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ごめん。無理みたい。

『ごめん。振袖、無理みたい。』

学にLINEを入れる。なぜだろう。望み通り振袖が却下されたのに、スッキリしない。

『そうか。』

『そうだ!レンタルは?俺が出すから!』

よほど着て欲しいのだろう。レンタルでも、学生が簡単に払える額ではないはずだが、学は知らないのだろう。

『いい。着ないし、成人式も行かない。』

『そんなぁ〜。』

泣き顔のスタンプとともに学の返信が届いた時、部屋のドアがノックされた。返事をしないうちにドアが開いて、時絵が顔をのぞかせる。

「ホントに、いいの?」

「別に。言ってみただけだし。」

「そう?ホントに着たくないなら、あんなこと言い出せないはずよ。」

…ドキッとした痛みに似た感覚が瑠奈の胸を突く。

「今回は、私の願いを叶えると思って、着てくれない?夢だったのよ。娘ができたら、って。」

…お母さん。

「でも、お金どうすんのさ?お母さん、専業主婦じゃん?」

その一言に時絵はニヤリとする。

「その程度のヘソクリしてあるわよ。じゃ、決まりね。私のでもいいし、好きなのをレンタルで選ぶのも楽しそうね。行くわよ!強行突破!」

時絵はルリルリと部屋を出て行った。瑠奈は時絵の背中を見ながらなぜかホッとする。本当は、着てみたい気持ちが少しなり出てきたのだろうか、と自問自答する。

『よくわからないけど、お母さんがレンタルとか言いだした。』

また学にLINEを入れる。

『マジ?よかった~!』

ゴキゲンなスタンプとともに返信が来た。…続いて、時絵からメールが入った。

『ちょっと、私の部屋に来て。』

時絵の部屋とは、嫁入り道具の和だんすの置いてある部屋のことである。

「なんでわざわざメール?家の中なのに。しかもこんな時間に。」

夜10時になろうとしている今、何の用なんだろうと、時絵の部屋に行く。

「何?」

「ささ。入って、入って。お父さん、酔っ払って寝てるうちにと思ってね。座ってね。」

時絵は、そっと正座すると、あぐらをかいている瑠奈の前で、たとう紙をそっと開く。出てきたのは、お抹茶の緑色にレトロな花柄の上品な生地。

「これが、私が着た振袖なの。“大正浪漫”っていう名前なの。だから、流行に左右されないだろうと、袖を切らないでとっておいたの。どう?これでもいいし、貸衣裳店に見に行ってもいいし。」

「よくわからないよ。」

しかしわからないなりに、柔らかな気持ちになるのがわかる。

「ちょっと、当ててみようよ。」

時絵がそっと瑠奈の肩に羽織らせ、姿見の方を向くように促す。

「悪くないわね。どう思う?」

時絵は鏡越しに柔らかに微笑む。いつぞやの、掃除機を片手にニヤリとした人物とは思えない。

「うーん。変じゃない?よくわからないなぁ。」

瑠奈はピンとこないようだが、時絵とこうしていることが、なんだかうれしかった。

「貸衣裳店にも行ってみて、一番気に入ったのにしましょうよ。イマドキの柄も見てみたいわ。」

「…だね。」

「早いうちに行かないとね。もう9月だから、選択肢は少ないかもしれないけどね。」

そう。早い人はレンタルでも1年前から予約するのだ。9月は、かなり遅めである。

「…ありがとう。」

振袖をしまう時絵に小さな声で言ってみた。

「え?」

「ありがとう。振袖のこと。」

言ったら、涙が頬を伝った。横着ばかりしていたのに、いつも黙って見守ってくれた。今日のように父との対立のときも、そっと力添えをしてくれて。そして、こんな風に、無理強いすることなく、待っていてくれた。

…凄いな。肝っ玉母ちゃん。

「あらあら。どうしたの?私の方こそ、ありがとうね。私の夢だったんだから。」

瑠奈を抱きしめた時絵の腕は、華奢なのに、温かかった。


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