ナモミハギ
在る所に老婆と孫の義助が住んでおりました。
代々農家であった一家は山の神様の帰られる睦月の七日に対の門松を仕舞うと、常日頃の忙しさから開放されて抜け殻の様になりましたが、孫の義助はというと後片付けの手伝いもせずに黙々と書物を読み漁って、一つ大きな欠伸をしました。
残り少ない薪を煌煌と燃える赤い火に投げ入れ、向かい合っている孫に言い放ちます。
「おめど、駄目だべ」
老婆は怠け者の孫を制する様に、金切り声を上げるのでした。
「別にいいだべ、他にやる事もねし」
けれども義助は面倒臭がって、囲炉裏から動こうともしません。
「ほんたらだと、ナモミハギが来てしまうよ」 ※1
「じぇんじぇん怖くね」
孫からその言葉を聞いた老婆が驚いた風にして口が開けられると、皺は口許を覆う様に波打ちました。
「なしてあんな子に……」
土座の隅に置いた薪を取りに行った老婆が、寂しく呟きました。
老婆は両親の居ない義助の唯一の家族であり、また老婆自身も赤子の頃から玉の様に大事にして、義助を可愛がっておりました。
だからこそ義助の一挙手一投足が、老婆の不安を煽っていたのです。
育て方を間違えてしまったのではないか、これでは亡き父母に申し訳が立たない、と。
歳を食って曲がった腰は、より一層老婆を侘しくさせるのでした。
老婆が薪を焼べ終えると、無心で揺蕩う炎を見つめながら、孫がまだ童で在った頃を思い返していきました。
老婆が孫との思い出を指折り数えていくと、様々な出来事が想起されていきました。
義助が小便を怖がれば行灯を持って厠に連れていき、寺子屋に行くようになれば文机を買ってやったり、寒冷地帯で暮らす二人にとって厳しい酷暑が来れば家中の簾を下ろし軒先に打水をして、一時の冷涼に談話しながら舌鼓を打ったりもして、それらは裕福とはいえない生活の中での、大切な思い出だったのです。
「ほんたら事もあったなぁ」
老婆がぽつりと呟くと、義助が顔を寄せて
「どうした」
と聞くと内心を悟られたかの如く感じて、つい誤魔化してしまいました。
「ナモミハギの事どご考えとったよ」
「ほんたら行事もあったなぁ、あっちゃある時は怖くて何日か寝れなかったなぁ」
老婆の独言を皮切りに、二人は厳寒の冬風に吹かれながら、囲炉裏の薪を継ぎ足して思い出話に花を咲かすのでした。
十数年前の年の瀬の事でした。
「悪いゴはいねがーっ!?」
「怠けるゴはいねがぁぁぁ!?」
けらみのを纏った赤鬼と青鬼が、鉈を振り回しながら頻りに呻り声を上げています。
雪を粗雑に踏み付ける足音は、義助の家の前迄着くとぴたりと止みました。
竈や流しが在る土間玄関から薄い障子一枚越しの土座に居る義助を探すように、首を左右交互に動かして、それは力を誇示するかの様でした。
ただ一人で夜闇に響く声を聞きながら仄暗い薄明りに照らされ、また障子越しの直ぐ近くに居るとはいえ、玄関にナモミハギを迎えにいった老婆を思い、義助は泣きじゃくりました。
膳に載せられた料理をジジナマハゲとババナマハゲが食っている最中には、木綿の着物を着た老婆に跨って直視しない様に努め、老婆の垂れた胸に縋る様に、ただただ泣いていました。 ※2
「あっちゃある頃は、おめども可愛かったぁ」
老婆は満ち足りた顔で言いました。
それが皮肉に聞こえたのか、義助はこう返しました。
「今はどんだ?」
「今でも、ええ子だべ」
皮肉と受け取っていた義助は面と向かって褒められたのが余程嬉しかったのか、急に立ち上って
「此処の薪も少ねから、納戸のどご取りにいぐわ」
と言いました。
けれども老婆に映っていたのは義助の親切心では無く、足許でした。
なんと義助の足には、黄色に変色しながら膨らんだ火斑が出来ていたのです。 ※3
それが老婆にとって、義助が怠け者という証左でした。
「んんだらどもナモミが出来るっていっただべ!」
語気を強め、老婆は義助を叱りつけました。
「馬鹿しゃべるな、俺はここ毎日本どご読んでいるんだす、ほんたら俺が怠け者の訳があるか」
農作業のしようがない冬に怠け者などと言われて怒りながら納戸に向かう義助の背に、老婆はこう言いました。
「ンだな、おめどみたいな働き者は他にいねなぁ」
その言葉が更に義助の心に火を付けたのか、老婆の居る土座に戻った義助は部屋の隅の残った薪を適当に囲炉裏へと投げ入れました。
囲炉裏の火は二人の諍いを種にすると、勢いよく燃え盛るのでした。
終わり
※1 ナモミハギは冬に出来る低温火傷(この話では囲炉裏が原因)の腫れを剥ぐとされる。なまはげはナモミハギが語源。
※2ジジナマハゲは赤の鬼の面を被ったなまはげ、ババナマハゲは青の鬼の面を被ったなまはげとされる。
※3 火斑とはナモミハギが剥ぐ腫れ(水ぶくれ)の事、ナモミとも呼んでいる。火斑と検索すると赤い網目状の痕が出ますがそれと混同しない様に。




