいるのがお弟子さんたちで、大きいのが南京錠さん、ひょろ長いのが門扉さん、エビワラーっぽいのが閉蔵さんで、C3PO(シースリーピーオー)にそっくりなのがピックさん。ていうかみんなで出迎えなくてもよかったんだけど」

「オー、皆サン、タクサンノオ運ビデー、誠ニ有難クー、厚ク御礼申シ上ゲマシテー、私ノ方ワト申シマストー、アチラニメクリガ出テイマスデショウカー」

「ああレベッカ。落語家の家っていってもそういう挨拶いらないし、メクリも出てないし」

 そんな具合にソウル君がどんな彼女を連れてくるかと思っていたらば、まさかまさかの外人さんで一同びっくり仰天なんですが、ところがその直後、なぜだかその場にいた連中全員が固まってしまう、硬直してしまうという謎のハプニングが発生してしまうんですね。

「オー、ハジメマシテー、私ノ名前ワー、ベッキーデース」

 あのー、彼女は悪くないんですよ。彼女はなにも悪くないですし、素敵な名前だとも思うんですが、時期が悪かったんですね。ちょうどそういう騒動で世間が盛り上がっていた頃でしたので、

「ナニカー、変デシタカー、私ノ名前ワー、ベッキートイイマース」

「ああいやいや、なにも変じゃないんだがな、ああ、ベッキーさんというのか、いやいや、なになに、ソウルの奴がこんなにも素敵なお嬢さんを、それも外国の別嬪さんを連れてきたというんで全員驚いてしまったというか、緊張してしまって、というかソウル、おまえさっきレベッカとか呼んでたが、それはあれか、あちらさんの愛称とかそういうやつか」

「ああ、それは逆で、本名がレベッカでベッキーが愛称なんだけど、俺の場合はレベッカの方が可愛いなあなんて思って、逆にそっちで呼んでたりするんだよね。まあレベッカは他人行儀なんつって、いつも苦笑いだったりするんだけど。こういうの惚気(のろけ)話っていうのかな」

「ああ、そうなのか。まあ、あれだな、日本人の場合はどういう訣か、通常は苗字にサンづけで、親しくなると愛称になって、さらに親密になってようやく呼び捨てが許されるという感じで、下の名前で呼び合う仲なんてえのは大の親友か深い恋仲か、まあ一方的ということなら目上が目下を呼び捨てにしたりもするが、それ以外の相手に下の名前だけで呼ばれたりすると、ちょいといらっときたりもして、勝手に親友扱いするなとか、わしの方が格上だろとか、あるいはわしに気があるんじゃないかとか、そんないらんことを想像してしまったりするんだな。ああいやいや、そういう訣じゃなくて、ああいや、言葉としてはそうなんだが、えーと、それにしてもベッキーさん、いやレベッカさんと呼んでもいいかな、そんな勘繰りなんて言葉まで知っておるとは、これはなかなか日本語が達者なようで、えーと、ああそうだそうだ、名前ということならまだ苗字を聞いておらんかったな。えーと、ファミリーネームというやつだが」

「オー、ソウデシター。私ノ苗字ワー、ヤングマリートイイマース」

「な、なに、ヤ、ヤングマリー?」

「エエ、私ノ本名ワ、レベッカ・ヤングマリーデース」

「ああ、ああ、なるほど、なるほど、愛称がベッキーで、苗字の方がさらにヤングマリー。うーむ、凄い組み合わせだが、そうか、ヤングマリーか。しかしあれだな、それはあれか、苗字がヤングさんで洗礼名がマリアとか、そういうあれとは違うのかな」

