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私と幼馴染シリーズ

私は両想い中の幼馴染と乙女ゲームの世界に飛ばされました!

作者: 白銀天城

 偶然見つけた一本のゲーム。それが全ての始まりでした。

 『片思いの彼とラブラブになれる! 新しい恋も見つかるかも!?』というキャッチコピー。

 乙女ゲームというジャンルなのに、男女二人プレイ推奨というまったく意味の分からないものを面白半分で買ったのが運のつき。


「まさかゲームの世界に行くとはね……」


 私はあやこ。最近十年間片思いだった幼馴染のカズマとついに、ついに両思いになった!

 とたんに乙女ゲームの世界に放り込まれた哀れな女子高生。


「こいつは予想外だったな……」


 隣で苦笑いしているイケメンこそ幼馴染、いいえ彼氏! 彼氏のカズマ!

 高身長イケメン、イケボでしかも身体能力極めて高し。そして非凡な頭脳とあらゆる分野の才能を持ち、家事もこなせる究極万能男です。しかも優しい。性格まで含めてイケメンです。


『ここはあやこのお部屋。あなたたちは今日から国立魔法学園の生徒です』


 そのメッセージに周囲を観察すると、木製の部屋だ。豪華なベッドとタンス。高そうな絨毯にお値段はりそうなテーブル。

 簡単に言うとお金持ちのお部屋ね。必要な分の家具はある広いお部屋。清潔感があっていいわ。


「ってなんかメッセージウインドウ的なものが見えるんだけど……」


「俺も見える幻覚じゃないようだな」


 半透明なウインドウに白字のメッセージが流れている。

 カズマに内容を聞いてみると二人とも同じ。


『今日は入学式。あなたは幼馴染のカズマと、ちょっとした手続きのミスから、同じ家で生活することに!?』


「えぇ……なんてベタな……」


「ラブコメでよくあるやつだな」


 ちなみにカズマとは十年ずっとお隣さんです。クラスも一緒よ。私の思い出はカズマとの思い出です。


『これからの学園生活で、たくさんの魅力的な攻略対象キャラクターと出会います』


「別に求めてないわよ。私が好きなのは…………ん?」


 私が好きなのはカズマだけよ、と言ったつもりなのに声が出ない。ぱくぱく口が動くだけ。


『告白は好感度を上げて、いい雰囲気にならないとできません』


「………………はいぃ?」


 嫌な予感がする。嫌な汗も出ている。いやいやいや、そんなまさか。

 ちょっと緊張しただけよ。恋人になって間もないものね。好きだって伝えるのが恥ずかしかっただけよ。


「カズマ! 突然だけどよく聞いて! 私はカズマの…………」


 ことが大好きです! と言ったつもりなのに、やっぱり声が出ない。


『好感度が足りません。告白は好感度を上げて、最終日とかにしましょう』


「最終日っていつよ!? さっきと書いてあることが違うじゃない!」


「アヤ、さっきからなにやってんだ?」


「なにってこのメッセージよ!」


 赤い半透明なメッセージウインドウをびしっと指差す。カズマが首をかしげている。

 おやあ、嫌な汗がいっぱい出てきたぞ。


「見えないの? この赤いウインドウが?」


「赤? 悪いがなにも見えない。なんて書いてある?」


「カズマ! お願い! 私のことどう思ってる? 今すぐ教えて!!」


「……なんだか妙なことになっているみたいだな。いいぜ、アヤ……俺はお前の…………なに?」


 カズマが口をぱくぱくさせている。これはまさか……カズマも?


「アヤ、この青色のメッセージ……見えるか?」


 カズマが指差す場所には何もない。


「ごめんなさい……なにも……見えないわ」


 告白が……できない!? 告白はもうしたし、恋人同士になったのに。これじゃ逆戻りじゃない!


『チュートリアル開始。さあ、入学初日です。たくさんの魅力的なイケメンがあなたとの出会いを待っています』


「いらないわよ! どんなイケメンだろうと私が好きなのは…………ああもう」


 カズマただ一人よ、と言おうとして失敗。地味にストレスが溜まるわ。


「やるしかないのか……とにかく、クリアすればいいんだろ?」


『入学初日の自己紹介を終えた教室までシーンが飛ばせます。入学式を見ますか? はい いいえ』


「なんか選択肢出てるうぅ……」


「俺もだ。面倒な入学式を飛ばしてくれるとは、なかなか親切設計だな」


「でも見ないと何をするのか、この世界についてわからないもしれないわよ?」


 まさかと思うけど、そこで全部の説明がされるタイプのゲームだったら最悪よね。


「そいつはやっかいだな……我慢するか。どうも式ってやつは堅苦しくて嫌いでなあ」


「私もよ。でも、別の世界の入学式だもの。もしかしたら面白いかもしれないわ」


「そいつに期待するしかないか」


 普通に話せているつもりだけど、やっぱり少し不安です。

 でもカズマに余計な心配をかけないように、いつも通りの私でいないとね。


「じゃ、選んでみましょうか」


「アヤ、無理するなよ?」


 そりゃずっと一緒にいるんだし、バレるわよね。とりあえず笑顔でいきましょう。


「ちょっと不安だっただけ。なんとかなるわよきっと」


「大丈夫だ。どんな世界に行こうが、どんなイベントが待っていようが、アヤは俺が守る。それは変わらないさ」


 言いながら私を抱きしめようと両腕を回してくるカズマ。

 ドキッとしたし、カズマの気持ちが本当に嬉しかったけれど、この世界は厳しかった。


『好感度が足りません。もっとキャラの好感度を上げましょう』


 無慈悲にも現れるメッセージ。そして私の体をすり抜ける腕。


「ああああぁぁもおおぉぉぉ!! いいところだったのにいい!!」


 何度やっても、こちらから手を伸ばしても、体をすり抜けていきました。あーあもうなんなのよ。


「まったく……アヤを抱きしめることすらできやしないとは」


「どうしてこうなるんだか」


『好感度を上げましょう』


「だ・か・ら! 好感度はもうマックスなのよ!! 攻略が終わっているの!」


 カズマを好きになる気持ちに上限は無いから、ある意味ではマックスではないけれど。


「いいわ、入学式……見てあげようじゃないの」


 仕方が無いので二人並んで入学式を見ました。

 豪華という言葉の語源なんじゃないかというホールで。

 お金がもったいない気がしてならないわ。


「えーでは学園長の挨拶です」


 ここだけ飛ばせないのかしら。長くなるでしょこれ。


「えー皆さん入学おめでとう。あれだ、私のようにこう……やるときはやる。といった人間になってくれ。もうな、今週末とか尋常じゃないぞ。やるを通り越してやっちゃった感丸出しだから……」


 やっぱり長くなるのね。どうしてこういう式って話が長いのかしら。全世界共通なのかな。


「……なので私のようなビューティー・アンド・ミステリアスな人間になれ。教師ってのは頑張る生徒を応援していく気満々だからな。生徒以外の人はもうブッ殺すぞ。それじゃあ教頭先生。最後にひとこと、何か言ってやりなさい」


