夜半の戦争
水平線の彼方に日は落ちて、紺碧の輝きを誇っていた海面も、すっかり暗黒に染まっている。
多くの人々が深い眠りについていることだろう。だが、まだ眠らぬ者たちもある。
例えばフライトジャケットを着た退魔師は、浜辺と道路を隔てる塀の上で仁王立ち、じっと空を見つめていた。丸い輝きが浮かんでいる。海鳥たちはもう眠りについてしまったのだろうか。とても静かだった。やがて彼は視線を下に落とす。
真下の砂浜は、本来ならば、もっと広いはずだった。夏真っ盛りな頃には海水浴客も多く集まる。しかし今は、ビーチバレーをすることも叶わないほど狭い。それは潮の満ち引きのせい、ではない。汐杜神社が龍宮城に負けているためである。毎夜の戦闘のたびに、海岸線は動く。海側へ、あるいは陸側へ。二週間前までは充分だった人間側の戦士が、段々と減っていくにつれて、砂地も減り、戦士が巫女二人のみになってからの三日間は連敗だ。今日を負けてしまえば、浜は完全に消失するに違いない。
領土争い。そのようにも見える闘いだった。
しかし、と。漕島は首を傾げる。実際のところ、敵側の目的はなんなのだろう。海は広く深く大きいのだ、領土など心から欲しがるだろうか。あるいは陸にあるなにかを、求めているのだろうか。海の底にはない、なにかを。なんであれ、目的がわかれば、戦争を終わらせる手立てになるのではないか。漕島はそう考えていた。
しかし日中、妹の方に心当たりを訊いてみても『知らない』という答えだ。真の言葉として、当事者たちが知らないのだから、部外者でさっき来たばかりの漕島が考えてもわかるはずもない。そもそも『目的があるのでは?』というのが、思い過ごしなのかもしれない。
いや──と、漕島はその考えを即座に否定する。
(資料によれば、人語を解す妖怪が一体いるらしい)
人間の中にも短慮で理性の効かない者がいるように、必ずしもとは言えないが、人の言葉を用いる妖怪には、人並みか、それ以上の知能が備わっていることが多い。だとすれば、目的がないことあろうか。行動には全て理由があるはずだ。獣ですらもそうなのだ、単純な理由でも。
漕島の両脇に、双子の巫女はいる。その一方に、改めて漕島は訊いてみる。
「なぁ、磯魚姉」
「なに? 敵ならもうすぐ現れるわ」
「そうか。……いや、そうじゃなくてよ。連中の目的とかわかんねーのか? 奇襲されたときとかに、なにか口上があったとか。その後でも」
「……ないわ。だいたい、そんなこと聞いてどうするの?」
「和解の道も、あるかもしんねえだろ?」
千代が強い口調で断ずる。
「無理よ」
漕島が怪訝そうな表情を浮かべる。退魔師らしくないと思ったのだ。退魔師の役割は、ただ妖怪を倒せば良いというものではない。いや、それで良いと考える者もいるが、今では少ない。
汐杜神社は穏健派、通称ニギミ派に属すと言える。人と妖との共存を掲げ、必要以上に妖怪を殺すことを良しとしていない。どちらの世界に対しても防波堤になることを肝要とする。
確かに、突如の奇襲を受けて、家族も怪我を負っているから、譲れない気持ちがあるのは理解できるのだが、しかし現状、死者は出ていない。まだ和解も考慮して良いはずだ。
「……ん。そうか」
しかし漕島は、なにも言わなかった。それほどまでに、千代の調子は強いものだった。なにより、自分は雇われに過ぎないのだ、という思いがあった。立場が上なのは双子巫女の方だ。なんとなく居住まいが悪い気がして、漕島は軽い準備運動に取り掛かる。腕を前や上に伸ばし、肩をぐるぐる回す。それから足の屈伸も。闘いの最中、海に落ちることもあり得るから、念入りにしておく。
「ただ」
ふと千代が口を開いた。
