不死者に捧げる恋の毒
作者が文章の技術が不足している点がございます。ご注意ください。
私は一人、何もないこの岩場で歌を歌うだけの人魚仲間たちはみんな人に狩られた。私達は歌を歌う以外には泳ぐことしかできない。
そのかわりと言っては何だが不老不死の力を持ちその血肉を食したものは不老不死の力を得る。
故に人は信用できない。してはいけない。
決して捕まってはいけないのだ。
その日もいつものように船が来た。
「忌々しい人間め。」
そう言いながら私は歌を歌う。
人を惑わし狂わせる人魚の歌だ。
人間の船からは何を思ったか一隻の小舟がこちらに向かってくる。そして、そのままその小舟は大破した。
岩にぶつかり波に揉まれ船だったものは粉々になった。
「これでいいのだ。誰も私に近づくな。」
そう呟くと視界が真っ暗になる。
「わっ!な、何だこれは!?」
目には何か温かいものが当たっている。
「驚いてくれた、みたいだね。」
私は慌ててその温かいものを振り払う。
「誰だ貴様!」
「おっと、ごめんね急に。」
そう言ってほおを掻いていたのは人間だった。
金髪が綺麗にサラサラと風邪に揺られ顔は整っているだろう。しかし人間だ。
「人間!」
私は逃げようと海に飛び込む構えをとった時だった。
「ちょっと待ってくれ!」
その人間に捕まってしまった。
そのまま引き寄せられる。
「驚かせたのは悪かった。だけど話くらい聞いてくれ。」
どうせこのままでは殺される。
それならと私は首を縦に振り頷く。
「よかった。」
人間は心底安心したように胸をなでおろす。
「ちょっと会えたことで舞い上がっていて。ふざけて嫌われてしまったかと思った。」
何を言っているのだこいつは。
「人間など皆嫌いだ。」
それを聞いた人間は苦笑しながらほおを掻く。
「そうか、でも一応伝えたいことがある。だから話を聞いてほしい。」
真剣な顔でそう告げられ条件反射で頷いてしまう。
「僕は、人間のアルフォンス。アルフォンス・リーブルームというんだ。まず、君の名前を教えてくれないかな。」
「人間に教える名などない。」
「ずいぶん辛辣だね。ま、いいや。いずれ話していいと思たら話してよ。それで、僕が言いたいことなんだけど。」
そう言ってアルフォンスは片膝をつき手を私に差し出すような姿勢をとった。
「僕は君が好きだ。一目見た時から、君の歌声を聞いたあの日からずっと、君のことが好きなんだ。」
そう言われ、私はぽかんとしてしまう。
「は?私の肉を喰らいに来たのではないのか?」
「肉、何故?」
「人魚の肉を食らえば不老不死になるのだ。貴様はそれを欲しないというか。」
何故私がこんなことを言っているんだ。食われないならいいじゃないか。
「ああ、そんな話もあったね。それでも・・・」
アルフォンスは私の方を見てふっと微笑むその笑みは作り物ではないことが一目でわかるほど自然で優しかった。
「君を傷つけて手に入れる永遠なら僕はいらない。」
「な!?」
こんな人間がいるのか。
この人間は嘘をついて騙そうとしている。
「嘘をつくな!そんな人間いるはずが」
「ここにいる。」
即答で私の言葉を切るようにそういうと再び私の手を掴み引き寄せる。
「っ!」
私はとっさに目を瞑ってしまう。
すると私の手に布の感触と温かい鼓動が流れてくる。心なしか私のいつもの鼓動よりも早く感じる。
「僕は、君が好きなんだ。この気持ちに嘘偽りはない。確かに永遠は魅力的だ。だけど、それは君を失ってまで手に入れる価値のあるものなのかな。」
そう言って私の目を見るアルフォンスの言葉に嘘偽りはない。何故かそんな気がした。
「知らぬ。私にはわからぬ。貴様が人間であるその事実に変わりはない。」
だが、この胸の高鳴りは何だろう。湧いて出てくるようなこの感情は何だ。
「私は人間は嫌いだ。去れアルフォンス。」
私がそういうと彼はふっと微笑んだ。先ほどと同じ優しい笑みだ。
「やっと名前で呼んでくれた。」
確かにそうだ。初めて人間を名前で呼んだ。
「まあ、それだけでも進展だよ。君のいう通り今日は去る。でも、必ずまた来るから君と話をしに来るから。その時はまたこうして話してくれ。」
アルフォンスの言葉に私は反応できなかった。
握られた手が顔が。熱くなってしまっていたから。私はずっと顔を伏せた。
「それじゃあ、また来るね。」
そう言って小舟で去っていくアルフォンスが、乗って来た大型の船に乗り込みその船が見えなくなるまでただ見つめていた。
「もう、来るでないわ。」
私は小さくそう呟くのだった。
「おーい、人魚さーん」
前回来た時から七日後またアルフォンスはやって来た。
「また来たのか、アルフォンス。」