 学園長の隣で待機していた教頭先生が前に出る。


「はい、学園長のありがたいお言葉で……学園長、近くで見ると顔ブッサイクだな!?」


 そんな教頭先生のひとことで入学式は終わりました。


「やっぱり話が長かったな」


 学園長の挨拶やらを聞いてなんとなくわかった。

 ここは魔法のあるファンタジーに近い世界ね。特殊な結晶を加工して武具を作れるようになった。

 でもその武具は使える人間が限られていて、特別な素質をもった人は貴族とかお金持ちに多いみたい。


「そんな人達を集めた学園に編入したという設定らしいわね」


 やたらめったら大きい体育館を出て、カズマと一緒に教室を目指して外を歩く。

 左右に木々が植えられた石畳の道。綺麗に整備されているわね。

 街灯は電気じゃなくて魔力とか別のエネルギーみたい。


「どっちかっていうと男向けの設定じゃないかこれ?」


 言われてみれば、男の子が好きそうな設定ね。

 露出が多くて、女性にしか使えなかったりすると、もっと男の子向けっぽいわ。


「男女両方が楽しめる要素をぶっこんでいるってことか。どっちつかずな気がするけどな」


『チュートリアルその2。魔装具について』


「特殊な装備ってやつだな」


 そもそも乙女ゲームって恋愛中心じゃないのかしら。こんな物騒なもの出てくるの?