「いや、ヤングマリーが苗字だよ。レベッカはプロテスタントだから洗礼名とかないし」

「ああそうなのか、えーと、わしの家は代々曹洞宗(そうとうしゅう)でな、弓子の実家は浄土宗(じょうどしゅう)、そんでわしの母方は真言(しんごん)で、弓子の母方は天台(てんだい)なんだが、まあどれも熱心な信者という訣ではなく、葬式や法事の時だけ意識するというか、普段はそこのお不動さんも拝むしお稲荷さんには毎日柏手(かしわで)を打つし、布団を干す日にはお天道(てんと)様にも手を合わせるし、しかも弓子なんかはそこの教会の、コーラスガールズだかレディースコーラスだかいうママさんコーラス隊に参加しておったりもするし、そういう点では仏教でも神道(しんとう)でもなく、いうなれば日本教というやつだな、うん。まあ日本人の多くは自分は無宗教・無信仰だなんて答えるが、あれは意識していないだけで結局は日本教ということだからな。その土台には自然の万物に魂が宿るという八百万神(やおろずのかみ)の自然崇拝があって、それを儀礼化して整えたのが神道で、そこに北方由来の祖先崇拝が交わって、さらに古代中国の道教や呪術や聖人信仰なんかも加わって、さらにインドの人生哲学がインドの土着の神様を引き連れて攻めてきたってな感じで、明治以降になるとこれまた西洋のサンタクロースやバレンタインなんかが一種の福の神として採用されたりもするんだが、とにもかくにもなんでもござれ、神も仏も人間も、外国さんの宗教や信仰も、すべて自然の摂理の一部、自然の枝葉(えだは)として受け入れるというのが日本教というやつで、唯一絶対の神だろうが至高神だろうが、多くの日本人にとってはその辺の神社の神様と同様、八百万神の一柱(ひとはしら)にすぎないくらいの感覚だったりするからな。ガチガチのキリスト教徒やイスラム教徒がその事実を正確に知ったりなんかしたら、おそらくは驚天動地、激怒するよりも卒倒するのが先なんじゃないかと思うくらいだが、まあなんというか、そんな感じでうちはあまり宗教や信仰にはこだわりがないというか、プロテスタントでもカトリックでもどちらでも別に構わないというか、まあ法事や葬式の時はそれはそういうものとして軽く受け流してくれればいいというか、別に改宗を迫ったりはしないんでな、適当に周りの作法を見てその真似をして、なんとなく神妙な顔つきをしておれば無事に終わるというか、まあそんな適当な感じなのが日本教というか日本という国のお国柄というやつで、そういう曖昧な感覚はあちらさんにはちょいと理解しづらいかもしれないが……」

「てか親父……、さっきからなんかずっと意味不明なんだけど。名前がどうとか宗派がどうとか一人で勝手に説明したりして、なんか動揺してるというか狼狽してるというか」

「ああいやいや、まあなんというか、考えてもみろ、不肖の息子が外国の別嬪さんを連れてきたんだぞ、驚くに決まってるだろ。しかもその名前と苗字が、七両(しちりょう)二分(にぶ)と値が決まりなんていうもんでね、ああいやいや、これは別になんでもないんで忘れてくれ」

 紀伊ノ助師匠もだいぶ混乱している様子なんですが、これはですね、「間男(まおとこ)は、七両二分と値が決まり」といいまして、江戸時代の不倫の代償、その慰謝料の相場を()んだ川柳でございますな。今の価値にしますと最低五十万円から二百万円くらいのイメージで、ばれると大変だぞという戒めというよりかは、それを面白がって茶化した川柳で、まあ皆さんもこれからの人生、是非ともそういうことには気をつけて頂いて、絶対にばれないように、なんて思うんですが、まま、玄関で立話もなんだしというので家の中、畳の和室にあがりまして、

「ところでレベッカさん、うちのソウルとはどういう縁で、といっても縁という言葉はわからないかな、えーと、日本では御縁なんていうんだが」

「オー、御縁ワ知ッテマース、五円ガアルヨーチョコレートー、懐カシスー」

「レベッカさん、あんたやっぱり日本の人じゃあ」

「ああいやいや親父、それは俺が教えたんだよ。日本の普通の生活が知りたいなんていうんでね、駄菓子屋なんかにも連れてったし、ラジオ体操も教えたし、遠足のおやつが五百円までとかも知ってるし、バナナがおやつに入るかなんてやり取りも覚えたし」