「うん、去り際に約束したでしょ。また来るって。僕が来れる限り何度だって来るよ。」
そう言ってまた優しく微笑む。
「しつこい男は嫌われる。」
「それでも、君との縁が切れるよりはましさ。今日は僕が外の世界について話しに来たんだよ。」
「外の世界、何故だ?」
「君はいつもこの岩場にいるんだろう?だから外の世界の事を話す方が君も面白いんじゃないかと思って。」
「私はそんな事望んでいない。」
「いや、僕が話す口実が欲しいだけなんだ、付き合ってくれ。」
そんなアルフォンスにため息をつく。
「じゃあ話すね。」
それからしばらくの間他愛のない会話をした。
日が暮れ夕日になるまでアルフォンスとの会話は続いた。
「それじゃあ、また来るよ。」
そう言ってアルフォンスは去っていく。
その次の週もさらにその次もアルフォンスはやってきた。
そうして一年、アルフォンスは一週間に一回ここに来る常連となった。
ひとりぼっちの私は、ひとりぼっちじゃなくなった。
「それじゃあ帰るね。」
「ああ、帰れ帰れ。」
しっしっと手を払うように振る。
私はもう、この男を嫌いにはなれないだろう。
だが、せめてもの抵抗だ。私は人間が嫌いだ。
夕日の中彼が小舟で去っていく。
何故か来るたびに見るその背中に何か感じたこともない感覚を覚えた。
「ローレライ。」
「へ?」
「ローレライ。私の名だ。」
私は自分が何故アルフォンスに向かい名を名乗ってしまったのかは分からない。でも、そうしたい。そう思ってしまったことだけは覚えている。
次の週もアルフォンスはやってきた。
その手には何か袋を持っている。
「今日は肉を持ってきたんだけど。食べれるよねローレライ。」
そう言いながらアルフォンスは変な形の土台を取り出す。
「何だそれは。」
「これは肉焼き機。まあ、魚とかも焼けるんだけど携帯して運ぶのに便利なサイズなんだ。」
袋だと思っていた物はマジックバックだったようだ。
「それで、食べれるよね。」
「人魚は食べられるものは何でも食べられる。基本的に人間と同じと聞いたことがあるぞ。」
会話をしつつアルフォンスは準備を進めていく。
切り分けた肉を先の尖った金属の棒に刺して網目状の金属の上に乗せるその下では火の魔石が赤く光っている。
「何の肉なのだ?」
私は気になり訪ねて見た。
「ドラゴンだよ。」
「ドラゴン?」
「そうだなー。」
うーんとアルフォンスは考える仕草をする。
私がわからないことがあるとこうして一つ一つ教えようと考えてくれる。
そういうところも私がこいつを嫌いになれない理由だ。
「そうだ、ウミヘビはわかるよね。」
「ああ、勿論だ。」
「短いウミヘビに4本の足と羽を持った生き物かな。ああ、大きさはものすごくでかいけどね。」
私は、それを聞いて形の想像ができなかった。
「それは、想像がつかんな。」
そういうとアルフォンスは少し考え何か思いついたような顔をして手を海へ向けた。
「アイスモデリング」
アルフォンスがそういうと大きな魔法陣が現れそこに巨大な生き物を作り出した。
「これがドラゴンだよ。」
それは、見たことのない生物だった。こんな生き物は見たことがない。ウミヘビとは似ても似つかない。だが、なんとなくわかった。蛇のような体をしているような感じもする。
「大きいな。」
「魔法での造形だからこれだけしかできないけど本物はこれより大きかったかな。」
「そうなのか。」
これより大きいやつとは。そんなものがいるのだな。
「と、そうこうしているうちに焼けたよ。さあ、食べてみて。」
そう言ってアルフォンスは棒に刺さった肉を渡してきた。
「これがドラゴンの。」
肉汁の滴る食欲をそそる見た目に香り。
日が反射してピカピカと輝いて見える。
「では。」
そう言って私はその肉を口にした。
「ん!?」
噛めば噛むほど味が出て来る。かといって肉が硬いわけではない。歯を立てるとすっと溶けていくような感覚があるのにしっかりとした押し返す感覚もある。人かみするごとに溢れる肉汁は沈没船に乗っていた肉の千倍はうまい。
「どう、美味いでしょ?」
そういったアルフォンスの顔は得意げでそれを悔しく思いながらも私は頷いた。
それから次の週アルフォンスは来なかった。
何故だ、来ると言っていたのに。
もしかして何かあったのか。
「なんで私はあいつがこないだけでこんなに心配しているのだ。」
あいつは人間だ。
私は人間は嫌いだなのになんでこんなに嫌いだと思う度胸が苦しくなるのだ。
もしかして。
アルフォンスのことが・・・
浮かんだ考えを私は首を振って振り払う。
「ない。そんなことはあってはいけないだろう。」
そう、私の仲間を、家族を殺したのは私を一人にしたのは。人間なのだ。
私はそう思い岩場に横になる。