 そんなに詳しいわけじゃないけど違和感があるわ。


「ちなみに見ないとどうなるんだ?」


『飛ばす場合、最終チュートリアル、戦闘イベントへ飛びます』


「戦闘!? なにがあってそうなるのよ!」


「いよいよ見るしかなくなったな」


 そして場面が切り替わる。イベントは長い道のりを歩かなくてもいいようになっているのね。


「ここは教室ね」


 いかにもな豪華さを主張してくる教室。お金持ちっていいわね。


「みたいだな」


 私とカズマの席は教室の後ろの方、そして隣。心の中で小さくガッツポーズ。席と席の間がそこそこ空いていることには、この際目をつぶりましょう。

 席に着くと先生が入ってきた。


「それでは全員分の魔装具を配ります」


 先生から全員に宝石のついた腕輪が渡され、これに魔力を込めることで装備を呼び出すのだと説明された。

 付けてみるとぴったりだわ。しかも付けている感じがしない。邪魔にならないように配慮されているのね。


「では、グラウンドに集合してください」


 先生が出て行くと、隣の女の子が話しかけてくる。金髪で緑の瞳の美少女さんだ。

 これまたいかにもなお嬢様ね。清楚という言葉の体現者みたいな存在だわ。


「カレンと申します。よろしくお願いいたします」


「あやこです。よろしくお願いします」


 なんだかつられて敬語になってしまう。何気ない仕草に育ちのよさを感じますわよ。


『彼女はカレン。あなたの恋を応援するサポートキャラクターです。気になる男の子の情報は彼女に聞きましょう』


 ああ、いるわねそういうキャラ。反対方向を見ると、カズマも誰か知らない男子と話している。

 金髪碧眼のイケメン。きっとカズマのサポートキャラだろうなあ。


「黒髪の殿方と、お知り合いですの?」


 一緒に教室に入るところを見られていたのね。まあ隣だし。先生来るまで話していたからわかるわよね。


「ええ、私の…………幼馴染です」


 恋人ですと言おうとして失敗。幼馴染が一番親しそうだし、とりあえずそれで通しましょう。


「まあ、羨ましいですわ。わたくし、お金持ちのイケメンをこよなく愛しておりますの」


 最高に美しい笑顔でなんちゅうことを言い出すんだこの娘さんは。


「お金持ちと美男子。これほど相性のよい組み合わせなんて……わたくし、カツカレーしか存じませんわ」


 いかにもキャラ作りっぽい無理も違和感もある、ですわ口調だ。

 まあゲームキャラってわかりやすくないとダメよね。

 ですわを強引に語尾に付けようとしたりするキャラなんでしょうきっと。


「イケメンの情報ならわたくしにお任せですわ。情報戦を制すれば、イケメン貴族と恋仲になることも夢ではありませんわよ」


 ごめんなさいカレンさん。もうカズマと恋人同士です。夢かなっちゃってます。

 このゲームに今日また引き離されましたけど。


「そう、ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね」


 とりあえず話を合わせておきましょう。余計な波風たてても意味なんてないわ。


「敬語は不要ですわ。もうお友達ですもの」


「そっか、よろしくねカレン。あやこでいいわ。もうお友達でしょう?」


「はい、よろしくあやこ。一緒にイケメンにちやほやされましょうね」


 聖母のような優しい声と、見る者を癒す笑顔で言われましたよ…………いやまあ悪い子じゃないみたいだし、お友達ができたと考えましょうか。ポジティブにいきましょう。

 学園生活をなんとか進めるには、カズマとだけ一緒にいても厳しいものがあるものね。


『続いて練習場へ向かいます』


 メッセージが出て、いつの間にか外にいる私達。

 制服のまま、クラスのみんながグラウンドっぽい、最新式の闘技場のような場所に整列している。


「こうもほいほい場面が飛ぶと便利なのか疑問ね」


「慣れだな。しばらくは我慢しようぜ」


「今回は隣のクラスと合同で訓練を行います。各自ペアを決めて練習してください」


 先生に言われて散り始める生徒達。もちろんカズマと組むわよ。


「カズマ。誰か組む相手は決まっているのかい?」


 さっきの金髪イケメンさんがカズマと話しています。


「ん、ああ悪いな。幼馴染がいてさ」


「いや、いいさ。なら僕は違う人を、どうせなら女性にしようかな」


 親しげに話しているわね。両方高身長のイケメンだからか注目度が半端じゃないわ。

 でもその片方が彼氏! 私の彼氏! 嬉しいけど近づいてくる子がいそうで不安ね。


『あやこのヒーローが追加されました』


 半透明のメッセージが出ました。なんだか慣れたわね。


「なにかしらこれ?」


 カズマに話しかけようと近づいたらメッセージが出た。

 ヒーロー。ヒロインキャラの女の子版ね。

 私のヒーローは小さい頃からカズマだけなんだけど。増えられても困るわ。


「おや、いいところに……はじめまして、美しいお嬢さん。私は柳生ウェイド。よろしければペアを組みませんか?」


 カズマの前に金髪さんに話しかけられました。この人攻略対象キャラなのね。

 というか柳生ってなによ。世界観が全然わからないわ。


「ストップだ。さっき話しただろう。幼馴染がいると」


 カズマが割り込んできてくれた。恋人というワードが使えないため幼馴染です。

 なんだか逆戻りしたみたいで悲しいけれど、ここは我慢よ。


「ああ、彼女がそうか。僕もつくづく運がないな」


『パートナーをカズマかウェイドから選択できます』


「カズマで」


 こんなもの即答です。私が好きなのはカズマただ一人。この気持ちは揺らがないわよ。

 それに選択肢を出すならもっと前な気がするわ。


『カズマの好感度が1上がりました』


 少ない……選んだだけで自動的に上がるのね。本人の気持ちとか関係ないのかしら。


「すみません柳生さん。私はあんまりカズマ以外の男の人とは……」


 パートナーの件はちゃんとお断りしておこう。


「いやいや、気にしないでくれ。無理やり組もうなんて思わないよ。それにウェイドでいい」


 いい人でよかった。その後、私に話しかけてきたカレンとウェイドさんはペアを組むことに。

 カレンが凄く喜んでいたわ。イケメンと組ませてくれてありがとうとお礼まで言われたし。


「それでは起動テストを開始する」


 先生の声で生徒が闘技場に広がっていく。近くで発動すると危ないのね。


「まず大切なのはイメージです。自分達には当たり前に使えるもので、使えて当然。日常行為だと魂に刻み込みましょう。そうしたら鎧をイメージしてください」


 目を閉じて、心の中で自分にはできると何度も唱える。

 鎧ねえ……どうも重いイメージなのよね。そんなものを着て動けないし。

 できれば軽くて飛びまわれるような装備がいいわ。空が飛べたら楽しそう。


「腕輪が光ってる?」


 私の背中になにかある。私の意思で動くそれは、背中の装置と大きくてクリスタルのような翼。

 私の体を包めるくらい大きなもので、これは鎧の役目もしているのだと理解できた。


『あなたの鎧は魔力重視タイプ。飛行・速度・遠距離戦に優れたものです。ダイヤモンドのように美しく、魔力を流すことで七色に輝く盾であり、空を翔る翼でもあります』


 いいわね。気に入ったわ。綺麗で見ていて飽きないし、なかなか強そうじゃない。

 他の生徒も全身鎧や必要最低限の軽いものまで全員違う。


「それぞれ形は違うものですが、強弱はなく使い方の問題です。鎧は自分のパートナーだと自覚しましょう。控えめに言って恋人以上、武具未満の関係です」


 先生の解説は続く。横目でカズマを見ると、黒いオーラが体を包み込んでいる。

 カズマは何をしてもかっこいいわね。あのかっこいいのが私の彼氏ですよ彼氏。


「鎧の軽・重は切り替えられるようになっておきましょう。大雑把でいいので、まずは急所を守るだけのものと、全身を包むものの二パターンだけでも使えるように練習あるのみです」


 切り替えは何度やってもできない。なにか制限でもあるのかしら。


「各自で自由に動いてみましょう。少ししたらペア同士で練習試合をどうぞ」


 あ、これが戦闘イベントね。慎重に練習しておきましょう。

 私・カズマ・ウェイド・カレンの四人で固まって練習します。


「そっちはうまくできた?」


 言いながら羽を出してみる。もう意思一つで出せそう。もうちょっと練習すれば完璧ね。


「おお、間近で見ると本当に美しい……まるで天使のようだね」


 ウェイドさんが褒めてくれるのは嬉しいし、お礼も言っておく。

 そして一番褒めて欲しいカズマに対して、何か言うことは? という目で見つめてみる。


「ああ、綺麗だよ。アヤによく似合っている」


「ありがとう。嬉しいわ」


「ううぅ……あやこが羨ましいですわ……イケメンに褒められて……」


 ハンカチを噛んで、どんよりした空気をまとっているカレン。

 白を基調とした服で、ロングスカート。露出は少なく腕についたアクセサリーが服とうまく合わさってお姫様みたい。


「ああ違うんだよ、すまない。カレンさんもとてもよく似合っているよ」


 慌ててフォローに入るウェイドさん。プレイボーイなのかと思えば慰めるのに戸惑っている。

 実は女の子の扱いに慣れていないのかもしれないわね。


「ほら、カズマも褒める」


 小声でカズマにアドバイス。流れで褒めるのよ。


「ああ、でもいいのか? 他の女を褒めたりしても」


「別にこんな事で嫉妬したりしないわよ」


「そうか、悪い。一番綺麗なのはアヤだからな。そこははっきりさせておくぜ」


 カップルっぽい! 今凄くカップルっぽい会話でした!