「大昔にも戦争をしたらしいわ」
「そうなのか?」
漕島は初耳だった。
「ええ。そのときは、海洋資源を巡って。最終的には神社と龍宮城の間に、友好条約が結ばれたわ」
「友好……? ああ、もしかして、井戸ってのは通路だったのか?」
海の妖怪が初めに攻め込んできた場所を思い出す。どうして井戸から現れたのか、ずっと疑問だったが、両者の間に友好条約があったのなら交遊のため、互いの領地──片や海底、片や陸上──を行き来し易くする、特異な道があったとしても不思議ではない。加えて、相手を〝龍宮城〟と呼んでいることにも合点がいった。友好の相手をいつまでも〝海の妖怪〟呼ばわりばてきない。
千代が頷いた。
「ええ。会談を設けるときや、贈り物をするときとか。まぁそんな風にね」
「最近までそうだったのか?」
「まさか。最初の二百だか三百年くらいよ。そのうち不干渉になって……今じゃ敵」
「なるほどな」
敵側の知力は、やはり一般的に言われている通りのようだ。そして目的についても、そのときの意趣返しか、海洋資源の〝奪還〟という可能性が浮上してくる。彼らにしてみれば、人間こそ簒奪者なのだ。彼らが勝てば、抵抗空しく攫われて食卓にあがる魚は、ぐんと減ることになる。そして、この港における漁師の数も、減るか、まったくいなくなってしまうだろう。
(……まぁ今は、目の前のことに集中しないとな)
漕島は遠くを眺める。
海はまるで、大きく開かれた口のようだった。星瞬く黒き天が上顎を、波揺らめく黒き海が下顎だ。潮騒は唸り声で、磯の香りは口臭。母なる海、そこは確かに敵地なのである。
水平線上に青白い炎が三つ、横並びに、数メートルの間隔を置いて、ぼうっと灯る。チョウチンアンコウは頭部の突起を光らせ、それに誘われた魚を喰らうと聞く。
漕島は頭を振った。
(敵の目的も自然保護も職業保護も、全部後回しだ。つーか後ろ二つは俺のやることじゃねえ)
千代も同時に口を開いた。
「報告してちょうだい」
「はぁい」千歳が双眼鏡を構える。
まず敵影を探すのは、沖合の怪火のすぐ傍からだ。
「えっとね、磯女が三体にー……」
白装束を纏った女のような姿をした妖怪である。髪が異様に長く、先端は海水に浸かるほど、そのため顔を窺うことはできない。海中よりぬうっと姿を現し、青白き怪火の真下に、それぞれ立った。あの怪火は、磯女が出現する前触れなのだ。海上に直立する三匹の磯女は、そのまま、海面を滑るようにして浜へ向かってくる。波の影響はまるでないようだ。
次いで千歳の視線は手前に寄る。
「海小僧が……いっぱい!」
人型をした黒いゼリー状の妖怪である。身体の下半分を海に浸けて、磯女を先行する形で、波を掻き分けながら向かってくる。
「……たぶん、三十くらいのはずよ。いつも通りなら」
千代が適当な妹に代わって補足した。
そして浅瀬。双眼鏡を使わずとも視認できる距離だが、やはり千歳が告げた。
「海蜘蛛が……いっぱい!」
「十五匹くらいね、いつもは。ここから見える限り、まぁ大差ないわね」
大型犬ほどの大きさをした化け蜘蛛である。胴体は黒と水色の縞模様で、眼球は赤く輝いている。ぴょんぴょん飛び跳ねながら、三人に近づいてくる。
「一つ疑問なんだが、妹は七以上の数は『いっぱい』になるのか?」
漕島の茶化すような疑問に、千代が声を荒げる。
「ちょっと! 十は数えられるに決まってるでしょ、両手あるんだから! 磨り潰すわよ!?」
「ツッコむとこそこかよ。あとキレ方がねちっこいな!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。わたしそこまで馬鹿じゃないよぉ」
「いいのよ、千歳。馬鹿でも。貴女、可愛いんだから」
