そこ、どうでもいいから。
「おはよう。」
「おう。」
教室に入ると、拓也がぼんやりと座っているのを見つけて、隣の席に座る。元気のない拓也を気遣いながらも、顔色を窺う。
…何を話そう。
「なぁ。」
「何?」
ドキっとしながら返事をする。
「瑠奈ちゃんに、もう近づけないんだろうか?」
…う。痛いところだ。答えに困ること、言うなよ〜。
「僕の手料理を食べてもらうっていうセッティングはどう?」
…頼むからやめてくれ。
今、そんなセッティングを引き受けるのは、猿芝居に過ぎない。
「瑠奈、忙しいみたいだから…。お前のルックスと料理の腕前なら、すぐにいい娘が見つかるよ。」
「そこ、どうでもいいから。僕は瑠奈ちゃんしか見えてない。」
…頼むから、他の娘に目を向けてくれ。そうじゃなくても、お前と瑠奈は合わないと言ったはずだ。
「お前、瑠奈に昨日、言われたこと、わかってるよな?」
「わかってるからこそ、お前を頼りたいんだ!やっぱりお前、瑠奈ちゃんを…。」
…うっ。今回ばかりは否定できない。しかし、今は言うタイミングとしてはふさわしくない気がするぞ。
「…あ。教授が来た。やべっ!ノート出してなかった。」
運良く教授入ってきたので、何とか話をそらしてやり過ごす。
『ヤバい。拓也がまだセッティングしろと言ってる。』
『まだ話してないの?』
『言えてない。まだ早い気がして。』
『そっか…。』
『帰りにまた相談しよう。』
講義の間にコソコソとやりとりをする。拓也に気づかれたら、ややこしいので、これだけのやりとりで精一杯だ。
「お待たせ。」
駅で待ち合わせていた瑠奈を見つけて、学が軽く手を上げる。すると隣にいた拓也が恨めしそうに手を振って離れていった。
拓也が別方向に消えるのを見届けると、二人ともホッと胸をなでおろした。
「さて。いつ話すか。どう話すか。」
「早い方が良いだろうけど、少なくとも、明日や明後日は早い気がする。」
「だよな。そして、どう切り出すか。」
電車に揺られながら相談する。二人とも、まだ誰にも話していないのだ。
「同席した方が良い?」
「いや、一対一で話すから、大丈夫。」
「じゃあ、バイトだから。また明日ね。」
手を振ろうと上げかけた手を、学が握る。驚いている瑠奈に軽く唇を重ねると、少し寂しそうに見つめる。
「また、明日な。」
名残惜しそうに学が手を離すと、赤くなった瑠奈が無言で手を振った。