「ソンナ、バナナー!」

「ああ、それはなかなか愉快なお嬢さんのようだが、えーと、御縁の話なんだがな」

「御縁ワモチロン知ッテマース。大和言葉デワえにしトイイマシテ、袖触レ合ウモ多生ノ縁ノ、縁ノコトデース」

「ほお、諺も知っておるのか。これはなかなか賢いお嬢さんのようで」

「まあ一応、凄い名門の大学で日本語専攻してたというか、諺とか俺よりも詳しいし」

「それは頼もしい限りだが、それはいいとしてソウル、出会いのきっかけだきっかけ。なに、共通の知人の紹介で知り合った。ああ、そんな回りくどい表現せずとも合コンといえばよかろう」

「そうだけど、別に普段から遊んでる訣じゃなくて、そん時はたまたま人数合わせで呼ばれただけで。俺も慣れてなくて、どうしていいのか、ただ座ってただけなんだけどね」

「ソレデ私ー、オタクノー息子サン、ソウルサントタマタマ御縁ガアリマシテー、ソノ日ノウチニー、意気投合シテー、(そで)()ワシマシター!」

「なるほど、なるほど、外国の人、特にアメリカの人はそういうのにオープンだというのは知っておるが、袖を交わすなんていう大和言葉は今の日本人だとほとんど知らないはずで、そうなるとオープンなのか奥ゆかしいのかよくわからんな。まま、そこは素通りするし、ソウルの奴にそんな度胸や甲斐性があったとは驚きだが、えーと、母さん、お茶はどうした」

「あら、茜ちゃんに頼んだんですけど、そろそろ」

「お待たせしてごめんなさい、お茶をお持ちしました。おー、パツキン!」

「オー、アナタモパツキン!」

「あー、あー、あたしはー、茜とー、いいまーす、はじめーましてー」

「コチラコソハジメマシテー、レベッカ・ヤングマリーデース。ベッキート呼ンデクダサーイ」

 なんて再度いうもんですから、お茶を載せたお盆を持ったまま茜が硬直してしまい、

「えーと、ああそうだ、おい閉蔵、ちょいと小腹が空いたんで、五千円やるからな、今すぐナルトを買ってこい。わからんか、あの白に赤のぐるぐるだ。五千円全部だ」

「いや師匠、それほかの人の新作なんで。シチュエーションは似てるんですけど」

「ああそうか、まあいいか。えーと、おい茜、早くお茶を出さんか。ほら、湯のみ湯のみ」

「オー、モチロン知ッテマース」

「ん、レベッカさん、突然どうしたんだい。なにを知ってるのかな」

「知ッテルモナニモー、ソウルサンノオトウ様デー、落語家ノ鍵家紀伊ノ助サンデスヨネー」

「んーと、どういうことなのかな、おいソウル、これは」

「ああ、湯のみだよ。湯のみなんていうもんだから勘違いしたんだな。ユー・ノー・ミー」

「ああ、それか。それもほかの人のネタであったが、それは落語に限らず昔から色んな人が使っておるからな、著作権フリーの小噺みたいなもんで、まま、それはそうとしてお茶だお茶」

「あ、はい、粗茶(そちゃ)ですがどうぞ」

「おいおい茜、こういう時はそういう表現はまずいんじゃないか」

「オー、粗茶ワカリマース。日本ノ慎マシイ謙遜(けんそん)表現デース」

「それはそうなんだが、ただ、この茜というのはそういうのに疎いというか、いつも本音で迫るというか、茜にそういわれると本当に粗末な茶なんじゃないかと、なんだかそのような気分になってしまってな」

