聞いてるよね?
「瑠奈ちゃん!」
午後の講義が終わって帰ろうとしていた時。背後から声をかけられて振り返ると、拓也が立っていた。
「ああ。拓也君。先日はどうも。」
拓也の満面の笑みに瑠奈は不安を覚える。
…学のヤツ、伝えてくれたんだろうな。めんどくさいことは勘弁だぞ。
「今度は僕と二人でゴハン行こうよ。」
「学から、聞いてない?伝えてと言ってあるんだけど。」
「聞いたよ。」
「じゃあ、サヨナラ。」
踵を返して歩き出す。…はずが、進めない。瑠奈は手を掴まれてしまったのだ。
「離して。怪我したくないのなら。」
「え…?」
「離して。」
手を離す気配のない拓也に、瑠奈はキレた。無言で護身術の技をかける。
「うっ…!」
瑠奈は実は握力が強い。なので尚更効いたようだ。
「ごめん。そういうの苦手だから。」
拓也に一言だけ告げて、あたりを見回す。目が合いそうになると、背ける人ばかりで、学の姿は見えない。
…そういえば。今日は一緒に帰ろうって言ってこなかったな。
「LINEしとこうっと。」
『ごめん。やっちゃった。拓也君に。』
短く一文を入れて、駅に向かうべく歩き出すと、すぐに電話がかかってきた。
「大丈夫か?まさか拓也のヤツ、そんなに手が早いとは!今どこだ?しっかりしろよ!」
「駅まで歩いている途中だけど。…ナニ言ってんの?私は無事だよ。」
「だって『やっちゃった』って…。」
「手首を掴まれたから、護身術を『やっちゃった』んだけど。」
「良かった…。」
学の安堵する声を聞いて、やっと意味が理解できた瑠奈は顔が赤くなる音が聞こえそうなくらい赤面する。
「ちょ…バ、バカ!ナニ想像してんだよ!」
「あ。来た来た。前にいる。おーい!」
顔を上げると駅の改札近くでスマホを手にした学が手を振っていた。
「あ。ここにいたの?とりあえず切るよ。」
通話を終了し、改札まで小走りに向かう。
「…で?何があった?」
「拓也君がメシ行こうって言うから、“学から聞いてるよね?”って言って立ち去ろうとしたら手首を掴まれて。」
「それで、護身術を?」
「離して、って二回言っても離しそうになかったから。ムカッときて…。ごめん。学の友達に向かって。」
「まあ、拓也も悪いよな。あとで電話しておくよ。」
「申し訳ない!」
「俺が拓也を会わせたばっかりにこんなことになって。俺の方こそすまなかった。」
「今日、これからバイトだから、様子だけLINE入れてくれる?」
「了解。」
「じゃあ。」
電車を降りて、改札を出たところで二人は別れた。学は自宅マンションへ。瑠奈はバイトへ。
「朝倉さん、こちら、車までお運びして。」
「はーい!」
バイト先は酒のディスカウントショップ。無愛想で力の強い瑠奈には、うってつけだ。最初は小柄な瑠奈の採用を躊躇していた店長が、今は一番頼りにしている。ガシガシとビール箱を運ぶ姿は男勝りである。しかし、今日の瑠奈は力が弱めだ。
「学、連絡くれたかな…。」
その後の様子がどうにも心配なのだ。




