六話
清美と合流してすぐ電気屋へ向かった。わいわい言いながら手ごろな電話機を購入し、ついでに同じ建物内のレンタルショップでDVDを何枚か借りた。あれもこれもとお菓子をカゴに入れる清美に呆れながら、三人で会話するのは楽しかった。
優生が帰ってからは、二人で酔っておしゃべりして夜更かしして。久々に学生時代に戻ったかのようにはしゃいだ。会話の中身は仕事の愚痴だったりと、変わったところはあるけれど。それでも心がウキウキして、自由を満喫した。
土曜日も日曜日も三人で過ごした。迎えに来た優生の車で出かけ、食事をし、午後には帰ってくる。夕食は私か優生が作り、夜にはゲームをしたりDVDを見たり。政弘に電話する時間がまったく取れないこと以外に、不満も不安もなかった。
「結局、一度もなかったわね、イタズラ電話」
帰り際になって清美がポツリとそう言った。
「諦めたのかしら……」
「だといいけど。優生、着信拒否設定は忘れずにしてくれたんでしょうね? それを忘れて帰っちゃ意味ないわよ」
「ちゃんとやったよ。朋子じゃ設定できないだろうからね」
「そんなことないわ、私だって、ちゃんとできるもの」
「どうだか!」
清美も優生も、声を立てて笑う。失礼な話だ、説明書を読んで操作すれば、私だってそれくらいちゃんとできるはず……きっとできる。
「それじゃ、帰るわね」
「うん……。気をつけてね」
「朋子こそ気をつけて。清美、忘れ物はないね?」
「ないわよ、しつこいわね!」
清美はスポーツバッグを持ち直し、優生に肘鉄を入れた。そうやって笑い合う二人を見ていると、急に独りになるのだと実感が沸いてきて、胸が不安に締めつけられた。
「あの! あの、明日も、会えない? 夕飯だけでも一緒に食べたりとか……」
「ああ、いいね」
二つ返事で頷く優生。清美は一拍置いてから、「残業がなければ」と言った。
「残業だったら、終わるまで私待ってる。ねえ、いいでしょう?」
「朋子……」
「お願い。明日だけ……」
私が食い下がると、清美は渋々といった感じで頷いた。無理強いしてしまったかのようで、罪悪感がチクリと刺す。でも、そう言わずにはいられなかった。門扉に立って、二人が帰るのを、ずっとずっと眺めていた。
少し長めにお風呂に浸かり、もう後は寝るだけという時になって、不安にざわめく心がまた私を苛んだ。ベッドに入って横になると、別れ際の清美が見せた表情が頭に浮かんでくるのだ。
確かにこの週末は、イタズラ電話はかかってこなかった。まるで私たちが待ち受けているのを知って、遠くから嘲笑っているかのように。清美は最初のうち、ストーカー男に説教してやると息巻いていたのが、だんだんとその話題を避けるようになっていった。電話はかかってこない、ポストも塞いでしまったからかイタズラはされていない、そして送られてきた写真は手元にない……。およそ証拠という証拠が、ここには残っていないのだった。
(清美はもしかして、私を疑っているのかしら? 私が寂しさからストーカー被害を装っているなんて、そんなことあるわけないのに。あの目つき……いいえ、違う。清美はそんな風に人を、私を疑ったりはしない……!)
自分で自分に言い聞かせる。私が嘘をついていると思われている、かもしれない。そう考えただけで胸が苦しくなってくる。違う、私は嘘つきじゃない! 叫び出しそうな心のまま、政弘に電話をかけていた。
長いコール音がやけに冷たく響く。
(早く、早く出て、政弘。お願い……!)
消灯時間を過ぎたからだろうか、何度かけても政弘の携帯電話に繋がることはなかった。たった今別れたばかりの清美や優生にかけられないし、他にあてなんて……。いつも親身になってくれる大伯父のことが頭をよぎる。でも、もうずっと入院していて、今から電話をするなんてとてもじゃないけれどできない。大伯母にかけても心配させてしまうだろう。もういっそ義母でもいいから、誰かの声を聞いて安心したかった。
そのとき、仏間に新しく据え付けた固定電話が鳴った。
トゥルルルル……トゥルルルル……
まるで警告のような硬質な音の連なり。耳を刺す無機質な響きに私は動けなくなっていた。
「誰……」
非通知の着信は弾かれるように設定されているはずだ。時計を見れば午前零時を過ぎたばかり。私は暗い階段を手探りで降りていった。仏間の障子は開けたままだ。真っ暗な中で、私は受話器を持ち上げた。
「……もしもし。もしもし? どなたですか?」
体の震えを必死でとどめて、私は電話口に出た。しかし相手は何も言葉を返してこない。さらに言い募ろうとして気がついた。
繋がっていない。
途中で切られたわけじゃない、そんな音はしなかった。薄明かりの灯った電話のデジタル表示は、ダイヤルを押す前のものだった。この明かりはいつから? 電話を取ろうとした時にはここは真っ暗で、私は慣れていたから場所の見当がついただけで……。
「いやっ!」
私は「切」のボタンを押し、コードレスの小さなそれを床に放り投げた。
トゥルルルル……トゥルルルル……
明かりの消えた室内に、またしても着信音が響く。でもデジタル表示は点灯しない。
「うそ……。やだ、やだぁっ!」
放り投げてしまった受話器を戻せば、この音を止められるだろうか。私は床に這いつくばって必死に白いそれを探した。
トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……
鳴りやまない音。
どこから。だれが。
「やだっ、やめて……やめて!」
足元にぼんやり光る蛍光シールを頼りに、私は電話線を引き抜いた。
「はあっ……はあっ……!」
途切れた着信音。ようやく戻った静寂に、私は瞬間的な高揚感を味わった。
(良かった、これで大丈夫……)
「はぁ…………」
胸を押さえて天を仰ぐ。全身から力が抜けて、しばらく立てそうになかった。涙が滲んで、とにかくホッとした。あれはいったい何だったのだろう。不具合か、それとも……
トゥルルルル
「!!」
切りつけるような鋭い音に、心臓が震えた。
(こんなバカなことって……)
トゥルルルル……トゥルルルル……
「うそ……!」
鳴り続ける。
まるで私を呼んでいるみたいに。
ともこ……ともこ……ともこともこともこ!!!!!!
「やめて!!!」