「大丈夫ですよ。ちゃんと最高級の宇治茶()れましたから。本当は師匠が好きな九州の八女(やめ)(ちゃ)にしようと思ったんですけど」

「なるほどなるほど、八女茶は」

「八女茶ダケニー、ヤメチャッター」

「先にいわれてしまったが、まあそういうことだろう。それより茜、お茶()けはどうした」

「あ、でも大丈夫ですか、ケーキとかクッキーとかにした方が」

「ああそうか、レベッカさんはあれかな、日本の食べ物は大丈夫なのかな」

「オー、日本ノ食ベモノ、大好キデース」

「それじゃ和菓子なんかもいけるのかな。饅頭(まんじゅう)なんかは」

「オー、饅頭、トッテモ怖イデース!」

「ああ、大好きだそうだ」

 なんとも会話が噛み合っているのかいないのか、よくわかりませんが、それからは色々と二人の交際の様子だとか、言葉のすれ違いによる面白エピソードだとか、レベッカさんの普段の仕事や家族の話を聞いたりなんかして和やかな雰囲気でございます。そうこうしたところ、レベッカさんがこういう情緒のある日本家屋に住んでみたいなんて口にしまして、

「皆サン一緒ニ住ンデイラッシャルノデスカー」

「いやいや、南京錠と門扉はすでに落語マスターの真打ちになっておるし、その随分前から外で暮らしてるんだがな。えーと、そっちの大きい方が南京錠で、元プロレスラーというかわり者でな、体重は何トンあるんだったかな」

「何トンもないですけど、しいていえば〇.一トンですか」

「おやレベッカさん、どうしたかな。単位がわからなかったかな」

「イエイエ、単位ワワカリマスガー、ソウイウ時ノ答エワー、トンデモナイー?」

「おやおや南京錠、こいつは一本取られたな。それにしても凄いお嬢さんだが、えっと、それでその隣が門扉で、こいつは見てわかるように内気でセンチな奴でな、ああ、センチといっても単位のセンチではなく、確か英語のセンチメンタルが語源だと思うんだが、人見知りのあがり症のくせに落語家なんぞになりおって。まあ半分はわしのせいでもあるんだが」

「オー、ドウイウ事情カ、トッテモ気ニナリマース。コノー木ナンノ木、気ニナリマース」

「話せば長く、もないか。まあ簡単にいうと、南京錠の奴がプロレスで再起不能の大怪我をして、絶望のどん底にいた時にわしの落語なんぞを聴きおって、感銘を受けたなんていってやってきたんだが、門扉はその時のつきそいでな、なんでも同じ病室に入院しておったとか」

「へえ、あっしが一人では恥ずかしいというんで、頼んでついてきて貰いやして。同部屋にほかに四人いたんすけど、こいつが一番手っ取り早いってんで首根っこ掴んで強引に」

「確かにそんな感じではあったが、わしの方が勘違いしてしまってな、弟子にしてくれなんて二人して頭を下げるもんだから、よし、二人ともわしが面倒を見てやるなんていって、それで門扉の方も断れなくなって、まあこいつの部屋を見るとわかるんだが、一人暮らしのくせに百科事典や美術全集が並んでいたりイルカの絵が飾ってあったりして、キャッチセールスやデート商法なんていうやつだが、他人から頼まれると断ることができないという性分でな。ああ、どうなんだ門扉、今は口も達者になったし、そういうのに騙されるなんてことは」

「おかげさまで騙されるなんてことはなくなったんですけど、でもそれは運気があがったせいだと思うんですよね。いつだったか、そういう幸運を招く印鑑と壺を格安で譲ってくれるなんていう素晴らしい人に出会いまして、それからは騙されるなんてことはただの一度も」