「プラマイゼロの答えぇ。漕島さん、言っておくけど数学の点は、わたしの方が上なんだよ?」
「そうよ! うちの千歳は優秀よ! そのうえ可愛い!」
「えへへぇ、照れるー」
「可愛いって……だいたい同じ顔じゃねえか」
「見た目の話じゃないもの! 性格よ!」
「あぁ、そう……」
千歳が思い出したように報告を再開する。
「全体的に七割くらいが、こっちに向かってきてる。あとは、群れからちょっと離れてる」
サボるのだと、千歳が得意げに補足した。
本当だろうか。漕島は疑問に思ったが言わなかった。それよりも気になることがあった。
(ちぃとばかし、敵さんが少ないな)
この程度ならば、七名いたときの汐杜神社で充分のように思えた。
何故、押されているのだろう。人語を解すという妖怪が、あまりにも強いのだろうか。
「海の妖怪は初めてかしら?」
と千代が言った。
「説明するわよ?」
その言葉に、漕島は首を横に振る。
「見るのは初めてだが、あまり知らないのは、磯女くらいだ」
「あらっ? そうなの?」
千代が意外そうな表情を浮かべる。
「退魔の師匠に『知識は武器だ』って言われたことがあってな。事前に幾つか調べてきた」
「へぇ、いい先生ね。千歳も見習ったら?」
妹巫女は唇を突きだして言う。
「倒せればいいの!」
「一理ある」
漕島は失笑した。
「それに地元のくらいはわかるし。磯女はねぇ、髪の毛をぶっ刺してくるの。ほっとくと血吸われちゃうんだぁ」
人間に近いのは見た目だけのようで、本質は人喰いの妖怪のようだ。
漕島はひょいっと塀から跳び下りる。それに続こうとした巫女二人を、彼は手で制した。怪訝そうな顔をする二人に彼は言う。
「まずは一人で良い。そっちは疲れが残ってるだろ?」
「でも……」
渋る千代に対し、千歳は「お言葉に甘えさせてもらおうよ」とニコニコ笑う。
すると折れたが、それでも憎まれ口を叩くのは忘れない。
「かっこつけて無様を晒さないようにお願いするわ」
「……善処するぜ」
半笑いで答え、漕島は前を向く。
言うことが一々キツいのは確かだが、漕島は千代に対して、悪感情を抱いていなかった。両親らが入院し、家長代理──双子とは言え姉は千代だ──として、気丈に振る舞わなければならないと思うのは、自然なことだろう。加えて、傭兵としてやって来たのは〝根なし草〟だ。仲間意識がなければ、余計に、弱味を見せたくないという気持ちにもなる。むしろ漕島は、千代のそういうガッツがある点を、褒め称えたいくらいだった。実際にやったら「何様だ」と怒られることは想像に難くないからしないが。
ちらりと天を見る。だがすぐに視線を落とし、真っ直ぐに駆ける。その先には、群れから独り跳び出した海蜘蛛が一匹おり、漕島はその顔面を、渾身の力で殴りつけた。ちょうど、後方にいた一匹も巻き込み、水切り石が如く海面を跳ねていく。巻き込まれた方はともかく、今のでまず一匹が葬られた。
はたと、漕島は気付く。足元に水が来ている。今の今まで、ここは砂地であったはずだが、足の甲が浸るほどになっている。潮が満ちたというわけではない、今宵の決着がつくよりも前に、海の妖怪による領土拡大が行われているのである。
「おいおい、せっかちじゃねえか! まだ勝負はついてねえぞ!」
漕島が憤慨すると「そもそも!」と千代の大きな声。
「海の妖怪たちは、水のないところに行けないわ。侵略と戦闘はセットなのよ!」
漕島は思わず感心していた。
「なるほどな。地の利を得ながらってずるくねえか!」