 生きててよかったわ。この幸せを逃がさないように頑張ろう。


「カレンさんも似合っているって。その服、白が清楚さを引き立てているっていうのかね? いいと思うぜ、清純派っぽくて」


「ありがとう存じます! お二人ともカレンとお呼びくださいまし!!」


 立ち直りが早いなあ。本気でへこんでいたわけではなさそうだったし、まあいいわ。

 あとカズマ。私の時よりちゃんと褒めているじゃない。

 嫉妬しないって言ったけど、ちょっと悔しいわね。


「っていうかそれも鎧でいいのか? 普通の服っぽいぞ」


「鎧は精神のビジョンだからね。重そうで面積が多ければ強いというものじゃあないよ。薄着でも、体に強力な魔力の壁が張られている人もいる……こんな風にね」


 ウェイドさんの鎧は胸と腰まわり、そして手を包む装具が綺麗な青。

 あとは真っ白な服に金色の線が入ったデザインで、王子様というよりは騎士に近いわね。

 マントと一体化したような上着。動きやすさ重視で青い部分だけが硬そうな素材。


「美しいですわ! 美しすぎてどうにかなってしまいそう……イケメンと王子、カツカレー、いいえハンバーグカレー級の組み合わせですわ!」


 とりあえずカレーが好きなのは伝わったわ。お嬢様は多分カツカレーとか食べないと思うけど。

 ハンバーグカレーは……ハンバーグならお嬢様が食べていてもセーフね。


「そうね、なんだか騎士って感じでかっこいいと思うわよ」


 とりあえずウェイドを褒めながら、カツカレーはお嬢様っぽくないと結論付けた。


「おう、似合ってるぜ。金髪と白や青が合うな」


「ありがとう。美少女に褒められると本当に嬉しいよ」


「で、俺なんだが……イマイチうまくいかなくてな」


 カズマを黒い光が覆うけれど、それが一瞬鎧のようになって消えてしまう。


「イメージが問題なのか、俺の魔力とやらが足りないのか。まあなんとかするしかないな」


「焦らなくてもいいさ。最初からできている方が珍しいからね」


「あやこが特別上手なのですわ」


「ん? ウェイドとカレンは初めてじゃないのか?」


 なんとなく経験者っぽい語り口なのよねこの二人。


「過酷ではないけれど訓練はしたよ。多少の覚えがある。カレンもそうなんだね」


「はい! おそろいですわね!」


 心底嬉しそうだ。目がきらっきらしていらっしゃる。


「他の生徒も出来ているヤツと出来ていないヤツで半々といったところか」


「途中までできたんだ。絶対に無理じゃない。初心者ならいいスタートだよ」


「そうですわ! わたくしも応援いたしますわよ!」


 うん、いい人達だ。この世界最初のお友達が二人でよかった。

 そこから練習を続け、カズマは不恰好な全身を覆う黒い鉄板のような鎧を出していた。

 なんとも動きづらいらしく、鎧なんて無い方が強いと言っていました。

 二人は笑っていたけれど、あながちウソでもないのよね。


「では、希望者で戦ってもらいましょう。やりたい人は二対二でどうぞ」


「まさか全員分見るのか? これまた長くなりそうだな。どうする?」


『ダイジェストで生徒を分散させてお送りします』


 なんて融通の利くチュートリアル。やるじゃない。その調子で告白もさせてくれないかしら。


『試合はどちらかが降参するか、戦闘不能まで追い込むことで終わります』


「かなり物騒なルールになってきたわね」


 かなり広い石造りのリングが複数現れ、希望者が戦い始めている。

 そんなものが複数できるほどに、この場は広い。一番遠い人はもう点ね。黒い点。


『がんばって相手のHPを減らしましょう』


「HP制なのか……まあゲームだもんな」


 死なないようにしましょう。チュートリアルで死ぬこともないでしょうけど、怪我だけはしないように気をつけないと。


『ウェイド・カレン組と模擬戦をしますか?』


「おっ、なんか出たな」


「チュートリアルも大詰めね。選びましょうか」


「二人ともどうしたんだい?」


 どうやらメッセージが見えるのは私とカズマだけみたいね。余計な混乱を生まなくてちょうどいいわ。


「なんでもないわよ。模擬戦、初心者以外と当たると危ないから、よければ一緒にどうかしらって話していたの」


「俺からも頼む」


「もちろん。よろしくお願いするよ」


「是非も無しですわ」


 そして空いているリングで模擬戦が始まる。私は翼を展開して構えるけれど、カズマはやっぱり黒い鎧が出たり消えたりしている。


「もしかして細かい部分まで自分好みに作ろうとしていないかい? 最初は大雑把に。自分の好みじゃなくてもまずは出せるように、さ」


「なるほど。そういうもんなのか」


「カズマは変なところでこだわるから……まず出せるようにしなさい。アレンジは基本ができてからよ」


「ごもっとも。んじゃ流れに身を任せてみるか」


 黒い光がカズマの全身を覆う。やがて頭まで全身すっぽり覆いきるほどの重厚な鎧となった。

 装飾も何もない。シンプルに黒い鎧ね。


「重い……やっぱ邪魔だなこれ」


「ご安心ください。お顔が見えなくとも……カズマ様の素敵な笑顔は、ばっちりわたくしの心に刻み込まれておりますわ!」


「重いことの解決になってねえな」


「動けるかい?」


「ああ、無理やり動かせばいい」


 歩く度にずしんずしん音がしている。相当重いのね。戦えるのかしら。


「無理はするなよカズマ」


「問題ない。いざとなれば脱いで戦えばいい」


「イケメンが脱ぐと聞こえましたわ」


 カレンの目が光る。どういう耳をしているのよ。イケメンへの嗅覚が尋常じゃないわ。


「カレン、ややこしくなるからあとにして」


「いいかいカズマ。装具は攻撃を緩和してくれる鎧だ。装具の所有者以外が普通に攻撃しても、余程のパワーがなければ無効化されてしまう。脱ぐのは危険なんだよ」


「わかったよ。なるべく脱がない」


 まあどうせ鎧よりカズマの方が頑丈だし、必須の場面以外では脱ぐでしょうね。


「じゃあ始めようか。武器は出せるかい?」


 ウェイドさんは何も無い所から日本刀を取り出した。二刀流みたいね。

 もしかして柳生だから日本刀なのかしら。

 刀身が赤く光るものと電気を帯びた青い刀の二刀流。属性とかありそうね。


「こっちは鎧出すのがやっとだ。そもそも武器なんぞ使わない」


「ん、格闘術でも嗜むのかな。その鎧でできるか、ゆっくり試していこう」


「お手柔らかにな」


 カズマとウェイドは組み手というか、今の自分にできる動きの確認を始めている。


「さ、ではこちらも始めましょうか」


「よろしくね」


 カレンの手には木と鉱物の中間のようなデザインの真っ白な杖がある。

 黙っていれば本当に清楚なお嬢様ね。白が似合うというのは才能だと思いますよ。


「こちらはシールドを張ります。まずはその翼でできることを探ってみましょう」


「ありがとう。合わせてもらって悪いわね」


「いえいえ、これもイケメンとめぐり合わせていただいたお礼ですわ」


 遠慮なく翼を開く。さて、ここでウインドウが出てくれると便利なのだけれど。


『翼は閉じることで盾となります。羽に魔力を流し込み、撃ち出すことで魔弾を放つこともできます。これからの戦闘に必須のテクニックなので、ここで覚えましょう』


「魔力は念じればいいのね……こうかしら?」


 羽が白く輝く。それが発射準備完了の合図だと頭が理解する。ゲーム世界って便利ねえ。


「カレンちょっと攻撃するから気をつけてね」


「ええ、よろしくってよ」


 まず、一発光の羽を撃ってみる。カレンの作り出した半透明のドームみたいなシールドにぶつかり、はじけて消える。当たればなかなか痛そうね。


「問題なしですわ、次は魔弾を途中で曲げられるか、連続で撃てるか試してみましょう」


 そうか、曲げたりできるのかもしれない。カレンは本当に経験者なのね。素直に従いましょう。


「いくわよ」


 曲げるのは無理。連射はできるけど、一発に集中できないから威力は落ちるし、狙った場所に当たらない。三連射くらいが安定しているわね。


「ありがとう。なんだかコツが掴めてきたわ」