「うん、まあ気づかないというのが人間にとって一番幸せなことかもしれんで、そこは人それぞれなんだが。まあわしの方もな、その頃ちょうど弟子が二人揃って辞めたばかりで部屋に空きがあったんで、ついついジャストタイミングなんて思ってしまったんだな」

「ソレワモシカシテー、マッツンキッチン?」

「おやおや、あの二人のことまで知っておるのか、かなりの情報通だな」

「ああ親父、実はレベッカなんだけど日本のお笑い文化にも興味があって、そういうのを見て日本語を覚えたらしくてさ、それでちはやふるーなんていう、ああいうネタも知ってて。あ、落語の方じゃなくて留松さんと留吉さんのシュールコントの方だけど」

「ああ、あれか。しかしあれで日本語を覚えられてもという気もするし、あれを日本の代表や基準にされても大いに困るんだがな」

「オー、アレニ比ベタラー、落語ワ最高ニ知的デ興味深イ芸能デース」

「それは安心というか、なんだか複雑な心持ちでもあるが、しかしレベッカさん、そうなるとうちのソウルなんてのはあのコンビ以上にちょいとつまらないんじゃないかな。こいつは大体が不真面目なくせに変に真面目で、勉強が嫌いなくせに学校の先生になったりして、面白いことの一つや二つもいえないし、大学を卒業したあとのプータロー時代なんか、両国のあにさんに預けようと思って連れてったりもしたんだが、三日で逃げ帰ってきたくらいだからな。まあそのおかげで進路や目標を決めたみたいで、それも必要な経験だったんだろうが」

「親父、そういうのはよしてくれよ。それに親父だって、新潟の田舎から就職のために上京したのに、三日でその町工場(まちこうば)を辞めて寄席に入り浸ってたなんていうじゃないか」

「まあそうなんだがな。最近の若い奴は三日で辞めるなんていうが、そういう点ではわしがそのハシリというやつで、時代がようやく追いついたというか、ま、当時は同じような連中が大勢いて、色んな職を転々と渡り歩く風来坊なんてのも珍しくなかったんだがな」

「そんなこといって苦労したみたいな感じでいうけどさ、親父の場合は別に渡り歩いてないだろ。寄席にはまったはいいけどすぐにお金がなくなって、それでどうやったらただで寄席に入れるかってので、ロビーで靴磨きしたり、入場券のもぎりの仕事をやったりしてたって」

「おやおやレベッカさん、突然パントマイムなんかはじめて、それは、大物の魚でも釣っておるのかな、今度は松方(まつかた)弘樹(ひろき)の物真似かな」

「オー、モギリヨー、今夜モー、アリガトー!」

「ああ、サックスだったか。石原裕次郎の名曲だな。まあそのネタはこの『茜の生涯』の中でもお約束の定番ネタで、わしも実は最初からわかっておったんだが、それにしてもレベッカさん、なかなかわしと相性がいいようで、どうだい、わしの弟子になってみないかい」

「親父、そういうこというとレベッカ本気にするから、マジやめてくれないかな。まあさすがに愛人っていわなかっただけましだけどさ」

「オー、愛人トイウノワモシカシテー、(めかけ)ノヨウナモノ、デスカー?」

「ほらほら、こういうことになるから、マジやめてほしいんだけど」

「なんだおまえ、ジブンのカノジョがマイ・ダディと気が合うってんで嫉妬か、醜いぞ」

「あらあら、レベッカさんごめんなさいねえ。うちの二人、ほんとに真面目なのか不真面目なのかわかんなくて、なんだかんだいって父と子っていうか、とにかく似てる二人なのよね」

「オー、本当ニソックリデース。マルデ一人ノ人ガ、顔ヲ右ト左ニ向ケナガラ、話ヲシテルミタイデース」

「あらやだ、レベッカさんメタもいけるのね」

「えーと、とりあえずなんの話をしておったかな。ああそうか、レベッカさんが日本家屋に興味があるという話だったな。そういう訣で落語マスターの二人は外で暮らしておるんだが、残りの三人は住み込みでな、まあ本当なら閉蔵とピックもとっくにセカンドポジションの二ツ目で、外からの通いでも構わんのだが、わしが弟子に甘いせいか居ついてしまってな」