自らが得意とする、あるいは、その構造に詳しい地形でもって、戦局を有利に進めることは人間同士でも効果的な戦法であるが、まさか、それをこの場で作られてしまうとは。人ならざる者だからこそと言えよう。しかも、この水というのは厄介らしい。靴が重くなり、歩行にかなりの抵抗がある。そして砂だ。さらさらとしていて、引き波にもよく持っていかれるこれは、足元を不安にさせてくれる。気を付けないと転んでしまいそうだ。
『妖怪との闘いは、自然との闘いでもある』
師に、耳がタコになるほど聞かされていたことが、今この瞬間、漕島に実感として襲い掛かっていた。だが、彼も退魔歴一年余りを過ごしてきたのだ。この程度では狼狽えない。手始めに靴と靴下を脱ぎ去った。素肌が砂にくすぐられ、指の股がむずむずした。漕島に、その触感を楽しむ暇まではない。
「しっかし、これ。精神的な圧力も相当だぜ」と、ひとりごちて、漕島は敵を改めて見る。
海蜘蛛は、でかいだけの蜘蛛である。ただこの海蜘蛛、捕食方法は一般的な蜘蛛のそれ──巣という罠を仕掛ける──とは違う。ハエトリグモと呼ばれるものに近く、徘徊して獲物を探す狩人なのである。胴体をひねり、尻を標的に向け、ねばねばした分泌液を噴射する。これには潮風に触れると固まる性質があり、海蜘蛛は餌を固めた後に、口内から針のような器官を突き出し、ギプスのように固められた獲物に穴を開けて、中身をすするのだ。体毛や牙に毒を持たずとも、極めて危険な武器を所持する妖怪である。
その尻が横並びに三つ、漕島に向けられていた。漕島は咄嗟に身を屈め、二つの放出をやり過ごす。同時に手で海水をすくい、氣を込める。すると水はより強固な結びつきを得て、瞬間的に塊と化す。それを、やや遅れた放たれた液にぶつけて相殺した。更に足でも、同様の水塊を蹴り上げて一匹にぶつける。そうして怯んだ隙に蜘蛛へと近寄り、拳を叩き込んだ。またもや吹っとんでいく海蜘蛛。その行方を見送ることなく、漕島はまだ生きている二匹に向かう。彼らが身体をひねらせた瞬間、氣を飛ばす遠当の技法である。狙うは脚である。それにより敵の体勢はガクンと崩れ、粘着液は明後日の方向へ飛んでいった。そこでまた、それぞれに一撃。
そこで漕島はまた天を仰ぎ見た。ニヤリと口角があがる。
彼が夜空に見たのは、無数の鳥だった。だが、普通の鳥ではない。式神、使い魔とも呼ばれる、人工擬似生命体だ。その役割は使用者によって様々だが、ここでは、輸送のためである。彼はいつも、この宅配業者を利用している。漕島清輝が得物の到着だ。それはちょうど、持ち主の目の前に振ってくると同時に、一匹の化け蜘蛛を潰した。
双子巫女の目が、困惑色に染まる。
「なに、あれ?」
「わかんないけど、長いのだねぇ」
布にくるまれているため全容は定かでないものの、漕島の背丈とそう変わらない長物であることは確かだ。漕島はそれを手に取り、布を取り払いながら横薙ぐ。海蜘蛛が散らばった。
鈍く輝くその武器を見て千代は言う。
「……斧?」
千歳が首を振った。
「槍だよ!」
その二つを融合した武器である。西洋でハルバードと呼ばれる代物で、和訳すればそのまま槍斧などとなる。漕島のそれは、長柄の先に三日月状の刃を背中合わせに取りつけたようなもので、その穂先は彼の顔よりも大きく肉厚で、無骨だ。また柄の頂点には、鋭い突起物がある。その形状は生きた化石として知られるカブトガニとも似ており、そのため〝兜蟹〟との銘を与えられていた。
これを手にした漕島は一旦退く。
乾いた砂地である、巫女が立つ塀の下まで戻ってきて、海の方へ向き直る。
千代が訊く。
「交代?」
「そう急かすなよ。今、一掃するからよ」
「……へぇ」
試すような目になる千代。
「それは楽しみ」
漕島は剛槍を右肩に担ぎ、柄を両手でしかと握りしめる。
そして体内で練り上げた氣を、その穂先へ集中させていった。