「本当に上達が早いですわね。お見事ですわあやこ」


「カレン先生の指導のおかげよ」


 やっていることはファンタジー極まりないけれど、友達と過ごすこの時間は楽しくて好き。

 この世界をエンジョイし始めている私がいる。どうせなら楽しみましょうか。


「カレンが使っているのは魔法?」


「はい。昔からレッスンを受けておりますの」


 翼の耐久度を調べるために、よわーい魔法を撃ってもらう。小さい炎は翼に防がれて消える。

 徐々に大きくしていくけれど、ちゃんと防御してくれているわね。


「よし、このくらいにしましょうか」


「そうですわね。有意義な時間でしたわ」


 カズマとウェイドも終わったらしい。怪我らしい怪我もなくてよかったわ。


「どう? うまくいった?」


「早く動くのは諦めて防御に徹してみたが……正直微妙だな」


「そうかい? その頑丈さは武器になると思うよ。かなり強めに攻撃したけれど、膝すらつかなかったじゃないか」


 それは多分カズマの素の耐久力です。つまりちょっと動ける重い鎧でしかないのね。


「さて、どうする? 僕はまだまだ動けるけれど、本格的な実戦はオススメできない」


「そうね……あんまり連続で戦うのもちょっと……やめておきましょうか」


 装具を解除してリングから降りたところで、カズマが小声で話しかけてきた。


「妙だな。戦闘は終わったってのにチュートリアルが現れねえ。気をつけろ」


 確かに。なにか嫌な予感がしてきたわ。


「それじゃあ僕はもう少し練習相手を探してみるよ」


「ならばオレと一戦交えてみないか? ウェイド」


「コーザか。お前は隣のクラスだろう」


 突然現れたコーザと呼ばれる男性。濃い紫がかった髪と、真っ赤な釣り目の人。

 なんだか嫌な雰囲気の人ね。カレンもイケメンではないと判断して相手にしていない。


「ロクに装具を使える相手がいなくてな。つまらんのだよ。どいつもこいつもすぐ倒れる」


「隣のクラスはもう倒しきった、ということかい?」


「そういうことさ。お前は経験者の中でも期待されているらしいじゃないか。ちやほやされるだけの実力はあるんだろう? んん?」


 あー嫌いなタイプだわ。なんというかねちっこい面倒な人。


「お前が嫌だと言うなら他のザコを狩るだけだが?」


「いいだろう。それじゃあ、みんなは下がっていてくれ」


「いいのか? あいつはお前を潰すつもりとしか思えん」


 カズマが心配して忠告する。間違いなくトラブルが起きるわ。


「かもしれない。けど、ここで僕が降りたら……彼はきっと他の相手を痛めつけるだろう。なら僕がここで止めるよ」


「勝算はあるのか?」


「わからない。彼も強いと聞いている。それでも誰かが傷つくのを止められるなら、僕の剣はそのために使いたい」


「ウェイドさん……」


 今のはかっこよかったわ。カズマが好きという思いに変わりはない。

 ないけれど、人間として少し尊敬したわ。


「なに、勝利の女神が二人もいるんだ。応援してくれたら負けるはずがないさ」


 精一杯こちらを安心させるような笑顔とウインクで返してくるウェイド。

 ここまで言われたら祈るしかないわね。


「ええ、応援しているわ。かっこいいところを見せてね」


「負けるなよ。勝つまで見ててやるぜ」


「ファイトですわ!」


「どうせなら二対二でいこうじゃないか。セマカ!」


「お呼びですの? お兄様」


 コーザの後ろから現れた女性。セマカと呼ばれた人。紫の長い縦ロールで赤い瞳だ。


「双子の妹のセマカだ。そちらもパートナーを選べ」


「セマカと申します」


 スカートのはじを掴んでお辞儀するところがお嬢様っぽいわ。

 お嬢様度では圧倒的にカレンの方が上だけど。


「パートナーね。それじゃあ今度は……」


 『今度は』の段階で、カレンがすがるような目つきでこちらを見ている。察してあげましょう。


「私のパートナーはカズマだから」


「ではカレン。僕のパートナーを……」


「承りましたわ!!」


 ウェイドが言い切る前に乗ったわ。流石ねカレン。


「そいつでいいのか? 足手まといになってもオレは知らんからな」


「足手まといにはなりませんわ!」


「カレンは十分強いよ。それに、僕が守ればいい話さ」


「まあ、まるで騎士様ですわね」


「ならばこの試合だけは君の騎士になろう、カレン」


 よくああいうキザなせリフがさらっと出るわね。しかも似合っているからタチが悪いわ。


「けっ、さっさと来い。オレを待たせるな! あっちの広いリングを使うぞ」


「よろしくお願いいたしますわ。カレン様」


 セマカさんから真っ赤な薔薇をもらっているカレン。


「これはほんのご挨拶ですわ。白い服には赤い薔薇がよく似合いますわよ」


「ありがとう存じます。セマカ様」


 セマカさんはまともな人なのかしら? カレンの白い装具の胸にワンポイントで赤い薔薇。

 いいわね。元が綺麗だから服や花に本人が負けていない。ゲームキャラって綺麗で可愛くていいわね。


「危ないからリングのシールド機能を作動するよ。それじゃ、応援していてくれ」


 私とカズマがリングから離れると、オーロラのような壁が現れる。

 これがシールドなのね。リングは百メートル近い広さで、なにかあっても助けにいけるか微妙よこれ。


「さあ試合開始だ、来いよウェイド」


 コーザの装具はレイピアと紫と金を基調とした、ザ・貴族のお坊ちゃん。といったギラついた紫と金の鎧を着ている。折り紙の銀と紫を合わせたような色。

 兜が金色で趣味の悪い装飾が施されて、正直全身かっこ悪いわ……あれを着ている人の横は歩きたくないかも。


「柳生ウェイド、いざ参る!」


 赤い日本刀から高速の斬撃が走る。血のように赤い弧を描く一撃は、コ-ザが横っ飛びで回避したことでオーロラに当たって消えた。


「惜しいな。もう少し早ければ掠るくらいはしていただろう」


「そうね。でも連発できるみたいだし、相手によってはそれだけで脅威ね」


 カズマと私の話は、解説なのか感想なのかわからない。お互いに何か喋っていないと不安になる。


「やっぱ柳生新陰流なのか?」


「だと思うけど……意外と外してくるかもしれないわ。ベタ過ぎるもの」


 レイピア一本で二刀流のウェイドを捌ききるのは難しいのでしょう。コーザは終始圧され気味だ。


「ちっ、さっさとオレに斬られろよ!!」


「それはできない相談だ。僕はカレンを守らないといけなくてね。むしろ早く斬られてくれないかな」


 しっかり後方のカレンを守るように、立ち居地を調整しながら戦っている。

 おかげでウェイドから少し下がった位置で、カレンの魔法詠唱が終了し、火球がコーザを襲う。


「くっ、セマカ! しっかり援護しないか!!」


「騒がしいお兄様ですこと。これでよろしくて?」


 セマカのシールド魔法と火球がぶつかり、爆発音を響かせ相殺される。お互いに無傷だ。


「ウェイド様! ご無事ですか!」


「心配要らないよカレン。僕は無事だ。引き続き援護を頼む」


「お任せくださいまし!」


 即席コンビなのに息が合っている。前衛後衛がはっきりしているし、お互いを尊重しているからだろう。相手を思いやり、自分の役目を果たそうとする。それが相乗効果となって二人を後押ししている。


「案外本当に勝利の女神かもね。カレン」


「かもな。それにウェイドだ。あいつかなり強い。剣捌きに迷いがない。相当長いこと修練を積んでいるんだろう。怒りに身を任せて剣を振り回すコーザじゃ相手にならんだろ」


 それからも終始ウェイドとカレンが優勢だ。

 セマカがカレンに魔法を飛ばせば、ウェイドがそれを切り落とす。

 コーザはウェイドが止めている。そしてカレンの魔法が二人を襲う。


「降参するかい? これに懲りたら、初心者相手に暴力を振るうような真似は……」


「うるさい! オレに説教しようとするな! セマカ、もういいだろ。あれをやれ!」


「ええ、よろしくってよ。お兄様」


 セマカが呪文詠唱に入る。何か特別な必殺魔法でもあるのかしら?