「オー、饅頭師匠ー!」

「なんだかよくわからない表現だが、確かにそんな感じかもしれんで、おっと、それより茜、お茶のおかわりだ。皆の湯のみが空になっておるだろ」

「オ父様ー、ソレナラ是非トモコノワタクシメニ!」

「おやおやレベッカさん、これまたどうしたかな。こういうのは(うち)弟子(でし)の仕事なんだが」

「イエイエ、五十嵐家ノ嫁候補トシテ、ココワヒトツ、ワタクシメニオ任セアレ!」

「それは嬉しい限りだが、おやおや、お茶を()れるのに計量カップなんか使って、それはどういうことかな。几帳面な性格ということか、それにこっちの三人は量がかなり少ないようだが」

「ソレワモチロン、住ミ込ミノ三人ワ内弟子ナノデー、(イチ)デシリットルー!」

 そんな按配で理解のありすぎる不思議な女性でございまして、外人さんにも関わらず落語にも興味があって、紀伊ノ助師匠が何度も何度も弟子にならんかと本気で誘ったほどの逸材だったんですが、実はこのレベッカ・ヤングマリー、アメリカの才媛(さいえん)で専攻は日本文化なんていってましたが、その正体はアメリカ合衆国のCIAのエリート諜報員でして、事情があって日本で潜入捜査をしていたんですね。その過程で鍵家茜という存在を知り、その身辺を警護する目的で師匠の息子であるソウル君に接近をはかったなんていう裏があったりするんですが、まま、その辺はまた別の機会に聴いて頂ければと思うんですが、どうなんですかね、今日こうして落語を生で聴いて、興味を持ったなんて子も二割くらいはいますか、そんなにはいないですか、一割くらい、カッポレの方が面白かった、カッポレまたやりたい、カッポレ最高、まあなんだか複雑な気分ですが、そういう次第でレベッカさんには別の目的があって、ただ、そのソウル君との仲は非常に宜しくて、最初こそ色じかけだったんですが、色んな意味で相性がよかったみたいで、今ではすっかりラブラブモード、本気で将来を考えていたりしまして、

「そうか、結婚まで考えておるのか、それは非常に喜ばしいことだが、ただあれだぞ、最近は授かり婚だのおめでた婚だの、サプライズ婚だのマタニティ婚だの、なにかを軽薄にごまかすような新しい表現が次々と出ておるようだが、そういう軽々しい言葉は高齢者にとっては逆効果なんじゃないかと思うんだな。いやなに、昭和というかわしの若い頃もそういうのは当然あったんだが、厳粛(げんしゅく)な事実に基づく真摯(しんし)な結婚だとか、厳粛な事実を踏まえての覚悟の入籍だとか、そういう表現をするのが普通でな、まあそういわれると周りも認めざるを得ないというか、陰ながら応援してやろうなんて気にもなったんだが、ダブルハッピー婚デース、イエーイなんていわれると、おいおいちょっと待ちなさい、なんていいたくもなるんだな。もちろん結婚も妊娠もおめでたいことだが、どれも人生の中の重大事、やはりそこにはそれ相応の」

「なあ親父、今日レベッカを連れてきたのは別にそういうんじゃなくて、まあ互いに結婚は意識してるし、そういう可能性もなくはないんだけど、ただ紹介したかっただけで、レベッカの方もずっと会いたがってたし、いつになったら会わせてくれるのなんて、怒ったり怒鳴ったり叩いたり蹴ったりするもんだから、それで仕方なく連れてきたってだけで」

「ああ、なるほどな、両親(りょうしん)に会わせろという癇癪(かんしゃく)に、(さいな)まれた訣だ」

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