未だ来ず、すでに過ぎたり、物語
「遅い。」
「はい、存じています。」
リビングで待っていたスクルドは思った通り私に腹をたてていた。ヴェルより薄い髪色、淡い色のドレス。ヴェルがそのまま幼くなったような容姿だ。二人はよく似ている。
「言い訳くらいなら聞いてあげてもいいわよ。」
寝坊という私の罪状を軽くするチャンスだ。
「スクルド、前にも言ったことだけど、私は朝に弱い!って、いったあ!」
パシンと軽い音が、スクルドが私の頭を丸めた手帳で叩いたことで発せられた。
「朝に弱いとか!自慢気に言えることじゃないんだから!」
くすくすと壁に寄り掛かっていたヴェルが笑う。
「まったく!言い訳はもう結構です!」
自分から聞くって言った癖に。
「この我が儘め。」
もう1度私は軽快な音を聞くことになった。
「まったく、貴女のせいで出発が遅れたじゃないですか!」
「スクルドが私の頭叩かなかったらもっと早く出れてました。」
「まぁまぁ、二人とも。早く行きましょう?」
身支度を整えた後、玄関前で軽い言い争いをする。
「ところで、どこに行くの?」
「はぁ!」
スクルドが扉を開ける。外は異常に眩しく私達を照りつける。
「姉様のところよ。」
玄関を抜ければそこは神々の世界「アースガルド」。魔術によって一時的に繋げたのだ。正確にはアースガルドというより「ウルドの泉」なのだが。
「あら、もう来たの。」
二つに束ねた長い髪。彼女は二人と違い陽の光に近い髪色をしていた。そこがまた女神らしさを醸し出している。そして彼女もまた少女の形をとっていた。
「久しぶり。」
「ええ、久しいわね。」
精神と身体がかけはなれたような言動は彼女の過去への依存性を物語っている。魂の形を決められている女神たちはその性質に依りやすい。
微笑みこそしているが腹の中は苛立ちでいっぱいに違いなかった。ウルド、彼女は人間嫌いだ。それは彼女の姉妹と仲が良い私であっても例外ではない。そして私がこの世界で初めて会った者でもでもあった。
「さぁ、さっさと始めて終わりましょう?」
ほら、いつまでも私をそばに置きたくはないみたい。
ウルドの泉、それは彼女たちにとっての主要領域。ヴェルとスクルドは人間の生活に入り組んでいるが、ウルドは未だ女神の性質を色濃く残している。
彼女達は人間の生活に深く関係する概念の女神だ。スクルドは未来と必然。ヴェルザンディは現在と存在。ウルドは過去と運命。それぞれを象徴する女神だ。そして今の私にとって過去は徹底的に欠けているものだった。
「さぁ、始めるわ。枝垂、勝手は解るでしょう?」
「もちろん。」
私はできるだけ軽快に言った。