「嫌な予感がするね。カレン、僕のことはいい。シールドを張って攻撃に備えていてくれ」


「ウェイド様……ですが、ウェイド様は……」


「僕は大丈夫。安心して、僕がカレンを守るよ」


「ウェイド様……ありがとう存じます!」


 カレンがシールド魔法を展開して、ウェイドがコーザと斬り合う。


「嫌な感じだ。あのセマカとかいう女、カレンしか見ていない。シールドを張っているカレンに当てるつもりってことだぜ」


「当たる確信があるってこと?」


 カズマの言う嫌な予感は私もしていた。うまく言葉にできないけれど、カレンが危ない気がする。


「さあ、いきますわよカレン様」


 カズマは私より目がいいから、セマカとカレンを交互に見ている。

 きっとセマカの狙いを探っているのでしょう。


「…………まずい! カレン薔薇を捨てろっ!!」


 カズマの叫びをかき消すように、強烈な光を放つ薔薇が爆発を起こす。


「きゃあああああぁぁぁ!!」


 シールドが内部から破壊され、後方に吹き飛ばされるカレン。


「カレン!!」


 ウェイドが駆け寄るも、カレンの服が元に戻りかけている。

 本人にもダメージが通ったのか、ウェイドが助け起こそうとするも立ち上がれないみたいだ。


「カレンに怪我は? 火傷していたらまずい!!」


『装具は消えない限り、あらゆる攻撃をHPで受けるものです。火傷の心配はありません』


「つまり今攻撃されたら危ないってことでしょう! 逃げて!!」


「ふひゃははははは! いいぞセマカ! うまくいったな!」


「ええ、こんなにうまくいくとは。笑いが止まりませんわね。ホホホホホホ!!」


「カレン! 大丈夫かカレン!!」


 みんなで必死に呼びかけるも声が返って来ることはない。

 やがてうっすらと目を開けたカレンはどう考えても戦える常態じゃない。


「卑怯な! 正々堂々と戦えばいいだろう!」


「卑怯? オレに責任を擦り付けるなよウェイド。守るとか偉そうなこと言っていたじゃないか。お前が薔薇を調べていればよかったんだよ」


「屁理屈を! 練習試合でこんな真似をして何になる! もっとお互いの力を高めるために……」


「その優等生なコメントが気に入らないんだよ。練習試合でも試合は試合だろう? お前の油断が招いた結果だよ!」


 もう屁理屈にもなっていないわ。会話できないタイプね。


「さあて、動けない女を置いて逃げるなんて、お前にはできないよなあ? 燃えろ!」


 コーザは離れた位置から炎を撃ち出す。セマカも合わせて火球で追い討ちをかけている。


「やめろ! カレンはもう戦えない! 運び出すまで……」


「運びたきゃ運べばいいだろう? 攻撃するしないはオレの自由だ!!」


 カレンさんを庇うために前に出て、必死に攻撃魔法を切り払うウェイド。

 その全てを斬ることは、ウェイドの技量をもってしても不可能らしく、徐々に被弾量が増していく。


「ウェイド様……わたくしに構わず戦えば……まだ勝機は……」


「ダメだね。それは僕の負けだ」


 どれだけ魔法がぶつかろうとも怯まず、カレンのために剣を握り締めて踏みとどまっている。

 このままじゃウェイドが先に倒れてしまう。


「ほらほらオレを退屈させるなよ!!」


「ぐっ! うあぁぁ!!」


 苛烈な攻撃魔法の雨についに膝をついてしまうウェイド。それでもまだ立ち上がろうとする。

 その姿は騎士道という点から見たら褒められるものなのでしょう。

 けど、友達がやられっぱなしはきついわ。見ていられない。


「ウェイド! もういい! 棄権しろ!」


 私達が止めるのも聞いていない。爆炎や雷撃の魔法がぶつかる音にまぎれてカレンの声が響く。


「ウェイド様! もう! もうそれ以上はウェイド様が!!」


「最初に……言っただろう。今回限りだろうと、僕は君の騎士になると。なら、最後の最後まで……君の騎士でいさせてくれ。カズマも、あやこくんも……僕は大丈夫だから……そこで見ていてくれ」


「立派だなあウェイド。なら潔くその女もろとも散りやがれ!」


 コーザとセマカの間に、特別大きな火の玉が浮かんでいる。

 どんどん大きく渦巻くそれは、二人を丸々飲み込むには十分過ぎる程に膨れ上がっていく。


「あんなもの……周りに被害が出るわよ!」


『戦闘中は意識して行わない限り、建造物や観客に被害は出ません』


 便利なものね。とりあえず他の人にも被害が及ぶことはないみたい。

 でもウェイドたちが危ないという一番の問題が解決していないわ。


「とどめだ。なあに、死にはしないだろ。ギリギリで装具が守ってくれるさ。死んだ方がマシかもしれないけどなああ!!」


『ウェイド・カレンは瀕死の重傷を負うが、一命を取り留める。この一件をきっかけに、あやことカズマは打倒コーザを決意し、徐々にその力を目覚めさせていくことになるのであった』


「なに? おいちょっと待て」


 突然現れるメッセージ。これじゃまるで終わるみたいじゃない。

 まだ火の玉はコーザ達の上にある。まだ助かる。助けられる!


『これにてチュートリアルを……』


「待ちな。まだ終わっちゃいないぜ」


 カズマがなにをしようとしているのか、私にはわかる。

 そうね、勝手に終わろうとしないで欲しいわ。まだこの場面のままよ。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ歯ごたえのある準備運動だったぜ。オレには簡単すぎたけどな。さあ、その女ごと散るがいい!!」