妖怪の群れは、およそ退魔師三人を目指して動いている。その陣形は、歪んだ台形に近いだろうか。前衛の海蜘蛛が短い辺で、後衛の磯女が長い辺である。もっとも、磯女は三匹しかいないから、辺と言うよりも点である。
漕島はまだ動かない。ギリギリまで収束するのを待っていた。
やがてその足元にまで水が来る。海蜘蛛が二匹、彼の前へとぴょんっと出て、身をひねる。
粘着液が噴射されようとした、その瞬間──漕島は全力で剛槍を振り下ろす。カブトガニが如き穂先に集まった氣が、慣性に従い離れ放たれ、轟轟という音を撒き散らす。彼の槍は、砲台の役割をも兼ねていた。閃光として視認できるほどに高密度と化した破壊のエネルギー線が、海上を走り抜けると、海面は下にたわみ、水のハーフパイプを一瞬ほど作り出す。素の身でこれを受けて、無事でいられる妖怪など、この場には存在せず、また掠めただけでも、多くが容易には回復できぬ傷を負い、たちまち肉体を崩壊させられる。その名も、吼哮斬。漕島清輝が唯一の必殺技である。
結果、敵陣形の中央は大きく抉られる形となった。磯女も、真ん中の一体は、消し飛んでいる。左右のは距離があったため、未だ健在である。
漕島は「ふぅ」と一息吐き、振り返る。
「そこそこに片付いたろ」
千歳が「すごい! すごーい!」とはしゃぐ一方で、千代はやはりフンと鼻を鳴らした。
「まぁまぁね。全滅くらい、させられるのかと思ったけど」
「すまんすまん。見ての通り、あんまり横広がりになられたら、効果薄いんだ」
「まさかとは思うけど。今のでへこたれてたりは……」
「ねえよ。まだいける」
「なら良いわ。千歳」
妹に一声掛けて、千代は塀からひょいっと降りる。
「あ、うん!」
千歳もまた、それに続いた。残党狩りのためだと、漕島は理解する。
しかし千代は「漕島さん」と彼を真正面から捉えて告げた。
「言い忘れていましたが、敵は波状攻撃を仕掛けてきます」
「ってことは」
「はい、これから第二派が来るでしょう。ちなみに、毎夜、第六波ほどで終わります」
漕島は合点がいった。圧倒的な物量、それが汐杜神社を苦しめていたのだ。しかも、時間を置いて投入するとは、なんとも嫌らしい相手だなと、彼は思った。
そうこうしているうちにも、海蜘蛛がまた浅瀬より現れる。そして海小僧も。更には沖合に、三つの青白い怪火も加わった。
漕島は、手にする槍に氣を巡らせる。
「地道に削っていくしかねえな、こりゃ」
千歳が不満げな声を漏らす。
「えぇー? さっきのビームみたいなのは?」
「あー……無理だ。三回が限度なんだ」
霊力も氣も、元々は体力であるから、それが尽きようものなら、まともに闘うこともできなくなる。仮に尽きた場合、漕島ならば回復に八時間の睡眠が必要となる。
「だから温存しときたい」
「そうなんですかぁ。でも、わたしよりは使い勝手良さそう。羨ましぃ」
日中、仮眠をとる前に漕島は二人の闘い方を訊ねていた。
千代は棘の生えたナックルダスター──通称〝鉄刺拳〟──を装備しての、徒手空拳が主。
千歳は霊力を音に乗せることのできる特殊な法螺貝と、異能力〝黒蛸〟を有している。その黒蛸は漆黒のオーラのようなもので、触れる敵をたちまち溶解させてしまう特性。なかなかに恐ろしいものだが、如何せん燃費が悪く、長時間の使用はできない。危機に瀕した際に防御のため発動させるのが基本だそう。
だから姉が前衛に立ち、妹が後衛で援護に従事する。これが双子巫女の基本戦術であった。
「今日は俺と磯魚姉が前、磯魚妹が後ろでいいんだな?」
「ええ」
千代が頷く。
「千歳には近づけさせないようにお願いするわ」
「了解だ」
三人の夜は、まだ明けない。