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電車人  作者: 琴華
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第1話 総武線

お試しで1話投稿してみようと思います。

拙いですが、よろしくお願い致します。

私は、この春、東京へとやってきた。大学へは電車で移動する。そこそこ田舎で育った私は、まず、車両の数が多いことに驚いた。10両編成が割と一般的。4両編成なんてまず見ることはない。私の地元は4両編成が普通で、多くても8両編成。通勤通学時間でも自分のパーソナルスペースが確保できる車内だった。座れはしなかったが。


東京へ来てしばらく経った頃、私は電車が好きになっていた。地元では、単なる移動手段でしかなかったが、車内にいる人、車窓からの景色を見るのが、ちょっとした趣味になっている。



今日は、大学から家へ向かう各停の総武線に乗っていた。少し遅めの19時頃、座れる訳もなく、仕方なく椅子の前に立った。すると、目の前に親より少し下であろうおじさんが座っていた。私は、そのおじさんから目が離せなかった。なぜなら、そのおじさんは、片手にビール、もう片手にはおつまみを抱え、車内で晩酌をしていたからだ。晩酌というには少し早い気もするが。とにかく、そのおじさんは、ビールを飲み、柿の種をつまみ、私の隙間から見える反対側の景色をぼーっと見ながら、1人の世界に入っていた。私は、そのおじさんを見ながら、今日は嫌なことがあったのか、はたまたこれが習慣なのか、家に帰りたくないのか、様々な”家に帰るまで待てず車内で晩酌する理由”を考えていた。もし、嫌なことがあったのだとしたら、それはどんな嫌なことなのだろう、習慣だとしたらなぜ家で呑まないのだろう、家に帰りたくない理由は家に居場所がないからだろうか。その人にいきなり聞く訳にもいかない私は、その人の人生を想像してみることにした。




俺は仕事一筋で今までやってきた。家族との旅行中でも、子どもと遊ぶ約束があっても、呼び出されたら会社へ赴いた。家族を犠牲にして、仕事に全力を注ぎ込んで早25年。妻も子どもたちも、俺が家にいると口には出さないが、「え、なんでいるの?」という空気を出してくる。それを感じるのが嫌で、ますます仕事に打ち込んでいった。銀行という堅苦しく、忙しい仕事だが、とてもやりがいがある。だが、その分、家族には我慢をさせてきた。そのことを最近自覚し始めたのだ。自覚し始めたからこそ、ますます家に帰りづらくなる。俺が今更どうしたところで、家族の積年の恨みつらみは消えることはない。今更、家族を大切にしようだなんて虫が良すぎる話だ。俺は家族のことが嫌いな訳ではないし、なくてはならない存在だ。でも、それが家族に伝わらず、今に至る。


家に居場所がなかった。仕事を以外を犠牲にした俺は、仕事以外での居場所がなくなっていた。仕事は裏切らない。俺は仕事をやるしかない。家族を養うのも、俺の務めだ。俺みたいなのを揶揄して、”ATM”と呼ぶらしい。ATM。間違いなかった。お金を入れるだけの機械。それ以上でもそれ以下でもないのだ、俺の存在は。


そうやって、唯一の居場所である仕事をし、その努力が報われていた矢先、支店長に呼び出された。


「神崎くん、落ち着いて聞いてくれ」

「な、なんでしょうか、改まって」

「この小金井支店が、閉店することになった」

「…………はい?」


支店長の言っていることがよく分からなかった。特別悪い成績ではなかったはずだ。とても良いわけでもないが。


「な、なぜそのようなことに…?」

「……AIの普及に伴う、人員削減だそうだ」


俺は最近そんなドラマを見た気がした。集団で左遷されるあれだ。いやいや、待て。あれはドラマの中だけの話で、現実で起こり得るわけ……。実際に起こっている。


「私達はどうなるんでしょうか?リストラ…ですか??」

「支店長、副支店長の我々は、別の支店に移動になる。ただ、この地位は保証されないだろう」

「そんな……」


今まで嫌な上司にへこへこ媚び、顧客を掴み、なんとかしてやっとここまで登りつめたのだ。それが全て無に帰る。今まで俺はなんのために家族を犠牲にしてまで、仕事をしてきたのだろうか。家族を、犠牲にする必要があったのだろうか。そこまでしなくても良かったんじゃないだろうか。


「気を落とさんでくれ、神崎くん。我々はまだマシな方だ。リストラされる奴らの方が多いんだ」

「そう、ですね…」


俺は、静かに支店長室を出た。


それからは、あまり記憶がなく、気づけば電車に乗り、ビールとおつまみを手に席に着いていた。ビールを煽りながら柿の種を食らう。こんなことならもっと家族を大切にしとけば良かった。こんなことなら、こんなことになるなら、なんで、なんでだ……。


俺は今日、初めて腹を割って家族と話そうと、心に誓った。




私は、気づいたら少し涙が出ていた。この人にそんなことがあったなんて、可哀想すぎる。もっと家族を大事にしてあげてね。

そんな思いでおじさんを見ると、泣いている私にぎょっとして、席を立ち、怪訝そうな顔をしながら私から離れていった。


そういえば、今の話、全て私の妄想だった。

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