「これで終わりですわ!!」


 火の玉はゆっくりとウェイド達に迫る。

 ウェイドは火の玉に背を向け。カレンを腕の中に招き入れる。


「すまないカレン。せめて、せめて君だけは守ってみせるよ」


 死を覚悟している声だ。最後まで優しく、カレンに心配をかけまいとする姿勢。

 尊敬するわウェイド。貴方はここにいる誰よりも立派な騎士よ。

 だからこそ、そんな友人を死なせるわけにはいかないわ。


「ゥオラアアアァァ!!」


 カズマの雄叫びと共に繰り出された拳が、オーロラの壁を破壊する。

 ガラスが砕け散るような音を残して障壁は姿を消した。

 その場にいた全員が、音につられてこちらを見たまま硬直している。


「いくぜ」


「ええ、二人は任せて」


 翼を展開し、高速で二人の下へ。

 そんな私より速く、カズマガ火の玉の前に出る。


「悪いなウェイド。ダチが焼かれるのを黙ってみているなんざ、我慢できなくてな」


 黒い鎧を展開して防御の姿勢に入るカズマ。あの鎧の頑丈さを信頼しているのでしょう。


「二人とも無事ね? あれはカズマに任せましょう。ウェイドさん、歩ける? カレンは私が運ぶわ」


「待ってくれ! カズマはどうする!?」


 カレンを抱えて飛ぶ準備に入る。ウェイドさんはまだ動けそうね。鍛え方が違うのでしょう。


「大丈夫よ。カズマはね、あんなものじゃ死なないの。急いで」


 カレンは想像よりずっと軽い。お嬢様って軽いのね。なんかずるいわ。


「馬鹿が! 誰だか知らんが、ウェイドもろとも焼け死ね!!」


 もうすぐカズマに当たる。カレンさんを運び、ウェイドに肩を貸してリングの外へ。

 姿勢を低くし、急いで翼を閉じて衝撃に備える。


「ふはははは!! でしゃばるからだ! 死ね!!」


 爆発が起こり、轟音が暴風と混ざり合って襲い掛かる。

 舞台が私の腰のあたりまで、高く作られているからか、しゃがんでいれば防御できないものじゃない。


「まだ伏せていて。収まったらカレンの回復を」


「カズマはどうする? いくらなんでも無事じゃすまないぞ」


「カズマは無事です。あの黒い鎧はどうか知りませんけど」


 煙と炎が散っていく。リング中央には無事立っているカズマの姿。

 黒い鎧が半透明になってはいるけれど、まあ大丈夫でしょう。


「あれを耐え切ったのか……カズマの体はどうなっているんだ」


「あぁ? なんなんだお前は?」


 コーザはこちらを見下すような、不機嫌な声だ。

 楽しみを邪魔されたことへの恨みもこもっているでしょう。


「準備運動は終わりだろ? なら本番といこうぜ」


 翼を広げてカズマの隣まで一直線。操作にも慣れたわ。今度ゆっくり飛んでみよう。


「カレンは?」


「無事よ。気を失っているだけ」


「そうか。そんじゃ、始めるか」


 突然氷柱が私達を襲う。咄嗟にそれぞれ装具で防ぐ。この程度は問題ない。衝撃も吸収してくれる。


「よくもオレの試合を邪魔してくれたな」


「試合? 準備運動なんだろ? 俺が本番の相手をしてやるよ」


「私がセマカさんの相手、ということになるわね」


「あらあら、わたくしの相手が庶民に務まりますかしら」


 コテコテの悪役だわ……っていうか私は庶民設定なのね。


「いつも面倒ごとに付き合わせちまうな」


「いいわよ。付き合うということは、カズマと一緒にいられるってことだもの」


「オレを無視してんじゃねえ!!」


 レーザービームのような魔法がカズマに当たり、装具がほぼ透明になる。

 コーザの魔法もそこそこ威力があるみたいね。


『現時点での装具では勝ち目はありません。撤退し、ステータスを上げましょう』


「負けイベントってやつか? 悪いが退く気は無いぜ……つまり勝ちゃあいいんだろ?」


 カズマの震える声からはっきりと怒っている事がわかるわ。

 鎧を解除し、腕を回している。邪魔な鎧から解放されてどこか嬉しそうね。


「なんだ? 偉そうなこと言ってやっぱり降参か?」


「まさか、本気で勝ちにいってやるよ」


 指をぽきぽき鳴らすカズマ。そうね、つまり勝てばいいのよね。


「カズマ。コーザは任せるわよ」


「いいぜ、あの男は俺がやる」


「どういうつもりだ? まさか装備なしで勝つとでも言うつもりか?」


「そのつもりさ。あんな重いだけの鎧なんぞ邪魔なんでな。要するに勝てばいいんだろう? 鎧を着ていなければならないというルールはあるのか?」


 困惑しているコーザ。まさかこんな質問をされるとは思っていなかったのでしょうね。


「ふっふはっはははっはは!! 気でも触れたか? まさか鎧を脱げば手加減をしてくれる、などと思ってはいまいな?」


「カズマ、無茶だ。君たちにこれ以上傷ついて欲しくない!」


 まあそういう反応になるわよね。カズマのことを知らなければ無理も無いわ。


「安心しな。すぐに終わらせてやる。装具なんて使わなくても勝てばいいんだろ?」


「ああ、問題ない。最後に立っていた者が勝者だ。だがカズマ……」


 リング外のウェイドの言葉に満足気にうなずくカズマ。これで勝ちは決まったわね。


「そこでゆっくり休んでいろ」


「カレンをお願いします」


 まだ目覚めないカレンをウェイドにお任せして、敵討ちといきましょう。


「こっちに来てからストレスが溜まっていてな。悪いがお前で解消させてもらう」


「図に乗るなよ狂人が! 装備を捨てて何になる! 無様に恥を晒すがいい!」


「装備もねえやつに負けて恥を晒すのはどっちかな?」


 瞬間、音も無くカズマの姿が消える。


「なんだと? どこへ行った?」


「ゥオラアァァ!!」


 声がした時には、コーザの顔にカズマのパンチがめり込んでいた。

 呻き声も出せずに猛スピードでごろごろと闘技場を転がっていく。


「どうした? さっさと立ちな。俺を退屈させるなよ」


 土煙は晴れ、よろよろと体を起こすコーザ。起き上がれるなんて……装具って凄いわね。


「オレの装具が……砕けている!? なにをした!」


 兜が殴られたところだけ砕けているわ。あれ高かったりしないでしょうね。

 試合中なんだし、お金持ちっぽいから自費でなんとかしなさいコーザ。


「ただブン殴っただけさ」


「ウソをつくな!」


「実感させてやるよ。ウソかどうかきっちりとな」


 ま、あっちは心配ないでしょう。


「それじゃあ、こっちもいきましょうか」


 セマカの相手をしましょう。正直私もかーなーりストレスが溜まっていた。

 せっかく十年越しの片思いが成就したのにこの扱い。ちょっとくらい発散してもいいわよね。


「ふん、まずは貴女から潰せばいいだけのこと。いかに素早くとも、私とお兄様に挟まれては、あの男も終わりでしょう」


 油断しているわねえ。どうせいい装備なんでしょう? ちょっと痺れるくらい平気よね?