そのまま私の意識は暗闇へと落ちていった。
「ローレライ、人間はそんなに悪い物ばかりではないのよ。」
一人の人魚の言葉だ。私の家族であり、友であり、師匠であった。
「嘘よ、だって人間は私たちの仲間を殺すじゃない。」
「そうね、でもそれが人間のすべてじゃないわ。」
彼女は人魚の中でも唯一と言っていい人間との交流を持った人魚だ。
「あなたには人化の術も教えておくわね。」
「なんでそんなものを覚えなきゃいけないの?」
私に歌を教え魚の取り方を教え、危ない場所を教え、人に化ける方法を教えた。
「ごめんね、ローレライ。さよなら。」
彼女は姿を消した、人間についていったのだと風のうわさで聞いた。
「なんで、アリアお姉ちゃん。」
暖かい、陽の光に当たっているようなのに心地よい。
頭の後ろにあたるのはごつごつした岩場じゃない。柔らかい何か。
目を開けると、そこにはアルフォンスの顔があった。初めて会った時と同じ優しい包まれるような笑みで。
私の髪を撫でている。
「アルフォンス?」
我ながら腑抜けた声が出てしまった。顔が熱くなってくる。
「起きたのかいローレライ。」
起きたのに気が付いたのに私の頭をなでるのをやめない。
「何をしている。」
「膝枕、かな?」
そう言ってアルフォンスはまた笑う。
「いや、だったかな?」
心配そうにそう聞いてくるアルフォンス。なぜこんなことをするのだ。
「なぜ、お前は私をこんなに狂わせるのだ。」
アルフォンスが来てから全てがおかしくなった。
「なぜ、お前は人間なのだ。」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。頬を涙が伝っていくのが分かる。
「なぜ、私は泣いているんだ。分からない。」
その時私はアルフォンスに体を起こされた。
背中に回された腕でぎゅっと抱きしめられる。
「何をする!」
最大限の抵抗のつもりだったが声も弱弱しく。抵抗にもなっていない。
アルフォンスにやさしく抱きしめられる。それをうれしいとすら思ってしまう。
「私は、一人なのだ。家族は、仲間はみんな人間に奪われていった。最後の家族も人間のもとへといってしまった。私は、私は。」
そう言うとさらに強く抱きしめられてしまった。
「ローレライ、君は。一人じゃないよ。」
その言葉がふっと今は去ってしまった姉の姿と重なる。
「あなたには、分からないわ。何百年も独りぼっちで生きてきたの。」
「なら、これからは。僕がいる。君が寂しいというならずっとそばにいる。独りぼっちだというなら。何度だってこうして抱きしめる。最初に言っただろう、僕は君にローレライに惚れたんだ。君が好きなんだ。」
「アルフォンス。」
私は流れ出てくる涙を止めることはできなかった。
そのままアルフォンスの胸に縋り付き泣きじゃくった。それからのことは覚えていないしばらく泣いて泣き疲れた私はそのまま眠ってしまったらしい。
起きると目の前にまたアルフォンスの顔があった。今度は優しい微笑みではなく、可愛らしい寝顔があった。
時刻は朝のようだ。アルフォンスは膝枕をしてそのまま眠ったらしい。
私はその頬に手を当てる。
「憎たらしいよ。」
本当に、憎たらしいほどに
「愛おしいよ。」
私は気が付いてしまった。
頭ではわかっていても決して抑えることのできないこの気持ちに。
「私も好きだよ。アルフォンスだからこそ。ごめんなさい。」
私はすっとアルフォンスの膝枕から抜ける。
「どこに行くんだい。ローレライ。」
海に飛び込もうとしたときに声をかけられる。
「なに、ちょっと朝食の調達だ。」
「そんな悲しそうな君を一人にはできないな。」
顔は決して見せないようにしたなのになぜ。
「君は優しい。だからこそ、僕の前から去ろうとする。そう思っていたよ。
僕だって、君が僕に対して何も思わず本当に嫌悪して去るのであれば止はしないよその権利は僕にはないから。でもね。
僕に迷惑がかかると思って去るのならやめてくれ。僕はそれを望まない。
君と過ごしたい。
たとえ、君の時間の中で短くても。僕は一緒に過ごしたいんだ。」
また温かいものが頰を伝う。
「本当にいいのか?一緒にいても。」
そう尋ねるとアルフォンスはいつも通りの温かい笑みでつづけた。
「もちろんだよ。」
「後悔するかもしれないぞ。」
「多分しないよ。」
そう言ってアルフォンスはまたぎゅっと抱きしめてきた。
「だって。こうしているだけでこんなにも幸せなんだから。」
「私もだ。」
結ばれないとわかっている恋だ。それでも私はこの毒にも似たぬくもりに今この時だけでも身を任せることにした。
「私を離すなよアルフォンス。」
「もちろんだ。ずっと、一緒だ。」
そう言った二人はそっと唇を合わせた。