 私の右腕に眩い雷光が集う。高笑いを続けるマリーにそっと腕を向ける。


煌く稲妻スパークル・ライトニング!!」


 雷光は轟音を伴い一直線に光の線を描いて直撃する。


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


 全身からバチバチと火花を散らすマリー。

 ちょっと手加減したからか、装備の良さか、まだ動けるみたい。


「なんですの……その魔法は……見たことのない……」


 異世界転移は初めてじゃない。前にいた剣と魔法の世界で受け継いだ技術よ。

 負けイベントだかなんだか知らないけれど、そんな結末認めないわ。


「無理を通させてもらうわよ」


「強力な魔法など、詠唱させなければいいだけのことですわ!!」


 まだまだ元気なセマカは威力も種類も区別なく、とにかく魔法を連射する作戦に出たみたい。

 なるほど、集中を切らせるにはいいかもしれないわね。

 でも私の翼はちょっとやそっとの攻撃では微動だにしない。


「カレンのお返しよ。 暴風爆破(ハリケーン・ブラスト)


 翼で空へ上がってかく乱しながら魔力を展開。

 渦巻く暴風が魔法を巻き込んでセマカへ突っ込んでいく。


「また知らない魔法……ですが無駄ですわ! わたくしのシールドは風程度では破れませんわよ!」


「風だけならね」


 この魔法のやっかいな点はそこじゃない。風が触れた場所は私の意志で爆弾となる。


「うぅ……なんですのこの魔力は!?」


「爆破の痛みを思い知らせてあげるわ」


 風がシールドを削り。シールドに触れた風が一瞬遅れて爆発する。

 止む事のない波状攻撃は魔法の壁を貫いて、セマカを爆破の渦の中へ導いていく。

 おまけで魔力の羽も追加しましょう。


「うあああああぁぁぁ!?」


 無事、きっちり、がっつりセマカに爆破を当てることに成功した。

 これでカレンの借りは返したわ。地上に降りて決着を付けましょう。


「そろそろ終わりにしましょうか。 流星空間(メテオ・スペース)!!」


 空間の壁を操作し、宇宙と繋げて直接流星群をぶつける必殺魔法の一つ。

 私の使える魔法の中じゃ相当強い部類よ。


「きゃああああぁぁぁぁぁ!?」


 星の激突はその衝撃で会場を揺らし、さっきの大きな火の玉よりも強い光と爆音で世界を包む。

 マンガみたいに吹っ飛んだセマカは、星になった。まあ装具もあるし大丈夫でしょう。


「流石ゲームの世界。これだけやってもダメージが入るだけ。いいわねえ周囲の被害を気にしないで撃てるのは」


 一方のカズマも圧倒的だった。

 コーザがひたすらに魔弾を乱射するけれど、その全てを余裕で避け続けるカズマ。


「なぜだ!? なぜ当たらない!? 生身の人間に!!」


 前の世界で覚醒し、数々の強敵を打ち破ってきたカズマには、最低でも音速を超えていない攻撃なんて止まっているも同じ。


「どうした? これじゃあ弱いものいじめみたいだぜ」


「鎧も魔法も使えんくせに!!」


「魔法は使えないが、こんなのはどうだ?」


 カズマの振り下ろした手刀は、真空を走らせ、飛んで来る魔弾を両断した。

 ついでにコーザの装具に深々と大きな切り傷を作る。


「バカなっ!?」


「ゥオリャア!!」


 コーザがリングの端から端までまで蹴り飛ばされている。ものすっごい飛んでいない? 

 よく生きているわね。手加減して殺さないように気を遣っているのかしら。


「こんな……こんなはずがない。有り得ん。装具を素手で砕く人間など……」


「信じさせてやるよ。徹底的に砕いてな」


 本気のカズマの動きは私にも見切れなくなる。誰の目にも映らず攻撃を続けるカズマ。

 傍目にはコーザがくねくねすると、突然装具が砕けているようにしか見えない。


「ゥオラアアアアアァァァ!!」


「ぐげっ、がっ、べぼあぁ!?」


 猛スピードで肉薄し拳の連打に入るカズマ。腕が何百にも見えるけど、実際にはその何万倍ものパンチが繰り出されているのでしょう。装具が見るも無残な姿になっていく。


「セマカのいるところまで吹っ飛びな!! ゥリャアアァ!!」


「ば……馬鹿な……オレが……オ……レ……びゃああああぁぁぁぁ!?」


 渾身のアッパーで天高く打ち上げられて、コーザ兄妹は仲良く星になりましたとさ。


「お疲れ様カズマ」


「おう、アヤもお疲れ。怪我してないな?」


「大丈夫。こんなことで怪我しないわよ」


 お互いに労いの言葉を交わす。戦闘なんて久々だったけれど、勘が衰えていなくてよかったわ。

 無事に仇が討ててほっとしていると、メッセージウインドウが開く。


『おめでとうございます。隠し要素が解放されました』


「なに?」


「そんなものあったのね」


 なにかしら。お得な効果だといいわね。カズマに告白できるといいなあ。


『二週目から、カズマの攻略対象にセマカが。あやこの攻略対象にコーザが追加されます』


「いるかあああああぁぁぁぁ!!」


 私とカズマの絶叫が闘技場に響いたのでした。


『これにてチュートリアルを終了します。明日からは自由に学園生活を送ってください。あやこのお部屋に移動します』



 瞬きする間もなく私の部屋だ。私のっていっても今日初めて来た部屋なんだけど。


「おいおい唐突すぎないか? ウェイドとカレンはどうなったんだよ」


『ウェイド・カレン両名は無事です。明日また学校で会えます』


 どうやら二人とも助かったみたい。よかった……無理にでも戦っておいてよかったわ。


「そうか、そいつはよかった」


 外を見るともう夕日が沈みかけている。一日が早いわね。


「なんとか……やっていけそうね」


「……だな」


 もちろん不安もある。けどちょっとだけ期待もしている。

 もとの世界では経験できないようなことを、カズマと二人でできるかもしれない。


「なんだか大変なことになっちゃったけど、私は大丈夫よ。カズマと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる」


「どんな世界でも、俺はアヤと一緒だ。どうせなら楽しんでやろうじゃないか」


「そうね、急いで好感度も上げないとね」


「そうだな。今はこんなことしかできないが……」


 カズマが両腕を私の背中に回し、抱きしめようとしてくる。


『好感度を上げてください』


 やっぱり出てくるメッセージ。腕は体をすり抜ける。それでもカズマは腕を戻さない。


「一応格好だけでも、な」


 もうカズマが何をしたいかはわかっている。

 だから、ゆっくり近づくカズマの顔に、私もそっと顔を寄せる。

 まだ数回しかしたことがないから、お互いにぎこちないけれど。

 ゆっくりとお互いの唇が近づいて。


「やっぱりすり抜けちまうか」


 私達の唇は、一瞬重なりそのままお互いの顔をすり抜けてしまう。


「こういうときは喋らないの」


 今度は私から動く。すり抜けないように、位置を調整してキスしてみる。

 触れている感触はない。少しでも迫ればまたすり抜ける。そんなフリだけのキス。

 それでも私達の心は繋がっている。好きだと言えなくても。抱きしめることができなくても。


「カズマ……私はあなたを……」


 『愛しています』と声に出せず、唇だけが動く。

 それでもカズマに伝わっていると確信がある。


「俺もだよ、あやこ…………」


 カズマの声も途中で消える。でも、それでも私の心にはしっかりと伝わった。

 優しく私に微笑みかけるカズマを見て、改めてこの人が好きなんだと感じる。

 大丈夫。この気持ちがあれば、絶対に乗り越えられる。


「これからもよろしくね。カズマ」


 こうして、私達の新世界での同居生活は始まりました。


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